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おれんじふぁーむ四季折々。~俺と農家の業務日誌~  作者: はなうた
春のめつみ篇:柿農園の戦士(?)たち
14/43

7話:前野もんもんぱーしもん。(2)



 振り返ると、そこにいたのは年配の男の人。


 ……いや、その禿げた頭には白髪が絶滅危惧種のように()し、垂れ目なせいか、ぱっと見るとどこが目かシワか判別がつきづらい。

 ようするに、けっこうなジイさんだ。


 この人、倉庫の裏から出てきたよな……。


「ほふぁふぇ、ふぉふぉふぁふぉふぁららふぃふぎふぁいふぁ?」

「……」


 ……ん?


 なんて?


「ほふがー、ほんはりははふぃはがーたふがふはふぁー! ふぁっふぁっふぁ!」


 たまに笑い声(たぶん笑い声)を交えながら、元気に意味不明な言語を並べたてる男性。

 あれ、オカシイな。

 俺っていつのまに国境越えたっけ……。


「ちょっとおじいちゃんっ! 入れ歯! 下の樹の枝に引っかかってたよっ!」


 すると、ジイさんの背後からもう一人、女の子が走ってやってきた。


 中学生くらいだろうか。

 髪をサイドポニーに束ねたその少女は、呆れたような顔でジイさんに入れ歯を手渡す。

 身につけているのは、どこかの学校の指定であろうジャージ。目元が優しげで、どこか手前のジイさんと似ている。この二人は孫と祖父の関係だといわれてすぐに納得できる。


「あ。こ、こんにちは……です……」

「ああ……、こんにちは」


 俺の存在に気づいて、少女は挨拶しながら慌てたようにジイさんの背後に隠れた。

 少し人見知りなのかな?


 ……いや。

 待て、俺。

 この感じ……前にも一度経験した気がするぞ?


 これは、アレだ。

 由愛さんパターンかもしれない……。

 俺の心は一気に身構える。

 これは……「見た目中学生だけど、実は年上でした~」のそれだ。


「カポっ……ふぃぃ、すまんのう。つい歯をつけるのが面倒くさくてなぁ。……ところでお前さん、乙葉んとこの手伝いじゃろ?」

「あ、はい。今回から手伝いさせてもらってまして……」


 入れ歯を装備したジイさんが話しかけてくる。

 今度はちゃんとこの国の言語だ。


「ワシはこの農園を経営しとる前野(まえの)歳三(としぞう)じゃ。んで、こっちは孫の麻実(まみ)。よろしくのぅ」

「ま、前野……麻実です。はじめまして」


 モジモジと挨拶をしてくるその仕草は実にういが、やはり油断はできない。

 ここは丁寧に返しておかないと。


「はじめまして、歳三さん麻実さん。『乙葉おれんじふぁーむ』の手伝いの塙山草太です」

「おお~、正信の手伝いにしちゃぁ律儀な若造じゃの~!」


 そして俺は、前野家に律儀キャラの称号をいただきました。


「あ、前野さん、ここにいたんですね。それと麻実ちゃんも、おはよう」


 さっきまで遠くに叫んでいた由愛さんも、ジイさんたちの姿を認めてこちらに駆けてきた。


「あ、由愛ちゃんっ。おはよぅ」


 すると、今までジイさんの背中にひっついてた麻実……さんが、テコテコと由愛さんの方へ。

 そしてそのまま仲良くお喋りを開始していた。

 こうやって見ると、同い年なんだよなぁ……。


「麻実ちゃん、中学校はどう? 楽しい?」

「うんっ、最初は知らん子多くてこわかったけど、もう友達もできたよぉ」


 おや? ……中学、とな?

 なら、麻実さ……ちゃんは中学生確定か。


 そこで初めて、ホッと一安心できた。ふぅ……とんだ取り越し苦労だったぜ。

 いや、それもこれも、そんなきゃわわな容姿の由愛さんが悪いんですよっ。

 責任とって、今度高い高いさせてもらいますからねっ。


「どしたんはなくん……。なんかちょっと悪意の視線を感じたんやけど?」

「いいいいえいえ! めっそうもあらしません!」


 いつしか由愛さんがジト目でこっちを見ていた!

 その表情に、ブラック由愛さんが垣間見えた気がした。いつもの温和な感じとのギャップも相まって、マジ怖ぇっす。


「おう、正信よ。相変わらず陰気な面しとるのー!」

「うるせぇ。ジジイこそ、まだしぶとく生きてやがるか」


 こちらはこちらで、いつのまにか軽トラから下りていた農主さんが歳三ジイさんと話しをはじめている。


「今年は手伝い増やしたようやけど、無理はするなよ。なにせ一信(かずのぶ)と比べたら、お前なんぞまだまだヒヨッコだからのぅ」

「親父は関係ねぇだろがよ」

「まぁ、せいぜい母ちゃん苦労させんように……ふぁぁ!?」

「言われんでもわかっとるわい、この老いぼれ」

「ふぉふぁぁ~! ふぃればかえふぇぇっ!」


 話しというより、なにか争ってる?

 どうやらなにかが農主さんの癪に障ったらしく、ジイさんは入れ歯を没収されていた。

 年上にたいしてもあんな調子なんだな、農主さん……。恐るべし。




 * * *




「では、今シーズンも色々とお世話になります。あと、これはちょっとしたものですけど」

「おお~、いつもありがとうな由愛ちゃん」


 荷台から缶ジュースと缶コーヒーの段ボールを一箱ずつ下ろし、倉庫内のテーブルに置く。

 この飲み物たちは、知り合いの農家さんたちへの差し入れだったのか。


「ほんじゃ、麻実ちゃんもお手伝い頑張ってね」

「うん。また遊びにきてねー。あ……そ、草太さんも、頑張ってください……です」

「うん、ありがとう」


 完全に慣れてもらうまでは、もうちょっと時間がかかりそうかな。

 でも、おずおずとだがちゃんと挨拶してくれる。


 ゴールデンウィークで休みのあいだ、麻実ちゃんもこうしておじいちゃんの手伝いをしているらしい。

 実におじいちゃん思いのできた子である。


「ああ、正信よぃ。今月の半ばちょうどにカメの防除やるからの。それと、ミツバチ入れるんは二十日から半月ほどやから、それまでに他の消毒もしと……ふぉっふぇふぇっ!!」

「言われんでもわかっとるわい。ちょっと黙ってやがれジジイ」

「ふぉふぉふぇぇぇ~~!!」

「……」


 うん。余計にうるさくなった気もします。


「んじゃ、次の農家さんとこに行こか」

「あ、はい。あと何軒か回るんですね」


 軽トラの乗り込みながら見ると、まだ荷台には段ボールが五つほどあるし。


「いや、ここと次のところだけやねんけどね。次に行くところが大農家さんやから」

「へぇ、大農家さん……」


 乙葉さん家もけっこうな大農家だと思うんだけど、それよりも大きいんだろうか。


「うちの軽く五倍くらいの規模はあるなぁ」

「五倍……!?」


 ただでさえ果てしなく思えた『乙葉おれんじふぁーむ』の五倍……うへぇ。

 上には上がいるもんなんだなぁ……。


「よし、乗ったかバイト。んじゃ行くぞー」


 やがて、農主さんの声とともに軽トラが動きだす。

 ちょうど倉庫の横に『前野もんもんぱーしもん』と描かれたプレートが目に入った。

 ここの農園の名前か。

 かわいらしいなぁ。どことなくあの二人の雰囲気に合ってる気がする。

 まあ『パーシモン』はちょっと違うんだけど、そこは気にしないでおきましょう。

 ……だって、下の方に『by mami(はーと)』って書いてあるもん!

 麻実ちゃんといい由愛さんといい、農園の姫たちはどうもネーミングセンスが一風変わってるなぁ。



 ――カタ……、カタタ……。


「ん?」


 平らな道から再び凸凹道に入ったところで、段ボールの揺れとは別の変な音が聞こえた。同時に、荷台の隅っこになにかが落ちているのを発見。

 でも揺れが激しいせいで、下手に近づけない。俺の手も軽トラにしがみつくので塞がってるのだ。



「ほふぁー!! ただのぶー!! わふぃのいうぇばふぁうぇふぇ――!!」



 ……。

 …………ま、いっか。



 俺は目を閉じて、まだ朝の涼しさ残る風を顔全体で受け止めた。


「ふぉっふぉまふぇぇぇぇ――――!」


 うん……なにも聞こえない、聞こえないぞ。





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