序章
八年前。
目覚めた時、彼女は空っぽだった。
真っ白な記憶――
動くものが見える。幾つも幾つも――
それを目で追っていた。
次の日、目覚めると彼女は人間になった。
自分は人間だと思い出したからだ。
また次の日。
目覚めると一つの記憶が頭の中にいた。
けれど、それだけ。ただそれだけ。
次の日目覚めても何もなかった。
あくる日も――
名前もわからない。
今も何も思いせない。
少女はこの街で一番高いビルの天辺にいた。美しい銀髪が風に惑う。
強い風が魂と体を引き剥がそうとする。怖くなるけれど雑念も追いやることが出来る。やたらと煩い雑踏なんかよりずっと居心地がいい。けれど、電力が通っていないこのビルにわざわざ歩いて登ってくる奴などいない。27階建てのビルは10階から上は彼女の居城だ。
母を探す子供の声も、やり逃げられた娼婦の金切り声も、誰かの断末魔も。
びゅうびゅう鳴く風。
ここは帳町。
スケルトンシティと呼ぶ人もいるが、そんなのはこの町の本当の姿を知らないものばかりだ。スケルトンシティと呼ばれるいわれは、この町の過去にある。
ここは五十年前に突如現れた謎のウイルスによるパンデミックで、町ごと閉鎖され打ち捨てられた場所なのだ。ほとんどの人間がウイルス感染により死んだ。その死体は処理すらされずに放置された。
だから骸骨だらけの町なのだ。
しかし、そう呼ぶのはこの街以外に住む者達で、この街に住まう者達は『帳町』と呼ぶ。なぜそう呼ぶのかは、この街に残された建物は間仕切りを残しただけの残骸ばかりだからと言うのが説として有力だが、定かではない。もしかしたら他の理由があるのかもしれないが、ここの住人にはそんなのはどうでもよかった。
ただ死人の街だと言われるのは我慢ならない。彼女はそう思っている。
「生きてる?」
ぼんやりと、誰に問う訳でもなく。
答えは帰っては来ない。
だからいいのだ――