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世話焼きで吸血鬼なお兄様達に保護されました  作者: 古都助
~第一章・吸血鬼なお兄様達との出会い編~
8/89

蹂躙の痕……

「ここは現在立ち入り禁止区域に指定されている。許可のない者を通すわけにはいかん」


 あれから数日、健康状態が戻ってきた私は王都でお花を買って、『故郷』に戻って来た。

 隣国の兵が引いたとは言っても、まだ蹂躙された痕は生々しく目の前に残っている。

 鼻をつく、嫌な臭気の漂う焦げた匂い……、冷たい風に乗って届く、腐った血の残り香。

 隣国の兵士達に蹂躙された際の恐怖と苦しみが、蘇るかのように私の胸を突いた。

 

「大丈夫か? リシュナ」


 私の背中を労わるように何度か擦ってくれたレゼルクォーツさんが、村への立ち入りを封鎖している兵士に目を向け、「この村の関係者だ。通してくれ」と許可を求めてくれた。

 隣国からの侵略行為を受けた事がきっかけで、この村と国境付近には大勢の兵士によって緊迫した状態が続いていると聞いたけれど、私達の目の前にいる男は……、何だか違う気がする。

 兵士は兵士でも、自分の職務に忠実なタイプには見えず、その印象通りの下卑た笑みを浮かべると、レゼルクォーツさん達に『取引』を持ち掛けてきた。


「どうしてもというのなら、通してやってもいいぞ? だがなぁ、余所者に中をうろつかれると、色々と面倒なんだ。だから」


「金を寄越せという事か……?」


 兵士の嘲笑が気に入らなかったのだろう。フェガリオさんが気分を害したという表情をして兵士を睨み付けた。迫力のありすぎる怖い顔の男性に睨まれた兵士は、ぶるりと恐怖に身を震わせたものの、それでも甘い汁を啜る事を諦めないのか、まだ無駄口を叩いて寄越す。

 

「入りたいんだろ? それなら誠意ってもんを、なぁ」


「誠意、か……。なぁ、フェガリオ、善良な民を脅して金をせしめようとする兵士をどうこうしても、別に支障はないよな?」


「あぁ……。こういう輩には虫唾が走る。やれ」


 なるほど……。実力行使に走ってこの兵士をどうこうしようと。

 まぁ、同情は出来ないので、兵士の前に立ったレゼルクォーツさんが何をしようと、私が止める必要はない。


「な、何だ? 誠意を示さねぇなら、絶対に通したりは」


「あぁ、すぐに見せてやるよ。――誠意ってもんをな」


 媚びるでも、威圧するでもないレゼルクォーツさんを、兵士が圧され気味に見上げながら槍を握り締めていると、――奇妙な変化が起こった。

 ふらりとよろめきながら、ゆっくりと道を開け始める兵士。

 その目はとても虚ろで、さっきの偉そうな態度とはまるで違う。


「どうぞ、お通りください」


「サンキュ。さ、行くぞ」


 満足顔で兵士の横を通ったレゼルクォーツさんが、私達を手招く。


「何をしたんですか?」


「ん? あぁ、ちょっと『お願い』しただけだよ。ついでに、あとで責任者に今までやって来た後ろめたい事も自分で申告するように仕掛けといた。親切だろ?」


「……どういう事ですか?」


「子供は知らなくていい事だ……。リシュナ、レゼル、行くぞ」


 本当に何をしたんだろうか……。確か、吸血鬼は人の血を吸う他に、空を飛んだり魔術を行使したりする事は知っているけれど、あとは……、何だっただろうか。

 人間にも魔術を行使出来る者はいるけれど、もしかしたら、洗脳か何かの術でも使ったのだろうか?  

 私の手を取って歩き出した二人を交互に見上げると、レゼルクォーツさんからは「気にしない、気にしない」と笑顔を向けられ、フェガリオさんからは「知らないほうが幸せだ」と神妙に頷かれてしまった。


「で、お前の……、家があった場所はどこなんだ?」


「村の奥です……。綺麗な花が咲く木の近くに」


「奥か……。見たところ、遺体の類は片付けられているようだが……、責任者に会う必要があるな」


 歩きながら村の中を見回していると、フェガリオさんが顎に指先を当ててそう呟いた。

 殺戮の果てに犠牲となった村人達の遺体は、どこにも残ってはいない。

 恐らく、ここに兵や調査隊が送られて来た時に、最初の段階で回収してしまったのだろう。

 けれど、戦火の犠牲となった民の亡骸は、この地に神官が準備を終えて着くまでは、どこかに安置されているはずだ。弔いの祈りと共に、土へと還る為に……。

 けれど、その場合は全員を同じ場所に埋めてしまう為、生き残った身内は遺体を引き取るか、形見となる品を受け取って、個人でお墓を作る事も出来る。

 埋められる前に……、早くお父さんとお母さんの姿を見つけないと。

 蹂躙された地は、それを行った支配者達の気分や意向により、救援の手が駆けつける前に遺体を無下に扱われる場合もある。だから、ある意味で助かったとは言えるだろう。

 道行く途中で兵士から声がかかる事もあったけれど、その度に子供は知らなくていい何かを仕掛けた二人によって、私達は村の奥まで辿り着くことが出来た。

 炎に焼かれ……、美しい姿を失った花の木。お父さんが作ってくれたブランコも、残骸と化して地面に転がっている。


「ここに来るまでに、お前の両親の遺体はなかったみたいだが……、もう回収されちまったかな」


「お父さん……、お母さん……」


「リシュナ、お前が大丈夫そうなら……、ここの責任者とかけあって回収済みの遺体を見せて貰う事も出来ると思うが、どうする? 特徴を教えて貰えれば、俺達で見てくるが」


「俺もそれに同意だ……。数も多いだろうからな……、子供にはあまり見せたくはない」


「……いいえ、私も行きます」


 気遣ってくれるレゼルクォーツさんとフェガリオさんの申し出を断り、私は責任者の人がいる天幕へと向かう事になった。両親以外にも、私にとってこの村の人達は、同じように『家族』だ。

 たとえどんな姿になっていても、私は目を逸らしたくはない。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「生き残り? この村のですか?」


 穏やかな物言いをした四十代程の騎士様が、訪ねて来た私達を天幕の中に招き入れ話を聞くと、感極まったような表情で私を抱き締めにかかってきた。

 まさに、森の中で凶暴な熊の類に出会ってしまった子兎の心境というか、体格差の違いに少々驚いてしまい、私はされるがままだ。

 

「良かった……、本当に良かった……!!」


「……どうも」


 何だか喜んでくれているようだけど、正直苦しい……。

 大きな体格の熊、もとい、人として真っ当な騎士様に感動の抱擁をされた私は、見かねたフェガリオさんによって助け出され、何とか呼吸を取り戻す事が出来た。腕力のありすぎる男性は怖い。

 天幕の中には、他にも年若い騎士様が立っており、私を抱き潰そうとした騎士様と同様に涙ぐみ、私の生存を喜んでくれているようだった。あの兵士とは大違いだ。


「私はこの調査隊の隊長を務めております、マーゼスと申します。いやぁ、それにしても本当に良かった……。まさか生き残りがいたとは、本当に、本当に……、ぉおおおおっ」


「隊長!! ハンカチです!!」


「馬鹿!! そんなので足りるわけないだろ!! 隊長、こちらの厚手のタオルをどうぞ!!」


 まだ感動の嵐が心から過ぎ去らないなのか、マーゼスさんが地面に突っ伏してボロボロと大粒の涙を溢れさせるのを複雑な気持ちで眺める。……人情家、なのだろうか。

 その傍に駆け寄って涙を拭く物を差し出している騎士様達もまた、つられて泣いている。

 

「感動しているところ悪いんだが、回収した遺体を見せては貰えないか? このリシュナの両親を探したいんだ」


「出来れば、その遺体を引き取って墓を作ってやりたい……」


「遺体……、遺体は……、全て、『燃やしました』」


「「「は?」」」


 普通は、神官様を呼んで無念の死を遂げた人々の魂を癒し浄化してから遺体を大地に埋めるというのに……。何故、『燃やす』必要があるの? 村の皆が熱い炎に嬲られながら死んでいく様が、私の中によぎる。この国において、遺体を焼くという行為は、死者への冒涜に当たってしまうというのに。息を呑む私達に、マーゼスさんは悔しそうに事情を説明してくれた。

 

「この村に私達の隊が訪れた際、確かに遺体はそこかしこにありました。……ですが、調べを始めてからすぐに、村に立ち入った私達を敵とみなすかのように、――蘇ったのです」


「蘇った……、だと?」


 片眉を跳ね上げたフェガリオさんが、一歩前に出てマーゼスさんに問いかける。

 話すのもおぞましい、……そんな気配さえ感じる天幕の中、『蘇った村人』の話は、私の負った心の傷をさらに抉るように牙を剥いた。


「私達の部隊が村に着いた時、すでにそこは、第二の悲劇に見舞われていたのです……っ」


 国境が突破され、村が襲われた報は、すぐに王都へと届いていたらしい。

 国王陛下は国境への救援の手と、それに必要な部隊を送ってくださった。

 けれど、マーゼスさん達の部隊が到着した時には、すでに村人は全滅状態。

 敵の兵士達も、何故かそれ以上の侵攻はせず、自国へ引いてしまっていた、と。

 村の中に散らばりながら死んでいた村人達を目にしたマーゼスさん達は、すぐに事態の異様さを感じ取ったそうだ。

 死体を前にしているはずなのに、彼らの、騎士としての、戦士としての本能が、警鐘を鳴らした。

 その直後、死んでいたはずの村人達はゆらりと立ち上がり、虚ろな目をしながら、恐ろしい笑みを浮かべて、マーゼスさん達へと襲いかかったらしい。

 それが、生きた存在ではない事は、その腐臭と目からは一目瞭然。

 まるでゾンビのように動く屍なのだと理解したマーゼスさん達は、応戦している最中、その首筋に『二つの噛み痕』を見つけ、悟った。

 一度死んだ彼らは、吸血鬼による吸血行為を受け、生きた屍となった事を。

 そうなった者はもう人としてはみなされず、ただ浄化の炎で焼き尽くすのみ……。


「つまり……、お前達はリシュナの家族を、村人を二度殺したって事か……!?」


「仕方がなかったのです!! そうしなければ、犠牲者が増えるのみっ。どうかご理解ください」


 零れる涙を拭いながら、マーゼスさんは私に向かって頭を下げてくれた。

 救えなかった苦しみを今も胸に抱きながら、それがどんなに悔しい事であったのか……。

 侵略者の手により蹂躙された人々の絶望と、二度に渡る嘆き。

 その二度目を引き起こしたのは……、『吸血鬼』。

 吸血鬼が……、苦しんで死んだ私の家族達を……、まるで玩具を扱うように蘇らせた。

 その事実を受け止めながら、私は自分の手を握っている温かな感触から逃れるように、距離をとった。


「リシュナ……?」


「吸血鬼が……、私の……、お父さんや、お母さん……、皆を」


「ちょっと待てっ、お前まさか……!!」


「――嫌!!」


 吸血鬼という存在への嫌悪と憎しみが溢れ出し、レゼルクォーツさんの制止も聞かず、そのまま天幕の外へと走り出す。

 吸血鬼が、吸血鬼が……、村の人達にさらなる地獄を与えた。

 隣国からの襲撃に吸血鬼達が関係しているのかはわからない。

 けれど、一度死んだ人達の身体を玩具のように扱ったその事実を、誰が許せるというのだろうか。

 レゼルクォーツさんやフェガリオさんが関係しているとは思っていない。

 だけど、同じ種族というその事実が……、私の中に醜い熱を孕ませた。

 

「おい、リシュナ!! 待てって!! 一人で行くな!!」


 息を切らせながら全力で走り続け、私は途中で盛大に地面へと飛び込むように転んでしまった。

 顔から突っ込んでしまったせいか……、石や固い地面の感触のせいで、鈍い痛みを感じてしまう。

 

「うぅ……、うっ」


「リシュナっ、大丈夫か!? あぁ、盛大にやっちまったな……。ほら、俺の手に掴まれ」


「レゼル、一度天幕の方に連れて戻るぞ……。手当が必要だ」


「い、や……、さわら、……ないで、くだ……さい」


 何故自分が震えてしまうのか、差し出された温かな手に目を背けてしまったのか……。

 両親の遺体と会えない悲しさ故か、吸血鬼による残虐な仕打ち故の怒りなのか、わからない。

 地面にポタポタと落ちる涙の染みを見つめながら、この人達には何の罪もない、種族が同じだからと恨むのは筋違いだ、と必死に自分の心を言い聞かせる。けれど……。


「無理……、なん、です。今の私には……」


「わかった……。フェガリオ、行くぞ」


「待て。何かあったらどうする気だ」


「今のリシュナには、……俺達の存在は『毒』だ。あとで迎えに来るから、この村からは出ないように、な?」


「……」


 逆恨みでしかないのに……。

 理不尽な憎悪と怒りを向けてしまった私に対して、二人は怒りもせずに去って行く。

 顔も、足も手も、……心も、痛い。私は、何をやっているのだろう。

 お父さんとお母さんの亡骸とも会えず、この村に戻って得たものは、耐え難い悲劇の続きだ。

 二人も……、吸血鬼による蹂躙を受けて、炎に巻かれたのだろうか。

 どうして……、どうして、死んでからも苦しまなければならないの?

 ただ、私達家族は平穏に暮らしていただけ……、贅沢なんて望んでいなかった。

 それなのに、……『また』、私は大切な存在を失った。何度こんな苦しみを味わえば私は救われるのだろうか。私が愛した人は皆、不幸の渦に巻き込まれていく……。

 変わらない……、『昔』から、何も……。


「うぁ……うっ、うぅっ。お父さん、お母さんっ、皆っ」


 故郷の穏やかで心地よい匂いを求めて涙を零しても、鼻をつくのは異臭の残り香だけ……。

 隣国に近い国境付近にあるせいか、雪の名残が残る冷たい風を感じながら、私は泣き続けた。

 大切な存在ものなんて……、二度と、作ってはならない。

 やっぱり私は、――この世界から消えてしまわなければならない存在。

 心の底から、全身を針で突き刺されているかのような苦痛を感じながら、そう思った。

 あの真っ暗な森の中で、終わっていればよかったのに……。

 

「どうして……、放っておいてくれないの……っ」


 嗚咽に交じり、自分を保護したレゼルクォーツさんへの恨み言が漏れる。

 私から終わりを取り上げた吸血鬼に、また『家族』を与えようとした二人に……。

 大切な存在を奪われた以上、この世界で生きて行く意味はどこにもない。

 そう、もう一度……、今なら、逃げ出す事が出来る。

 あの二人が私から目を離した今、この村から抜け出してどこか遠くに行けば、きっと私は最期を迎えられる場所に逃げ込めるはず……。


(確か……、村の近くに迷路みたいな洞窟があったはず)


 あそこに入れば、たとえ迷ったとしても後悔はしない。

 ひっそりと暗い場所で、静かな闇に抱かれながら自分という存在に、今度こそ最期を与えよう。

 私は地面から痛みを堪えて立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 そうだ、洞窟に向かう前に……、もう一度、私達の家があった場所に立ち寄ってみよう。

 両親との思い出が残るその場所に、何か自分の腕に抱いて眠れる形見がある事を願って……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『あら、お手伝いをしてくれるの? リシュナ。ふふ、お母さん嬉しいわ。あとで一緒にお隣から貰った果物をデザートにしましょうね』


 私がお手伝いを申し出ると、いつも嬉しそうに笑って頭を撫でてくれたお母さん……。

 

『リシュナ、暖かくなったら家族でピクニックに行こう。お母さんの作ったお弁当を持ってな。きっと楽しいぞ~』


 幼い私を膝に抱えて絵本を読んでくれながら、家族の楽しい想い出を作ろうとしてくれたお父さん……。


『リシュナさんは、もう少し同じ年頃の子供達と同じように、無邪気になるべきだと思いますよ?』


 そう、少し心配そうな顔をしながら、子供らしさを私に説いたのは……、『一緒に逃げてきた』協力者の青年だった。三人とも……、私にとって、かけがえのない家族だった。

 畑を耕し、いつも家族の事を考えて笑顔でいてくれたお父さん。贅沢は出来なくても、私を優しい笑顔で包み込み、温かな料理を作ってくれたお母さん。

 協力者の青年は、私達家族の暮らしを守るために周辺の村々や、少し遠くの町に出稼ぎに行ってくれたり……、本当に、よく気遣ってくれる人だった。

 とても幸せで、……私には勿体ない程の、温かな人達。


「うぅっ、……お母さん、お父、さんっ、……くっ」


 どこにも、いない。

 大粒の涙を零しながら、私は必死になって瓦礫の山をひとつひとつどけながら、形見の品を探す。

 私の家族が、この場所で生きていた事実を、夢ではないと心の中で叫びながら……。

 

「これ……、お母さんが作ってくれた人形」


 ボロボロで、土塗れの……、ウサギの人形。

 それから、お父さんが作ってくれた木彫り細工の小物達……。

 とても綺麗な状態とは言えないけれど、私はそれを手に立ち上がり、腕の中に抱き締める。

 お父さんとお母さんの……、温もりがここに在る。


「私も……、すぐ、そっちに逝くからね」


「どこに行くんですか? お嬢さん」


「え……」


 不意に、すぐ傍から声がしたかと思うと、少しダボついた服を纏う子供が私を見上げていた。

 眼鏡をかけた……、可愛らしい顔をした、黄色に近いクリーム色を思わせる髪の子供。

 何故か私の足にすりすりと擦り寄りながら、「どこに行くんですか~?」と尋ねてくる。

 何で、この場所に……、子供がいるの? ここは、蹂躙された土地。

 こんな風に、屈託のない笑みを浮かべている子供が立つには、あまりに不似合いな場所。

 その違和感に微かな恐怖を覚えた私は、形見の品を手に立ち上がり、逃げるように歩き始める。

 けれど、笑顔の子供は早足で歩く私の後をぴょこぴょことした足取りで追いかけてきた。


「どこに行くんですか~?」


「あ、貴方には……、関係、ない、です」


「僕、今一人なんです~。一緒に行ってもいいですか~?」


「駄目です……」


 もう少し、自分の家で想い出を振り返って懐かしみたかったのに……、一体どこから現れたの? 

 兵士や騎士の家族、という可能性は、恐らくない。

 戦場や危険な場所に子供を連れてくる可能性など皆無だし、それに……。

 ただの子供じゃない気がする。その考えは当たっていた。

 立ち止まった私が見下ろすと、子供が……、ニッコリと笑みを深めながら、その口の中に、鋭い牙を垣間見せた。

 ――人間じゃない。


「貴方……、吸血鬼、なん、です、か?」


「はい~! あ、でも、お嬢さんを襲ったりなんかしませんよ~!! 僕は可愛い子に引っつくのが大好きなだけの、無害な子供ですから~!!」


「……どこが」


 あっさりと自分の正体を現し、認めてしまうその態度もどうかとは思うけれど。

 それが警戒を解く要素にはならない。

 もしかしたら……、この子供が、私にとっての、第二の仇、なのかもしれないのだから。


「お聞きします……」


「はぁい、何でしょう~?」


「この村の人達の遺体から血を吸い、それを操っていたのは……、貴方ですか?」


「う~ん……、僕、可愛い女の子の血を吸うのは大好きですけど、基本的に殺すのは好きじゃないんですよね~。だって、殺したら動かなくなっちゃうじゃないですか~」


「……」


 物凄く無邪気に答えられてしまった……。

 この男の子の話からすると、死んだ者には興味がない、という事なのだろう。

 だけど、それをそのまま信じたりはしない。

 男の子のアメジストの瞳を真っ直ぐに見つめ、冷静を装いながら、もう一度、尋ねる。


「貴方は……、あくまで自分はこの村の件には関係ない、と?」


「というか、何かあったんですか~? 僕はお仕事でたまたま可愛いお嬢さんを見つけて降りてみただけなんですけど~。あ、これ、昨日まで泊まっていた宿屋の領収書です、どうぞ」


「ご丁寧に……、どうも」


 差し出された紙片を受け取り、そこに書かれてある内容を読んだ私は、確かに……、ひと月前からの宿泊期間と受け取った料金が記載されている。

 ……物凄く遠い、他国の宿屋の領収書だ。だけど、吸血鬼ならば空を飛べるし、ひとっ飛びでこの村にやって来る事だって出来るだろう。

 だけど、……、「ね?」と可愛く笑う男の子の瞳は、何故だか私の知っている誰かのそれと、同じ温もりを感じさせる光を宿していた。


「関係ないのなら……、もう、いいです。では」


「だぁ~かぁ~らぁ~、どこ行くんですか~?」


「ついて来ないでください」


「お仕事も終わって暇なので~、お供します~」


 形見を手に歩き出すと、男の子は私の後をついてトコトコと同じように歩き出す。

 小走りに変えれば、同じように……。


「可愛い女の子とお散歩なんて、素敵じゃないですか~。お嬢さんも、僕みたいな可愛い男の子とデートをしたら、きっといっぱい幸せになれますよ~」


 この変な子、というか、中におっさんの類が入っていそうな吸血鬼をどうするべきか……。

 必死に引き離そうと早足で歩きまわりながら困っていた私は、ぴたりと立ち止まった。

 確か、スカートのポケットに……、フェガリオさんから作って貰ったクッキーの袋が入っていたはず。

 それを取り出し、息ひとつ乱していない男の子の手に乗せた。


「どうぞ。それでも食べてゆっくりしていてください」


「ありがとうございます~。わぁ、お菓子だ~、いただきまぁす!」


 よし。てっきり大人の吸血鬼が子供の姿をしているのかと思ったけれど、お菓子に反応するという事は、正真正銘の子供だ。嬉しそうに男の子がクッキーを頬張るのを見届けると、私は全力ダッシュで村の裏手の方にある洞窟に向かって走り始めた。

 あの様子なら、きっとクッキーを食べ終わる頃には私の事など、忘れ去っている事だろう。

2016・06・21

改稿完了。

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