胃の中でこんにちは
き、気付いたら……、まさかの更新日が前回八月!! という恐ろしい事実でしたっ。
毎回毎回思いますが、何故こんなにも月日が過ぎるのは云々っ。(土下座連打!!)
本当に毎度毎度申し訳ありません;
前回までのあらすじ
お子様吸血鬼達の故郷、ガルシュアナ地方。
その中にあるディルの父親の治める領土にて、
他の領地を治める領主達が起こした侵略行為を止めるべく、
攫われてきたリシュナも同行する事に……。
その駆け付けた町で、他領土の領主達が戦いの場に持ち出してきた一頭の巨大な竜。
リシュナが過去に囚われていた世界にしか生息していない、天獅竜。
戦いの最中、その竜に飲み込まれてしまったリシュナは、
天獅竜の胃の中でお子様吸血鬼達と再会を果たす事に……。
そして、竜の胃の中でぐーすか寝ているという男性を目にし……。
「……非常識にもほどがあります」
「な~! ちゃんといるだろ~!!」
天獅竜の中、それも、胃の中で再会したお子様吸血鬼達。
ディル君達の話に出てきた『部屋の中で寝ている男』とやらの存在を確かめるべく、件の部屋……、胃壁の一部から通じていた空間に足を踏み込ませてみると。
「何度声をかけても、……起きないんだ」
「わたし達と同じ吸血鬼なのは間違いないんですけどねぇ……。こんなところで暢気過ぎるというか、怖いもの知らずというか。まぁ、そのお陰でわたし達も気が抜けたんですけど」
「大物だよなぁ……」
確かに。天獅竜の中にあった綺麗で上品な作りの寝室にも驚いたけれど、寝台のど真ん中でぐーすかと大の字になって寝ているこの男性を見ていたら……、誰だって気が抜ける事だろう。
後頭部の上でしっかりと結ばれてシーツに流されている漆黒の髪と、片目を隠している長いそれ。
服装はディル君のお父さん達が着ていたグランヴァリアの貴族服とよく似ているけれど、独自に改良された部分が多いように感じられる。まるで、戦闘の際に有利に動けるようにと作ってあるかのような仕様だ。
「……というか、この人とは一度会ってますね、私」
「「「えぇええええっ!?」」」
「名前は知りませんけど、以前この人に血を舐められました」
「「「はぁああああああっ!?」」」
すぐ傍に四人もの気配があるというのに眠り続けている鈍感な大人吸血鬼。
お子様達の大声にも反応せず、暢気に寝返りを打っている。
「私が、人間の世界で暮らし始めて一年程が経った頃の事です」
「人間の世界……。リシュナは、別の世界から来たって事か?」
「はい」
お子様吸血鬼達には話していなかった私の過去。
それを簡単に掻い摘んで説明した私は、村の外れで出会ったこの吸血鬼の事を話した。
昼間に村の子供達が集まり遊びの場としている広場。
……今は、皆の墓標が並んでいる場所。
「私はその日の晩、皆と遊んでいたあの場所に忘れ物をしてしまった事に気付きました。お父さんとお母さんに見せようと思っていた綺麗な石を」
慌ててそれを取りに向かった私は、村の人達がご神木と崇める大樹の佇む広場で……、この吸血鬼と出会った。いや、この人は私が来る事がわかっていたのだろう。
大樹の太くしっかりとした幹のような枝場で寛ぎ、石を見つけてほっとしていた私に声をかけてきた。その時の出会いの言葉がこうだ。
「『まだしぶとく生きておったのか』……そう、この吸血鬼は言いました。まるで、私の過去を知っているかのように」
「「「…………」」」
「まぁ、私に対して憎しみや殺意の感情がなかったようなので、適当に相手をして帰りましたけど……、多分、この人は私と、私の本当のお母さんの事を知っているんだと思います。意味深な言葉ばかりを残して消えてしまいましたし」
ついでに、私の手のひらに小さな傷をつけて、滲み出した血をぺろりと舐めた不審者、いや、変態という認識対象の相手でもある。
まさかこんな場所で再会する事になるとは思っていなかったけれど……。
「あまり、関わりあいたくはありませんね……」
「だが……、この竜の中から出る手掛かりを持っているかもしれない」
「そうですよ。大人の吸血鬼であれば空も飛べますし、竜の口まで連れて行ってくれるかもしれません」
「……そんな親切そうな大人じゃありませんよ、この人は」
たった一度の出会い。その時の印象でいえば、確実に気分で協力するかどうかを決めるタイプだったように思えた。レゼルお兄様とフェガリオお兄様のような世話焼きの情など全く感じられない相手。去り際の台詞はこうだった。
『せいぜい、しぶとく足掻きまくって生き延びてみるといい』
一から十まで、いや、百、千、万以上まで上から目線だった吸血鬼。
この人に頼るくらいなら、胃壁を自力で登る方がマシな気がする。
「はぁ……」
「ミュイ~!」
部屋を出ようか、この吸血鬼を起こすか、面倒な葛藤に苛まれていると可愛らしい声が響いた。
私の腕の中で大人しくなっていた竜……、の子供みたいな幼い生き物だ。
身体が真っ白なので、シロちゃん、と仮定して呼んでおこう。
シロちゃんがもっふりとした前足を腕の中から出し、眠っている大人吸血鬼に何かを訴えているかのような声をぶつけ始めた。
「ど、どうしたんですかっ?」
「ミュイッ、ミュイ~!!」
「な、なんか……、怒ってるみてぇだなぁ」
「惰眠を貪っている駄目な大人への抗議ですかねぇ……。どう思います? オルフェ」
「……おれには、ド阿呆、この役立たず、と、そう罵っているように聴こえる」
その予想はきっと当たっているのだろう。
シロちゃんは私の腕の中から飛び出し、ぐーすかと暢気に眠っている大人吸血鬼の顔にダイレクトアタック! 一瞬、うぐっと苦しそうな声が聞こえ、そのまま顔面に幼い生き物がべったりと貼りついて呼吸を塞いだ。
「……んぐっ」
「ミュィ~! ミュイッミュィ~!!」
「…………ぐぅっ」
十秒、二十秒……、一分経過、二分、三分。
お子様吸血鬼達と一緒に息を呑んで目の前の光景を見守っていた私達は、やがて、顔を塞がれている大人吸血鬼が蒼白になって飛び起きる様を見る事になった。
「はぁ、はぁ……! 何なんだ、一体っ」
「ミュイ~」
「シロちゃんっ、だ、大丈夫ですかっ?」
「ミュイ~、ミュ~……」
あぁ、可哀想に……。寝起きの悪い吸血鬼に鷲掴まれて横に叩き付けられたせいで、シロちゃんが目を回してしまっている。
ふかふかの場所だったから怪我はない。だけど、強制的に起こされた吸血鬼は酷く御立腹のようだ。ようやく呼吸が落ち着いたのか、私達をギロリと睨みつけてきた。
「……我が起きるまで邪魔をするなと言ったのを忘れたのか? 八つ裂きにするぞ……」
「「「ひぃいいっ!!」」」
「寝起きが悪い上に、子供相手に脅しですか……。最低ですね」
「何だと……?」
大人げもなく威圧感を放ってきた吸血鬼からお子様達とシロちゃんを庇った私は、嫌味を込めた抗議の言葉をはっきりと口にする。
吸血鬼達はその見目の麗しさと共に妖しい魅力を纏い他者を魅了するけれど、この人の美はまた違うものだった。絶対的な支配者の気配で他者を呑み込み、その存在で圧倒し、踏みつける。
私と出会った時と違うのは、この点だ。あの時はまだ力を抑えていたように思う。
けれど、今は抑える事も頭にないのか、寝起きの不機嫌顔で乱暴に自分の髪を掻き上げ……。
「……すぅ」
「「「「寝た!?!?」」」」
私達の存在をしっかりと確かめるわけでもなく、速攻で寝台に倒れこんで寝息を立て始めた吸血鬼。
今までの睡眠時間を知る術はないけれど……、これは、ちょっと。
そこにすかさず、復活したシロちゃんがまたまた華麗なダイビングを見せて大人吸血鬼の呼吸を塞ぎ、起こしにかかる。
「…………、~~~~~ッ!」
「ミュイ~!」
それからの流れは最初と全くの一緒だった。
酸素を求めてシロちゃんを鷲掴んだ大人吸血鬼が飛び起き、叩き付けられそうになった幼い体躯を寸でのところでキャッチする。ほっ……、今度は無事に受け止める事が出来た。
「はぁ、はぁ……ッ」
「自業自得だと思います」
「我が我の領域内で好きにしていて何が悪い……!」
本気で八つ裂きにしてやろうか……。ぞわりと室内を這った強烈な殺気。
一度目よりも威力の増したそれに、お子様吸血鬼達が耐えられなくなって気絶してしまう。
怖くない、わけじゃない……。私だって、こんな剥き出しの敵意と殺気を正面から浴びるのは……。
でも、怯んでいる暇はない。
「お休み中に失礼しました.この通り、心を込めて謝りますから、――さっさと私達の事を認識してください」
「腹の足しにもならん謝罪など聞く気もな……、ん? そういえば、……誰だ、お前達」
「この竜のお腹にパックンされてしまいました、被害者四名+一匹です」
「喰われた……? フェリア・スノウがお前達のような生き物を? ふん、あり得んな」
私の事を思い出していないのか、寝坊助な大人吸血鬼は伸びをして即座に否定する。
「フェリア・スノウというのが、この天獅竜の名前ですか?」
「…………」
天獅竜。私の発した言葉に、まだ眠いのだと言いたげな吸血鬼の眼が僅かに見開かれた。
過去に私が囚われていた世界にしか生息しないという天獅竜。
恐らく、この吸血鬼は今操られているこの天獅竜の飼い主的な立場なのだろう。
それならば、飼い主として今起きている緊急事態をどうにかしてほしい。
そして、私達を天獅竜の中から出してほしい。
簡単に言う事を聞いてくれそうな相手には見えないけれど、言うだけならタダだろう。
これまでに至る説明を交えて懸命に伝えていると、寝乱れた服を申し訳程度に整えた大人吸血鬼が、苛立たしそうに舌打ちをした。
「……面倒だ」
「いいんですか? 私達が居座り続けたままだと、寝られませんよ?」
「ふん……」
それ以前に、天獅竜をこのままあの領主達の好きにさせていれば、必ず良くない事が起こる。
今以上の恐ろしい事態、それを望んでいないのは、この吸血鬼も同じ事だろう……。多分。
一刻も早く外に出たい。天獅竜を元の穏やかな子に戻してあげたい。
だから、どうか、どうか……!
気だるげな吸血鬼と、私の視線が暫くの時を共有して睨み合う時が続く。
「我は、誰にも何にも邪魔をされず昼寝がしたい」
「…………」
「それには、お前達も、外の奴らも邪魔だ」
「協力、してくれるんですか……?」
「それに値する対価を寄越すのなら、な」
対価……。私達に協力する為の報酬。
「大人なら、善意で困っている子供を助けましょうよ……」
何から何まで大人げない行動ばかりの吸血鬼は、私を見下ろしながら、いや、見下しながら嗤う。あぁ、嫌な予感がします……。
「我は慈善行為などという下らんものに興味はない。大体、眠りを邪魔された挙句に見返りのない要求までされては、我の損ばかりが目立つというものだろう? 故に、我は対価を要求する。お前にな」
「……私、一人に、ですか?」
お金の類を要求されるのだとしたら、お子様達のお父さん達に支払いを任せようと思っていたのに、まさかの私一人での負担になるなんて……。
どうしよう……。レゼルお兄様達や国王陛下に支払いの要求がいってしまったら……!
「あ、生憎と……、私は一文無しのようなものですので……、大金の用意は」
こう言っておけば、少しは値切れるだろうか。そんな小狡さを発揮してみる。
最初からハードルを低くしておけば、この偉そうな吸血鬼も望みのない無茶は言わない、はず。
「ふん、金などで腹が膨れるものか」
いやいや、お金があれば食料も買えるし、飲食店も利用できますよ。
そんなツッコミを内心でかました私に、すっかり頭の冴えたらしき吸血鬼は耳元へと顔を寄せてきた。
「我が望むのは唯ひとつ……」
――傲慢な支配者が落とした色香の滲む囁きに、私が出した答えは……。




