疑問を抱く少女と、領地の異変
何故、私が自分の決めた事に迷いを覚えているのか……。
何故、罰と償いの為にと、これからの人生を縛る事にした子供達の親に出会ってから、その過去を見てから、……この心が揺れて仕方がないのか。
決めたはずの覚悟を、もう一度、私は形にしなくてはならない。
「貴方達の生きる地が、どれほど過酷で、油断出来ない危険に満ちているかは、国王様に見せて頂いた過去の世界のお陰で、少しですがわかっているつもりです」
誰かを信頼すれば、裏切られる。情のせいで、大切な家族を、領民を失う。
だから、ディル君のお父さん達は、自分の生き方を捨てて、冷酷な吸血鬼になった。
そうやって生きていけば、危険が減ると、平穏が続くと、そう信じて……。
「貴方達は、ディル君達に……、自分の息子さん達に、同じ生き方をさせたいんですよね?」
目つきの変わった吸血鬼達の鋭い殺気を感じながら、私は言葉を重ねる。
その地に適した生き方、教育。それを否定する気はない。
だって、そうしなければ……、沢山の人達が犠牲となり、ディル君達はいつか、お父さん達と同じ痛みを味わう日が来るかもしれないのだから。
勝手な事を言っているように見えて、実際はとても、家族の事を、領民の事を、深く思い遣っている大人達。
私からの確認に、ディル君のお父さん、ヴァネルディオさんが静かに頷いてくれた。
「ディルは、こいつらの息子もだが、俺達の幼い頃によく似てるんだよ……。素直で、何でも受け入れちまう純粋さばっかりが目立つ、まっさらな子供。俺達が道を決めてやらなきゃ、他の領主達に食い潰される日がくるのは目に見えてる」
「だからこそ、幼い頃からの教育を徹底しようとしているのですよ。強い力を揮える吸血鬼に、迷いのない決断力と、道を切り拓く事の出来る大人にしようと、ね。領主たる者、領民の光となり、彼らを守り導く責任を持たねばなりません。まぁ、レディのような子供には、まだまだ理解し難いものがあるでしょうが」
「強くなければ死ぬ……。失うものが、増える。俺は、オルフェに、領民に、そんな道を歩ませたくはない」
ティア君のお父さんとオルフェ君のお父さんも、同じように子供達と、自分の領地の人達の事を案じている。
けれど、……その道を選んだ事を後悔していないのなら、何故。
「ヴァネルディオさんの領地……、私が現実で目にしたのは、この町の様子だけですが……、第二の王都と呼ばれる場所と、……似てますね」
国王様が見せてくれた過去の世界の光景と違っていた……、ヴァネルディオさんが治めている町の光景。田舎でのんびりとしている、そう評された土地の人々は、疲れきった様子をしていた。
昔の方が、まだ活気があったとように思える。
その原因が、生き延びるために、守るために、自分から変わる事を選んだヴァネルディオさんの影響だとしたら、それは……。
「元から、この辺境はお前がさっき目にした光景が、日常であるべきなんだよ。余裕なんかない、いつ命を狙われるかわからねぇ、ギリギリの緊張感の中で生きる。それが、本来の姿だ」
「……意味があるんですか? それ」
「あ?」
物凄くドスの効いた低い音で問い返されたけれど、ここで負けるわけにはいかない。
視線を逸らさず、窓際に背を預けているヴァネルディオさんをじっと見つめ、もう一度言う。
「確かに、情を捨てた生き方をすれば、多くの命を危険に晒す可能性が減り、領地や領民は生き延びる事が出来るかもしれません。でも……、それに、意味はあるんですか?」
「おい、ガキ……、何が言いたい?」
「ディオ、あまりレディを怖がらせてはいけませんよ。その子はまだ子供なのですからね」
「俺達の生きる世界は、お前のような子供には……、理解出来ない」
ソファーの方まで大股で近づいてくると、ヴァネルディオさんは私の顎を掴んで持ち上げ、凶悪な目つきで睨み下ろしてきた。
味方は誰もいない。私、一人……。この吸血鬼達との対話の中で、自分の答えを見つけなくてはならない。だから、負けない。
「ディル君達は、ちゃんと話せば、教えれば、わかってくれる子達です……。あの子達は、自分が玩具にした村の皆の事を聞きながら、涙を流してくれました」
「たかが人間だろうが? しかも、とっくの昔に皆殺しにされた肉の塊だ。それをどうしようが、拾った奴の好きにすればいい」
「本心ですか……?」
「本心以外に何がある? 大人を舐めるなよ、クソガキ」
嘘だ。最初はこの人達を頭からどうしようもない、ろくでなしの親だと決めつけていたから気が付かなかったけれど、本当は、違う。
威嚇をしてくるその瞳に、微かな痛みの気配が混ざっている事を、私は知っている。
黙っている二人の大人も、――冷酷無慈悲な、情を覚えない吸血鬼の仮面を、無理をしながら纏っている、と。
「言いましたよね? 私は、貴方達の事が知りたい。だから、嘘はいらないんです。たとえ貴方達にディル君達を返す事になっても、それは、私が心から納得してからの話です」
名前を教えて貰い、少しずつではあるけれど、その内側を見る事が出来ると期待していたけど、まだまだ、だ。
この人達にとって私は、子供。何も知らない、無知な、無関係の、他人。
すらりと伸びたヴァネルディオさんの爪が、肌に血の染みを作っていく。
「私を引き裂きたいなら、お好きに、どうぞ……。まぁ、どうせ、レゼルお兄様の隷属者になっている私は、すぐに復活するんでしょうけどね」
吸血鬼の隷属者。それは、主である吸血鬼が死なない限り、永久に生き続ける……。
最初は本気でレゼルお兄様も呪い憎んだけれど、今は逆に有り難い。
隷属者の私は、この三人に殺されても、死なない。いつまででも、話を続ける事が出来るのだ。
挑戦的に嗤ってあげると、ヴァネルディオさんは悔しそうに私をソファーに突き飛ばした。
「嘘も、偽りも……、俺達には、ない。ガキが偉そうに意見すんな」
「嫌です」
「あぁ?」
「本当の貴方達を見せてくれるまでは、私はディル君達を渡しません。それに、国王様が子供達を預かってくれている以上、実力行使も出来ませんよ。だから、何時間でも待ちます。本当の貴方達と話をする為に」
「「「……」」」
うわ、このガキ、マジでクソ面倒だな、おい!! という無言の罵倒が聞こえてくるかのようだ。
三人の大人達は重たい溜息を吐き出しながら、私を厄介者扱いをする目で見てくる。
失礼な……。自分達から話がある、と、そう言って連れ出したのはそっちの方でしょうに。
「はぁ……。テメェを人質にすりゃ、ディル達を取り戻せるかと思ったってのに……、クソ面倒だな」
「レディ、私達の本心は今話した通りです。他に真実などないのですよ」
「そうだ。……俺達の生き方も、オルフェ達の育て方も、変える気は、ない」
堂々巡り。さて、どうすればこの人達の本音を引き出せるのか……。
その方法を考えていると、突然、応接間の扉がノックもなしに開け放たれ、武装した人達が飛び込んできた。
「ヴァネルディオ様!! フォルネの町が、ガウベラ領の者達に襲われています!!」
「ちっ、あのクソ野郎……、またちょっかいかけに来やがったか」
大きな舌打ちの音と共に、悪態を吐いたヴァネルディオさんが他の二人と視線を交わし、部屋を出て行こうとした。――けれど、その足をまた部屋の中に引き返し。
「え?」
「よっと!! 丁度良い機会だ。おい、クソガキ。テメェに辺境の現実ってやつを見せてやるよ。今度は、過去の世界なんかじゃねぇ、正真正銘、本物の、血の惨劇ってやつをなぁあっ!!」
自分の小脇に私を抱え、断る事さえ許されずに連れ出されていく私。
過去の世界の記憶じゃない、今度こそ、本物の……、吸血鬼達の戦いを、この目に映す?
怖いのですか? と、愉快そうに私を隣から見下ろしてくるティア君のお父さんに、一言だけ返す。
「行きます。のんびり待つのも、退屈ですから」
「おやおや。怖くなって泣き叫んでも、助けてはあげられませんよ?」
「泣きません」
怖くないわけではない。けれど、私は知っている……。
血の惨劇が、どんな風に自分の心を抉るのか、壊しにかかってくるのか。
だから、大丈夫……。私は、この吸血鬼達と話の続きをする為に、一緒に行く。
キッ! と、ティア君のお父さんを睨み付けながら廊下を進んでいると、オルフェ君のお父さんが自分の前を歩いているその人の耳を引っ張った。
「フィオ、子供相手に冗談を言っている暇はないぞ……。必要があれば、俺達も手を貸す用意をしておけ」
「痛たたたた……。はいはい。まぁ、必要ないでしょうけどねぇ」
もしかしなくても、気を遣ってくれたのだろうか?
ちらりと、一度だけ私の方に落とされたその視線には、落ち着いた気配があるだけで、その奥にある感情までは読み取る事が出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side レゼルクォーツ
「だあああああああああああっ!! 下ろせ~!! この人でなしぃいいいいいっ!!」
「ははっ、何言ってるんですか~? 僕達、人じゃありませんよ~!! 生まれた時から元気いっぱいの吸血鬼で~す!!」
満天の星空が見えるバルコニーに近い木からグルグル巻きにされて吊るされながら、俺は鬼畜吸血鬼なクシェル兄貴に釘バットで叩き付けられては、大きく左右に揺らされるという拷問に遭っていた。
リシュナが攫われてから、まだ夜は明けていない……。
陛下は落ち着いて時を待てと言ったが、俺の方はそんな余裕など皆無で一分一秒を過ごしていた。
――で、ついに限界が来て辺境に向かおうとしたら、このザマだ。
クシェル兄貴から少し離れた場所で、フェガリオが一見落ち着いているように見えて、その手には裁縫道具と布を手に、内心動揺しまくりで作業に励んでいる。
「くそっ、いつまで待てばいいんだよ!! 陛下ぁあああああっ!! リシュナに何かあったら、どう責任を取る気なんですか~!!」
「ははっ、まぁ、もし何かあった場合は、責任を取って俺の嫁にでもするか」
「そうなる前に、陛下の御心が変わる様、この私が荒療治をさせて頂く事になりますが、よろしいですか?」
バルコニーに出てきた暢気顔の陛下の背後で、黒いオーラを漂わせながら宰相殿が脅しに入った。
あぁ、あれは本気だな。陛下が馬鹿な真似をしようものなら、全力で殺る気満々の目だ。
ちなみに、俺も可愛い妹にあんなおっさんが婿に立候補したら、同じように怒ると思う。
いや、現に今、陛下をグサグサと咎める視線で突き刺しまくっている。
「はぁ……、確かにリシュナは愛らしく聡明そうだが、流石に歳が離れすぎている。それに、もしかしたら、俺の姪御かもしれん娘だ。可愛がりはしても、嫁には望まんから安心しろ」
「「当たり前です!!」」
と、俺と宰相殿の声がハモった瞬間……、視線の先で冷静沈着なグラン・シュヴァリエの長が、誤魔化すように咳払いをした。
「私の娘だという証拠はどこにもありません……。一般論ですよ、一般論。自国の王がロリコン趣味に走ったなどと、悪い噂を流されて治世が乱れてはたまりませんからね」
この野郎……、まだ、リシュナの父親説を否定する気か。いや、たとえ娘だとしても、名乗る気はないとか言ってたな。本当は物凄く気になってるくせに、余程百年前に……、トラウマを刻み付けられてるんだろうな。愛していた女に裏切られ、罵られ、傷つけられた心と右目。
気持ちはわからないでもないが、もしも宰相殿がリシュナの父親だったとしたら、いつかは受け入れてほしいと、そう、願う。
「ん~? 陛下~、陛下~、大変ですよ~、あそこあそこ~」
「どうしたんだ、クシェル兄貴……。あ」
脳天に血が溜まりそうな体勢でぶら下がっていた俺は、闇に乗じて急ぐ人影を三つ、発見した。
ちっこい子供、三人……。慌てた様子で、そいつらは王宮を出る為にか、先を急いでいる。
「陛下、ディル達の部屋の結界……、解きましたか?」
「ん? あぁ、そろそろいいかと思ってな。さっき解いておいた」
「何やってんですか、アンタは……っ。どうせ辺境に帰ろうとしてるんでしょうが、大人の姿になる為の薬も持ってないのに、無謀ですよ」
リシュナが初めてアイツらに会った時、その姿は大人のそれだった。
本来子供であるはずの幼い吸血鬼達。大抵、百年ぐらいで成人を迎えるんだが……。
アイツらは自分達の屋敷から持ってきた薬を飲んで、一時的に大人の姿を手に入れていた。
で、効果が切れて、残っていた薬も俺達が没収。今のアイツらは無力な子供同然だ。
バルコニーの手摺から暗闇の向こうを見通しながら、陛下が楽しそうに笑う。
「誰しも子供時代は冒険心を抱くものだ。まぁ、危険がないように、保護者が陰から付き添うものだがな」
陛下がそう呟いた直後、俺の身体をグルグル巻きにしていた毛布と縄が解けた。
バルコニーの内側に降り立ち、その意図を正しく理解する。
「フェガリオ、アイツらの後を追うぞ」
「子供達を回収し、先に辺境へ行った方が早くないか?」
「いいんだよ。俺達がよちよち急ぐお子様共の後を追っていけば、――陛下の言う、その時が来るんだろうからな。ですよね? 陛下」
「さぁ、それは、あちら側の動きにもよるだろうが、お前達、グラン・シュヴァリエとバレないように、ちゃんと変装をしていけよ。これは、子供の冒険を見守りに行く、ただの保護者の行動だからな」
どこからかバルコニーの内側にドスン! と、重々しい音を立てて落ちてきた、でっかい茶色の袋。その中を指差した陛下の指示に従い、覗き込んでみると……。
「あの、マジでこの中から選ぶんですかね? 陛下」
「これは……、はぁ、レゼル、諦めろ。陛下のご指示だ」
「頑張ってくださいね~!! 僕はここで美人で可愛いお姉さん達の童話を読んでますから~!!」
「私の前でそれが通ると思うなよ? レインクシェル、――全部没収だ」
「ぁあああああああああああっ!! 僕のぉおおっ、僕のパラダイスがぁああああああああっ!!」
エロ系の本をどっさりと隠し持っていた兄貴の悲劇はどうでもいいとして、今はあのお子様共を追いかけるのが最優先事項だな。
袋の中をゴソゴソと渋い顔で掻き回し、何とか無難な物を掴んだ俺とフェガリオは、可愛い妹の助けとなるべく、バルコニーを飛び出して行った。




