第七話
帰宅後、グレッチェンはすぐにベッドに横たわったものの、中々眠れずにぼんやりと天井を見上げていた。
男とキスを交わしたことなど、今までだって何度も経験していて、初めてのことではない。
しかし、それは毒殺する際に抵抗されないよう、身動きを取れなくするための、云わば『仕事』と割り切った上のものであった。
自身の薄い唇をそっと指でなぞり、シャロンの唇の感触や、息遣いの一つ一つを思い返してみる。
彼がどういうつもりであのような行動に出たのか、どんなに考えてもグレッチェンには皆目見当つかない。しいて言うならば、無様な泣きっ面を晒した自分を憐れんでくれただけなのだろう。一回りも年下で貧相な身体つきの小娘など、彼の相手ではない。
頭の中ではそう結論が出ていると言うのに、身体は一度覚えてしまった悦びを忘れてくれそうになかったーー。
明日はいつもより早く店に行かなければいけないのに、一向に眠れないのは彼のせいだ。
唾液の毒性反応を調べなければいけないのに、寝不足のせいで正確な反応が検出されなかったとしても、彼のせいだ。
熱く昂ぶるばかりのこの身体は、きっと彼の風邪が移ってしまったんだ。
(……もし本当に風邪を引いてしまったら……、シャロンさんに文句の一つでも言わなきゃ……)
こうなったら、全てをシャロンに責任転嫁してしまえばいい。
そんなことを思いながら、グレッチェンはもう何度目かすらも分からない寝返りを打ったのだった。
――翌日――
案の定、寝不足気味で店に入ったグレッチェンを、徹夜明けだと思われる様子のシャロンが出迎える。
昨日風邪で寝込んでいたというのに、また身体に鞭打って……、と、グレッチェンは内心ひどく心を痛めたが、あえて口には出さなかった。言ったところで、彼が言う事を聞いた試しなどなかったからだ。
「来て早々すまないが、早速実験させてくれないか」
奥の部屋の机には、実験に使用する道具と薬がすでに用意されていたーー、というよりも、おそらく昨夜の状態のまま片付けていなかっただけに過ぎないけれど。
そして昨夜に引き続き、グレッチェンの唾液を採取した後、試験薬を落とし込む。
「…………」
実験結果を確認した二人は揃って言葉を失う。
試験管の中の唾液は青紫色に染まっていたーー、つまり、今まで通りの毒性反応が示されていたのだった。




