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マクレガー夫妻の食卓における謎

二年程前に活動報告で書いたSSを修正したものです。

 それは、一段と冷え込みが厳しくなってきた、ある冬の夕暮れ時のことだった。


「シャロンさん。夕食の準備ができたので冷めない内に降りてきてください」

「うむ、分かったよ。すぐ降りて行こう」


 シャロンは読み耽っていた医学書に栞を挟み、椅子から立ち上がった。

 扉を開ければ、グレッチェンは先に階段を降りて行ったらしく姿が見えない。

 呼ばれたからには下りていくしかないと、シャロンも階段を降りて行く。


  一階の食事を摂る部屋は、店に置く薬品や研究の実験道具などの保管場所でもあるため、階段を降りる途中から薬草と化学薬品が入り混じった臭いがつんと漂ってくる。

 よくこんな場所で食事を摂れるものだ、いつまでも店と自宅とを兼任するのではなくちゃんとした住まいに移り住み、使用人の一人や二人雇えばいいのに、と、母のマクレガー夫人からは再三注意を受けている。

 だが、シャロンとグレッチェンも共にすっかり慣れ親しんだ生活空間に対し、特に不満を抱いてはいなかった。

 それに、食事時には、グレッチェンの作る素朴ながら暖かい家庭料理の匂いによって独特の臭いは掻き消されてしまうので全く気にならない。


 ただし、たった一点だけを除いては――


 最初は左程気にも留めなかったし、今でも決して嫌という訳でもない

 むしろ、このまま素知らぬ振りを続けても構わないとすら思っている。


「シャロンさん??どうしたのです、ボーッと立ちっぱなしで。早く席に着いてください。折角のシチューが冷めてしまいますよ」

「う、うむ、そうだな……」

「??」


 グレッチェンの訝し気な視線に押されるがまま、シャロンは椅子に腰掛けた。

 シャロンが席に着くのを確認すると、グレッチェンも席に着く。

 夫婦の食事場所――、流し台の近くに置かれた丸テーブルに乗っているのは、ポットロースト・パートリッジのシチューとマッシュポテト。

 何の変哲もない、この国の家庭料理の一つ。

 神に祈りを捧げた後、二人は食事に手をつけ始めた。


「グレッチェン、一つ質問したいことがある」

「 はい、何でしょうか??」

   

  結婚して数カ月間ずっと疑問に感じていたこと――、を、遂にシャロンは妻に打ち明けることにした。


「何故、君が料理に使う肉は鶏肉ばかりなんだね??」


 グレッチェンは匙を動かす手をぴたりと止め、徐にシャロンから視線を逸らした。

 その反応をシャロンは見逃さなかった。


「マクレガー家で暮らしていた幼い頃、君は牛だろうと豚だろうと羊だろうと普通に口にしていたから肉嫌いではなかった筈だ。兎のパイに至っては美味しい美味しいと、いつもお代わりしていたくらいだった」

「…………」

「グレッチェン、私は別に怒ってもいなし、咎めている訳ではないのだよ。君がどうしても鶏肉でないと嫌だと言うなら、それでも別に構わないと思っている。ただ、何故そうなのかが気になって仕方ないだけなんだ」

「…………」

   

 グレッチェンは気まずそうに俯くばかりでシャロンの質問に答えようとしない。

 心なしか頬や耳朶が真っ赤に染まっている気がする。


「君は私に嘘や隠し事はしないでくれ、といつも言っているじゃないか??それは私も同様で……」

「……あ、あの、ち、違うんです……」

「何がだね??」

「…………」


 グレッチェンは益々顔を赤らめて再び黙り込んでしまったが、遂に観念したらしい。

 もごもごと上下の唇をしきりに擦り合わせ、しどろもどろになりながらどうにか口を開いた。


「……そ、その……。……鶏肉を……、鶏肉を、食べ続けると……、む、胸が、胸が大きくなる……と……、聞きましたから……」

「………………」


   思いも寄らない、全く斜め上の返答に、シャロンは思わず匙を手から取り落としてしまった。

 カツン!と硬質な音が響き、匙はテーブルの上を二、三度回転して滑っていく。


「…………君ねぇ…………」


 呆れて物が言えなくなるとは正にこのようなことを指すのか。

 食事中にも関わらずシャロンは両掌で顔を覆い、頭を抱える羽目に陥った。


「……一体、誰から聞いたのかね??……」

「……店のお客の……」

「……あぁ、やっぱり……」

「……う、で、ですが!……」


 相変わらず、たどたどしく歯切れの悪い口調ながら、グレッチェンは唐突にシャロンをきつく睨み付けてきた。

 両手でテーブルを思い切り叩きつけそうな勢いのグレッチェンに、今度は一体何を言い出す気だ、と、軽く身構えると――


「シャ、シャロンさんは……!む、胸の大きい女性が好きですから……!いつか、私の痩せた胸に嫌気が差して他の女性に心変わりでもされたら、と思うと……、少しでも大きくしたいと思ったんです!!」


 突っ込みどころか返す言葉一つ見つからない。

 否、見つかる訳がない。


 しかし、ここで沈黙を続ければ彼女の暴走は更に加速していく一方だろう。

 シャロンは深い息一つ吐き出すと、薄灰色の瞳を真剣に見据えてみせる。


「グレッチェン、確かに私は胸の大きい女性が好みだ。それは素直に認めよう。だが、今の私は、君の、形の整った小ぶりな胸が好きなんだ……」

   

 何故、いい歳をして、こんな直接的で恥ずかしい台詞を、しかも食事時に口に出さなければならないのだろうか??

 格好悪いにも程が有りすぎるじゃないか。


 当のグレッチェンはと言えば、薄い唇をわなわなと震わせて言葉を失い――、かと思いきや、汚物でも見るような、蔑みを込めた冷たい目でシャロンを一瞥し、告げた。


「食事中に卑猥な話をしないで下さい、下品です」

「ちょっと待ちたまえ!!誰が言わせたんだね!?」


 機嫌を大いに損ねてそっぽを向く妻に対し、何て理不尽な……、と、腑に落ちない思いを抱え、シャロンは匙を持ち直して冷めかけたシチューを口に運んでいった。


   

(終)






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