表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

即興短編集

試しの鬼女

愛してるっていって心の中では大嫌い。


ねえ、本当の心はどっち? 


私は無関心を装ってあなたを窺う。


着物に香を焚き染めて、長い黒髪に香油を塗って、唇に紅を引く。


あなたは振り向いてくれるかしら………?


それともあの女の所に行ってしまわれるかしら。


そうなったら私は鬼女になりましょう―――。




◇◆◇




 月明かりの下。広々とした妙に侘しい貴族屋敷の一室で、男女は向き合っていた。


「愛しています。愛しています」

「そうか。私はおまえのことが大嫌いだ」


震える彼女の肩。泣いているのか?

男が女の肩を抱こうとすると、小さく着物を掴んでいた女の手が力なくぱたりと落ちる。涙がひとすじ、零れ落ちた。涙の雫は床に手を着いた男の甲に落ちる。

右手の指先で男は女の小さな顎を持ち上げた。

泣き腫らす女。

月光に濡れるその涙はとても綺麗で、額には禍々しい二本の角が生えていた。

蒼白い月の光に照らされた(かんばせ)は魂が凍るほど美しい。


―――はて? こんなに綺麗な女だったか。我が妻は。


男は思わず見惚れた。

女の白い繊手が男の太い首にそろりと伸びる。すべてがコマ送りの如くゆっくりと鮮明に見えた。男ははぁ……と息をつめた。自分の首に女のほっそりした繊細な手がかかる。

女は変わらず泣いている。

私の首を絞める手が迷っているみたいだ。我が妻は声を潜めて泣いている。

私はおまえ以外の女のもとに通ったというのに、まだ好いていてくれているのか?

鬼女になるまで心を殺して、私の帰りを待っていたお前は、どんな気持ちであっただろうか? 

他の女の元に通った帰りの私を出迎えたお前は、聞き分けのいい良き妻を演じてはいたが、その心のうちにどれだけの闇を生み出し、抱え持っていたであろう? 

仕事だと言い置いて、他の女にうつつを抜かす私を、おまえはどんな気持ちで見送っていたのであろう?

ああ、おまえはとてつもなく綺麗だ。

影からこっそり私の姿を窺うお前を、薄気味の悪い陰険な妻だと思っていた昔の私を殴り飛ばしたい。今、理解した。あれは好意の表れだったのだ。

嗚呼、嫉妬に狂った我が妻は魂を抜き取られそうなくらい美しい。


―――殺されてもいいかもしれない。


こんなに綺麗で、こんなにも私を好いてくれる女になら、殺されても………いいかもしれない。


だがその前に――。


この女の唇を奪っていこう。



時代背景的には、平安から室町辺りまでのどこかの時代。

二人は貴族。男は女の親に恩があり、好きでも無い女を娶った。

物陰からこっそり男を窺う女。男は不審に思いながらも放置。ただ、薄気味悪い女だな、と悪感情を抱くようになっていた。それが祟って浮気。だけど、家に帰って出迎える女は感情を表さず、いつもどおりに――。


知っているはず、いや、知らない。だけど心の闇は溜まっていく。


女は男に賭けた。期待を裏切る男。女は賭けに負けて鬼女になる。


嫉妬した女を思わず綺麗だと思ってしまった男。


さて、ここから女は男を突き飛ばしたのか。殺したのか。許したのか。


 この話の結末は、皆さまの想像力にお任せいたします。


 敬具。(Twitterより転載した、電車内での即興話より)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ