に。
視力と私利欲2
アキトが帰ってからも、メガネを外したり、つけたり、バカみたいにメガネで遊んでる。
これがまさか自分のものだなんて…
「嬉しい〜…」
アカラギが帰ってきたらめいいっぱい自慢してやろう。
そんなことを考えていると、突如鍵のかかっているドアを開けようとする音が聞こえた。
ガダンッ!ガダガダッ!と焦っているのが伝わる。
誰が来たのかわからない恐怖に俺は震える。
いやでもここに許可なく来れるのなんてアカラギくらいでは…?
いや、アカラギは今いないはずなのに…
少しの期待をよせ覗き穴から覗くと、機嫌の悪そうなアカラギがそこにはいた。
俺はすぐさまドアを開ける。
「アカラギ!!!!」
嬉しさで勢い良く開けたドアはアカラギにクリーンヒットした。
更に機嫌の悪くなったアカラギがダイニングテーブルの椅子に座ってイライラとしている。
これは今日はハンバーグでも作ってやらないと機嫌がなおらないんじゃないだろうかと不安になる。
「アカラギ、早かったね…?」
とりあえずコミュニケーションをとろうとしてみることにした。
「まあな。」
まあなの三文字一つ一つに一トンの重りが入っているようだ。
同居人の誕生日くらいにこやかにしてくれ。
にこやかなアカラギをイメージしたところで少し気が失せた。
「もしかしてなんだけど、俺の誕生日だから…とか?」
ダンッ!と音を出して机を叩く。
「そうだよ…」
それを言うためにわざわざ机をたたくものだろうか…素直に言うのが悔しいんだろうと言うことで一人なっとくすることにした。
「あ、そうだアカラギ、見てよこれ!」
俺は机の端に置かれたメガネケースをこちらに寄せる。
アカラギは何故かとても嫌そうな顔をした。
「お前…俺のへそくりをついに使ったのか…」
「違う!これ!アキトからの誕生日プレゼント!!」
目を大きく開き嘘だろ?という顔をする。
俺は追い打ちにメガネケースからメガネをとりだし得意げにかけてみせた。
するとアカラギは少し困ったような顔をしてため息を一つついた。
「…何が、ほしい。」
「え?」
空耳かと思った俺は聞き返してしまった。
より一層アカラギの眉間に皺がよる。
「何が欲しいって聞いてんだよ…今まで買ってやったこと、なかったから…」
少し言いずらいながらも言ってくれた。
アカラギから誕生日プレゼントをもらえるなんてこれが最初で最後かもしれない。
しかし何が欲しいかと聞かれると考えれば考えるほどわからない。
唯一欲しいと言えたメガネはもうゲットしてしまった。
あと、手に入れてないもの…?
「…何を言っても怒らないかな。」
「高過ぎたらダメ。」
高いなんてものじゃない、お金じゃ買えないんだ。
手を強く握り締める。
緊張しているのが顔にでてるのか、アカラギは姿勢をただしこちらをまっすぐ見た。
「…アカラギ、が欲しい。」
言ってしまった。
後悔と共に頭が真っ白になる。
アカラギも言ってる事が理解できないのか、ぼーっとしている。
「ごめん、冗談!」
それに変な意味で捉えられてないだろうか。
「ごめん、お前ホモなの?」
「だから違う!!!!」
予想通りとんでもない勘違いをされた。
やっぱり勝手に親になってくれなんて、我儘すぎただろうか。
手汗を服の裾で拭う。しかしすぐにまた汗は噴き出すのでふいても意味はなかった。
「…具体的に何をすれ、と?」
アカラギの目が俺をまっすぐ見る。
力強い目だ、今ならはっきりとその目が見える。
もしかして本気で受け止めてくれるんだろうか。
でも本当に俺はこれでいいのか、少し後ろめたい気持ちが手汗と共に更に湧いてきた。
「ま、まって、やっぱりもうちょっと考えさせて…!」
「さっさと決めろ、決めなかったら俺が勝手に決めるからな。」
そう言ってアカラギは席をたち、自分の部屋へと向かって行ってしまった。
しかし部屋に入った途端ガタンッと音を出しながら部屋から飛び出してきた。
「なんだこれ!ぬいぐるみ!!??!?え!?なんだよこれ!!!」
「あ、あはは、」
笑っているが心ここにあらず。
考えすぎで俺の脳がパンクしそうだ。
さっきからずっと同じことが頭をかけめぐってる。
もしかしたらアカラギに決めてもらった方がいいのではないかという自分と、欲望に忠実になってしまえと言う自分。
親に甘えるという体験がない俺は、甘え方がわからない。
アカラギに甘えたら機嫌悪くしちゃいそうで。
もう、夕方だ。
この家からは外の景色がよく見える。
綺麗だけど、切ない。
昔、ちょうどこの時間帯だ。この窓から道路を手をつないで歩く親子が見えた。
その時少し忘れかけていた心細さを知った。
アカラギと俺との縮まらない距離を知った。
一緒に歩いていても、他人という壁があるんだ。
今だってそう、たった一枚越しの場所にいるのに遠くにいる気がする。
少し、少し踏み出せばきっと壊せる程度の壁。
「…踏み出せない。」
昔の俺なら、踏み出せなかった。
その踏み出せない俺の背中をここまでアキトが押してくれたんだ。
「…そうだよ。」
俺は覚悟を決めアカラギの部屋のドアノブに手をかけた。
まだ回してすらいないのにドアノブは勝手に回りドアはギイッと音をたてて開き出した。
「ぐわっ!」
思いっきりあいたドアが俺の顔面にあたる。
「あ、わり。」
アカラギがタイミングよくでてきてしまったのか。
そのまま膝をつき痛みに震えてると鼻がツーンとしたあと何かが鼻から流れ出て床に落ちた、赤い。
「は、鼻血…ティッシュ…」
せっかく心を決めたのに、天は僕に見方をしてはくれないようだ。
「大体止まったか?」
「うん…」
真っ赤になったティッシュでゴミ箱がうまる。
やっと用意した言葉もティッシュと共にゴミ箱に捨てられてしまった。
「アカラギ、何処か行くの?」
「あぁ、急いできたしケーキ買ってこようって思って。」
ケーキ…
そういえばケーキ今日は買ってきてなかったな。
俺はわざわざ買いに行ってくれるのが嬉しくなった。
「アカラギ、俺も行く!」
「…良いぞ、好きなの選べ。」
今日のアカラギは優しい、いつもなら一人で行くって言うのに。
そうだ、帰るまでに言おう。
「父さんになってください」いや、「同じ苗字にさせてください」
どれもしっくりこない。
俺はまたこうして、何も言えずに終わってしまうのかもしれない。
そう考えるとアカラギと横に並んで歩くのも息苦しく感じた。
どれがいいかとケーキ店で聞かれたが、なんだかどれにすればいいかわからなかったのでいつも食べてるチーズケーキを選んだ。
ワンホールとかじゃなく一切れなのでアカラギはこれで良いのかときいてきたが、変わるのもなんだか嫌だ。
俺は毎年このチーズケーキを食べて誕生日が来たと実感していたのだから。
夕日も沈み、もうあたりは暗くなっていた。
ああ、暗い。
毎日夜になると暑苦しい部屋から外に逃げ出して星空を眺めていた孤児院の日々を思い出す。
アカラギと出会ったのは雨の日だった。
とても土砂降りで、風邪を引くかと思ったあの日。
「そういえばお前と会ったのも夜だったな。」
アカラギがぽつりとつぶやく。
アカラギも同じことを考えていたみたいだ。
「うん、そうだね。」
孤児院の人間しか知らない俺にはアカラギは優しくて暖かい人間に思えた。
「…もう少し優しくて、大人な人間と会ってればお前ももっと楽にできて、誘拐されたということにもならなかったのにな。」
すっかり忘れていた、俺は誘拐されたことになっていたんだっけ。
孤児院の人がめんどくさいから探しに来ないだけで。
「俺はアカラギでよかったよ、アカラギじゃなきゃ嫌だった。」
アカラギはそっぽを向いている。
気味悪がってるのか、安心してるのかわからない。
「もし…、お前の元の親がお前を受け取るなんて言ったらどうする?」
「え?」
自分でもびっくりするくらいすっとぼけた声がでた。
親?俺の生みの親?
俺をコインロッカーに閉じ込めた親?
親?
「…どうでも、いいかな。」
親が俺をどうでもいいように、俺も親はどうでもいい。
「アカラギ、俺はさ…」
「…俺は……。」
喉がつっかえて言葉はうまくでてくれない。
アカラギも何か言おうとしてることを聞いてくれるのか、その場で立ち止まった。
「…何?」
「俺、は、やっぱり、アカラギと、いた、い…」
今まで言いたかった言葉がついにでる。
喉のつっかえが取れたかのようにポロポロと言葉が出始める。
「アカラギは、俺をここまで育ててくれたんだ。そんなアカラギが俺は大好きで、ずっと一緒にいたくて、家族になりたくて、今でさえすごい迷惑かけてるくせにこれから先も迷惑かけるなんて申し訳ないけど、でも、それでもアカラギと一緒に、いたい…」
「僕の、父さんになってください…」
言い切って、ようやくアカラギの顔をみた。
でもアカラギの顔は嫌そうでも、嬉しそうでもない、真顔だ。
「ヒロキ」
「な…」
何、と言う前にアカラギの手が俺の背中に回された。
どうなっているのかわからない。
アカラギの背中に俺も手を回すとなんだか落ち着いた。
アカラギの身体はあったかくて、優しさに満ちているのがとても伝わった。
「アカラギ、こんな俺を、息子にしてくれますか…」
「……アカラギじゃない、父さんだ。」
そんな月の綺麗な、夜だった。
赤羅魏 弘樹の誕生日でした。




