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変わり者の物語  作者: あなぐま
第1章 岩のドラゴン
9/57

第7話 傭兵達の村

 鋭い音を立てて、弾かれた剣が樹の幹に突き刺さる。

 これで三本目になる剣が使えなくなった。


「まだだ! アレク!」


 そう叫んでクライムが腰から新たな短剣を抜く。

 これで四本目になる剣。アレクは忌々しそうに唸った。


 それは今朝の事だ。


 いつも通り誰よりも早く起きたクライムは、いきなりアレクに決闘を申し込んだ。他の面々が唖然とする一方、その手元でレイが大笑いしていた。結局訳も分からなかったが、憂さ晴らしにしてやるとアレクも腰を上げる。マキノ達は情報収集に村へ出かけ、クライムとアレクは朝霧で湿った森へと入った。


 そして決闘だが、一瞬で決着がついた。

 クライムは口ほどにもなかった。


 普通の決闘であればそれで終わりだが、クライムは別の剣を構えて更に挑んできた。これで四度目になる。どうも決闘と言うより、稽古に付き合って欲しかったようだった。


 二人は再び剣を構える。


 アレクは大振りで重みのある長剣を好む。昔から格上相手に戦い続けていた彼は、技量差、体格差を補うために間合いや重量に重きを置く。対してクライムの武器はどこにでもある普通の剣だ。いつもアレクが前衛に出る事から使う機会も多くはないが、彼はいつも小回りが利く鋳造品を使う。


 そしてアレクにないクライムの武器があるとすれば、それは剣の質でも技でもない。手数の多さだ。


 決闘直後に最初の一本が叩き落とされた後、クライムは間髪入れず腰から二本目の剣を抜いた。それが折られれば右脚から一本、そして左脚から一本、背中から一本。まるで武器屋だ。


「おらぁ!」


 隙を突いてアレクの蹴りがクライムの左胸を直撃した。クライムはたまらず吹っ飛ぶが、転がりながら綺麗に受け身をとってまた構え、ばっと地面を蹴ると横っ跳びに隣の樹の陰に隠れる。


 突然、アレクの左の死角からクライムが斬りかかった。アレクはそれも問題なく受け止めるが、クライムの剣はそれを擦り抜けて頭に迫る。


 だが逆に、クライムの頭に手刀が叩き込まれた。

 流石に効いたのか、距離を取って頭を押さえる。

 それでも倒れもしないし膝も着かない。目はアレクを捉えたままだ。


 アレクが見るに、彼の戦い方は剣を交えているというより、手段を問わず相手を仕留めに掛かっているようだ。故郷ではよく森で動物を狩っていたと言ったが、それが彼の基盤なのだろう。森の中でやけに機敏に動けるのも、予備の武器が多いのもそのせいだ。


 最初の宣言はともかく、そんなクライムの戦い方は騎士の決闘とは程遠い。獲物を狩り、敵を殺し、生き延びる為の戦いだ。アレクもそれを否定はしない。だが、戦い自体が目的の戦い、劣勢を承知で挑む戦いではそんな鈍ら役立たずも良い所だ。だから、いつも思う。


「やっぱりお前に剣なんか似合わねぇな」

「そうね。私もそう思う」

「分かってるよアレク、レイ。でもこれからはそれじゃ駄目なんだ」


 ふらふらになりながら剣を構える。

 自分の欠点も分かっている。

 根性だけは一人前だ。


 ドラゴンを追う。

 レイの話を聞いた後、一行は話し合ってそう決めた。


 クライムとフィンは延々と喚き合い、レイはドラゴンに関われば命は無いと皆に説き続けていた。だが最終的にはその全てをアレクが正面から論破した。これもある種の習わしである。一行の命運を左右する重要な局面では、決定はいつもアレクの直感による事が多いのだ。


 当然フィンもレイも大いに渋い顔をしたが、アレクはそれを意に介さない。二人が本心に反して意見しているのが透けて見えたからだ。やれ責任がどうの危険がどうの、余計な理屈を捏ねるなどアレクの柄ではない。彼はいつも物事を単純化して考える。


 ドラゴンは身勝手に暴れまわる。

 結果、多くの人間が理不尽に傷つく。

 それでは道理が通らない、ならばどうするか。


「斬って捨てる」


 アレクの結論は、クライムの我儘の斜め遥か上を行くものだった。だが最後には皆が納得して動き出す。クライムに至ってはやたらとやる気を出していた。こうやって決闘だ特訓だと言い出したのも、ドラゴンを追う以上は戦いが増えると思っての事だろう。


「馬鹿が。どうせ言い出しっぺは僕だからーとか馬鹿な事考えてんだろ」

「ああもう、そうだよ。でもアレクにだけは馬鹿とか言われたくない」


 そうやって噛みついてくる。クライムはアレクの半分をこの上なく信頼しているが、もう半分は全く全然信頼していない。アレクにとっては不本意な問題だ。こいつは一体、自分の何が気に入らないというのか。


 以前、金を盗んで女を買った事をまだ根に持っているのか?

 それとも大蛇の魔物に襲われた時に囮にした事か?

 余りに無防備な背中が見えたから、つい滝から突き落とした事か?

 そう考えると思い当たるフシも多いのだから不思議な話である。


「やっぱりあれね。体に合っていなくても、長剣じゃないとクライムは岩の怪物に対抗出来ないわね。少し長めで、柄が太い、出来れば両刃。三番目に使っていた奴かしら。アレク、ちょっと取ってくれる?」


 訓練の間も、レイはあれこれ口を挟んできた。

 言っている事は適格だ。剣の心得があるのかも知れない。


 アレクは樹の幹にめり込んだ剣を抜き取ると無造作に放り投げる。クライムは難なく柄の所で受け取った。そして剣の感触を確かめると、どこにそんな体力が残っていたのかもう一度挑んできた。


「懲りねぇ奴だな」


 骨の髄まで型が染み込んだアレクと違い、クライムの剣は滅茶苦茶だ。誰にも師事せず見様見真似で形になった剣なのだろう。実戦にはほぼ耐えられない。軽い、遅い、鈍い、弱い、言いたい事は山程ある。これで岩の怪物相手にアレクの隣で戦えるつもりなのだから始末が悪い。


 そうして苦も無くまた叩き伏せる。

 本当に、懲りない奴だ。


「っ……! もう一度だ!」


 だが、悪くはない、か。



***



「あー疲れた!」

「もー動けねー!」

「はいはい、お疲れ様」


 アレクに一通り叩きのめされた後、僕達は近くの湖に飛び込んだ。

 冷たい水が気持ちいい。汗と汚れを落として、顔も一緒に洗った。


 森の中からは見えなかったけれど、ここからは丁度、湖に沿って木々が丸く切り取られたように空が見えていた。見上げると少し雲の流れが速い。空気も湿っていて風も強くなってきた。今は曇りだけど、この分だとこの後かなり荒れそうだ。少し急ぐか。


 汗を吸った服をきつく絞って岸辺に放り投げる。適当な布で体を拭いて、それを首から掛けた。見ればアレクも同じように乱暴に上半身を拭いていた。量こそあれ一切無駄の無い筋肉、生きているのが不思議な位の沢山の刀傷。その全てがアレクのこれまでの人生と、そして生き方を物語っていた。僕もあれだけ挑んで結局一本も取れなかった。


「やっぱり、強いや」


 剣を握っている時のアレクは、普段とは打って変わって真面目な目で僕を見ていた。


 剣を一度交えるだけで、僕の弱さ、考え、自分でも気付かない本質まで見透かされているようだった。普段はあんなでも昔は生粋の騎士として生きていた人間だ。芯の強さは僕なんかとは比較にならない。だからこそ、建前でも方便でも、彼を兄貴分と呼ぶ事に、僕は抵抗がない。


 そして僕は出来の悪い弟分だ。レイには似過ぎと言われたけど、今の姿は元々アレクを写し取ったものを作り替えたんだから仕方ない。大幅に変えて全くの別人に変われないのは、完全に僕の能力的な限界だ。実の兄弟ならこれくらい似てて普通なのかな。まあ、似ているのは外見だけ。実力は、正直、嫌になる。


「ねえ、アレクはどうやっていつも戦ってるの?」


 結局、何か掴めた実感が少しも無いのが悔しくて、一応アレクに聞いてみる。一応だ。剣を握るアレクは信頼している。でも剣を離したアレクは全く全然信頼してない。


「あ? んなもん相手が来たらこう、叩っ斬ってぶん殴って、どうやってなんかねえだろ」


 だよねー。

 うん、知ってた。


 剣を持っている時に難しい事なんざ考えるか、とアレクが鼻で笑う。考えずに強くなれるなら誰も苦労なんてしないと思うけど。そう首を捻っていると手元からレイの小声が聞えてきた。


「あのねぇクライム、これは教わる人を間違えてるわよ。アレクは何事も感覚で掴んで物事をごり押しする類だから、君とは完全に違う人種よ。君の強さは別にある。アレクには訊いたって無駄よ。教わったって無駄。と言うか存在が無駄」

「あ、ははは、そっか……」


 アレクの女癖を聞いて以来レイの評価はガタ落ちだ。まあ、アレクも開口一番レイをババア呼ばわりしてるし、下手に二人を取り持たない方が身のためだろう。聞こえてんぞゴラ、とか喚いてるけど、無視だ無視。僕は聞こえてない。何も聞いてない。何も知らない。


「見つけた」


 ふと、湖に小さな陰が落ちる。

 そのままストンとアレクの頭に納まる白イタチ。


「まだこんな所にいたのか。何やってんだか」


 やっぱりフィンだ。


「丁度終わった所よ。そっちもお疲れ」

「で、どうなんだよ。お前らの状況は?」


 僕がアレクを付き合わせている間、マキノ、メイル、フィンの三人は村で情報収集をしていた。ここ最近急に現れたという岩のドラゴン、ともかく情報が無さ過ぎるからだ。フィンはアレクの頭に留まったまま話を続ける。半分嫌々と言った声色だ。


「ドラゴンに関しては余り分からなかったけれど、思った通り各地で動きはあったよ。国が表立って動かない今だからなのか、代わりに地方が表立って動いている。終わったなら二人も来てよ。今はそれを片っ端から見てるんだ」


 二人、って言うのはレイとアレクか。フィン、相変わらず僕とは全く目を合わせない。反対意見を押し通されているから当然ではあるけど、機嫌は相変わらず最低みたいだ。


「そう、もうそんな形になってるのね。岩の怪物はどう? あちこちに撒き散らかされてるわよね」

「そっちは防衛目的で正規軍が当たってる。まあでも、それがドラゴンの怒りに触れないとも限らないから、街の外まで積極的に狩りに行く事はないみたいだね」

「ふん。いつまでそんな見て見ぬ振りが通用するかな」


 僕らは湖から上がって服を着た。

 湿気のせいで生乾きだけど、まあいいか。


 ベルトを締めて上着を着て、マントの上から荷物を背負う。左腰に剣を一本、右腰にナイフを二本、後ろに更に二本、靴に一本、荷物に四本。手慣れた感じで準備をしていると、レイがふーんと声を上げていた。これ、呆れてるのかな。でも僕みたいに技術が無い人間には、こういった手数が結構生死を分ける。


 さて、と。


「じゃあ僕達も村へ行こう、もうすぐ昼だ、腹ごなしもしたい」

「そういや朝から何も食ってねぇな」

「因みに村の食料は生ゴミの味がする。そのつもりで」


 フィンは相変わらず滅入るような事ばかり言う。

 困ったな。本当にどうすれば、機嫌を直してくれるだろう……。



「まっず!!」


 何だこれ! 冗談抜きに酷い!


「正気か!? お前らこんなの食ってたのか!?」

「トレントが懐かしいよ……」

「贅沢言わないの。腹が膨れれば文句はないでしょう」


 僕らが村に到着する頃、元々雲行きの怪しかった空からは叩きつける様な雨が降ってきていた。


 土砂降りの中、到着して早々に雨宿りも兼ねて昼食に入った店は、これ以上ないくらい陰気な場所だった。誰も彼もフードに隠れて下を向いて、活気って言葉がこの一帯には存在してないみたいだ。そしてご飯が不味い。猛烈に不味かった。


 僕は肉を野菜で巻いた料理を、アレクは葡萄酒とパンを適当に頼んだけど、何だこれ、カビでも生えてたんだろうか。あまりに陰気な店で思わず外に出たけど、天気は更に悪化していて、外は足音も聞こえなくなるほどの大雨だった。マントの下まで濡れて服が重い。


 歩いてみると、結局外も店の中と似たり寄ったりだった。この村はあばら家同然の家が立ち並び、女も子供も姿はない。ろくに整備もされていない道は完全に泥沼と化していて、ガリガリに痩せた馬がその上で勝手に用を足していた。歩く人達も目付きが悪く、時折諍いの声が遠くから聞えて来る。悪いけど掃溜めって言葉がこの村には似合っている。アレクが呻いた。


「臭ぇな」


 泥水と、鉄と、嘘の臭いだ。


 メイルの話が無ければ寄ろうともしなかっただろう。ここは活気からも権力からも離れた場所だけに、余所者が集まるには絶好だと妙な評判があるそうだ。水面下で事が起きるなら間違いなくこの村、フェイルノートからだと、そうメイルは太鼓判を押した。


 どうやら、それも当たりだったらしい。


 さっきから頻繁にすれ違うマント姿は、どう見ても下を武器で固めている人達だ。ショーロで一緒に戦ったような傭兵や兵隊落ちが、今この村に集まっているみたいだ。ひょっとすると、僕ら同様ショーロの傭兵もこの場に来ているかも知れない。


「しっかし辛気臭ぇ連中だな。やる気あんのかこいつら」

「金を稼ぐと言う意味では勿論あるさ。誰かを救うと言う意味では当然ないね」


 アレクのマントの下からくぐもった声が酸っぱい事を言う。なんか、一人の人間から二人分の声がするって言うのは、分かっていても不思議な感じがするな。


「ところで先に来ているって言うマキノはどこなの?」


 と、思ったら僕のマントの下からも別の声が聞えて来た。別に不思議な事でもないか。アレクのマントが変わらず酸っぱい声でそれに答える。


「マキノならもう結構奥の方まで行ってるよ。傭兵団の拠点らしき所もあるらしいけど、同じ所を回っても仕様がない。僕らが話を集めるなら、まずはこの辺りからするのが適当だろうね。せいぜい頑張って」

「面倒くせぇな畜生。こんな雨の中で聞き込みかよ」


 そういう事になるのか。


 手早く打ち合わせる。取り敢えず傍の目立つ店から見える範囲、って事で僕とアレクは手分けして辺りを回る事にした。マキノじゃないんだ。効率とかはこの際置いといて僕は僕らしく地道に足で稼ぐ。


 ショーロではディラン一人の助けを求める声に相応の人数が集まっていた。もし同じ事を村単位、地方単位でやっているなら、ここにはもっと沢山の人達が集まっていてもおかしくない。資金も多い、規模も大きい、色んな人が来ているだろう。


 その中に僕らと同じような人が、少しでもいれば良いんだけど……。



***



「そうですか、ありがとう」


 僕は礼を言うと、ボロが出ない内にとその男から離れた。


 僕の会話能力じゃ話せば話すだけ逆に情報を絞り取られそうだ。そんなこんなで、もう五人近くに声をかけては少し話してすぐ離れてを繰り返している。それでもレイが言う「嘘つきのにおいがする」人を避けているから、一応会話は成立した。取り敢えずここまでにして、一端アレクと合流しよう。


 見れば向こうは気の合う一人を見つけて延々と話していたようだ。

 広く浅くの僕とは逆に、狭く深く聞いてたって事なのかな。

 いったい何を話していたんだろう。


「って酒くさ! 本当に何話してたのアレク!」

「馬鹿野郎お前これも社交辞令なんだよ。まずは雨宿り出来るとこ探すぞ」


 幸い、寂れた家を押し分けるように木々が生えている所を見つけた。雨が気になって、落ち着いてひとまず話をって訳にもいかず、これ以上濡れる前にと二人でそこまで走った。


「くそ。マントがあったとはいえ、服絞ったらバケツ一杯分はありそうだな」

「湖で汚れを落としたのが無駄になったね。ところで、こっちが聞いた話だけど」


 荷物を下ろし、頭を拭いて、お互いの収穫を交換する。傭兵達は獲物に関する情報をおいそれと話してくれた訳じゃなかったけれど、それでも各地方での話を聞けた。良い話もあり、悪い話もありだ。


 ドラゴンに潰された街や村は、もう数える限りで両の手を超えるそうだ。そんな被害を抑える為か収入源を守る為か、多くの中層有権者が出資者になって非合法の傭兵団が既に活動を始めているらしい。ディラン傭兵団の上位互換だ。その構成員を隠れて募っている所が、この村にもいくつかある。それにしても。


「隠れて募ってる、ってのが釈然としないんだけど。もっと堂々と集めれば良いのに……」

「出来ないさ。地方貴族は割に合わないかも知れない募集は掛けたくない。そのくせドラゴン狩りの一番槍って栄誉は誰にも渡したくないんだよ」

「権益が優先、人民は二の次。喋る豚の考えそうな事だな。クソが」

「その豚の目を盗んで動くには、こんなゴミ溜めが最適なんだ。世の中上手く回っている」


 でも驚いた事に、その傭兵団はどれも相当大規模なものだった。


 担当地区と縦割りの役職が与えられ、寄せ集めに留まらない組織的な行動が目指されている。何より常に最新の情報が入ってくるらしく作戦も立てやすい。商業ギルドと提携して物資の流通や情報網に対ドラゴンの調査を組み込んだらしい。


 本気なんだ。

 地方貴族が動かない事なんて、もう些細な事に思える。


「興奮するわね」


 レイの声は喜びを隠し切れないようだった。

 まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。


「私、もっと悪い状況を考えていた。何も出来ず、誰も出来ない、絶望的な状況を。でも違う。やられっ放しじゃない。もうやり返す準備が出来ているのね」

「……ハッ、それでも、僕は手を引くべきだと思うけど。まあいいか今更」

「ねえ、マキノ達が行ったっていう傭兵団の拠点も見に行きましょうよ」

「そうだな、多分むこうだ、灯りが見える」


 僕らは村の奥へと足を進める。

 興奮しているのは、僕も同じだ。


 世界の流れが分かって来る。

 道の先が開けていくような感じがしていた。


 そこは簡単に見つかった。どうやら傭兵団はそれぞれ一つの飲み屋を占拠して勧誘や振り落としを行っているようだ。雨で視界が濁る中でも、その通りの灯りは遠くからも目立って見える。活気のないこの村で、そこだけが熱意と野心に溢れていた。


 叩きつける雨にも負けずそこで勧誘なんて柄にもない事をやっているのは、専ら支援しているギルドの下級商人だった。口髭を生やした太った男達が商談で培ってきた大声を張り上げている。


「諸君! この国が危機に立たされた今、最早身分など我々は求めない! 求めるのは実力と結果だけである! それさえ満たせば十分な対価を保障しよう!」

「お前たちはこの土地に興味もない流れ者か!? 焼き尽くされた村々を見て心は動かぬか!?」


 ……どんな利権が絡んでこんな人達が出張って来ているのか知らないけど、場違いも甚だしいな。兵士を募っているというより、大都市の市場で高級品を売りつけているような雰囲気だ。実際、空回りを続ける商人の演説をここの人達は殆ど無視していた。温度差があり過ぎてまるで噛み合ってない。


 でも、すごい。

 ここからは逆境にめげず、自分で未来を切り開こうともがく、熱さを感じる。


「あぁ、そうよね……」


 その時。


 誰にも気付かれないような声で、レイが呟いた。


「そう、そうよ、そうでなくちゃ。私も、覚悟を決めないとね……」


 僕らは片っ端から見て回るけど、勧誘が激しくて素通りする事も難しい。どんどん先に進まないとすぐに捕まってしまいそうだ。ともあれ、マキノを探さないと。


「?」


 食器の割れる音に、僕の足が止まる。


 その内の一つの酒屋、ある拠点では迷惑な事に店の中で誰かが暴れているようだった。窓から覗いてみると、どうやら揉め事ではなく傭兵達がはしゃいでいるだけのようだ。契約を終えて所属を決めた人達が思い思いに酒を片手に語り合っている。騒がしくて、落ち着きが無い。正直関わり合いたくないな。


「……」


 なのに。

 なぜだろう。


 金銭目的の商人だ。利己的な傭兵達だ。

 なのに、そこにいた傭兵達の目には、他には無い何かがあった。

 ギラギラと輝く彼らの目。その奥に映る、何かの意思。


 なんだろう、それが何か分からない。

 分からなくて、気になってしまう。

 気になって、なぜか足が動かない。


「クライム、どうしたの? ここ、気になる?」


 レイに声をかけられて我に返る。

 見るとアレクはもう大分先に進んでしまっていた。


「なんでもないよ。うん、ちょっと気になっただけ」

「ふーん、山猫騎士団ねぇ。騎士団とはまた名前から大きく出たわね」


 レイに言われて店の名前にも目が行く。店の名前は、山猫屋。ああ、うん、なるほど、山猫屋が拠点だから山猫騎士団ね。安直にもほどがあるな。強そうじゃないし、組織の雰囲気とかも全然分からない。


 そうやって長い間足を止めていたのがマズかったのか、店の入り口から横に大分大きな商人が契約用の紙を抱えて走ってきた。まずい。


「君! いいかね!」


 という言葉から始まる聞き飽きた口上。何となく逃げることも出来ずかなり適当に聞き流した。どこの誰とも分からないならず者相手にこんなにしつこく迫ってきて、この人達、刺されたりしないんだろうか。一方レイがわくわくと明るい感じで声をかけてきた。


「契約すればいいじゃない。私達も何か始めなきゃ」

「そう簡単には出来ないよ。ギルドと提携している以上、もし半端に逃げたりしたら、その商業圏全域の賞金首にでもされかねない」

「逃げれば、でしょ。ほら、ドラゴン追うって決めたんだしさ。ね?」

「だから、そういうのはマキノに任せないと。僕の仕事じゃないよ」

「まーたゴチャゴチャと考える。なによ、ここに名前書けばいいの?」


 追うなと言っていたレイが一転してぐいぐい押してくる。商人の演説は構わず進んでいるようだったけど、もう無視して行ってもいいよね、これ。そう考えていると進んでいたアレクが業を煮やして引き返して来た。


「おいゴラ、何いつまでもモタモタして……」


 その足が、止まった。

 見た事もないような苦い顔をしていた。

 え、なに。何かあった?


「……何、やってんだてめぇ」


 気付けば、右手に違和感を感じていた。

 どこかで感じた、意思に反して勝手に動く感覚。


 自然とアレクと同じく自分の右手に視線がいく。

 なぜか、その手にペンを持っていた。

 なぜか、契約書に名前を綴っていた。

 え? あれ?


 既に最後の文字。

 優雅にはねて、ペンが離れる。


「ようこそ山猫騎士団へ! 独自にドラゴンを追っていると!? いや素晴らしい! まさに君のように勇猛な男が我が騎士団にはふさわしい! さあ、これで君も我々の仲間だ!」


 商人が、がっしりと。

 握、手、を……。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 何だこれ何だこれ何が起こった何で僕署名してんの。ちょっと力強く握られて離せないんだけどホントやめて。

 放してー! 助けてー! マキノー!


「いや、違うんです! 僕は……!」

「中に入りたまえ! もう皆が揃っている!」

「レイ! てめぇどういうつもりだ!」


 アレクの罵倒でようやく気付く。

 そうだ、レイだ、魔法の指輪の力。

 また勝手に僕の腕を動かして。


「何よ。勇気が出ないようだから背中を押してあげたんじゃない」

「ぼ、僕は別に入りたいって言ったわけじゃ……!」

「まあまあ。逃げなきゃいい話でしょう? 今まで通りにしていれば金も入るようになった訳だし、私達だけで動くより絶対効率はいいわよ」

「違うんだって! 追うとは言ったけどそういう意味じゃなくって!」

「クライム、まだ間に合う。契約書を破って逃げるんだ。今すぐに」

「お前、どこかで会ったか?」


 急に後ろから声をかけられて振り返る。見上げるように背の高い男がそこにいた。角ばった顔立ちに雨に濡れた草色で長めの髪。獣のような鋭い視線で、目が合っただけで体が竦みそうになる。今のは僕らに向かって言ったのか? でも、本当にどこかで会ったような……。


 思い出した。


「あなたは。ショーロにいた傭兵の……」

「ああ、あの時の奴か。ふん、お前もここにね」


 一緒にショーロに向かった傭兵の一人だ。僕は街を走っている時にこの人に会った。武器の一つも持たず岩の狐を八つ裂きにして、素手で岩の蠍の脚を引き千切っていた草色の大男。こうして改めて間近で見るとまるで人間じゃないような迫力がある。身に纏う気配が尋常じゃない。


 いや、っていうかなんでこんな所に。

 一瞬、口が耳まで裂けたようにも見えたんだけど。


「君らもここにかい? 助かったよ。実は俺は顔見知りが一人もいなくてね」


 なんかまた後ろから増えた。


 草色髪の後ろから、一緒にいたらしい全身真っ黒な女の人が来て、更に金髪碧眼の人懐っこい笑顔の男の人が来た。はじめましてこれからよろしく、とか爽やかに握手されたけどだから僕は違うんだって。僕ら仲間じゃないから。僕ここに入る気ないから。頼むから話を勝手に進めないでくれ!


「これはこれは素晴らしい! 一度にこんなに沢山入って頂けるとは! しかも皆旧知の仲に見えますが、何はともあれさあ中へ! 積もる話もありましょう!」

「て言うかお前邪魔だ。ほら入るぞ」


 草色髪の男にひょいと襟を掴まれて中へ連れて行かれる。

 この身長差だとまるで僕がメイルみたいな扱いで。

 って違う。違うんだ。だから僕は。


「なんだここで新しい団員か?」

「皆々様! 新たに五人もの騎士が加わりました!」

「レイ! お前のせいだぞふざけやがって!」

「すいません契約解除って出来、って聞いて下さい!」

「クライムさん。何をやっているんです、こんな所に呼びつけて」

「では今から具体的な契約内容と援助体制の説明をさせていただきます」

「これで俺達も山猫騎士団の団員ってわけか。改めてよろしく、クライム君」


 違うんだー!



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