第3話 顔の無い男
「それで、あのシエラ教を首尾よく潰した訳か。しかし今の話を聞く限り、主犯はやはりあのマキノの様だな」
「え、潰れたんですか? あの教団」
「参ったな。やつらあの街を追い出された。もう二十日になる」
まるっきり知らなかった。あれからまっしぐらに逃げ出して、この街に来るまで一度も休まなかったからな。もっとも一度でも休んでいたら捕まっていたろう。彼等も必死だったろうし。
「二十日、もうそんなに経ちますか」
そんな言葉が零れて、林檎酒の入ったコップを少し傾ける。
ここ交易都市トレントは本当に自由な街だ。来る者拒まず出る者追わず。この辺り一帯の貿易の中心地としては少し危なっかしいけど、その分どんな物でも入ってきて、どんな物でも手に入る貴重な場だ。そして僕等のような流れ者が逃げ込むには絶好の場所だ。何故ってそんな人しかいないのだから。
自由には自由なりの制約があるように、ここでは全体の調和を整える各組合の結束は絶対だ。自由と制約、表と裏が見事に釣り合ったからこそ、ここまで栄えたのだろう。
街は祭りさながらに出店で埋め尽くされ、見渡す限りの人で大通りは歩くのも面倒だ。各地から集まった織物や食べ物で、人も建物もどこか異国的でずっと見ていても全然飽きない。誰もが一度は来てみたい街、でも住むのはまっぴらごめんな街だ。
「向こうから来たと聞いて何か関係してると思ったらこれか。しかし実に面白い」
そう言って楽しそうに顎鬚を撫でる。
僕は少し冷や汗ものだ。賞金首になってたりしないだろうか。
「そんな大事になってるとは知りませんでしたよ。これならエリックさんみたいなエセ情報屋じゃなくて、もっとちゃんとした所に話せば良かった」
「毎度ご利用頂き、誠にありがとうございます」
そんな年下の僕に、エリックさんは商売人さながら深々と頭を下げた。
「今後もぜひ御贔屓に」
低く落ちついた声でそう言うと、僕と目を合わせて優雅に微笑む。こういう振る舞いだけなら本当に情報屋なんていかがわしい人種には見えない。殆ど自分からはまったんだけど、騙された様でなんか悔しい。
僕は空になったコップをつき出した。
「もう一杯下さい」
「いくらでも」
そう言って店主に呼び掛ける。
内密に話を進めるなら、と連れてこられた飲み屋では、窓の向こうに通りを行き交う人達が見える。交易の街の飲み屋なだけあって、店にいる旅人や浮浪者や、沢山の人達が昼から酒をあおっては大声で話している。
ここはその中でも一番静かで、エリックさんが言うには周りからは聞こえないようにもしてあるという。要は魔法だ。この人はなんで情報屋なんかやってんのかといつも思う。本当は何者なんだろう。じっと彼を見る。
速記で今までの内容をまとめているようだった。
かきあげた髪、荒い無精髭、落ちついた瞳、どれもこの辺りでは珍しい赤っぽい色合いだ。身長はアレクを超える程で、体つきはがっしりとしている。左目にまたがった古い傷も相まって見た感じでは引退間際の老兵士だけど、なぜか簡素な服を着て面白そうにペンを取っている方が様になっている気がする。
整った顔立ちからとても魅力的に人物に見えるけど、何かが危険を知らせて来る。この人の笑顔は、まるで吸い込んだまま離さないような妖しさがあるように思えた。目の前の情報屋を見てそんな事を考えていると、彼は顔を上げておもむろに紙を新しく取り替えた。
「さて、それでは具体的に何をどうしたのか、詳しく話してもらえるか」
「詳しくは話せませんよ。あと飲み物は返しません」
エリックさんは一瞬で新しくきたコップに手を伸ばしたけど、僕はそれよりも早くコップを取って遠ざけた。長い付き合いではないけれど、なんかこの小芝居は毎回やってる気がする。
一口飲んでから、簡単にだけなら、と話を続けた。
「マキノが言うには、あの辺りには昔から盗賊崩れの人達が街の人に紛れて暮らしてきたみたいで、街全体の雰囲気も良くなかったそうです。加えて鉱山には闇小人が後から住みついてきました」
「知っている。割とどこにでもある話ではあるがな」
僕はもう一口飲んでからマキノから聞いた話を思い出す。
コークスの街の不安を解消したのはシエラ教だ。神の信徒であるお前達は常に正しいと言われれば、それはそれは楽だっただろう。それが最近になってから、街の人達は闇小人と山の鉱山資源の利権を巡って争い始めた。正統な所有権同士の戦いに決着はつかず、その一端があの首飾りだったらしい。
そこに盗賊が絡んで話はややこしくなった。三つ巴の争いになるはずが、盗人はお前らの手先だろうと互いに言い始め、ますます落ち所は遠ざかり。まあそこは僕が知った事じゃない。ただ、この抗争が表面化するのはもっと先になるはずだった。今までの旅で見てきた経験から言えば、ざっと一年位。
だけど。
「マキノがそれを半日で加熱させた訳か」
「一緒に旅するのやめようかと思いました。いつもの事ですけど」
マキノは僕等と分かれてすぐ教会に閉じ込められて自由はきかなかったはずだ。囚われてなおあの始末。手足を縛って顔を覆った所で、マキノなら街の一つや二つ潰せそうだな。
「どちらも自業自得だよ。シエラ教団はこの辺りじゃよくある金銭目的の新興宗教でね。まんまとカモにされたコークスの連中も愚かだったのだろうさ」
「マキノが言うには、僕等を見世物として処刑すれば教団の面目は保たれたって」
「恐らくその通りだろう。それが上手くいかなかったからこそ、教団はボロを隠しきれなくなって街を追い出されたのさ。もっともそれがこうも早いと言う事は、お前が知らない小細工のもう一つや二つはしていったのだろうがな、あの男は」
何もかもお見通し、か。
その小細工、聞けばきっと僕は反対した。結果途中で無駄足を踏んで教団に再び捕まり、少なくとも今こうしてゆっくりしてはいなかっただろう。どのみちあの街に巻き込まれた時点で最も僕等に損のない解決法はこれしかなかったんだ。マキノはいつものように、何も言わずに一番の泥を被ってくれた。
「出来ればその話も詳しく聞きたいところだが、本人は話さないだろうな」
「僕もエリックさんの為に話している訳ではないですよ。ただ、こう。すっきりしたいんですよ。自分の中にあるとっかかりを外に吐き出して」
「汝罪を告白すべし。さすれば我が聞き遂げ、諸人の新たな糧とせん」
「でもやっぱり僕の糧です」
一気に飲み干したコップを再びつき出した。エリックさんは笑って取り換える。
「構わんよ。今回のお前の話は中々価値のあるものだった。久々に相場で払ってやってもいいぞ」
……噴き出すかと思った。
そうだ、落ちつけクライム。
このおっさんはからかっているだけだ。乗るんじゃない。
エリックさんは懐から小さい巾着を取り出した。そう言われれば受け取ったそれはいつもより多い気がする。旅先で得た情報を売るなんて事、この人にしかやってないから相場なんて分からないけど、きっと彼もそれなりの真摯な態度で僕の話を評価してくれてるんだろう。
手に乗った瞬間じゃらっといつもと違う金属音がする。
少しは生活の足しになるといいけれど。
「では僕はこれで。この後みんなと待ち合わせもしていますし」
「いつも随分早いな。たまには酒の相手をしてくれてもいいだろう」
誰がするか。タチ悪いなまったく。
「飲ませた所で出て来るものはありませんよ。これも誰かの入れ知恵ですけど、情報屋と話す時は盗賊よりも用心しろって言われているので」
「ふふ。正しい判断だ。お前の様なお人よしには丁度いいな」
「やっぱりお人よし、ですか」
僕は軽く頭を下げて席を立った。本当は約束の時間まで少し時間はある。どうしよう。一応僕が稼いだ金ではあるし、先に自分の携帯食でも補充していくかな。
そんな事を考えていると、後ろでエリックさんがふと口を開いた。
「ところで顔の無い男の昔話を……」
背後から掛けられたその言葉に。
思わず僕の足が止まる。
「聞いた事はあるかな?」
その口調はどう聞いても楽しんでる。
しまった。
「まあ。小さい頃に聞いた事があるような気はしますけど?」
僕は軽く振り返って答えた。今更知らないとは言えない。苦手だ、こういうの。
「古いお伽噺だ。男は馬や家に化けてある女の気を惹こうとするんだが、どういう訳だかうまくいかなくてね。しかしこの話には色々な裏があるそうだ」
「伝説には元となる実話があるって事ですか。そんな魔法使いの話なら、確かにありそうなものですけど」
「そうじゃない。ある地方に、どんな姿にでも変身できる魔物の言い伝えがある。大小問わず、それこそ馬だろうが家だろうがね。知られてはいない。何せ変身した彼等は見分けようがないのだから、当然だろうな」
へえ。僕自身初めて聞いたな。もっとも今となってはそこにいるとも思えないけど。あれ、でも見分けられなかったなら何故そんな言い伝えが残ってるんだろう。
「ああ、言いたい事は分かる。確かに周りの人々は気付かなかった、ただし彼、彼女かもしれないな。不幸にも事故か何かで死んでしまってね。その時水のように溶けてしまったらしい。私は案外その姿こそが彼等の本質だったんじゃないかと思うがね。泉の水を覗き込んでみた事は?」
「鏡のように自分の顔が見えます。彼等もそうやって人の姿を写し取っていると?」
「そうだ。しかしお前は、何と言うか、本題に入らせてくれないんだな」
本題、ね。
さっきからエリックさんの目は瞬きもせずに僕を捉えている。意味深な話を振っておいて僕がどう反応するか見ているみたいだけど。しまった、目を離さないでいたのは逆に失敗だったか。
エリックさんはそんな僕を見て笑っている。本当に苦手だなこの人、調子が良いようでいて何を考えているか分からない。何もかも見透かされている気さえする。情報屋ってこういうものなんだろうか。
ああ、もう、こういうのが得意なのはマキノやフィンであって僕じゃないんだってば。
「何を言ってるのか分からないんですけど」
「お前がそうなんじゃないかってことさ」
心臓が跳ねた。
溜めに溜めてきた割に一気に突っ込んできたな、この人。
というかきっともう確信してる。
「……」
さて、どう答えたものか。
その通りですよ、今は何になることも出来ない半端者で、アレクの姿を真似て最低限の形を取り繕っているだけなんですけどね。もしそう事実をありのままに打ち明けたら、この情報屋は一体どういう顔をするんだろう。
いいさ、受けて立ってやる。
僕は少し喧嘩腰にエリックさんと正面から向き合った。
「折角ですけど、それこそ証明は出来ませんよね。今の話をまとめた限りじゃ」
証明は出来ない、これ認めてるのと同じだよな。
いやでも。
「ああ、出来るか、死んで溶けるか見ればいいわけだから、でもそれ、やります? 流石にこんな場所では無理だとは思いますけど」
「いやいや、それじゃ意味が、ってそんな話をしている訳じゃあないんだ」
参った参った、と手を上げて見せた。
ああ、マキノと何が違うのか分かった気がする。
マキノの演技は本当に分からない、演技かどうかすらも。でもこの人はあからさま、というか含みがある演技なんだ、だから演技かどうかすぐ分かる。自分がどうすれば相手がどう思うか全部分かっている、そんな空気が出ていて一緒に話しているとたまに乗せられそうになるんだ。今まで何度手玉に取られたか。
「情報屋の性でね。陰謀論みたいなものだ。考えるだけで楽しいものだよ。でも」
悪い人じゃないんだけどな。ぐっと身を乗り出してきた。
「実際そうならもっと楽しくなる」
でもこれはこれで面白い。僕は乗せられてぐっと顔を近づける。
そしてマキノのそれを思い出してにっこり笑って見せた。
「教えてあげません」
「だろうと思ったよ」
向こうも笑顔でそう返した。
***
合流場所は昼に街の中央広場と決めていた。歴史のある街並みを商人達が無骨に改造したものらしく、不思議とそこかしこに伝統や趣を感じる。中央広場もそうだ。大きな噴水に女神の像は、どうにも金儲けや闇取引には似合わなさすぎる。
丁度真昼。
どういう仕掛けか、一際大きく広場の中央から水が噴き出す。
しかしこうも人が多いと待ち合わせ場所には逆に向かないな。来る途中に人ごみをかき分けてきて、何度知らない人とぶつかったか知れない。絶対に硬貨の音をたてまいとポケットの中でしっかり巾着を握ってきた。まだある。盗まれてない。早い所どこかに落ちつきたいんだけど。
「何やってんだい。こっちこっち」
急に頭上から声をかけられた。
すとんと僕の頭に乗っかる白イタチ。フィンだ。
「よかった。本当に見つからなくてさ」
「だろうと思ってこっちも探してたよ。ほら、向こう」
そう指さされても人の壁で何も見えない。結局、フィンの指示通りひたすら人混みをかき分けるにも一苦労で、辿り着くまでにすっかり時間がかかってしまった。
「よおクライム。少しはふんだくってきたか?」
広場沿いにある屋台。そこに僕を除く全員が集まっていて、山とある食べ物をひたすら腹に詰め込んでいた。何だろう、随分な収穫だ。ここ数日で空になっていたはずの荷物が元の大きさに戻ってる。それにこの食べ物の量。
「いつもよりはね。それよりどうしたのその荷物。どこからそんなお金を、いや聞かない方がいいんだよね。分かった知らない。何も見てない」
「鉱山から首飾りと一緒に色々ぱくってきた」
「は!?」
なに言ってるんだこいつ!
いや、いつの間に!
いや、そうじゃなくて!
「しかし儲かりましたね。アレクにしては良くやったじゃないですか」
「目の前に宝の山があったらそりゃやるだろ。しかしもっと褒めろ」
「ちょっ! 何やってんのアレク! 盗んできたの!? で、売った!?」
「いいの」
僕を抑えたのはメイルだった。盗みなんていつも僕と一緒に反対するのに、今回は落ちついた様子で芋をかじってる。というか、どこか澄ましたような顔だ。
「闇小人なんて山を削って出来たものを蓄える事しか能がないんだから。自分達がどれだけ価値のあるものを作ったか分かった上でそれを全部隠して。まったく。最強の剣も国宝級の魔法細工も、使わなければただのガラクタなのに」
「売って金に換えた方が世の中の為になる!」
「でも一緒にされるのはヤダ」
なるほど。よほど嫌な事でもされたんだな。地中に住む者同士ぶつかる事もあったろうし。まあいくらメイルでも闇小人には勝てなかっただろう。
僕はため息をついて取り敢えず空いている椅子に座った。
目の前には山の様な食べ物。これ全部アレクが買ったのか。僕も少しはいつもより稼いだと思ったのに、何か負けた気分だ。おもむろに肉を取って口に運ぶ。食べれば共犯、と一瞬頭に妙な言葉がかすめたけど、そのまま食べた。何せ久しぶりのまともなご飯だ。罪悪感なんて腹の足しにもならない。
「おいおい、それ最後の一つだろ! テメーは草でも食ってろ!」
「うるさいな。僕もお腹空いてるんだよ」
「これもいけますよ。野菜とチーズを生地に包んだ簡単なものですけど」
「でもシチューはあげない」
「フィン、そこのトマトもう一つとってよ」
「もう無くなったか。オヤジ! 酒もう一杯!」
命がかかった時は信じられないほど体が動くけど、空っぽのまま無理に動かしてる分、こういう時の食欲はみんな凄い。ここ数日は本当に携帯食料だけで命をつないでたんだな。
「ん?」
マキノはさっさと食べ終わったのか、一人だけお茶を飲みながら地図を眺めていた。次の目的地でも絞ってるんだろうか。僕は喉に詰まりかけたパンを水で流しこんだ。
「次って確かアービンに行きたいって言ってたよね」
「はい。でも一稼ぎしたかっただけで特に見たいものも無いんですよ。組合にしていた借金もさっき全部返済してきましたし、もっと面白い所はないかと」
全部? 一体いくらしたんだアレクの戦利品。
「例の情報屋、エリックさんでしたか? 彼から何か話はありましたか?」
「この辺りの噂は色々と聞いてきたけど、後で話すよ。見えない森とか岩でできたドラゴンとか、胡散臭いものばかりでさ」
とにかく全ての情報に耳ざとい彼等はどんな小さな話でも買っている。そこから本物を聞き当てるのがエリックさんの腕の見せ所な訳だけど、無料で分けてくれる話はそうじゃない。雑多に仕入れた話を雑多に聞かせてくれるから、まあほとんどがガセだ。マキノもメイルも、そんなものでも喜んではくれるけど。
地図を見ながら、ふとフィンが訊いてきた。
「クライムは? この辺りに他のアテは無いのかい?」
「この辺り、か……」
それこそあの街、コークスにわりと期待していたんだけどな。適度に辺鄙で、かついざという時の隠れ場所も近い。歴史も浅くてその土地特有の匂いが薄い街。エリックさんが言っていたいわく付きの場所よりよっぽど可能性がある。
メイルが少し心配そうな目で僕を見ていた。僕はとぼけて笑って見せる。首を横に振るとフィンとマキノは少し考えてまた地図に視線を戻した。
故郷の仲間。
僕個人の旅の目的。
散り散りになった仲間を探すあての無い旅だ。
僕の故郷は、元々人が多い訳でも無かった。それでもあの炎の夜、難を逃れて村を去る沢山の人達を確かに僕は見た。もう死んでいる人もいるだろう。でも少なくとも父さんはまた店でも構えている筈だ。構えている以上はそれを探さなくちゃいけない。
これは一人でするべき旅だ。少なくとも誰かを付き合わせるようなものじゃない。それでも今の仲間は、いつも微かな噂や昔の勘を頼りに行き先を変える僕に付き合ってくれる。コークスの街も僕のわがままで寄ったんだ。またみんなを巻き込みたくない。気長にいくさ。なんだかんだで旅自体も楽しいし。でも。
でも。
でも、たまに。
でも、気づいた時には。
それを忘れる自分がいる。
思い出さなくなる時がある。
仲間を探すために旅をしているはずが、旅の楽しさ、毎日のあわただしさに、それを忘れる時がある。
そうやって昔の事は忘れていくんだと誰かに言われた事がある。でも、僕にはそれが出来ない。その度に思いだす。あれを全て過去の事だと流して、過ぎた事だと割り切って生きる事は出来ない。
故郷はもうない。それでも一緒に暮らした人達だけは決して忘れちゃいけない。皆と話して、一緒に笑って、その全ての積み重ねの上に今の僕があるのだから。顔の無い男を僕としてくれるのは、今まで出会った全ての人達のおかげなのだから。
僕は……。
「クライム」
フィンと急に目が合った。
また、考え込んでいたんだ。
フィンはじっと僕を見ている、でも何も言わない。きっと僕が何を考えていたんだか分かるんだろう。僕もフィンが何を言いたいか目を見れば分かる。長い付き合いだけど、こんな時は嫌になるくらい気が合う。僕は余ったパンに手を付ける。
「何でもないよ。大丈夫」
気付くとマキノとメイルは二人で地図を前に盛んに語り合っていた。こうして二人の、いわゆる知的好奇心に引っ張られるように行き先を決めるのがいつもの感じだ。僕がそれを決めると、大抵ろくな事が、無い。黙ってよ。パンでも食ってろクライム。
「ところでアレクは?」
訊くとフィンが顎で指してくる。離れた場所で知らない人達と騒いでいた。あ、一斉に飲み始めた。倒れる男たち。勝ち誇るアレク。喝采を送る人達。本当にあれが僕の仲間なんだろうか。なんかいやだな。
ってアレクも倒れた。やれやれ無茶ばかりして。
またいつもの言い訳で行くか。フィンの指示も飛んできた。
「クライム。回収して」
「はいはい失礼、ちょっとごめんね、それ僕の兄貴だから」
***
黒い塊が煙の中から投げ出された。鈍い音がして地面に落ち、一部がとれて傍に転がる。人の死体だった。全身が焼け爛れて、顔はもう赤い肉が覗くだけの炭になっている。そんなものが見渡す限り、あちこちで無造作に転がっていた。
壊れた家。焼けた畑。大地に幾つも空いたクレーターからは火の粉が噴き出し、黒い煙が空へ昇っていた。聞こえるのは未だ大地が揺れる音と、絶え間ない炎が何もかもを焼き尽くす音。晴れた空には不釣り合いに、煤が舞うこの村ではどこも黒く濁って見えていた。
何か大きなものが太陽を遮り、村に影を落とした。
余りに巨大なそれは、重々しい外見とは裏腹に魔法のごとく宙に浮かび、ゆっくりと村の上空を旋回していた。そして村にいた生き残りを殺し尽くした事を確認すると、それはまた村から離れていく。
進む向きを変える時、一度だけ翼を動かした。その付け根、翼の間接からボロボロと欠片がこぼれ落ちる。
音を立てて地面にめり込み、砂煙が舞う。
火の粉と煙が全てを覆い尽くす村で、砂煙はすぐに空気に溶けた。
煙の中から現れたのは四本足の醜い獣だった。低く唸ると獰猛に牙をむく。出来たばかりの体のぎこちなさに苛立ちながらも、歩きながら辺りを確認していた。
ドラゴンと同じく、岩で出来た体に赤く光る目。
獣もまた、新たな血を求めて走り始めた。