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変わり者の物語  作者: あなぐま
第2章 北の大地
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間話3 暇つぶし

 私が生まれたのは、レガリアの西にある小さな村です。


 と言っても、私はそこに愛着はありません。小さい頃から行商人の父と一緒に各地を転々としていましたから。母を知らない私にとって、猛烈に寝心地の悪い御者台がゆりかご代わりでした。


 我ながら小賢しい子供だったと思います。父親には事あるごとに、あれは何? これは何? 何? 何? そう問い続けていましたから。


 困った父は一冊の本を買って私に与えてくれました。旅にはかさばりますから、次の街に着くまでに読み終えなければなりません。そしてそこで、別の本を交換で手に入れて、また次の街までに読み終えます。中には歴史書、数術、自然学、色々ありましたが、特に興味を持ったのは魔術の本です。


 魔法ではありません。魔術です。

 要するに手品のタネが書いてある本です。


 しかし魔術の本はあっても魔術師になんて早々会えません。数術は式を書けば、自然学は実際に観察すれば納得出来ますが、実践も出来ない魔術なんて気になって仕方がありません。当然父に聞きます。何で、ねぇ何で、と。全ての疑問を解決しなければ気が済まなかったのです。


 イヤな子供ですね。我ながら。


 そうやって私が魔術の話をすれば、父は決まって商品の話で私の気を逸らします。実際面白いものではありましたし、私もいつも引っかかりました。


 扱っていたのはその土地特有の高価な食器でした。美しいカップや銀のスプーンなど、父は中々の目利きだったと思います。中でも白い陶器のポッドに、幼いながらも目を奪われた覚えがあります。硬いはずなのに柔らかい手触りで、青い染料で描かれた花模様はとても優雅で上品でした。


 私も子供でしたし、確かにそれで気も紛れましたね。それに沢山の土地を見て回りました。街道で魔物や盗賊に襲われるのもしょっちゅうでしたが、それでもあの頃は、もしかしたら人生で一番幸せな時だったのかもしれません。


 今ですか?


 今も幸せですよ。しかし純粋にそう感じるには、私は知らなくてもいい事を知り過ぎました。逆に当時の私の幸せは、無知ゆえのものだったと思います。


 当然のごとくツケを払う時は訪れました。


 父の扱う商品に盗品が交じっていたんです。あの白いポッドですよ。後から調べた所では、よりにもよってルベリアの上流貴族の家宝だったらしく、彼らは盗まれてからと言うもの血眼になってそれを探していたそうです。


 その時の私には訳が分かりませんでした。ある日街で商売をしていると、急に憲兵に取り囲まれて、全て没収されたかと思うと詰所の独房に放り込まれました。父が取り調べを受けている間、まだ子供の私はひたすら待つしかありませんでした。しかし悪い事と言う奴は、何故かいつも畳み掛ける様にやってくるものです。


 父が逃げました。

 私を置いて。


 確証はありませんが、憲兵の詰所から逃げ出すなんて事前に準備でも無ければ到底無理な話です。もしかしたら父は前々から分かった上で盗品を扱っていたのかもしれませんが、やっぱり確証はありません。ともかく私は売られました。例の貴族の所へです。


 屋敷へ向かう馬車には、私と同じく縛られた子供が大勢乗っていました。以前父と見た事がありましたし、自分の扱いは周りを見てすぐ分かりましたよ。奴隷です。


 売られた先、古く大きな屋敷を見て私は興奮しました。

 しかし待っていたのは、何ともつまらない毎日です。

 何せ奴隷ですから。しかしつまらなかった。

 だって本も読めないんです。


 日中はひたすら屋敷を掃除し、夜になれば主人の趣味で別の仕事も入ります。私の髪は当時黒かったのですが、光の当たり具合では若干緑に見えるという、自分で言うのも何ですが珍しいもの。それがどうも主人の趣味に合ったらしく。


 まあ、メイルさんがいるので詳しくは割愛させて頂きます。


 私以外にも奴隷はいましたが、中々に過酷だったので倒れる者も多かったですね。勿論すぐに代わりが補充されてきます。倒れた方は帰ってきた試しがありませんでしたが、さてどこへ行ったのやら。


 この面白くもない生活ですが、実は結構長かったんです。しかし話しても仕様がありませんし、これもやっぱり割愛、……何ですって?


 これをもっと詳しくですか? 別に構いませんよ。しかしこう言っては何ですが、クライムさんも悪趣味ですね。そんなに私の苦しんでいる話を聞きたいんですか? 頷かないで下さい。


 さて、毎日の仕事ですが、まず朝は誰よりも何よりも早く起きます。


 皆は疲れ切ってぎりぎりまで寝ていたのですが、そうすると奴隷頭に叩き起こされて、酷く寝覚めが悪く一日が始まるので、私は早起きしていました。


 掃除といっても人目に付く所はメイド達がやっていましたから、私達がするのは専ら裏仕事です。床を磨き馬の糞を掻き集め、終わればまた床を磨きゴミを集めます。大勢で毎日同じ所を掃除していますから、勿論汚い訳が無いのですが、体面を気にするのが貴族ですから。少しでも汚れや傷があれば全員が痛い目をみましたね。それでなくとも、私達を仕切る大人は誰かを罵倒する事を生きがいにしていましたし。


 因みに食事は一日二回、焦げたパンや屋敷の残り物、要するに残飯です。腹の足しにもなりません。


 一番体力的にきつかったのは荷物の積み下ろしですね。全て丁寧に木の板や麻の布で梱包されて、何が入っているか分かりませんでしたが、その厳重な梱包のせいで余計に荷物が重かったんです。子供の持つ物ではありませんでした。


 雨の中でも風の中でも、それを荷台から受け取って倉庫に運ぶのですが、少しでも気を抜いて荷物を取り損なったりすると潰れます。冗談抜きです。大人達は奴隷よりも荷物を優先しますから、下敷きにでもなれば助かりません。


 ほら、面白くも何ともありません。

 本が読めない。

 本が読めないんです。


 数式も書けないし外も見れないし魔術師にも会えません。一度、貴族の仕事と荷物の中身を奴隷頭に聞いた事があるのですが、半殺しにされただけで教えてくれませんでした。何もかもが気になって碌に眠れもしません。発狂寸前でした。そう、まさに地獄です。


 え? ずれてる? どこがですか?


 私だって必死だったんです。何とかして本の一冊でも見つけようと、仕事の合間を縫ってはあちこち探し回りました。


 そして、見つけたのです。

 倉庫の下に隠れた書庫。


 こうまで古い屋敷で地下室の一つも無いなんておかしかったのです。床に絞って探し回っていたのが功を奏したのでしょうね。とある事故で床にヒビが入ってしまった時、下に通じる階段を見つけたんです。


 奥にあったのは随分と小さな地下室で、部屋というより鉱山の小さな縦穴でした。そこにもう本やら書物やらが所狭しと押し込められていて、虫が溜まっているは埃が層を成しているはで酷かったですね。


 それでも私には宝の山でした。残念なのは、ばれた時の事を恐れて皆近付きたがらなかった事です。だからそこは本当に私一人の空間だったんです。それでも根気よく、何かにつけて仲間に私の知っている限りの知識を教えて回りました。自慢したかったんです。


 そんな顔しないで下さい。

 全然つらそうじゃないと言うのでしょう?


 まあ、そうかもしれません。確かに皆さんの言う通り、怒鳴られても笑っている奴なんて気味が悪くて胡散臭くて、怒ろうと言う気にもならないかも知れませんね。


 この頃の経験が私の処世術の起源かも、と? 成程。言われてみれば確かに、この前後で私は変わったかもしれません。ひょっとすると苦手な大人を相手にする為に自然と身に付けたのでしょうか。事の真偽はともかく、笑顔の裏には暗い過去があると言う話は、中々それで面白いですね。


 さて、転機が訪れたのは十を超えた辺りの歳の頃でした。


 これは我ながら突飛な出来事だったと思います。こんな私にも魔術の師匠と言える人がいる訳ですが、出会いは丁度この頃。私の魔術師としての修行は奴隷だった頃からの話になるのです。


 場所は例の書庫でした。そこでは私以外の初めての人、と言っても正確には人ではありません。


 不思議な事に、私も未だに彼が何者なのか分かりません。ひょっとすると、俗に悪魔と言われる類のものか、または何かしでかして封印された間抜けな魔術師だったのかもしれません。


 どうやら私が書物を漁っていた時に、偶然彼を起こしてしまったようでした。幸い私に危害を加える様子は無く、むしろこんな私に興味を示して話し相手にさえなってくれていたように思えます。知的で物知りで、知りたがりの私に本よりも沢山の事を教えてくれました。


 神が現れたと確信しました。


 今まで、ここまで私の疑問に答えてくれる人はいませんでしたから。これまでの多くの疑問がここで解き明かされ、そして私はそれを仲間に自慢しました。


 この頃には奴隷頭も、最近奴隷達がおかしな知識を付けたと気味悪がっていましたね。実際には剣術、館の配置、ご主人の裏の仕事、犯罪の証拠、大人達が思っていた以上にあれこれ話して回っていた訳ですが。それもこれも、全て書庫の彼のおかげです。


 ただ私は彼の姿を知りません。彼には体が無かったのです。


 体だけではありません。名前も、記憶も、彼は本当に何も持っていないらしく、ある日、彼は自分に何かを捧げるなら相応の魔術の知識を与えてやると持ちかけてきました。


 魔術。

 魔術です。

 踊り出したい気分でした。


 当時の私には願っても無い取引です。

 しかしその頃には、私も少しは考えました。


 本の中に出てくる物語のように、魂やら右腕やら大事な何かを捧げるなんて全く論外です。どうせなら要らないもの、それこそ特定の感情とか、それはそれで大変でしょうが苦痛や欲望とか。ともかく試しに色々訊いてみました。


 妬みならどうかと訊きました。却下です。


 服ならどうかと訊きました。却下です。


 歌ならどうかと訊きました。却下です。


 涙ならどうかと訊きました。却下です。


 寿命ならどうかと訊きました。却下です。


 記憶ならどうかと訊きました。やっぱり却下です。


 必ず私が持っている何かでなくてはならないと言う条件でした。身につけている物なども駄目です。要するに彼は最終的に私から全てを奪って復活しようとしている訳です。当時の私は知識に餓えていましたから、これが結構考えもので、下手をすると本当に欲に任せてこの世から消えてしまいかねない状態でした。


 そこでふと思いついたんです。

 色はどうかと。髪の色です。


 この髪は今まで害になった事こそあれ、益になった事などありませんでしたから、私も清々しますし、何より確かに持っているものです。


 取引は成立しました。契約内容すれすれでしたが。


 元々私にとっても大事な物ではありませんでしたし、少し抽象的な物でしたから、勿論それに見合った知識など大したものではありませんでした。しかし髪が灰色になったおかげで、夜には彼と過ごす時間が多く取れる様にもなったのです。仲間と話す機会も増えました。つまりは魔術の勉強会ですね。


 それからはもう私と彼との知恵比べです。私が契約の隙を突いて知識を手に入れると、彼がそれを埋めるべく内容を更新し、また私がその隙を突く。楽しい駆け引きでした。一体何をどれだけあげたのか、今となってはもう覚えてもいませんが。


 いずれその知識を総動員して、体を取り戻した彼や、魔術を覚えた他の奴隷達と共に屋敷を抜け出す事になるのですが、ともあれそれが私の始まり。


 私の魔術師としての第一歩です。



***



「ちょっと待った」


 僕はそこで話を切った。

 どうも妙だと聞いていたけど、こればかりは流石におかしい。


「その髪の色は、昔に魔術の実験で失敗した時に灰色になったって聞いたんだけど」

「あれ、そんな事言いましたっけ、いやあ、最近は物忘れがひどくて敵いませんね」

「やっぱり、マキノの事だからそんな事だろうとは思ったよ。騙されないからね」


 いつかどこかで嘘を挟むだろうと思っていたけど、やっぱり来たか。アレクが早食い勝負なんて吹っかけて引き出したマキノの昔話。負けたのだって嘘臭いけど、それで素直に本当の事を話すマキノじゃない。


「なんじゃい、嘘か」

「若いモンはいい加減だからな」


 周りにいる人もガッカリした様子だった。定期馬車の停留所の空気も不思議なものだ。とにかく暇な時間を潰すために、旅人達の交流の場にもなっている。特にこの辺り一帯は波打つ平原しかないし、この狭い停留所でマキノの話は格好の話のネタだったろう。


 待っていたのはフレイネストへの最短距離を突っ切る定期便だ。まったく、予定通り進んでいたのに、下手な寄り道なんてするからこうなる。今はレイの事で頭が一杯なのに、マキノの話だとつい聞いてしまうんだから。


 ところがフィンが今更な事を言い出した。


「いやクライム、それ、もう騙されてる。だって僕は民族特有の生まれついての色だと聞いた」

「ボクは東の山で大きな魔物に会った時に、恐怖で灰色になったって聞いたよ」

「俺は何かもう面倒くさいので灰色でいいですって聞いた」

「なんだよそれ! ひょっとして今の話もほとんどデタラメだった訳?」


 あんまりだ。て言うか面倒くさいからって何? ここまで来ると、さっきの話も今までのみんなが聞いた話も、どこから本当でどこから嘘なのか分かったもんじゃない。


「デタラメじゃないよ。ボクが聞く限り奴隷の頃の話は、確かエギリの民謡にそんなのがあった様な。悪魔との取引で体が無くなるのはアールベルンの伝説だったかな」


 じゃあ気付いた時点で突っ込んでよ。

 デタラメじゃなくてツギハギじゃないか。


「ああ、あれは面白かったですよね」

「そうそう、その後さ、アールベルンをすっかり手に入れた悪魔は見事復活するんだけど、彼が元々持っていた罪や弱さまで受け継いじゃって。結局いろんな人から逃げ回る羽目になった挙句、こんな体なら封印されたままの方がマシだって全部返しちゃうんだよね」

「それで結局無償で手に入れた財宝を元に、後の話が続いて行く訳ですが、盗人さながらの主人公の物語が進むのも珍しいと思います」


 違うよメイル、絶対違う。これじゃいつもと同じでマキノの術中だ。卑怯だろうが何だろうが、折角マキノが口を割ったのに。いや、話を戻そう。馬車が来るまでですからって言われて、ついアレクも頷いちゃって……。


「ああ、来たみたいですね」


 とか言ってる間に馬車が来たし。

 僕は恨みがましく言う。


「じゃあ、デタラメじゃなかったらなんだってのさ」

「何って、そうですね。強いて言うなら……」


 丁度その時、馬車は僕らの前でぴったり止まった。

 マキノはいつも通り怪しい笑みを浮かべる。 


「暇潰し、でしょうか」



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