第8話 山猫達の溜まり場
「クライムの馬鹿が傭兵団に加入した」
猛烈に不機嫌そうなフィンの報告を聞いて、マキノはすぐさまメイルを抱えて走り出した。
フェイルノートでの情報収集を切り上げ、まっすぐ傭兵団の拠点まで引き返す。この村へは今後の方針を決める下調べとして来た筈なのに、あの変わり者は目を離すとすぐこれだ。
その道中でフィンは不機嫌なまま事の経緯を説明した。
だが聞かなくても分かる。レイだ。
あの自称囚われのお姫様は、どうせいつものわくわくした調子でクライムをけしかけたのだろう。レイとは和解し、ドラゴンの情報提供の代わりにマキノも封印を解いていた。だが間違いだった。本当に厄介なのは魔法の力でもなく彼女の素性でもない。あの破天荒な性格そのものだ。
「見えました。あれですね」
息一つ切らさずマキノは雨の中を走り抜けた。
辿り着いた酒屋の名は山猫屋。
傭兵団の名は、山猫騎士団。
マキノは躊躇なく扉を開けた。店の中は五十人近い傭兵で一杯になっていて身動きが取れないほどだった。雨は止まず日も既に落ち、ランプだけが頼りの酒屋は薄暗い。しかし騒がしい傭兵達が押し込まれたようなこの空間は、活気と熱気で息が詰まりそうだ。
マキノはすぐに傭兵達に揉まれるクライムを見つけた。人ごみを掻き分けて近付き、努めて冷静な様子で声を掛ける。
「クライムさん。何をやっているんです、こんな所に呼びつけて」
クライムは縋るような顔で振り返った。店では傭兵達の話し声が響いて、かなり大きめに話し始める。
「助けてマキノ! いや、違うんだ、レイが勝手に契約書に署名して。それより合法的な脱退方法って何か無いの!? 今ならまだどうにか……」
「まったく君からも言ってやってよ。さっきから往生際が悪くってさー」
「落ち着いて下さい。私が来るまで、元締めの商人と何を話しましたか?」
マキノはレイを無視して話を続ける。マキノの一問一答の事務的な質問に、クライムは早口でまくしたてるように答えた。
「あぁ……」
それを聞きながら、メイルが思わず声を零す。
どうも慌てたついでに、商人の口車に乗って話さなくてもいい事まで吐いてしまったようだ。名前は勿論、商館への訪問履歴から旅の動向まで把握され、もう完全に逃げられない状態だった。とにかくメイルは肩を落とすクライムを慰める。
「クライム、落ち着いて、取り敢えず深呼吸だよ」
「ごめんメイル、僕のせいで、いやまだ僕だけだ。みんな早くここから出て……」
「何しやがんだてめー!」
怒声と共に派手な音をたてて椅子が散乱した。
だが見なくても分かる。アレクだ。
見れば喧嘩の相手は傭兵の一人、熊の毛皮を羽織った狩人のような男だった。腰の剣に手を掛け歯を剥き出す様は、歳が近い事もあってまるでアレクが二人いるようだ。クライムは半泣きで仲裁に入る。
「やめてー! 暴れないでー!」
この分ではクライムどころかアレクの素性も押さえられているだろう。もうここから逃げられない事を悟ると、マキノは早々に腰を下ろしてこの状況を楽しむ事にした。フィンもその隣で狸寝入りを決め込む。
「誰が田舎者だこの毛皮野郎! てめぇこそどこの生まれだ!」
「グラムだ田舎者! お前こそ目障りだ!」
「ぶっ潰してやる!」
「やってみろ!」
あっという間に話は過熱し、次の瞬間には二人は全力で拳を振るった。
そこに間一髪で金髪の傭兵が割って入る。
右手でアレクの拳を、左手で毛皮の拳を、同時に受け止めた。
「落ち着いてくれ、二人とも」
アレクも毛皮も金髪の傭兵を振り切れずにいると、そこへようやくクライムが追いついた。
「アレク! 抑えて!」
「ディグノー。やめろ」
クライムがアレクを羽交い絞めにし、落ち着いた声が毛皮の傭兵の動きを止めた。声の主は毛皮の後ろ。奥のテーブルに腰かけていた男だ。無精髭を生やした中年の剣士だった。くせった黒髪を後ろで縛り、目の下には深い隈がある。落ち着いた、と言うよりくたびれた印象を受ける男だ。毛皮の傭兵が再び喚いた。
「ジーギル、団長! ここは駄目だ! 他を当たるぞ!」
「座れ。どこにつくかは私が決める。志ある同士を求めて来たにも関わらず、恥だけ残して国へ引き返すつもりか。座るんだ」
額を突き合わせるように毛皮とアレクと睨み合う。
しばらくして毛皮は忌々しそうに視線を逸らすと、無精髭と同じテーブルに乱暴に腰を下ろした。
そこにはジーギルと呼ばれた男を中心に、同じような雰囲気をした傭兵達が十人近くいた。それはまるで引退間際の疲れ切った一頭を中心にした狼の群れのようだった。
岩から削り出したような大男からクライム達とそう変わらない少女まで、その全員が一様に同じように体を包むような茶色のマントを羽織り、そして剣を携えている。身に纏う雰囲気はただものではない。ただの傭兵とは思えなかった。
アレクはクライムに抑えられたまま、表へ出ろと狼達に喚き散らしている。だがようやく事態は落ち着いたようだ。間に入っていた金髪の傭兵がマキノに歩み寄った。
「彼は君達の仲間なのかい? 凄かったよ。彼がここに来てあの喧嘩が始まるまで、あっという間だった」
「ご迷惑をおかけしたようですね。本当に申し訳ない」
「ああ、いや誤解しないでくれ。俺は何というか、ここに来たばかりで居場所がなくてね。すぐに溶け込んだ彼が純粋に凄いなって。実はクライム君達ともそこで会ったばかりなんだよ」
恥ずかしそうに頬を掻く傭兵は端整な顔立ちの男だった。美しい金色の髪に吸い込まれるような青い瞳。腰に差した立派な剣に本人の上品な物腰もあって、傭兵ではなく正騎士だと言われた方が納得できる雰囲気だ。
「いや、でも分かる、そういうの」
マキノの後ろにいたメイルが呟く。見知らぬ顔ばかり、荒くれ者ばかりの酒屋で、彼女はすっかり小さくなっていた。
「ボクもこういうの苦手なんだ。アレクは、特別だよ」
「そうなのか。彼が君達のまとめ役なのかい?」
人見知り同士で気が合うのか、金髪とメイルが話し始める。一方ごたごたが収まるのを待っていたのか、奥から痩せた商人がよろよろと出てきた。クライムが急いで契約解除について訊くが、それも当然のように無視される。
「聞いて下さい!」
「聞こえたぞ! もう一度言ってみろグラム野郎!」
「では今から具体的な契約内容と援助体制の説明をさせて頂きます」
クライムの悲鳴、アレクの罵声、やる気のない説明、それを塗り潰すような騒ぎ声が鳴り響く。しばらくしてクライムが暴れ足りない様子のアレクをようやく引き摺って来た。そのままマキノに引き渡して近くの椅子に力なく座りこむ。金髪がねぎらうようにその肩を軽く叩いた。
「これで俺達も山猫騎士団の団員ってわけか。改めてよろしく、クライム君」
慰めているつもりだろうが、逆効果である。クライムは爽やかに微笑む彼と目が合うと、ますます疲れ切った顔で頷いた。そのまま金髪にマキノやメイルを適当に紹介する。
「メイルさん、か。可愛らしい名前だね」
金髪の傭兵はメイルの前で膝をつき、騎士が婦人に礼を尽くすように優しくその手を取った。その雰囲気から立ち振る舞いまでが余りに完璧すぎて、メイルは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。声が出ないまま皆に助けを求めたが、マキノもフィンも悪い顔で微笑むばかりだ。
「ウィリアム・アデライドです。以後お見知りおきを」
そう言って、指にそっと口づける。
メイルは声にならない悲鳴を上げた。
***
「馬鹿言え、西の森には巨人はいないはずだ」
「これだから田舎者は。半年前から山を下りてきてんだよ」
「見たのか、それを。本物はどんな感じだ」
殴り合い一歩手前の雰囲気から一転、何でもなかったかのように話をしている面々を見て、メイルは首を傾げていた。
丸テーブルに座って話しているのは五人。アレクとクライム、毛皮のディグノー、茶色髪のエイセル、お目付け役として黒髪のジーギル。更に隣のテーブルには巨漢のゴルビガンドが控えている。全員がジーギル率いる狼集団だ。
この形に落ち着くまでにも一悶着あった。アレクとディグノーの対決は、なぜかエイセルが混じってから飲み比べに発展し、最終的には仲裁に入ろうとしたクライムに三人がひたすら酒を流し込む作業に変わった。今はクライムはテーブルに撃沈していてレイが指輪ながらずっとその面倒をみている。
「クライム、ほら、水注いだから。飲める?」
「……うん」
「あの、ごめんなさい。この結末は流石に予想してなかったわ」
「……うん、もう、いいよ」
クライム本人は動けないが、指輪の嵌ったその右手だけが勝手に動き、コップに水を注いだりタオルを代えたり甲斐甲斐しく世話を焼いていた。メイルとウィリアムは少し離れた所からアレク達の話を聞いている。クライムとレイは二人きりの雰囲気が出来ていて、見知らぬ狼達もいて、人見知りのメイルはそのテーブルに加わり辛そうにしていた
一行がいるのは山猫屋の地下一階。
彼等山猫騎士団に今日一日開放された空間だ。
闇小人の鉱山さながら、土の壁を木組みで支えた隠れ家のような広い部屋だ。役人の説明が終わってからというもの、クライム達を含めた二十人程はずっとここに居座っている。
部屋の反対側のテーブルでは、マキノとフィンも真っ黒な女傭兵と何やら話していた。
メイルは果汁を啜りながら部屋を見渡す。あの聖職者のように黒いローブを身に纏った女剣士がナルウィで、ショーロの村にもいた草色髪の大男がその相棒のリューロン。総勢四十八人の騎士団全員の顔と名前を照合するのは一苦労で、誰が何を話しているかも分からない。しかし、今はその為の時間でもある。要は顔合わせなのだ。
至る所に蝋燭が並べられた地下室は地上と違ってどこか幻想的だ。暖かな光に、土と木の匂い。それが懐かしい故郷にも似ていて、落ち着いたメイルは自然と隣に座るウィリアムとの距離が近づいた。
「じゃあ君達は、誰に雇われている訳でもなく旅をしていたのか」
「うん。なんだかおかしな縁で」
「それにしては面白い五人だね。あのアレクが無所属の剣士だなんて信じられない。見てくれよ、彼の拳を受けた手、まだ痺れが取れないんだ」
「じゃあそのアレクを片手で止めたウィリアムってなんなのさ」
ウィルで良いよ、と彼は人懐っこい顔で微笑む。
「俺はただの逸れ者だよ。どうも先走る癖が取れなくて、結局一人になってしまうんだ」
「あ、なんか、ごめん。悪い事聞いちゃったかな」
「そんな事ないさ。この前は妙な人物の用心棒をやったかな。古狸みたいな悪い顔の貴族だったんだけど、思いのほか好人物でね。俺も……」
「おいウィル! お前女いるって本当か!?」
「ええぇ!?」
五人のテーブルから飛んで来た野次で会話がいきなり切れた。
ウィルは大慌てでテーブルに駆け寄る。
「誰がそんな話を! それにブリュンは別に恋人なんかじゃ……!」
「バーカ引っかけただけだこの色男。真面目な面して本当にいるとはな」
「って言うか誰だよ、そのブリュンって」
「ええぇ!? ひどいじゃないか、俺は……!」
「まあまあ座れ」
「そして飲め」
肩に手を回され、コップに酒を注がれ、駆け付け一杯。ウィルはあっという間に汚い空間に飲み込まれた。急に一人にされて寂しくなったのか、メイルも椅子を抱えてアレクの後ろまでおずおずと移動する。
「だから違うんだ。ブリュンは俺の先生で、師弟関係から少しも進んでないんだ。俺だってどうにかしたいけど、彼女は年上だし、学者気質だし、エルフだし」
「おいおい、いいじゃねーか。男女問わず美形しかいないって聞いたぞ」
「で、ヤったのか?」
「やってない! 何もしてない! 何も出来てない!」
「エルフ? エルフと知り合いなの?」
地中の賢者特有の好奇心がメイルの緊張を吹き飛ばした。
なにせ古い物語にはエルフは必ずと言っていいほど登場する。この世で最も高貴な存在で、英雄に道を示す賢者だったり、共に旅する魔法使いであったりする。本当に森に棲んでいるのか、ちゃんと耳は尖っているのか、エルフの竪琴はどんな音がするのか。メイルの興味は尽きない。
「そもそも、ウィルはどうやってエルフと知り合ったの?」
「あ、俺かい? 俺は、どう言ったらいいのかな。いわゆる妾の子でね。家はしっかりしていたんだが、ちゃんとした事を教われずに放っておかれていたんだ。そこを拾ってくれたのが先生さ」
「あれ? じゃあ先生って、何歳なの?」
「言ったろ、年上って。それからは家の目を盗んでは、森に遊びに行くと嘘をついて先生に沢山の事を教わっていた。本当に物知りな人だったからね」
森で密かに暮らすエルフ、まさしく物語から飛び出してきたようだ。
想像が無限に膨らむ。学者気質のエルフが森に優美な隠れ家を構えていて、そこにある日、貴族の子供が迷い込んだ。エルフは少年に学門や剣術を教え、いつしか少年は大人となって巣立った。しかし彼はそれでも彼女の事が忘れられず、そして……。
と、そこまで来てうっと詰まった。物語に出てくるエルフと騎士の恋は大抵実らないのだ。下手に知識が豊富でも、こういう知識は欲しくない。
「なんだウィル、お前貴族の生まれか」
一方で、毛皮のディグノーは別の所が気になったようだ。
「ただの下級騎士で、今は流れ者の傭兵さ。きっと君らが想像しているほど良い身分じゃないよ」
「それで生まれがどこだ? エルフが住んでる場所なんて聞いたこともないぞ」
ああ、っとウィルが少し気まずそうにして、答えた。
「フェルディアだよ」
ディグノーとエイセルの表情が曇る。
生まれの問題は複雑だ。国に縛られている訳ではなくとも無視する事は出来ない。アレクは良く分かっていないのか、憚りもせずに後ろのメイルに訊いた。
「おいおい、なんだこれは」
「フェルディアは戦争中なんだよ。グラムとも、ね」
両国は共に、ここから北の地方でひしめく王国の一つだ。
ジーギル達のグラムに、ルベリア、ヴェランダール、そしてウィルが生まれたフェルディア。人間の統べるこの国々は強力な軍隊を持って紛争を繰り返している。そしてフェルディア王国は世界最大の国と言われる半面、その紛争の中心と言っても過言はない。統一戦争とも言われている。
「その事かよ。まあ良い噂は聞かないけどよ」
「アレク、そんな言い方って……」
「お前らだって国に剣を預けてる訳じゃねぇんだろ。預けていたとしてもだ、こんな所にまで話を持ってくるな馬鹿馬鹿しい。志を同じくする仲間、だろうが」
「……ふん」
口にし辛い、という言葉はアレクの辞書にはない。だがこの場では彼の意見は全くの正論だった。曇った空気がふっと緩む。
「僕、実はよく知らないんだけど、どうしてそんなに荒れてるんだっけ」
沈黙を作らないようにしているのか、クライムはテーブルに突っ伏したまま顔だけ捻ってメイルに訊ねる。メイルもとにかくしゃべり続けた。
「えーっと、色んな要因はあるんだけどね。旧大戦ってあるでしょ。五百年前のその戦争で国がバラバラになっちゃったから、それを再統一するのが今の戦争の主な目的かな」
「え、じゃあ旧大戦も結局は人間の国が引き金だったの?」
「始まりの戦争を引き起こしたのは人間じゃない。余りに強くて恐ろしかった事から、魔族、とまで呼ばれていた人達だよ。結局魔族が敗れる形で戦争は終わったんだけどね」
「魔族って、凄い名前だね。それこそ巨人みたいな怪物なの?」
「ううん、記述では人間とそう変わらない姿だったらしいよ」
「黒い髪に黒い翼、そう変わらないとも言えないだろう」
黒髪の剣士、ジーギルが注釈を入れる。北の国々はこの南部と違い、世界を巻き込む規模だったと言われる旧大戦でも人間側の主軸として戦っていた筈だ。変わり者と違いはっきりと歴史に名を残している魔族の事は、よく知っていて当然だろう。
「我々の国にも戦争に関する記録は多く残っている。好戦的で、この上なく強く、例外なく魔法が使える。戦争に敗北した後もどこかに隠れ潜んでいるとの噂があるほどだ」
「噂では、でしょ? 文献では全滅したって言われてるし、はっきりした目撃情報もないよ」
初対面の相手にはっきり物を言うが、メイルにしても知識の面でなら遠慮はない。
「ふ、それにしてもお前は、その歳でやけに物知りだな」
「ボクはリュカルだからその辺りの事は大体、って言って分かるかな」
「地中の賢者か、なるほど通りでな」
地中の賢者。懐かしい呼び名だ。もっとも里を飛び出したメイルにとっては、何の意味もない肩書だが。ジーギルは少し、居住まいを正して続ける。
「では、お前の意見も聞こうか。あのドラゴンについてだ。奴について、お前は何か知っていたか?」
「ううん、ボクは何も。ドラゴンは一カ月ほど前に、どこからともなく突然現れたって聞いたけど、あんな大きな魔物が今までどこにいたのか全く分からないよ。そもそも岩のドラゴンなんて、どんな文献にも出てきた事がない。あいつだけなんだ」
「そうか。リュカルが知らないとなると、本当に奴は正体不明の怪物という訳だな」
「じゃあ奴の目的はなんだ! 突然出てきて、ただ暴れる事が目的だって言うのか!」
ドラゴンについて推測するジーギル達。逆にクライムやメイルは少し気まずい思いをしていた。
原因、目的、正体。
恐らく、レイは全てを知っているだろう。
人目も憚らず喋りまくる指輪の事を、何か訳があるのだろうと、有難い事に誰も深く詮索して来ない。だがそれが岩のドラゴンに囚われた人物なのだと分かれば話は別だ。だから、今は言えない。彼女の話はどれも彼女自身の口からしか聞いていない事だ。確証もなければ話す相手も選ばなければならない。
大体クライム達が詮索しても、女の子に深い事情なんて聞いちゃ駄目よ、とか冗談ではぐらかされる始末なのだ。
「暴れるドラゴンと言えば分かりやすいが、あれはそんな単純な物ではないだろうな。奴らからは、何か明確な意思を感じる」
「そう思うならドラゴンに直接訊ねてみろよ。案外、人語を解するかもしれないぜ」
自然と周りからも人が集まってきた。
シン、ギブス、リューロン、ナルウィ。彼等がここにいるのも、やはり顔合わせ以前に情報収集が目的なのだ。
気付けば、アレク達のテーブルを中心にこの部屋の殆ど全員が集まって人垣が出来ていた。思いがけず人の輪の中心にいる事になり、メイルがまたしても縮こまる。
「私も混ぜてもらっていいかな。何よりも奴らの急所を知りたいんだ。リューロンから聞いたけれど、ショーロで見た岩の蠍は本当に何をしても効果がなくて、結局滅多打ちにするしかなかったって?」
「奴らはやたらと種類がいて一貫性がないが、皆ドラゴンから生まれたものだろ。弱点というなら、たとえばあの赤い目がそうなんじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。私は今まで目を狙った事などないぞ」
「急所は動物と同じはずです。ただ岩の体が硬いだけで」
「あれが動物と同じだって? 何言ってんだテメー」
「何匹か捕まえて試しました。間違いないでしょう」
思い思いに意見を交わす中、片眼鏡の傭兵の言葉に全員の注目が集中した。捕まえて、試した。つまり拷問にかけて検証したという事だ。
「報告までに聞いて下さい。まず奴らは傷が治りませんし、決して無敵ではない。確かに岩が動物の形に固まっているだけですが、喉を潰せば苦しみますし胸を刺せば殺せます。心臓が無いにも関わらずです。一番驚いたのは、動物なら致命傷になるであろう傷を与えた時、暫くしてから死んだ事です。まるで失血死したかのように。どういうカラクリなのかは、まだ分かりませんが」
無感情に淡々と報告する。ウィルに劣らず整った顔立ちだが、仮面のように表情がない。
そして、その疑問に答えるように、別の男が口を開いた。
出会って間もない傭兵達の中で、久しぶりになじみ深い声だ。
「恐らく、囚われているんですよ。動物としての概念に」
灰色の髪の若い魔術師。
彼の意見は年上ばかりのこんな場所でも十分に重みがあった。
「私の推測ですが、あのドラゴンも怪物達も、何かの魔法によって岩が押し固まっているだけです。しかし恐らくその魔法をかけた何者かの、生き物に対する既成概念が色濃く反映されている。だから岩の体はしていても、中身は動物と変わらないのでしょう」
「つまりあのドラゴンにも、怪物と同じく弱点があるという事か?」
「そう考えるのは危険よ。あれは他の怪物とは決定的に何かが違う」
「もういい」
短髪の傭兵、シンが低い声で切り捨てる。
「どうせあの巨体だ、粉々にする以外倒し方なんざねぇだろ。それが分かれば十分だ。それくらいやらなきゃあ、気が済まない」
その声には、岩の怪物に対する憎しみが篭っていた。
思い思いに言葉が飛び交う中、少し皆が黙り、そしてシンは続ける。
「宿を取りに、ローホークの村に立ち寄った時だった。岩で出来た山犬共が群れでやってきた。あそこには何の価値もない、ああ、ただのド田舎だ。襲われる理由なんて無かったんだ」
クライムが顔をしかめた。彼の脳裏で、あのショーロでの光景が蘇る。薄暗いシンの目には、ディランと同じ悲しみと憎しみの光が宿っていた。強い光だ。
「俺は、気が短いとよく言われる。障害になるものは片っ端から叩いてきたからな。多くの仲間が死ぬのを見てきたし、何も解決しなかった事も何度もある。だがそれでも、俺は自分に恥じない道を進んできたとはっきり言える。それは今回も同じだ。奴らは、殺す。ただの一匹も生かしておかない」
彼の生き方。まるで違う道を辿ってきた男。
そんな傭兵達が、ここには集まっている。
全ては、あのドラゴンを倒す為に。
「奴を見逃すつもりは毛頭ない。他の傭兵団がどうだか知らないが俺は、俺達は本気で奴らを狩るつもりだ。そして悪いがお前らにもそれを期待している」
そう言って、シンは皆を見回す。
「どうなんだ。お前らは何のためにここに来た」
誰も口を開かない一瞬の沈黙の後。
ウィルが立ち上がった。
腰から静かに剣を抜く。美しく長い剣だ。
切っ先を上に真っ直ぐ構えた。
「俺は、主君を持たないはぐれ者の傭兵だ」
蝋燭の炎が揺らめく薄暗い部屋で。
皆が静かに彼の声に耳を傾けていた。
「地位もない、戦友もない。これまで俺は、俺を俺とする全てを賭けて誰かと共に戦うという事をしなかった。だがそれは今なんだと、そう思う。シン、あの怪物を打ち倒すという君の決意に、持てる力の限りで応えると誓おう。偶然出会ったこの小さな騎士団と、ここに集った多くの騎士達に、俺の命と誇りの全てを預ける」
見ると、ナルウィが見た事もない漆黒の剣を構えていた。
ジーギルも、アレクも、クライムも、この場にいた皆が立ち上がって次々と剣を抜く。
空気に呑まれたメイルが一瞬慌てるが、差し出された手が見えて思わずクライムに駆けよった。彼は微笑んで、くしゃっと柔らかくその頭を撫でる。そして、別人のような真剣な顔で前を向いた。見上げると円状に集まった彼らが、厳かな風貌で一様に剣を構えている。
ウィルがテーブルの上に、ゆっくりと切っ先を落とした。
次にシンがそれに重なる様に下げ、カチリと剣の合わさる音がする。
次々と重ねられる騎士達の誓いを、メイルは固唾を飲んで見ていた。
その中の一振り、クライムの剣にも、確かに彼の決意が込められているように見えた。
***
「ジーギル、ゴルビガンド、リメネス! お前達はここから南、アデスに向かえ!」
「エイセル、ディグノー、テルル、ヴィッツ! お前達はコルドだ!」
朝。
未だ雨の止まない村で、多くの傭兵がせわしなく走り回っている。
山猫騎士団四十八名は村の門の前に集合し、情報収集と先遣隊を兼ねた傭兵達から別個に指示を聞かされていた。
「シン、リーブ、サイモン、ティオ! 東へ向かえ! デライ・ディリアだ!」
「リューロン、ナルウィ、エイブラ! ショーロへ向かえ! 怪物が再来した!」
「ウィリアム、コール、ガルマ! 西の村、スラインだ!」
「クライム、マキノ、アレク! お前達はブローグだ! さあ! 行け!」
岩のドラゴンが現れて五十九日目の朝。
山猫達が、各地に散る。