間話1 変わり者の昔話
顔を持たない一人の男が
人の少女に恋をした
家となって彼女を守り
馬となって彼女に仕え
人となって彼女を愛し
竜となって敵を滅ぼす
しかし少女はもう二度と
彼の元には戻れない
彼とは知らずに邪竜と出会い
少女は足を滑らせた
それきり少女は戻らぬままに
それきり二人は会えないままに
どこで間違えたのか、誰が間違っていたのか、まだボクには分からない。
今にも伝わる御伽話はもう古く、それでも確かに彼の仲間であった者達の伝説を物語っているのだろう。
歴史上の偉人に稀に似た特徴を持つ者がいるのは、彼らの悪戯だと言う人がいる。天を覆う程の怪物が世界を滅ぼしたのは、彼らの怒りであったのだと。
どこにでも居ながら、どこにも居ない。
万能な彼等の恐ろしさを意味しながらも、常に孤独であったのだと、背負っている業だけは、皆に分かっている事だった。
では彼はどうなのだろう。
人の姿を取りながら、その本質は恐らく誰にも見せた事はない。彼は何を恐れているのだろう。
それはもしかすると、いつかどこかで間違えてしまう事。
それとも、誰かが間違ってしまう事なのか。
埃と黄昏に覆われて人知れず朽ちていく多くの昔話。過去の人々の壮大で凄惨な物語を記録していても、誰に知られるともなくゆっくり土へと還っていく。ボクが紐解く物語はどれもそんなものばかりだ。頁をめくる度に、そこには悲しみと喜びが溢れている。
なぜ彼らはこれほどまでにボクを惹き付けるのか。今日もボクは本を読む。誰も知らない物語、それは埃と黄昏に覆われてはいても、形を変えて確かに地を踏みしめ今を生きている。
ひっそりと今を生きる物語。
それはつまり彼の物語であり。
これからのボク達の物語だ。