未知の領域①
俺的には、とんでもなくめんどくさい事実を知ってしまった。
俺への被害は、ある意味やばい兄妹と知り合いだってことか。
「でだ、俺に何をしてほしいんだ?おいクソガキ聞いてるのか!」
「いきなり大きい声をださないでください!それに場所が近い!」
「ん?そうか」
うわーこの人、うぜーーー。自分が迷惑かけてるのわかってないし。
一度カウンセリングを受けて自分に足りないとこを聞いてこいよ。
そしたら「あー、まずは人として駄目ですね」とか絶対言われるからさ!
「言われないと思いますよ、先輩」
「あのー頼むんで、心を読むのだけはやめてもらっていいですか?
俺にもプライバシーとかその他もろもろの感情があるんだけどね・・・」
「嫌です」
「・・・そうですか」
なんなんだよこの子!バスケ上手いしそれなりにかわいいなあとか思ってたけど、
一つ皮を剥けば完璧な腹グロ女じゃねえかよ!なんかなあ、でも嫌じゃない感覚。
多分、師匠にさんざんいじめられてたから、そこまで気にならないんだ。
というより、人の心を読める時点でまずありえないけどね。
「言っておくが、藍華には俺の教えられるすべてを教えたぞ」
なるほど、それなら杉本さんが男子と同じレベルだというのもうなずける。
俺と同じ練習をしたのだろうか?だとしたら女の子にはかなりきついだろう。
学校での練習に加え、師匠がその人に合った練習方法を教えそれをやる。
師匠の練習内容がまた、学校時の二倍はあるんだよなあ。逃げたくなるよ。
「なら、俺が杉本さんを呼んだ意味ないか。
っていうより来た意味すらないな、これじゃあ」
「・・・ちょうど良い機会だ。俺はお前に聞きたいことがあるんだ」
「別に構わないけど」
いつになく真面目な師匠の顔。いつものように馬鹿にしてるような目もしてない。
「田島先生から聞いたけど、お前復帰するんだって?バスケ。
その練習として女子のコーチをやってるらしいな」
「まずは心の環境から整えたいので」
「嘘つくなよ、バカ弟子。
お前は多分、まだバスケに完全に向き合えてない。そうだろ?」
「な!」
何を言ってるんだこの人は。俺はもうバスケをしているんだぞ?
杉本さんのおかげでこうやって、バスケ独特のスキール音だって気にならない。
もう、俺は大丈夫なんだ。そうに決まってる。
「藍華から昨日の1on1について聞いた。らしくないフェイク使ったな」
・・・らしくない、かあ。そうかな?いつものように抜いたはずだけど。
それとも、気付いているのだろうか師匠は。
「左右にフェイク入れて抜いたんだろ?目隠し使って。
お前そんな技、俺に一回も使ったことないだろ。お前の持ち味は技術じゃなくて、気持ちだろ」
「でも、俺だって師匠の知らないとこで練習だってやるし。
師匠が俺の全部を知ってるわけじゃないだろ!」
「お前の基礎を教えたのは俺だ。応用は基礎から生まれる。
精神論はもっとだ。お前は俺の心をそのまま受け継いでる
そう考えたら、答なんて一つだ。お前は、自分のバスケを捨てたんだ。
他人のレベルに合わすようなバスケをやってるお前は自分とまだ向き合えてなんかない」
「そ、そんなの詭弁にしかならない!俺は俺のバスケだ。誰とも違う!
師匠のバスケは、もう俺とは違うんだよ」
声を荒げる。自分でも今の姿が痛々しいと思う。それでも、自分のことを否定されて黙ってはいられない。
「・・・そうやって、冷静にいる時点でお前とバスケは同じ位置にいないんだよ」
「え?」
「なんでもない。・・・お前がそこまでいうなら、俺と決着をつけるか。
これでお前が勝ったら俺はもうお前に言うことはない。免許皆伝だ。お前を認める。
でも、お前が負けたら一度、朋輝に会ってもらう。まだ、バスケやるって言ってから会ってないと聞いた」
「と、朋輝は関係ないだろ!」
「逃げるのか?一番お前の復帰を願った人間から目を背けるのか?
もう大丈夫なんだろ?バスケができるようになったんだろ?なら会えるだろ」
理はかなってる。間違いなく、朋輝は俺の復帰を望んでる。
それは、本人を見てもわかるし、朋輝の彼女の妃奈もさんざん願ってると言っていた。
確かに俺はもう朋輝と会ったってなんの罪悪感もないはず。はずなんだけど・・・
「受けるか?俺との勝負?」
俺は、それでも、自分を信じる。そうしないと、もう消えてしまう。
「当たり前。師匠に勝って俺のレベルを見せつけますよ」
「ったく、ガキが」
「相手してやるから、ケガだけするなよ」
ゾワッとする、雰囲気がガラッと変わる。これが、現役で単身NBAで生きてきた人間か。
いくら数年前だっていっても、まだ30代。それも前半。
ケガしているからって勝てる相手なんかじゃない、か。
この時、俺はまったく杉本さんの存在を忘れていた。今日、後悔してしまうのに。