05.乗りかかった船
生徒会室に、杏里があるものを持ち込んできました…というお話。ギャグ要素少ないかもです(まぁ、いつもそうだけどな!←)。
生徒会中心で、最後の方に新聞部が出てきます。
季節は大体春とか…初夏とか。それくらいかな。
「ね、これやらない!?」
生徒会室のドアが勢いよく開いたかと思うと、小柄な三つ編みの少女――生徒会書記・早川杏里が、瞳をキラキラさせながら入ってきた。
「んぁ?」
生徒会室にある『生徒会長』と彫られた黒曜石的なものが置かれた机に、べったり身体を預けていた少女――中村鈴奈は、すっかり油断しきったような声を出しながら身体を上げた。
杏里が手に持っていたパッケージを目にすると、怪訝そうに眉をひそめ首をかしげる。
「なぁに、それ?」
「食べ物ではないようね。……いったい何を持って来たの」
鈴奈の右向かいの机に腰を預けていた少女――藤山暖香も、不思議そうな表情を浮かべる。
そんな二人にまるでおもちゃを自慢するかのように、杏里はつかつかと生徒会室の中心部にまで入ってくると、一番見やすい鈴奈の机の上にパッケージを置いた。
「じゃんっ、これだよ!」
「「シャボン玉……?」」
鈴奈と暖香が同時に呟く。
可愛らしく飾られた少し大きなそれには、幼いころよく見たようなプラスチック製のケースと、口で吹いて大きく泡を作るアレ――吹き口、という名前らしい――が、ちょうど三つずつ入っていた。
まさに昔懐かしの、シャボン玉キットというやつだ。
「なんでまた、唐突に」
きょとんとしたまま鈴奈が尋ねる。暖香も同じ疑問を持ったらしく、鈴奈と一緒に杏里をまじまじと見た。普段食べ物以外のものにそれほど目を向けない杏里にしては珍しい……と思ったのだ。
杏里は照れたように笑った。
「いやぁ……ちょっとショッピングでお菓子探してた時に、たまたま見かけてさ。懐かしいなぁ……って思って」
「まぁ、確かに懐かしいといえば懐かしいわね」
暖香はシャボン玉キットを手に取ると、ふんわり微笑んだ。
「シャボン玉かぁ、そういえば何年もやってないな」
鈴奈も昔を懐かしむように目を細める。
「久しぶりにさ、ちょっとやってみようか」
「そうね」
鈴奈と暖香が同時に顔を見合わせ、うなずき合う。
「そうこなくっちゃ!!」
杏里は心から嬉しそうに、ぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「ふふ。……さて、そうと決まったら何処でやる?」
無邪気な反応をする杏里を見て微笑むと、暖香はさっそく口を開いた。杏里が飛び跳ねるのをやめ、うーん、と首をかしげる。
「やっぱり一旦外に出たほうがいいかなぁ……?」
鈴奈はあからさまに嫌そうな顔をした。
「えー、めんどくさいよ。ここでやればいいじゃん」
途端に暖香は呆れたような表情になった。
「あんたねぇ……冷静に考えなさい。生徒会室が泡だらけになるでしょうが」
「誰も室内でやる、なんて言ってないじゃん」
「じゃあ、どうするの?」
杏里がコテンと首をかしげる。
椅子に座ったまま、鈴奈はさも当然といったように窓のほうを指差した。
「ここから、外に向けて吹けばいいでしょ? 幸い今日は強い風も吹いてないみたいだし」
「なるほど!!」
杏里がポンと手を打つ。
「そういう時だけは頭の回転が速いのね、あんたって子は……」
暖香はやっぱり、呆れたようにため息をついた。
普段はあまり開けない窓を全開にすると、新鮮な空気が入ってきた。
「ん~、いい天気」
「気持ちいいわね」
鈴奈と暖香が窓の前に立ち、順に言う。杏里も窓の外の景色を眺めながら、シャボン玉のキットを開ける作業に入った。まとまっていたそれらをバラバラにすると、一組ずつに分け、二人に手渡す。
「はい、暖香。こっちは鈴奈の分ね」
「ありがと」
「うーん。この感じ懐かしいな、やっぱ」
鈴奈は受け取るなり、石鹸水が入ったプラスチックの入れ物をちゃぷちゃぷと揺らしながら、感慨深く呟いた。
「早速やってみようよ!」
杏里は早くも入れ物のふたを開けると、吹き口を中に浸す。吹き口の先に膜が張ったのを確かめてから、窓の外に向かってふぅ、と勢いよく吹いた。膨らんだ泡たちは次々と吹き口から離れ、外をぷかぷかと身軽そうに漂っていく。太陽の光でキラキラと輝くそれらを眺め、杏里は満足そうに笑った。
割れたり遠くに飛んで行ったりして次々と消えていく泡たちを見送った後、杏里は勢いよく振り向いた。
「ね、二人もやってみて!」
杏里に促され、見ていた鈴奈と暖香も同じように吹き口を石鹸水に浸す。二人そろってぷぅ、と吹くと、生まれた幾つもの泡たちがたちまちそよ風に吹かれて飛んで行った。
どこか懐かしそうな瞳でそれを追う暖香とは対照的に、鈴奈はどこか不満そうに唇を尖らせていた。
「なんか……暖香が作ったシャボン玉、わたしのより大きい気がする……」
杏里は窓から身を乗り出しながら、二人の吹いたシャボン玉を見た。小さな泡と大きな泡が混在するように吹いていたので、どれをどちらが吹いたのか全く区別がつかない。
「どれかわかんないよ……。ね、二人とももう一回やってみて」
杏里の言葉で、鈴奈と暖香は再びシャボン玉を吹いた。
ふわふわと漂っていくシャボン玉たちを見て、杏里は納得した。なるほど。鈴奈から発された泡はごく普通の大きさであるのに対し、暖香から発されたものは、量は少ないものの、どれも通常よりは大きい泡だった。
さっきより不機嫌そうな表情になった鈴奈に、暖香は勝ち誇ったようにふふん、と笑った。
「才能の違いね」
「それって才能の問題なのかなぁ……? まぁいいや、あたしもやってみよ!」
杏里が再びぷぅ、と吹き口を吹いた。小さなシャボン玉がたくさん、勢いよく噴射される。それを見て、あれぇ? と杏里が首をかしげた。
「あたしのも、小さいなぁ……」
「だよねぇ!! 暖香、絶対おかしいよ」
鈴奈が勢い良くうなずき、同意する。
「ね、暖香。もっと大きいの作れる?」
やってみてー、とじたじたしながら頼む杏里に、しょうがないわねぇ、と暖香は苦笑した。吹き口に石鹸水をつけ、いつもやっている通り軽い感じで吹いてみる。
ぷくぅ、と膨らんだシャボン玉は、みるみる大きくなっていき……やがて吹き口から離れるころには、ボールくらいの大きさになっていた。
杏里が目を丸くする。
「え、何で何で!? どうやったらそんなおっきいのができるの!?」
「どうやったら、って……別に、普通にやっただけだけれど」
暖香は何でもないことのように答える。
「あんたたちもやってみたら。できるんじゃないの」
「そうかなぁ……」
「杏里、やってみようよ。もしかしたらできるかもしれないし」
そう言った鈴奈の眼は、真剣そのものだった。あ、これは火がついてきたな……と思いながらも、杏里はうなずく。
二人で開け放した窓の前に並ぶと、それぞれ石鹸水をつけ、『大きいの、大きいの……』と念じながら吹き口を慎重に吹く。その様子を暖香は後ろから微笑ましげに見つめていた。
結果……杏里のシャボン玉は膨らまないうちに割れてしまい、鈴奈のシャボン玉はいいところまでは膨らんだのだが、やはり吹き口から離れる前にあっけなく割れてしまった。
杏里は先ほどと同じように、あれぇ~? と不思議そうに首をかしげる。鈴奈は先ほどよりもさらに不機嫌そうな表情になった。両頬に食べ物を極限まで詰めたハムスターのように、ぷくぅ、と頬を膨らませる。
「何でうまくいかないのよぉぉぉ……」
鈴奈は面倒くさがりではあるものの、それ以上に負けず嫌いな性格である。自分が勝つためならば、普段は面倒くさいからといってやらないようなことでも、平気でやってのけるほどだ。
一度完全に火がついてしまった鈴奈を止めることは――彼女が飽きて興味をなくすまで――できないといっても過言ではないだろう。
「うー!! もう一回やる」
鈴奈はもう一度石鹸水に吹き口を浸すと、窓から軽く身を乗り出すようにしながら、空に向かって吹いた。何度やってもうまくいかず、むぅ……と唸りながら再挑戦を繰り返す。そんな風に黙々と挑戦をする鈴奈を、はじめは杏里も暖香も黙って見守っていたのだが……存外長いことやっていたため、途中で二人とも飽きてしまう。仕方がないので、少し空いていた隣で杏里と暖香もそれぞれ好きにシャボン玉を吹き始めたのだった。
――鈴奈が挑戦を始めてから、ちょうど一時間ほど経った頃だろうか。
「……あ!」
何十回という挑戦を繰り返した結果、ようやく暖香が作っていたような大きなシャボン玉が完成した。それがふわふわと飛んでいくのを見届けると、鈴奈はとたんに嬉しそうな顔になった。隣でそれぞれシャボン玉を吹いていた暖香と杏里に、指差して報告する。
「見てみて、二人とも!」
鈴奈の指す先を目で追った二人もまた、嬉しそうに笑った。
「やったね、鈴奈!」
「うまくできたじゃない」
自分のことのように喜んでくれる杏里と、珍しく褒めてくれた暖香に、鈴奈は普段の杏里以上に無邪気な表情をした。
それからは鈴奈も気が済んだのか、普通にシャボン玉を吹き始める。日が長くなってきた時期であるため、まだまだ外は明るい。そんなわけで、三人で下校時間ぎりぎりまでひとしきりシャボン玉を吹いていた。
すると……。
「――きゃっ!?」
急に、突風が吹いた。
同時に、今まで吹いていたシャボン玉たちのうち、割れていないものが次々と生徒会室に入ってくる。
三人で相当な量を吹いていたため、みるみるうちに生徒会室は泡だらけになった。
「あーあ……やっちゃった」
鈴奈が照れ笑いしながら頭を掻く。
「ったく、こんなにしちゃって……どうすんのよ」
暖香が呆れたように腕を組む。
「掃除しなきゃだね」
杏里は困ったように笑うと、掃除用具を取りに行くため生徒会室のドアを開けた。
同時に再び突風が吹く。しぶとく割れないシャボン玉たちは、場所を求めるように次々と生徒会室を出ていった。
「「「あ!!」」」
三人は焦ったように、そろって声を上げる。
……が。
「……なんか、ここまで来ると逆に面白くなってきちゃったんだけど」
鈴奈がポツリとつぶやいた言葉に、
「……今更、後戻りもできないしね」
暖香も眉をひそめながら、重々しく口を開く。
「……まだ、石鹸水残ってるよ」
手にしていたプラスチックのケースを見ながら、杏里がためらいがちに言った。
「「「…………」」」
しばらく沈黙が続く。
それぞれ考え込むようにうつむいていたが、やがて顔を上げると、三人は顔を見合わせ、うなずき合った。
「「「……やっちゃうか」」」
◆◆◆
翌日。
早速発行された校内新聞の見出しには、こんな文字が躍っていた。
『学校内が泡だらけ!? 放課後に起きた珍事件!! またまた生徒会の仕業か』
「――シャボン玉、か。なかなか懐かしい遊びだね」
その日の早朝、出来上がったばかりの新聞を貼り付けながら、新聞部その一こと、新聞部部長・大束修が言った。
「どれだけたくさん吹いたんだろうね。校内には結構な量の泡の跡が残っていたけれど」
修の隣で貼り付けを手伝っていた新聞部その二こと、新聞部副部長・水無瀬友哉はそう言って苦笑した。
「……でもまぁ、たまには童心に帰るのも悪くはないのかもね」
「そうだね。……ふぅ、貼り付け終わったよ。友哉君」
「ご苦労様」
十分ほどで貼り付けの作業を終え、二人は教室へ向かう準備にかかる。
二人で教室のある棟を目指して歩いていると、おや、と修が声を上げた。
「シャボン玉……」
二人の前に、噴射されたようないくつものシャボン玉が現れたのだ。
廊下の電灯に照らされキラキラ光るそれらは、しばらくふわふわと宙を漂っていたが、やがて廊下に置かれていた障害物などに当たって、パチン、パチンと次々はじけ飛んだ。
二人はその光景を、ただぽかんとしながら見つめていた。
「……昨日の残り、かな?」
先ほどまでシャボン玉が飛んでいたほうを見ながら、かすれた声で友哉が問う。
「まさか。……昨日のが、残っているわけないだろう」
ありえない、というように修が首を横に振る。
「じゃあ、一体……?」
「……幻覚、だよ」
友哉の問いに、修が簡潔に答えた。友哉も納得したようにうなずく。
「そうだね。……何せ僕たち、昨日は一睡もしていないから」
「あぁ、そうだよ。……さ、行こうか」
「うん」
それぞれ軽く首を横に振ると、二人は再び教室へ向かって歩き始めた。