35.十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人
とてつもなくお久な生徒会。
今回は過去篇最後ということで、生徒会選挙のお話を…。
生徒会メンバー全員+零がまだ一年生で、今井ちゃんがまだ教師をやっているという設定ですので、新聞部・IRSなどの下級生ズや、霧島などの教師連中は出ません。あしからず。
某高校では、毎年全学年――当然、新入生も含まれる――を対象とした実力テストが行われる。
テスト自体はどこの学校でもしていることだし、特筆することでもない。ただ、少し変わっている点といえば……全学年、全クラスともが全て同じ内容のテストを受けるというところだろうか。
科目は国社数理英の五教科と、一般常識。
後者はともかく、前者の方には当然、新入生にとってまだ学習していない範囲も平気で出てくる。
「分からなければ解く必要はありません」
このテストが出来ないからといって、特に内申に響くわけではない。生徒一人一人の、大体の実力を把握したいだけなので、あくまで自身の頭で、出来るところだけを解きなさい……という、教師の指示が飛ぶ。
だからだろう、生徒たちはさほど疑問に思っていなかった。
どうせ学年やクラスごとに、別々のテストを作るのが面倒なだけだろう――それくらいにしか、生徒たちは考えていないはずだ。
しかしこのテストには、実は裏があった。
某高校の生徒会役員は、年に一度変更される。
各委員長は委員会内で、部活動における主将もしくは部長は各部活動内で、メンバーの中からそれぞれ決められる。そして、生徒会副会長以下の役員を決める権限は、生徒会長に就任した生徒に与えられる。
ただし某高校には、通常の学校なら普通に行われているはずの、生徒会長を決める選挙がない。つまり、この学校の生徒会長は、いつの間にか決まっているのだ(ちなみにこれは某高校の生徒内で、七不思議のひとつとして数えられている)。
ならば、その『生徒会長』はどうやって決められるのか?
――答えは、先述の実力テストである。
一部を除く生徒たちには一切通知されていないことだが、実は某高校では、この毎年行われる実力テストで一位を取った生徒が、生徒会長に就任することになる。
ただし先ほども言ったが、内容は全学年・全クラス共に同じだ。特に新入生にとっては、まだ学習していない範囲が多く出題される。
つまり選ばれるのは必然的に、最高学年の特進クラスに所属する、めちゃくちゃ頭のいい生徒になる、ということだ。
そして頭の良い人間が認めるのは、同じく頭の良い人間。
こうして出来上がる生徒会は、当然誰も逆らえないほどのインテリ集団となる、という算段だ。
だが、この年は違った。
例年のように実力テストを行った結果、何と生徒会長に選ばれることになったのは、めちゃくちゃ頭のいい……新入生だったのである。
◆◆◆
「明日は実力テストよ、鈴ちゃん」
分かっているんでしょうね、とでも言いたげに苛立たしそうな顔をしているのは、某高校の教師・今井琴子だ。
「鈴ちゃんは賢いんだから、きちんと実力出さなきゃダメよ……って、聞いてるの? アタシの言いたいこと、分かってるわよね?」
「やーだよ、めんどくさい」
ピリピリした今井の雰囲気に対し、鈴ちゃんと呼ばれた少女――中村鈴奈は、一ミリもやる気を見せない。
「っていうか、わざわざ今井の家にわたしを呼んだ理由ってそれなの? おじさんが帰ってくる前に、もうお暇したいんだけど」
「ちょっと待ちなさい、まだ話は終わってないわ」
「無駄だよ、母さん」
そんな鈴奈を見ながら、今井の息子・零はへらりと、至極仕方なさそうに笑っている。
「鈴奈がこんなんなのは、今に始まったことじゃないだろう?」
「あのね、零」
自身の息子にまで食ってかかる、気の強い今井。キンキンと鳴る声が、鈴奈には鬱陶しくて仕方なかった。
「この子の頭の出来は、そんじょそこらの人間とは違うの。アンタだって分かってるでしょ? だからこそ、今回の実力テストでは……」
「そもそも実力テストって、習ってないところも出るんだろう?」
だったら本気でやってみようがどうしようが、何にも知らないんだから意味なくない? と、事前に今井から情報を聞いているらしい零は首を傾げる。
「そ、そうだけど」
少し動揺したような態度。
実は今井は、地頭がいいにもかかわらず一切やる気や本気を見せようとしないどころか、飽きっぽくて落ち着きがなく日々問題ばかり起こしている……そんな鈴奈のことを、彼女なりに案じていた。そのため、『生徒会長の座にでもぶちこんでおけば少しは大人しくなるだろう』との仄暗い魂胆を秘めていたのである。
そのためには、何としても本気を出してもらいたいのだが……。
しかしもちろん、これは教師たちだけの守秘義務である。生徒会長の座が掛かっているなんて、口がすべっても言えるはずがないので。
「いいじゃない。上級生のみんなと張り合えるのよ? 鈴ちゃん負けず嫌いなんだからちょうどいいんじゃない?」
と、弁解するにとどめておく。
何故かどうしても鈴奈に高得点を取ってほしいらしい様子の母親に、零は何かを察したようだが……ここは今井に乗っておくほうが、面白いと判断した。幼馴染である鈴奈をからかって遊ぶことが、この少年の生きがいの一つなのだ。
「母さん。そんなに鈴奈に本気出してほしいなら、中村のおばさんから言ってもらった方がいいんじゃない?」
「余計なこと吹きこまないでよ、零」
「あら、それはいい考えね」
名案とばかりに目を輝かせた今井が、ぱたぱたと固定電話の方へスリッパを鳴らし駆け寄っていく。
「ちょっとおばさん!?」
慌てる鈴奈の身体を、零が後ろから羽交い絞めにする。
「何すんのよ、零……っ!」
「いいじゃないか」
ふふん、と愉快そうに笑う顔を、思いっきりパンチしたくなった。
そうしている間に、今井は中村家へ電話を掛けたようだ。
「あぁ、もしもし今井ですぅ。お世話になってますぅ」
独特の、作ったような声。いつもより高く、耳触りの悪い声に、鈴奈は想いっきり顔をしかめていた。
「えぇ、えぇ……そうなのよ。明日は大事な実力テストなのに、ちっとも……えぇ。ちょっと言ってやってくださいませんか?」
話しながら近づいてきた今井。逃げようとするが、零に捕まえられているため身動きが取れない。チッ、と堪えきれず大きな舌打ちをした。
やがて今井に子機を渡され、零の拘束がようやく解ける。ただし逃げられるわけでもないので、渋々鈴奈は子機を耳に当てた。
「……もしも、」
『ちょっと鈴奈』
ドスの効いた母親の声に、うっ、と苦しげな声が漏れる。
『聞いたわよ。また、今井のおばさん……いいえ、今井先生に、ご迷惑をおかけしたんですってね』
「だっておばさんが」
『今井先生、でしょう』
「今井ちゃ……今井先生が、訳の分かんないこと言うから」
『何が、訳のわかんないこと?』
受話器向こうの声は、静かなトーンであるがゆえ、逆に恐ろしい。漏れ聞こえてくる声を横で聞いている零も、「怖いねぇ」と引きつった笑みを浮かべていた。
『鈴奈、本気を出しなさい。母さんの顔に泥を塗るんじゃないよ』
発される脅しは、よく分からない理屈ではあるのだが、何せ鈴奈は母親にだけはどうしても逆らえない。
「……分かったわよ」
こうべを垂れて、諦めたように鈴奈は吐き捨てた。
そして翌日……。
「だいたい、習ってない範囲なんかできるわけないじゃない」
テスト用紙を前に、舌打ちした鈴奈だった。が。
「……あぁ、なるほど。じゃあこうしたら解けるか」
理解力と判断力、そして記憶力に長けた彼女は、まだ学習していないはずの範囲である問題もすらすらと解いていき……。
結果、多少の苦手項目はいくつかあったものの、ほとんどの科目で満点に近い高得点を獲得。
この時点で既に、全学年の中では二位という好成績だった。のだが。
「三年特進クラスの生徒が、カンニング!?」
生徒会長を正式に決定する直前で突如発覚したこの事件により、一位だった生徒を含む三年生数人の順位が取り消され、全員停学処分を受けることになり……。
なんやかんやあって、結果彼女は上級生を差し置き、見事に実力テストで一位を獲得することになったのである。
◆◆◆
というわけで。
『――今年の生徒会長は一年〇組、中村鈴奈さんです』
恒例の、生徒会長お披露目の全校集会。一年生が生徒会長ということで、アリーナに集められた生徒たちは、にわかにざわつき始めた。
「わたしだって、好きでこんなこと……」
ぶつくさ言いながら、鈴奈はめんどくさそうに壇上へ上がる。
「えーと、何だっけ……所信表明?」
意外そうな反応など何のそのとでも言うように、鈴奈はいつも通り気だるげな態度で、壇上から大勢の生徒たちを見下ろす。
独特の間を取り、たちまち空間をシンとさせた鈴奈は、そびえ立つマイクに向けてゆっくりと口を開いた。
『えー、中村鈴奈です。どういうわけだか生徒会長に選ばれましたけど……せっかくの高校生活だもの、楽しまなきゃ損だよ。やれ仕事だ勉強だ校則だ、縛られるのはめんどくさい。だから特にこれまでと変わらず、わたしはわたしで自由にやっていこうと思います。みんなも別に校則とか気にしないで、あんたたちの思うままに、これまで通り適当に楽しくやってくれていいよ』
だらしない服装と相まって、何ともやる気のない挨拶だ。生徒たちも、そして教師も、目を丸くする。
『でも……』
物珍しそうな視線に臆することなく、鈴奈はそこで言葉を切った。黙ったまま、不意にじろり、と周りをねめつけるような鋭い視線を寄越す。大人しげな気質の人間が数人ほど、びくり、と肩を震わせた。
そのまま、これまでより少し強い口調で鈴奈は続けた。
『他人の邪魔は絶対にするな。いいね?』
以上。そう言って、締めくくる。
さっさと壇上を降りる鈴奈の姿に向けて、拍手が送られた。
彼女の言ったことは『各々の判断に任せる』と言えば聞こえはいいが、悪く言えば『私は何もしない』という宣言だ。
ただ一つの約束事があるとすれば、『人に迷惑をかけるな』。
それが、鈴奈の口から発された数少ない所信表明。
教師たちは渋い顔をしたものの……当然、自主性を重んじたい年頃である高校生たちには、非常に受けがよかった。
そして……。
「へぇ、生徒会? いいわね。なら、私は副会長がいいわ。裏で糸を引く、ナンバーツー……ふふっ」
「生徒会? 何かよくわかんないけど、鈴奈も暖香も入るんならあたしも入ろうかなぁ。役割は何でもいいよ!」
副会長以下の生徒会メンバーを決める権限を与えられた鈴奈が、自身の補佐役に選んだのは当然この二人――藤山暖香と、早川杏里だった。
ちなみに、その後。
「ホントにあの子が生徒会長でいいのかしら……」
自分の判断に大きなミスがあったのではないだろうかと、生徒会顧問の今井が頭を抱えていたとか、いなかったとか。




