31.牛は牛連れ、馬は馬連れ
2ヶ月以上空きました。全国の生徒会ファンの皆様(いるのか?)長らくお待たせいたしました。
31話より新章…とは言いつつ特に何も考えてないんですが、とりあえず過去篇に入ります。簡単に言えば、過去のお話。
基本的に生徒会メンバーしか出ません。たまに新聞部とか出るかも。
ちなみに今回は、生徒会メンバー3人の出会いに関するお話です。みんな中学生。
生徒会メンバー3人と、その他モブメンバーでお届けします。
某高校生徒会を牛耳る……否、取り仕切る三人組。
これは彼女たち三人の出会い、そして始まりの物語である。
◆◆◆
生徒数のわりにやたら大きな校舎を構える、この街一帯でもそれなりに有名な一つの高校――某市立某高等学校。
「じゃ、帰るときに電話なさい」
「あいよ」
駐車場に停められた車から降り、運転席の母親に向けて気だるそうに手を振りながら、その校舎へ向けて歩いてくる姿が一つ。
背中に掛かる長さの茶髪を緑のリボンでハーフアップにまとめた、大和撫子のような風貌の可憐な少女は、このあたりの校区からは少し外れた地域にある、独鹿野中学校の制服を身に付けている。
事前にもらっていたのであろうパンフレットを興味なさげに読みながらも、とぼとぼと歩く少女は人波を器用に避けている。観察眼が鋭いのか、単純に偶然が重なった結果、運よくぶつからずに進めているだけなのか、見る限りでは判別できそうにない。
玄関の一歩手前、身長ほどのサイズがある白い看板が掲げられた目の前で、ずっとうつむいていた少女はようやく顔を上げた。
誰が書いたかは知らないが、看板には黒々と、荒波のような達筆でこう書かれている。
『某市立某高等学校 オープンスクール』
少女――中村鈴奈は、ふぅ、と退屈そうに溜息を吐いた。
夏休み中でいつもより教師や生徒は少ないものの、それでも部活や課外授業など、各々の用事で校内に来ている生徒はいるらしい。
オープンスクールの説明や案内に携わっているらしい者もまた、この暑い中わざわざ学校に来ているようで、御苦労なことだと鈴奈は至極他人事のように思う。
先ほども少し触れた通り、鈴奈が現在通っている独鹿野中学校は、某高校から少し距離がある。鈴奈が住んでいる場所の近くにも、鞨鼓狩高校という高校があり、独鹿野中学校の生徒はほとんどそこに行くので、わざわざ某高校まで来る同じ学校の生徒は少ない。
そのためだろうか。先ほどから、じろじろ見られている気がする。
見かけない制服だとか、わざわざこんなところまで来たのかとか、だいたいそのようなことを思われているに違いない。
まぁ、気にしないけど。
鈴奈はまだ、進路をちゃんと決めているわけではない。
鈴奈の頭の出来がいいことを知っている担任は『お前ならもう少しいい高校に行けるだろう』と言っていたが、ぶっちゃけた話、進路なんてものを考えるのはめんどくさい。みんなと同じように鞨鼓狩高校でいいかとも思っている。
けれどなんとなく、某高校のことが気になった。
幼馴染である今井零が、ここを検討していると言っていたからだろうか。
それとも、父が通っていたという高校だからだろうか。
ともかくきっかけはさておき、この高校が鈴奈の好奇心を少なからず刺激したことだけは事実だった。
「ねぇ、あんた」
そんなことをぼんやりと考えていると、ふと後ろから声を掛けられた。妙に威圧的で、ひんやりとした声だ。有無を言わさぬ雰囲気が、声だけでありありと伝わってくる。
鈴奈は気だるげに振り向いた。ハーフアップにまとめた髪と緑のリボンが、動きに合わせてサラリと揺れる。
「なぁに」
振り返った先に立っていたのは、すらりとした長身の少女。栗色のショートヘアと、切れ長の瞳が特徴的な、声の通りクールそうな雰囲気を纏っている。
着ているのは鈴奈の知らない制服だが、すれ違う生徒の何人かが同じ制服を着ていたので、おそらくこのあたりの校区なのだろう。
「その制服、独鹿野中学校でしょう」
「そうだけど」
よく分かったね、と言いながら、鈴奈から少し高めの位置にある顔を見上げる。切れ長の瞳はアイスのように冷たく、やはり威圧感はものすごい。他の知らない人間が見たら、十中八九委縮するか、逃げ出すだろう。鈴奈はあいにく、どうとも思わないが。
「ふぅん」
興味ありげに――けれど視線は相変わらず、氷柱のような威圧感を放ったまま――少女は鈴奈の全身を眺める。鈴奈はその様子を、無気力に見つめていた。
「あんたのそれは、どこの学校の制服なの?」
いい加減じろじろ見られることに飽きてきて、鈴奈が問う。少女は顔色一つ変えぬまま、淡々と答えた。
「底楽乃中学校よ」
「この辺りの校区?」
「えぇ。少し歩いたところにバス停があるのだけれど、そこからバスで十分ほどね。うちの家も、その辺りよ」
「ふぅん」
うなずきながらも鈴奈の頭には、既に地図が描かれている。今度暇なときに寄ってみようかな、と思った。もちろん、気が向いたらの話だが。
「あんた、どこを見学するつもりなの?」
今度は再び、相手から問いを投げかけられる。少し考えて、鈴奈は小さく首を横に振った。
「考えてない」
「無計画ね」
「まぁね、わたしはそういう人間だから。……あ、そうだ」
「何よ」
「着いて行ってもいい?」
少女は少しだけ、驚いたように目を見開く。
「……変な子ね」
「お互い様でしょ」
「私は、自分を変だなんて思ってないけれど」
「変な子ほどそう言うんだよ。自覚がないだけなんじゃない?」
「ったく、あぁ言えばこう言う……まぁいいわ。着いてきなさい」
何となく淡々とした言い合いの末、なし崩し的に二人は連れ立って校内を巡ることになった。
「あんた、そういえば名前は?」
「中村鈴奈。そっちは?」
「藤山暖香よ」
少女――藤山暖香は、やはり表情を変えぬまま「よろしく」と手を差し出してくる。まるでそうすることが当たり前だとでも言うように、鈴奈は差し出された右手を取った。
◆◆◆
「あんまり面白くなかったな」
「そりゃあそうでしょう。私たちが行ったのは、普通科だもの」
鈴奈は少し不服そうにむぅ、と唇を尖らせた。
「まぁ、他の学科もあんまり面白そうなとこないけどさ。……せいぜい、パソコンをいじれるくらいのもので」
「この学校は、特別専門的な学業を扱っているわけではないものね」
「うーん……そっか。まぁ、いいけどさ」
暖香と話しながら一階を歩いていると、食堂らしきところに辿り着いた。いい匂いが漂ってくる。
「ここ、食堂なんてあったんだ」
目を丸くする鈴奈に、暖香がパンフレットを見ながら答える。
「普段は解放してないみたいだけど、こういうオープンスクールの時とか、文化祭などの時には特別にここで食事を振る舞ってくれるらしいわよ」
「へぇ、そりゃいいね」
「そろそろお昼だし、寄ってみる?」
「うん」
食堂へ足を踏み入れると、鈴奈たちと同じように各学科の説明を聞き終えたらしい中学校の生徒たちがそれぞれ何かを食している。
そんな中、ひときわ目についたのは……。
「ちょっとあんた、カレーばっかり何杯食べてるのよ」
暖香が呆れたように声を掛けた相手は、今しがたこちらの存在に気付いたとでもいうように、大きな目をぱちくりとさせた。長い黒髪を三つ編みにした小柄な少女で、制服を着ていなければ小学生にも見紛いそうだ。
「だってぇ、美味しいんだもん」
少女は暖香の声掛けに嫌な顔一つせず、にっこりと笑ってみせた。
「ね。ここのカレー、某高校の生徒さんたちにも人気なんだって。二人も、一緒に食べようよ」
屈託のない誘いに、鈴奈と暖香は顔を見合わせ……薄く微笑んだ。
「あたしもお代わり行くから」と信じられない発言に鈴奈と暖香は目を丸くしつつ、三人連れ立ってカレーを注文した。
セルフサービスのため、出来立てのカレーが盛られた皿をそれぞれお盆に乗せ、空いているテーブルまで運んでいく。
食べながら、鈴奈たちは早速知り合ったばかりの少女に質問してみることにした。
「あんたのその制服は……確か、東風之中だったかしら」
「そうだよぉ」
「東風之中学校……ね、どの辺にあるの?」
「東風之駅の辺りだよ。某駅から電車で五分くらいのとこ。わりと近いから、あたしは電車使わないで自転車乗って来たの」
「へぇ、なるほど」
「そっちの背の高い子は、見たことある制服だなぁ。底楽乃中だっけ?」
「そうよ」
「そっちの髪の長い子は……」
「わたしは、独鹿野中」
「え、独鹿野? 珍しいね」
「よく言われる」
「道理で、この辺のことよく分かってないはずだ」
知らない者同士の会話は意外と弾むもので、三人とも食べるスピードは普段とほとんど同じながらも、話題は尽きない。
自然と漂っていた和やかな空気。
しかしそんな平和な空間を、脅かす存在が唐突に現れた。
「何だこれ、まっじぃ!!」
「無料だからってこれはないよなぁ」
あははははっ、とこれまでの喧騒を引き裂くような、下品な笑い声。
思わず顔をしかめてそちらを見れば、着崩した制服の男子生徒が二、三人、だらしのない姿勢で騒いでいた。声の主はまるでゴミでも投げつけるかのような手つきで、カレースプーンをテーブルに放り投げる。カツンッ、と金属の音が耳についた。
「信じらんないっしょ。せっかくわざわざ来たのにさ、こんな低レベルな飯食わせるなんて。マジありえないって」
「だよなぁ、言えてる」
空気の読めていないらしい彼らは、この空間にいる自分たち以外の誰しもが押し黙ってしまっていることに気付かない。
「……何、あいつら」
吐き捨てるように呟く鈴奈に、暖香が小声で耳打ちしてきた。
「熱知之中の奴らよ。出来の悪い人間が多くてね……まぁ、平たく言うと不良の溜まり場よ」
言いながら暖香がそちらへ視線をよこす。相も変わらずその生徒たちは、食堂で出された食事に対する悪口を散々並べ立てていた。
「うちで食うカレーの方がまだいいって」
「食堂で出してんのが家の飯以下とか、ホントウケるんだけど」
ふぅ、と鈴奈は溜息を吐いた。こういう輩は、万が一絡まれたりなどすると、なおさらのことめんどくさいのだ。
「めんどくさい奴らだね……関わらない方がいいや」
君子危うきに近寄らず、だよね。
早く食べて出よう、と鈴奈がスプーンを持ち直した時。
――ガタンッ、
椅子を引く音が、やけに近い場所から聞こえた。鈴奈が出所を確認しようとする前に、「うわっ」と男子生徒の一人が声を上げる。
「テメェらよぉ、いい加減にしろよ」
ドスの効いた、低い声。
着崩された制服の胸ぐらを思いっきり掴んだ、その声の主は――……あろうことか、先ほどまで鈴奈たちとともにほのぼのと食事をしていた、三つ編みの少女だった。
「さっきから聞いてりゃピーチクパーチク、文句ばっかり言いやがって。せっかく作ってくれた人がいんのにさ、失礼だと思わねぇのか?」
彼女の言う通り、食堂のすぐ奥には、食事を丹精込めて作っている人たちがいる。心ない声が聞こえていたのだろう、涙目でこちらの方を見ているエプロン姿の女性がいた。
「そんなにママの作ったご飯が恋しいなら、さっさと帰れよクソガキども」
……もう、それくらいにしておけばいいのに。
少女の言葉に、少しずつ表情を変えていく彼らを他人事のように眺めながら、鈴奈は気だるげに立ち上がろうとした。
「――小さい男たちだわね」
それまで黙っていた暖香がポツリと発した言葉に、鈴奈は動きを止める。初めて顔を合わせてから一度も笑わなかった彼女は、座り直した鈴奈を見て至極楽しそうに、ニィ、と笑った。
「何でもかんでも、まずは否定してみるのがかっこいいと思ってんのよ。とんだ勘違い野郎共だわ」
目を丸くする鈴奈に、暖香は口角を吊り上げたままで目配せをしてくる。意図を悟った鈴奈は、「そうだよね」と自らも口を開いた。
「中学生男子特有のアレだよね。目立とうとして虚勢張って、そういう自分カッコイイ、みたいなさ」
「それ、見ている方からしたら逆にすっごく痛いのに。どうして気付かないのかしらね」
「ホンット、ガキだよねぇ。あー痛い痛い」
あははははっ、と二人で笑う。先ほど男子生徒たちがそうしていたように、食堂中に響くような大声で。
二人の声に、徐々に他から発される声も混じる。嘲笑するようなざわめきは、徐々に大きくなっていき……まるで歓声のように、彼らを包んだ。
「……っ」
男子生徒たちの頬が、羞恥で赤く染まっていく。
「い、行くぞ」
最後まで虚勢を張ったまま、彼らはすたこらとその場から逃げ去って……いや、立ち去って行ってしまった。
直後、三人を大きな拍手喝采が取り囲んだことは、言うまでもない。
◆◆◆
すっかり平和が戻った食堂で自分たちのカレーを平らげ(なお、男子生徒たちが残して行ったカレーは全て少女が完食した)、三人は連れ立って食堂を出た。
「いやぁ、スカッとした。二人とも、助けてくれてありがとうね」
ニコニコと、少女は礼を言った。
「非常識な奴らに、イラついただけよ」
「あれ以上めんどくさいことになるのは、嫌だったしね」
暖香と鈴奈がそれぞれ、ぶっきらぼうに弁明すれば、「またまたぁ。照れちゃって」などと少女はぴょこぴょこ飛び跳ねる。
「でもさ。あのままだったら、あたし多分殴られてたよねぇ。ま、多少はビビってくれてたみたいだけど」
鈴奈と暖香が見た、食堂でどす黒いオーラを纏ってマジ切れしていた姿はもうどこにもない。そこにいるのはただ、ぴょこぴょこと無邪気に動く三つ編みの少女だった。
「あんたの方がすごいよ……」
そのギャップにすっかり呆気にとられ、鈴奈は言う。暖香もまた、同意するようにうなずいた。
「美味しいご飯が食べられる幸せを貶すような奴らは、許せないもん。あたしにとっては敵だよ。二人も、そう思うでしょ?」
ね? と少女は何事もなく小首をかしげた。暖香が返事の代わりとしてその頭を撫でてやると、えへへ~、ととろけるような笑みを浮かべる。
「ってか、ってか。そんなことよりもさぁ」
くるくると変わる表情が今度は不思議そうなものになり、少女は大きな目をぱちくりとさせ、二人に問うた。
「そういえば、二人とも名前聞いてなかったよね。なんていうの? あたしねぇ、早川杏里っていうんだぁ」
「わたし、中村鈴奈」
「藤山暖香よ」
「えへへ、よろしくね」
少女――杏里は右手で鈴奈の左手を、左手で暖香の右手をそれぞれ掴み、ぶんぶんと子供のように振ってみせる。
鈴奈と暖香は、杏里の笑顔越しに視線を合わせ……ゆっくりと、笑った。
――この一件で某高校を、またそこで出会った二人の少女をいたく気に入った鈴奈は、すぐに某高校への進学を決めた。
そして入学式で再会した三人は、某高校の実質的な頂点である生徒会に入ることになるのだが……それはまた、別のお話。




