03.仏の顔も三度
初詣のお話。杏里の本性(?)が出てきます。今回は暖香がちょっと影薄いかもしれないです…。
最後の方にちょこっと新聞部の二人も出てきます。
年が明け、すっかり顔の知れた芸能人たちが色とりどりの着物を身にまとい、揃って
「あけましておめでとうございます!」
などと声を張り上げている、ちょうどその頃。
とある三人の少女たちが、初詣に行くため人込みの中を歩いていた。
「うー……人多いなぁ、面倒くさい」
真ん中を歩きながらだるそうに言ったのは、三人の中で――学校の中でもだが――リーダー的存在の生徒会長・中村鈴奈。
「確かに人がゴミのようでうざったいけれど、仕方ないでしょう。我慢なさい。そもそもいつもの突飛な思い付きで初詣に行こうとか口走ったのはあんたじゃない」
鈴奈の右隣を歩きながら彼女をたしなめたのは、リーダーの補佐役的存在の毒舌副会長・藤山暖香。
「暖香、一応言っておくけど人込みってそういう意味じゃないからね?」
鈴奈の左隣を歩きながら、生徒会のマスコットキャラクター的存在の生徒会書記・早川杏里がげんなりと暖香に突っ込んだ。
「え、人がゴミのようだから人ゴミなんじゃないの?」
「違うから! そんなム●カみたいな思考で作られた言葉じゃないから!」
「鈴奈の言うとおりだよ、暖香。……っていうか、そんなことはもうどうでもいいの。あたし、さっきから空腹で死にそうなんだよぅ」
さっきの突込みを流しながら、げんなりというより多少ぐったり気味に訴える杏里。鈴奈と暖香は思わず苦笑した。
「杏里、もう少しだから辛抱しな」
「後でどっかファミレスでも寄ろうよ、ね?」
「マジでか、頑張る!」
『ファミレス』という言葉ですぐさま元気になり、ぴょこんぴょこんと跳ねながら多少スキップ気味に歩き始める。そんな杏里を二人は微笑ましげに見つめながら歩いていた。
しばらく歩いているうちに、鈴奈はあることに気が付いた。人ゴミ……もとい人込みの中に、ちらほらと青い制服を着た人たちを見かけるのだ。
少し気になった(というより興味を抱いた)鈴奈は、青い制服の――おそらく警官であろう――の一人に歩み寄り声をかけてみた。
「どうもお仕事ごくろーさまです。失礼ですが、何か事件でもあったんでしょうかね?」
声をかけられた警官は笑って言った。
「いや、別に取り立てて事件があったとかそういうんじゃないんだけれどね。ただ人が多いから、事故や混乱がないように取り締まっているんだ」
「へぇ」
「……あぁ、あとそれから」
「それから?」
「こういう場所って、どさくさに紛れたスリなどの被害が多いんだよ。それで、見つけ次第現行犯逮捕できるように見張っているんだ」
「ふぅん、なるほど。それは重ね重ねごくろーさまです」
「ありがとう、君たちも気を付けてね。もし何かあったら僕たちにすぐ報告するんだよ」
「わかりました。……では」
だんだん飽きてきたらしい鈴奈は会話を早々に切り上げると、暖香たちのもとへ戻ってきた。
「あれ、鈴奈いつの間に戻ってたの?」
「どこ行ってたのよあんた」
「んあー。ちょっとね」
突然姿を消した鈴奈を一応は心配していたらしい杏里と暖香。そんな二人の間を陣取った状態で、鈴奈は歩きながらだるそうに詳細を話した。
「なんかねぇ、スリとかいるんだって。気を付けた方がいいらしいよ」
「そうなんだぁ……怖いね」
「スリって……いまどき古風な犯罪方法ね。頭悪いのかしら」
「さぁ、どうだろう」
杏里の心配そうな声と暖香の相変わらずの毒舌に苦笑しながら、鈴奈は特に気にすることなく先へ進んだ。
◆◆◆
「あんまり長いのは面倒くさい」という鈴奈のわがままと「お腹すいたから早くぅ!!」という杏里の悲痛な叫びにより、さらっと参拝を済ませた三人は、食事を摂るため早速近くのファミレスへ向かっていた。
「何食べようかなぁ」
「お金の方は大丈夫なの?」
「大丈夫だよぉ」
ニコニコ顔で財布を取り出そうと鞄を探る杏里。しかしその表情はだんだん怪訝なものに変わっていった。
「……あ、あれ?」
「どうしたの?」
暖香が異変に気づき、眉間にしわを寄せながら声をかける。
杏里は半泣きで暖香の顔を見つめ、弱々しい声でぽつりと言った。
「財布が……なくなってる」
「どこにもないね……」
三人は元来た道をゆっくりとした足取りで戻りながら、杏里の財布を探した。しかしどれだけ探しても、それらしいものは見つからない。
「どうしよう……」
杏里はとうとう泣き出してしまった。その肩を優しく暖香が抱く。
「大丈夫……きっと見つかるから。ね?」
「……そういえば」
二人の会話を黙って聞いていた鈴奈が、思い出したように口を開いた。
「何?」
それを聞いた暖香が尋ねる。
「うん……」
今まで思案顔で下を向いていたが、顔を上げて二人の方を見た。
「あのさ、さっき言ったじゃん? スリの話。もしかしたらって思って」
暖香はハッとした。
「ひょっとして……杏里の財布は」
暖香の確信めいた言葉に、こくりと鈴奈がうなずく。
「おそらく、すられた可能性が高いんじゃないかな」
暖香が抱いていた杏里の肩が小刻みに震えだす。それに気づき、暖香がそろそろと声をかけた。
「杏里……?」
「まさか、このあたしの食費を盗むなんてね。やってくれるじゃないの」
杏里は人が変わったように妖しげに眼を光らせると、クククと物騒な笑い声を漏らした。
「見つけ次第……ぶん殴ってやる」
◆◆◆
「どこだァ? 命が惜しけりゃ、さっさと姿を現すこったな」
杏里がずんずんと先頭を歩く。口調がいつしか変わっている。
「ちょっと、杏里が怖いんだけど……」
「いつものことじゃない。食べ物が絡むと、杏里は人格変わるからね」
一歩後ろで鈴奈と暖香が、こそこそと小声で言葉を交わす。
そんな感じでしばらく歩いていたとき。
ドンッ
「お、ごめんよ」
「あぁ、ごめんなさい」
鈴奈がすれ違いざま、とある男にぶつかった。その拍子に男の懐から何かが落ちた。何気なくそれを目で追った鈴奈と暖香は、ハッとして顔を見合わせた。
「これ……もしかして」
「だよね……ちょ、ちょっと杏里!」
暗黒オーラを醸し出しながら先を歩く杏里に軽くおびえながら、鈴奈が名前を呼んだ。
「何?」
「これ……あんたのじゃない?」
二人そろって落ちていた財布を指さす。とたんに杏里の顔がぱぁっと華やいだ。
「これだわ!」
杏里はとっさに財布を拾い上げ、抱きしめながらぴょこんぴょこんと嬉しそうに跳ねた。さっきまでのオーラなどまるで嘘のようだ。周りには花が飛び交っている……ように二人には見えた。
「でも……どうしてこんなところに?」
「さっき鈴奈にぶつかった男の人がいたんだけど、その人が落としていったのよ」
男が進んでいったであろう方向を見ながら、暖香が言った。
「ちょっと待って……」
鈴奈はだんだん怪訝そうな表情になった。
「なんで、さっきの男が杏里の財布を持っていたの?」
「拾ってくれた、にしてはおかしいよね。警官ならあちこちにいるんだから、届ければいいものを……」
杏里も飛び跳ねるのをやめ、思案顔になる。
「それをしなかったということは、もはや答えは一つしかないわね」
確信したように暖香がつぶやく。
「「「つまり……」」」
三人は顔を見合わせうなずいた。
「「「あいつがスリだ!!」」」
先ほど男が進んでいった方向へ、人を押し分けながらずんずん進んでいく。時間も経っていたため既に見失った可能性もあったが、存外早くその男は見つかった。
すぐさま追おうとするものの、人が多くて思うように進めない。
「くっ……」
珍しく鈴奈は必死になっていた。友人を泣かせた人間は誰であろうと許すことができない、という気持ちが少なからずあったからかもしれない。
ふと、人が減っているところがあった。
しめた! と思い、三人は人をかき分け走っていく。鈴奈は男の背中に向かって、大声で叫んだ。
「待て、このスリ!」
気づいた男は振り向くと、ぎょっとした顔をした。そしてとっさに前を向き、逃走を図った。
「こら、待ちなさい!!」
暖香が叫ぶ。
それから男と三人のデッドヒートが始まった。しかし相手が大人の男であること、人が多くて思うように進めないことが重なって、なかなか追いつくことができない。三人(特に杏里)は、ただ意地と執念だけで男を追いかけた。
しばらく追いかけると、男はさすがにバテて来たらしく徐々にスピードが落ちていった。それを見計らったかのごとく、杏里のスピードが急に上がった。
そして――……。
「ほあた☆」
ドカッ
そんなかわいらしい掛け声とともに、杏里の飛び蹴りが見事男にクリティカルヒットした。
「ぐはぁっ!!」
男は吹っ飛んだ。少しの間大きな体は宙に浮き、やがて地面に落下する。痛みと衝撃で動けなくなっている男を、三人は取り囲んだ。
「もう逃げられないよ、観念しな!」
「ほら、盗ったもの全部出せよ?」
「よーくも、あたしの財布すってくれたわねぇ?」
鈴奈、暖香、杏里の三人が次々決め台詞(?)を発す。その迫力満点のオーラに、男はついに観念した……。
男が出したものの中には、鈴奈の財布もあった。おそらくぶつかったときに盗ったのだろう。当の鈴奈は全く気付いていなかったらしく、自らの財布の存在に目を見開いていた。
「さてと……」
その場にちょこんと正座する情けない男に、杏里は仁王立ちで微笑みかけた。
「あたしを泣かせたお礼をしたいから、一発殴らせなさい」
「ひっ……」
男の顔がさっと青くなる。その大げさな反応に満足したのか、杏里はフッと笑った。
「……と、言いたいところだけれども」
「「ん?」」
鈴奈と暖香はそろって間抜けな声を上げた。先ほどの怒りようをいやというほど見ていたので、杏里は男のことを一発殴るどころかボロ雑巾のようになるまでタコ殴りにするんだろう……と考えていたからだ。
「殴らないの……?」
きょとんとしながら声を上げた鈴奈に、杏里はにっこり笑った。
「そんなことしたって、どうにもならないのはわかってるもの。あたしがわざわざ与えるまでもなく、罰はたっぷり刑務所で受けてもらえるしね」
ただし、と杏里は指を立てた。
「警察に引き渡す前に、一つだけ条件がある」
「「「条件……?」」」
鈴奈と暖香、そして正座していた男が同時に首をかしげる。杏里は朗らかに笑って、とある方向を指さした。
「とにかく、ついてきなさい」
◆◆◆
「すいませーん、チョコパフェ追加で!!」
某ファミレスにて。
目の前に並ぶ色とりどりの食事にかぶりつきながら、杏里はその辺を歩くウエイトレスに向かいさらにそう叫んだ。
「じゃあ、私も何か頼もうかな」
「せっかくの機会だから、高いやつがいいよね」
メニューを開きながら、暖香と鈴奈もご機嫌な様子で言う。
そんな三人の様子を見て、ただ一人、スリの男だけは困ったように自らの財布の中身を確かめていた。
―――罰として、あたしたち三人に食事をおごりなさい。もちろん、あんたの所持金でね。
これが、杏里の出した条件だった。
何とも彼女らしい罪の償わせ方だな、と鈴奈は思う。自分には真似できないやり方だ。もし自分が同じ立場だったら、きっと有無を言わせず手を出していただろう。
とろけそうな表情で食べ続ける杏里と、その食べっぷりにおろおろする気の毒な男を交互に見つめながら、鈴奈は思わず笑みをこぼした。
◆◆◆
後日、某高校には感謝状が贈られた。
誰もいない事を見計らって生徒会室に侵入した新聞部の二人は、額に飾られたそれを苦笑気味に見つめていた。
「ついにやってくれたね……さすがのボクも脱帽だ」
新聞部員その一・大束修がカメラのシャッターを切りながら言った。
「学校内だけじゃなく、学校外でも大活躍だね」
その横で新聞部員その二・水無瀬友哉が、茶色の手帳に何やらメモを取りながら笑った。
「ふむ……ところで知っているかい、友哉君」
「何を?」
首をかしげる友哉に、修は得意げに言った。
「あの場所に、天才少年・大束修がいたことさ!」
相変わらずの自意識過剰発言にあきれたのか、友哉がため息をつく。
「知ってるも何も、あの日は僕たち一緒に初詣に行っていたじゃないか」
「あぁ、そうだったかい。キミという人は影が薄いから、すっかり忘れていたよ」
「影薄い言うな!!」
キッと友哉が修を睨む。予想通りの反応に修は苦笑した。
「冗談だよ。……しかしそれより、ちょっと気になるね」
「気になるって?」
「……あの後、だよ」
修の言う『あの後』というのは、杏里がスリ男にとある条件を突きつけた後のことである。
「あの後、一体スリ男は何をさせられたんだろうね?」
「……わからないなぁ」
「でも新聞に載っていた様子だと、相当ひどいことをされたんだろうね」
「捕まった容疑者はひどく憔悴していた、とあったからね」
「一体、何をされたんだろうね……」
二人して、しばらく無言で首をかしげる。しかし、やがて考えることをやめたのか、二人は口をそろえてつぶやいた。
「「また、謎が深まった……」」