29.泣きっ面に蜂
生徒会一カオスな回…かもしれない今回は、新聞部と出雲がメインです。一応。
ほぼオールキャラです(この時点でカオスな予感しかしない)。
「君たちに、折り入って頼みがある」
某高校、新聞部部室にて。
普段は二人の部員がいるだけで、ほとんど――たまに気まぐれにやって来る顧問や、この場を駆け込み所か何かと勘違いしているらしい一人の女性教師以外――人が来ることはないこの部室に、珍しく来客があった。
「何だい、藪から棒に」
新聞部部長の大束修が、眉を顰めながら尋ねる。うつむけていた顔をガバリ、と上げた来客こと小山内出雲は、やたら思い詰めたような表情で、修ともう一人の部員――水無瀬友哉を見つめた。
「実はだね……」
出雲自身も、これから言おうとしていることをためらっているように見える。その様子に何やら心当たりを感じたらしい友哉が、あぁ、と納得したように小さく声を上げた。
「もしかして、涼香女史の差し金?」
「……そうなんだよ」
困り果てたように、出雲が目を泳がせる。涼香女史――出雲をこの場に差し向けたであろう人物こと藤山涼香のことを思い描いた修と友哉は、揃って呆れたように溜息を吐いた。
「まったく、あの人にも困ったものだよ」
「そうだね」
修の呟きに、友哉が同意する。
「IRSだか何だか知らないけどさ……僕たちまでそっちの都合に巻き込むのは、いい加減やめてほしいよ」
「彼女を悪く言わないでくれないか」
先ほどまで困った様子だった出雲が、聞き捨てならぬというようにぴしゃりと釘を刺す。こいつも大概だな……と思いながら、修は自らのクラスメイトでもある彼に――社交辞令として一応――その『頼み』とやらを聞いてみることにした。
「で、何なんだい。ボクたち新聞部に頼みたいこととは」
「あぁ、それなんだが」
実はだね、と先ほども言った導入を繰り返す出雲。しかし涼香の存在があるためか、今度はためらうことなく、素直に頭を下げた。
「生徒会のゴシップ記事を、君たちに書いてもらいたい」
「……ゴシップ?」
修がピクリ、と眉を動かす。友哉は愛用の手帳をぱらぱらと捲りながら、「そうだなぁ」と小さく首を傾げた。
「ゴシップって、つまりは嘘っぱちでしょ? 話題は何でもいいわけ?」
「生徒会の評判を下げることが、我々の目的だからな」
「……」
とりあえずは検討だけでもしてみようという友哉の態度とは裏腹に、修の機嫌は先ほどからみるみるうちに悪化していく。長い付き合いだからか、それを機敏に感じ取った友哉は、おもむろにぱたり、と手帳を閉じた。
「大束?」
出雲も不穏な空気を感じ取ったのか、怪訝そうに眉根を寄せる。うつむけていた顔を上げた修の瞳には、暗い影が潜んでいた。
「ボクたちはね、常に真実だけを求めているんだよ。分かるかね、小山内」
いつもより一段低い声が、語る。
「それは新聞部員としての、プライドさ。ゴシップ記事などという、読者たちを騙すような真似は、ボクの信念に反する」
「修は、小学校の頃から新聞を書いているからね」
戸惑う出雲に、友哉が苦笑を浮かべながら解説する。
目の前の出雲をぎろり、と睨みつけ、修はいつもより強い口調で言い放った。
「いくらクラスメイトの頼みだからと言って、それだけは受け入れられないね。某高校新聞部、部長として……」
「涼香の希望でも、か」
「涼香女史が――藤山暖香副会長の妹君が絡んでいようが、関係ない。ボクはね、小山内。必要とあらば、キミたちIRSと対立することだって厭わないんだよ」
「えぇっ……」
争い事や面倒事を好まない友哉が、分かりやすく顔をしかめる。
「そうかい」
しかし、それに対する出雲の反応は、意外にもあっさりとしたものだった。出鼻を挫かれたようにキョトンとする修に、出雲は真顔で続ける。
「では、言い方を変えさせてもらおう」
「はぁ」
「生徒会の、揚げ足を取ってもらいたい」
「……悪いニュースを見つけて来い、ということか」
額に手を当て、修が疲れ切ったように椅子へ凭れかかる。友哉が心配そうに見守る視線の先で、彼は熟考するようにしばらく動かなかった。
「嘘を吐けと言っているわけではないのだし、簡単だろう?」
出雲の問いかけに、ぴくり、と小さく反応したあと……修は、ふぅ、と一つ溜息を吐いた。
「……分かったよ。何とかやってみようじゃないか」
「本当かい?」
「あぁ」
「修!」
本当にいいの、と掴みかからんばかりに乗り出す友哉に、視線を向けた修は「大丈夫だ」と笑ってみせた。友哉に耳を貸すよう指だけで指示をすると、出雲には聞こえないくらいの小さな声で耳打ちする。
「言ったろう? ボクは、真実しか扱わないと」
いくら結果的に生徒会の評判を下げることになったとしても、それが真実であるならば、生徒会も――中村会長も、とやかく言わなかろうさ。
――つまり、単純に真実を報道するだけなら、新聞部が問い詰められることもないということだ。
そりゃあ、根も葉もないことを広められたら、あのめんどくさがり屋の生徒会長こと中村鈴奈だって怒るだろう。今までの知らぬ存ぜぬのスタンスを崩し、本気で新聞部を潰そうと動き出すに違いない。
そのような危険を冒してまで、IRSに従う義理はない。
けれど、たまたま掴んだ情報として、真実の情報を流すだけならば……。
「探し出すのは、なかなか骨が折れそうだけどね」
「その件に関しては、必要とあらば我々IRSも協力させてもらおう。……くれぐれも、よろしく頼むよ」
交渉成立だとでも言うように、出雲はきりっとした態度で締めくくった。もうそれ以上の用事はないらしく、さっさと大人しく教室を出ていく。
「さて、どうしたものか……」
「また厄介なことに巻き込まれたよ……」
残された二人はそれぞれ――自分の発言に早速後悔し出した修は思い悩むように頭を抱え、その横で巻き添えを食う形になった友哉は深々と溜息を吐いたのだった。
◆◆◆
「キリちゃーんっ」
「霧島先生っ」
「うわっ……校倉に、小倉先生じゃないですか。二人揃ってどうしたの?」
必死な女性教師と無邪気な女子生徒――もとい男の娘に両隣を陣取られた男性教師が、非常に歩きにくそうな状態で廊下を歩いていた。何故か不穏な火花の散っている両側から、交互に腕を引っ張られながら、彼は弥次郎兵衛のようにゆらゆらと揺れている。
『助けて』と言いたげな、困惑しきった眼差しを送ってくるその姿を一切気に留めることもなく、修と友哉は張り込むようにして生徒会室の近くに隠れていた。息を潜め、目的の人物たちがやって来るのを待つ。
不意に向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきて、二人はごくりと唾を飲んだ。さらに息を潜め、見つからないように細心の注意を払いながら、その声の主をひたすらに待つ。
だんだん、こちらへ近づいてくるのが分かる。二人の男女の、どちらも聞き覚えのある声だ。
「――だから、何でこないだから手のひら返したように、ことあるごとに俺にべったりくっついてくるわけ?」
「何でもいいでしょ。そういう気分なの」
「怪しい……いくら気分屋とはいえ、聡い鈴奈のことだからな。絶対何か裏があるに決まってる」
「別にこっちの事情なんて知らなくていいのよ。零はおとなしく、わたしの言うとおりにしてなさい」
「今、さりげなく思惑があるってバラしただろう……」
IRSの親衛対象である風紀委員長の今井零と、その腕に自らの腕を絡めてくっついている生徒会長・中村鈴奈だ。半ば鈴奈が零を引っ張っていく形で、二人は生徒会室を、そして修と友哉の前を通り過ぎた。
鈴奈がふと、こっちを見た気がした。修は思わず、どきりと心臓を跳ねさせる。隣の友哉もいくらか動揺したらしく、冷や汗をかいていた。
「……ちょっと、危険だね」
「うん……」
「こんなことしてても埒が明かないし、少しやり方を変えようか」
「そうだね」
とりあえず、と二人は隠れていた場所から出る。そうして、心もち早足でそそくさと二階奥――新聞部の部室がある場所へ向かったのだった。
その後、相変わらず女教師と男の娘の間で挟み撃ちに遭っていた霧島をどうにか言いくるめ、二人は生徒会室を開けてもらうことに成功した。誰もいないことを確認し、中へ入る。
「大丈夫かね、友哉くん?」
「……オッケーだよ、修」
部室に置いていた梯子を立てかけ、天井近くに隠すようにして監視カメラを仕込む。また、念のため棚下に簡易型盗聴器を設置し、準備完了だ。
「これで、ボクたちがわざわざ潜入に行く手間も省けるというわけだ」
「でも……中村会長は気付きそうな気がするけど」
「それならそれで、中村会長は何か仕掛けてくるはずだ。ボクたちの目的は、あくまで生徒会のスキャンダル――もとい、新聞のネタを拾うこと。もしそれが全くのガセなら生徒会は怒るだろうが、中村会長が話題作りに協力してくれるというなら、それ以上に都合のいい状況はなかろう」
「確かにね。……じゃあ、とりあえず反応を待ってみようか。部室で、カメラの映像は見れるようになってるんだよね?」
「うむ。抜かりはない」
「じゃあ、僕らは部室に戻ろうか」
梯子を撤収し、二人は外へ出た。鍵をもとのように閉め直し、霧島がいるであろう大職員室へ戻る。
「校倉さん、不純異性交遊はやめてちょうだい! 教師と生徒の禁断の恋だなんて、破廉恥よ!」
「『異性』ってところがちょっと引っ掛かるけど……まぁいいや。小倉ちゃんの理屈で言えば、教師同士の恋愛も破廉恥じゃない? 教師って仮にも聖職者なんだよ? そういう不埒な行為をして、ただで済むと思ってんの?」
「二人とも、俺を挟んでよくわかんない喧嘩始めるのやめてくれないかなぁ……」
小倉とみことが何やら言い合う間で、おろおろと助けを求めるように周りを見渡す霧島。修と友哉はそんな彼に、心の中で合掌を贈った。
……霧島の受難は、まだ続くようだ。
◆◆◆
その日の放課後から、新聞部部室では小型テレビを囲んだ生徒会室観賞会が始まっていた。映し出された監視カメラの映像を、修と友哉、そして度々様子を見にやって来る出雲がくっつき合って眺める。
基本的に、生徒会室にはいつもの三人しかいない。たまに霧島が来て連絡事項を述べたり、どこかの委員会が書類を提出に来たりすることはあるが、それもほぼ数分で終わることだ。あとは零がくつろぎに来たりする程度で――とは言っても、そうなると必ず出雲がうるさいのだが――平和な状態の生徒会を延々見せられる。
同じような映像を少々苦痛に感じながらも、数日が過ぎた。
そして――唐突に、事件は起こったのである。
その日、生徒会室に入ってきた女子生徒。それは、鈴奈でも暖香でも杏里でもなかった。
目を見開く二人を押しのけ、思わずといったように身を乗り出し、画面を凝視する出雲。僅かな驚きを含んだ声が、小さく響いた。
「……みこと!?」
生徒会の三人の中で一番背が高い暖香より、十センチは高いであろう身長の彼女――もとい彼は、鈴奈がいつも座っている生徒会長専用の椅子にどっかりと腰を下ろした。長い足を床に向けて投げ出し、もてあますようにして組む。
ゆったりと机で頬杖を突いた状態のみことは、辺りを物色するようにして見回した。そのまま物珍しそうにきょろきょろと視線を彷徨わせ、楽しそうににこにこと笑っている。
するとガチャリ、とドアが再び開いて、誰かが入ってきた。みことの姿を見つけたのか、呆れたように言う。
『あんた……校倉みことだっけ。人の席で何やってんのよ』
みことの前で腕を組み、仁王立ちしているのは鈴奈のようだ。濃茶色の長い髪をハーフアップにまとめた緑のリボンが、彼女の動きに合わせてふわりと揺れている。
『覚えててくれて嬉しいなぁ、中村鈴奈さん』
『……どうせ、涼香の差し金ってところだろうけれど』
鈴奈の後ろから、栗色ショートカットのすらりとした少女――藤山暖香が現れる。そしてその後から、ちょこちょこと小柄な三つ編みの少女――早川杏里が着いてきた。
『あれぇ、みこちゃん。こんなとこで何してんの?』
敵意に満ちた冷たい声と、のんびりと間延びした声が続く。生徒会の三人が揃ったことに焦り一つも見せず、みことはヘラリと笑った。
『えへへ、一回この席座ってみたかったんだよね』
『どきなさいよ。わたしが座るんだから』
『座ればいいじゃん』
『うん、人の話ちゃんと理解してる? あんたがどかないと、わたしはそこに座れないのよ』
イラついたような声色で言葉を重ねる鈴奈に、みことはあっけらかんと言い放った。
『ボクの膝の上に座ればいいじゃん』
『『『……はい?』』』
「「「……はい?」」」
生徒会の三人と、そして映像を見ていた三人(出雲含め)が、ほぼ同時に目を丸くする。
修がちらりと横を見ると、出雲は『こいつ何言ってんだ』とでも言いたげな顔をしていた。同じIRSという組織の仲間のはずなのだが、どうやら彼にもみことの目的が読めないらしい。
「涼香女史の命令か……?」
「いや、だとしたら俺も聞いているはずだ。IRSとしての命令は、三人揃っている時でないと下されないからな」
「とか言って。意外とハブられてんじゃないの、小山内くん」
「何を言うんだい、水無瀬くん! 失礼にも程があるぞ」
「まぁまぁ二人とも。……ほら、続きを見ようじゃないか」
言い合いになりそうな友哉と出雲を、修がなだめる。その間にも、カメラが映し出す修羅場(?)は続いていた。
『嫌よ、なんでわたしがあんたの膝の上なんかに……』
『まぁまぁ、遠慮しないで』
機嫌よさげに、みことは立ち上がる。そうして鈴奈のすぐ目の前まで行くと、彼女の手を取り連行した。
『ちょっと、何するの』
『ほら、おいでよ鈴奈ちゃん』
『馴れ馴れしく下の名前で呼ばないで!』
『えぇ、何で? いいじゃん。零先輩には何も言わないくせに』
『何でそこで零が出てくるのよ……』
めんどくさくなったのか抵抗を止めた鈴奈は、おとなしくされるがままに、みことの膝の上に座る。そんな彼女の髪を、みことはまるで愛でるように優しく撫でた。
『鈴奈ちゃんは小っちゃいねぇ』
『あんたが馬鹿みたいにでかいだけでしょ』
『ボク、男だからねぇ』
なんだかんだで馴染み始めた二人の会話を、杏里と暖香は唖然としながら聞いている――
『みこちゃん、ひょっとして鈴奈のこと好きなのかな……一応男の子だし、ありえない話じゃないけど』
『そんなところにフラグがあったとは……死角だったわ』
――というか、二人とも混乱して奇妙なことを呟いている。
すると、さらに生徒会のドアが開いた。中にいた四人がそちらを見ると、興奮した様子の涼香と、珍しいものを見たとでも言いたげな零が、並んで立っている。
『みこと、一体何の真似です!?』
『あの鈴奈が、こんな風に人に懐くとは……』
『ちょっと、誰でもいいから助けてよ……っていうか、零。今すごく聞き捨てならないことを聞いた気がするけど、どういうことか説明しなさい』
零に噛みつきもがく鈴奈を、みことはなだめすかすようにしてぎゅっと捕まえている。
『みこと! 今すぐ中村鈴奈から離れなさい』
『いくら涼ちゃんの頼みでも、ちょっと無理かな』
『どういうことです!?』
『……ボク、本気だから』
今まで聞いたことのないほど低いトーンで、みことが呟く。色気のあるそれを耳元で直に聞いたからか、さすがの鈴奈も顔を赤くして固まった。
鈴奈の反応がお気に召したのか、みことが楽しげに笑う。
『可愛いなぁ、鈴奈ちゃん』
鈴奈の頬に、みことが軽く口づける。
『うあああああ!?』
鈴奈は発狂したように、みことの腕の中でじたばたと暴れ出した。
『何、どうしたの!?』
鈴奈の悲鳴を聞きつけたのか、今度は霧島と小倉がやって来る。生徒会室内の状況に霧島は固まり、小倉は顔を赤くして喚いた。
『ふ、不埒だわっ! 霧島先生にモーションをかけた挙句、同性である中村さんにまで手を出すなんて!!』
不純よっ、などと散々喚きながら、小倉は混乱したように生徒会室を出ていく。
「やばいっ」
修が、何かを察したように慌てて立ち上がった。
「小倉先生がこっちにくる!」
「何だって!?」
友哉も焦ったように立ち上がると、何故慌てているのかさっぱりわかっていない出雲の手を取り立ち上がらせる。そのまま二人は出雲を連れて、一目散に部室を飛び出した。
「大束くん、水無瀬くん!! 待って!! 相談したいことがあるのよ!!」
「「お断りしますっ!!」」
「ちょっと待って、二人とも……俺にちゃんと、説明して……くれっ」
その後ろからさらに、バタバタといくつもの足音が続く。
「待ってよ、鈴奈ちゃん。一緒に、楽しい時間を、過ごそうよ!」
「やだっ、怖い……っ。暖香、杏里、助けてよぉ」
「私、色恋沙汰は、得意分野じゃないのよっ」
「みこちゃんが本気なら、むしろ応援して、あげたいけどねっ」
「みこと、待ちなさい! どういうことか、説明して、もらいますよ!!」
「何か、面白そうなことに、なってきたね」
「みんなっ!! 廊下、走っちゃ、ダメでしょ!!」
修、友哉、出雲、小倉、暖香、杏里、鈴奈、みこと、涼香、零、そして霧島の順番で、人もまばらな放課後の廊下を全力疾走する。
監視カメラと盗聴器を生徒会室に置きっ放しにしていることも、もろもろを管理する機会やテレビ器具を全て新聞部の部室に放置していることも、もはや修と友哉にはどうでもよくなっていた。
とにかく、この状況から抜け出すことが先である。これ以上面倒なことに巻き込まれるなど、ごめんだ。
それぞれがそれぞれの想いを胸に秘め、全員が疲れ切ってその場にへたり込むまで、大規模な連鎖的追いかけっこは続いたのだった。
――そして翌日。
全身筋肉痛に襲われた新聞部の二人が、この修羅場をどう記事におさめるべきかと、頭を抱えて悩み抜く羽目になったことは、言うまでもない。




