26.飛んで火に入る夏の虫
新キャラ×3出ます。
それから生徒会と、零が少し出ますよ。
こっから今まで以上にカオスなことになりそうな気がします…。
「では、発表します」
「「ラジャ!」」
「本日は――……」
メンバー二名が息を呑む中、有無を言わせぬ凛とした声で、少女は高らかに言った。
「中村鈴奈に、宣戦布告します」
◆◆◆
「あぁ……今日は一段と平和だねぇ」
某高校、生徒会室にて。
『生徒会長』と彫られた黒曜石的なものが置かれた机に、今日も今日とて寝そべっている少女――中村鈴奈は、のんびりと言った。
「何も起こらない日というのも、たまにはいいわね」
鈴奈の机の空いたスペースに、ミルクティーの入ったマグカップをコトリ、と置きながら、生徒会副会長・藤山暖香が珍しく穏やかな表情で答える。
「バタバタしてる日が多いから、むしろ珍しいかも」
来客用のソファでゆったりとくつろぎながらポッキーを咀嚼していた生徒会書記・早川杏里も、ほわほわと柔らかい笑みを浮かべていた。暖香がココアの入ったマグカップを置いてくれるのに気付き、「ありがとぉ暖香」とのんびり声を掛ける。
平和で穏やかで、ゆったりとした生徒会室の日常。
――そんな珍しいともいえるほどの空気は、案の定というかなんというか、長く続くことはなかった。
「「「たーのーもぉーっ!!」」」
そんな声がしたかと思うと、いきなり生徒会室のドアがバァンッ、と開け放たれる。その向こうにいた三つの人影に、生徒会の面々は各々そのままの姿勢で、揃って目を丸くした。
生徒会室の出入り口を塞ぐようにして立っていたのは、三人の生徒たちだった。腕を組んだり、腰に手を当てたりと、三者三様のポーズを決めながら、中にいる三人を――正確には、鈴奈の方を一心に睨んでいる。
睨まれている当の鈴奈は、面倒くさそうな雰囲気を感じたのか、姿勢を正しながら嫌そうに顔をしかめた。
「え、な、何……?」
杏里が、戸惑ったように声を上げる。
その傍に立っていた暖香は何故か、額に手を添え大きな溜息を吐いた。まるで、まったくもうこの子は……とでも言いたげな表情だ。
そんな三人の反応など気にも留めていないかのように、三人は二、三歩ほどこちらに歩み寄ってきた。そのうちの一人を見て、杏里が「あっ」と声を上げる。
「みこちゃん!」
「あ、杏ちゃーん」
右端にいた女子生徒が、にぱぁっと可愛らしい笑みを浮かべて杏里に手を振った。ふんわりとしたセミロングの、柔らかな雰囲気を纏った背の高い少女だ。
「杏里、知り合い?」
鈴奈が尋ねると、杏里はにっこりと笑って「うん」と答えた。
「みこちゃんはね、うちの母さんがやってる料理教室の生徒さんなの。昔からよく、一緒にお料理してるんだよ」
「そうなんだ」
「杏ちゃん、週末行くからよろしくねぇ」
「おっけー」
「みこと」
真ん中に立っていたショートカットの女子生徒が、凛とした声で彼女を呼んだ。その瞬間、みことと呼ばれたその少女は「あっ」と気づいたように慌てた声を上げる。
「ごめんね、杏ちゃん。みこ、これから仕事なの」
首を傾げる杏里に手を合わせて可愛らしく謝ると、少女は再び先ほどのようにきりっとした表情を作った。
「では、まず私から」
真ん中の――先ほどみことという名の女子生徒を諌めた、きりっとした顔立ちの女子生徒が、率先して口を開いた。
「IRS会長、兼会員番号一番。藤山涼香」
「IRS……? 何でアメリカ合衆国内国歳入庁の奴らがこんなとこにいるのよ」
「それとも、何か別のグループ名かなぁ?」
ひそひそ話す鈴奈と杏里に、藤山涼香と名乗ったその女子生徒は「ちゃんと最後まで聞きなさい」と一喝した。
余談だが、ぴしゃりと放たれたその怒号は、どことなく誰かを連想させるような気がする。まるで、普段二人が聞き慣れているかのような……。
鈴奈と杏里は、まるで日常的にそうしていることを身体が覚えているかのように、反射的にぴたりと話すのを止めた。空気がどんどん緊張感を帯び、張りつめていくのが分かる。
その隙にと、先ほど杏里に手を振った少女が名乗り出した。
「同じくIRS会員番号二番、校倉みこと」
涼香と違い、こちらはふわりと柔らかい雰囲気を纏っていた。「よろしくね」と満面の笑みを浮かべ、少女――校倉みことは、スカートの端を軽く持ち上げて気取ったように一礼する。
と、そこで彼女のターンは終わったかに思われた。
が……。
「ちなみに、性別は男です☆」
「「えぇっ!!」」
突如放たれた爆弾発言に、鈴奈と暖香は固まった。昔から付き合いのある杏里だけがその真実を知っていたらしく、「そうなんだよねぇ」とのんびりした口調で補足する。
「みこちゃんって、女の子より女の子らしいんだよね。ホントは男の子だって事実を忘れちゃうくらい、可愛いの」
杏里の言う通り、みことの見た目はまるっきり女の子にしか見えない。格好や体格だけでなく、声や仕草まで、正真正銘の女子だ。
ただ、言われてみれば胸のボリュームがだいぶささやかだが……。
「……コホン」
衝撃の事実に鈴奈たちが打ちひしがれていると、唐突に咳払いが聞こえた。
「もう、よろしいか?」
涼香の左隣にいたもう一人の生徒が、そう言って襟を正す。涼香率いるIRSとやらの、最後の一人らしい。
「どうぞ」
鈴奈が興味なさげに促せば、もう一度咳払いをし、その生徒はどこか自慢げに堂々と名乗りを上げた。
「同じくIRS、会員番号三番。小山内出雲」
小山内出雲と名乗った男子生徒の顔を――正確には髪を、鈴奈はまじまじと見つめた。そうして、露骨に嫌そうに顔をしかめる。
「道理で、どっかで見たようなと思ったら……零とおんなじ髪形してるじゃないの、あんた」
趣味悪いわねぇ、と呆れたように首を横に振る鈴奈に、噛みつくように出雲は言った。
「そんなことはない! 憧れの零先輩に少しでも近づくために、あえて同じ髪型にしているだけですとも」
「えぇっ……」
食い気味の態度に、鈴奈はそれと分かるほど引いていた。
「あんた、もしかしてホモ?」
「違いますよ! 純粋に、零先輩をお慕いしているだけです」
必死に弁解する出雲と、そんな彼に「うわぁ……」とでも言いたげな視線を向ける三人。その光景を冷ややかに眺めていた涼香は、我慢ならぬというように再び口を開いた。
「私たちは全員、零先輩を敬っているのです。いくら生徒会長とはいえ、彼を貶めるような不躾な態度は許しません」
「はぁ?」
訳が分からないというように、鈴奈が顔をしかめる。
「生徒会長、中村鈴奈」
その顔の前にぴしり、と人差し指を突きつけ、涼香は高らかに宣言した。
「我々IRSは、貴殿に宣戦布告させていただきます」
「……はい?」
「涼香」
そこでようやく、今まで黙っていた暖香が口を開いた。涼香以上に冷ややかな、いつも通りの淡々とした声で続ける。
「あなたたちIRSが何をしようが、私はこれまで目を瞑ってきた。けれど……鈴奈に歯向かうということは、あなた、どういうことか分かっている?」
「……えぇ、もちろん」
「この生徒会を……私を、敵に回すということよ?」
「致し方ありませんわ」
「あのさぁ!」
二人が言い合いをしている間に混乱から脱したらしい当の鈴奈は、自分が置いてけぼりになっている事実に気付いたのか、声を荒げた。暖香と涼香含め、その場にいた全員が鈴奈へ注目する。
めんどくさそうに頭を掻きながら、鈴奈が言った。
「質問があるのだけれど」
「なんなりと」
慇懃に涼香が答えた直後、鈴奈は早速といったように続ける。
「IRSって、何をするグループなの?」
答えによっちゃ、今すぐ出ていってもらうわよ。
つまり、くだらない内容ならば、わざわざ相手はしないということだろう。何とも鈴奈らしい。
よくぞ聞いてくれましたとでも言いたげに、IRS――涼香、みこと、出雲は、どこか誇らしげに胸を張った。
「IRSの主な活動内容は、ズバリ」
「この学校の風紀委員長であらせられる今井零先輩が、毎日の学校生活を快適に送れるよう、陰ながらお守りすること」
「零先輩の健康と安全が、我々の何よりの喜びなんですよ」
「……まさか、IRSって……」
「今井零親衛隊」
当然のように略称を答える涼香。
それを聞いた鈴奈は、暖香と杏里を交互に見た。それぞれ顔を見合わせ、何かを決意したかのようにうなずき合う。
「暖香」
「えぇ」
「杏里」
「うん」
「……帰って頂いて」
「「はいよ」」
「ちょっと待ちなさい」
動き出そうとする暖香と杏里を、変わらず冷静な声で――しかしちょっと慌てたように止めようとする涼香。彼女の前に、まるでリーダーを守るかのごとく、みことと出雲が立ちはだかった。
「ったく……」
席から立ち上がることもなく様子を眺めていた鈴奈は、深く溜息を吐く。
「んで? なんでわたしを目の敵にするわけ?」
涼香が再び待ってましたとばかりに、きりっとした表情になった。
「それは決まっています」
みことと出雲も一緒になって、涼香に続く。
「「決まっています」」
「あなたは、零先輩の御寵愛を一身に受けています。けれど、あなたにはその資格がない」
「「零先輩のお相手に、あなたはふさわしくない」」
「……はぁ?」
鈴奈はますます嫌そうな顔をした。
こいつらは一体何を言っているのだろう。第一、零とはただの幼馴染であって、御寵愛だ何だと言われるような関係ではないのだが……。
「何よその理屈。意味わかんない」
けれどそこまで説明するのはめんどくさいし、弁解したところでこんな奴らに自分の意図が通じるとは到底思えないので、とりあえずそれだけ吐き出しておいた。
杏里はぽかんと口を開いたまま固まり、暖香はもうやってられないとばかりに頭を抱えていた。突如現れ奇妙なことを口走る未知の集団を相手に、どうしていいか分からないらしい。
再び大きな溜息を吐いた鈴奈は、暖香を恨めし気に睨んだ。
「暖香、あんたの妹でしょ。何とかしなさいよ」
「えっ」
驚いた声を上げたのは、杏里だ。それとほぼ同時に、涼香の眉もわずかではあるがピクリ、と動いた。
目を丸くしながら、杏里が暖香を見る。暖香は面倒くさそうに頭を掻きながら――まるで、いつも鈴奈がしている仕草のようだ――チッ、と小さく舌打ちをした。
「私で止められるんなら、とっくにそうしてたわよ」
「えぇ、止められませんよ」
暖香を強気に睨みながら、涼香が静かに――暖香とよく似たトーンの声で、言った。
「私たちの活動を規制する権利は、残念ながらあなた方生徒会にも……もちろん姉さん、あなたにもありませんわ」
ぴくり、と鈴奈の耳が動いた。何か、興味を得られるようなところがあったのだろうか。再び寝そべろうとしていた姿勢を正し、鈴奈は相変わらず入口のところに立ちはだかっているIRSの三人をじっと見据えた。
「そりゃあ、非公認組織だからねぇ。わたしたちが介入する余地はないよ」
そう答える鈴奈の口元は、何故かゆるりと愉快そうに弧を描いている。
涼香が、怪訝そうに眉をひそめた。みことと出雲も何かを感じたのか、ことさら警戒心を強め、涼香を守るように体制を整える。
ふふっ、と楽しそうに笑みを零した鈴奈を、暖香は「あちゃー」とでも言いたげに、杏里は苦笑気味に見つめていた。
「また、込み入ったことになりそうだわ」
「なんかわかんないけど、鈴奈の好奇心に触れたみたいだしね」
こうなったらもう、止められないよ。
そう言って、二人はやれやれと息を吐いた。
「いいよ」
困惑した様子のIRSの三人に、鈴奈はにっこりと笑いかけた。
「宣戦布告、受けたげる」
◆◆◆
「……で? これは一体、どういう風の吹き回しだい。鈴奈?」
自らの腕に絡みつく鈴奈を見下ろしながら、今井零が珍しく困惑したように尋ねた。
無理もないだろう。普段自分を毛嫌いしている幼馴染が、最近やけにべったりとくっついてくるようになったのだから。
その呼びかけに、ようやく零を見上げた鈴奈は、ただニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべるだけで、何も言わない。
「何か悪いものでも食べたのだろうか……」
途方に暮れた零は、真面目に考え込んでしまう。
「それとも、寝ている間にどっか頭を打ったか? 鈴奈、案外寝相悪いから……ベッドから落ちた可能性もあるな。そうすると、どこか病院を紹介した方がいいかもしれない……」
一人で悩みながらぶつぶつと呟く零は、機嫌よさげに鼻歌を歌いながらくっついてくる鈴奈の思惑を知らない。
そして、自分たちの姿を後ろから敵意丸出しの目つきで睨んでいる、三人の人影の存在も……。




