02.三人寄れば文殊の知恵
秋休みってなんでないのかな?というお話。
2話目にして生徒会、問題起こします。めちゃくちゃやっちゃいます←
今回は最後の方にちょろっと新聞部も出ます(何気に初登場)。
「秋休みが存在しないのは、何でだと思う?」
ある秋の日の昼休み、某高校の生徒会室にて。
『生徒会長』と彫られている、黒い立派な石的なものが置かれた席にだらけたように座っていた少女――中村鈴奈が突然、至極真面目な顔つきでそんなことを言った。
「……また馬鹿なことを言い出したわね、あんたは」
鈴奈の右向かいにある机に腰掛けていた少女――生徒会副会長・藤山暖香は冷たい視線を鈴奈に投げ掛け、呆れたようにため息をついた。
「鈴奈、ちょっと疲れているんじゃない? そういう時には甘いものが一番だよ。特別に一個あげるね」
鈴奈の左向かいの席に座ってチョコレートを食べていた少女――生徒会書記・早川杏里は心配そうに鈴奈を見つめ、鈴奈の口元にチョコレートを一つ持っていった。
「馬鹿とか疲れてるとか、二人とも何気に酷いよね。……わたしはこれでも真面目に話してるのにさ」
二人の反応が不満だったらしく、鈴奈はむぅ、と口を尖らせ唸った。それでもチョコレートは食べたかったようで、杏里の手からチョコレートを口で受け取り、むぐむぐと咀嚼した。
「真面目? 秋休みの話が?」
「そうだよ!」
ごくり、とチョコレートを飲み込んだあと、鈴奈はバンッと机を叩いて立ち上がった。暖香の冷たい視線と杏里の哀れむような視線など気に留めることもなく、熱弁を奮う。
「春休み、夏休み、冬休みが存在するというのにどうして秋休みだけ存在しないのか。これはね、人類共通の疑問だと思うの」
「……あのさ。秋は過ごしやすいし区切り的にも中途半端だから、休みをとる必要なんてないってみんな思ってるんじゃないかな?」
杏里が苦笑いを浮かべながら、もっともなことを言う。暖香も当然だと言うように、首を何度も縦に振っていた。
「今時そんなことを疑問に思っているような馬鹿はあんたくらいよ」
「甘いね」
二人の正論など意に介さない様子で、鈴奈はニヤリ、と悪徳めいた笑みを浮かべた。
「杏里! 秋といえば?」
人差し指をビシッと杏里に向け、唐突に尋ねる。
杏里はしばしきょとんとしていた。しかし考えるまでもなく答えは出ていたようで、自身満々に即答した。
「食欲っ!」
「じゃあ杏里。食欲の秋だからこそ、学校なんて気にしないでいっぱい食べたいと思わない?」
「思う! だって学校から帰ってからじゃあんまり食べる時間ないんだもん……。疲れて寝ちゃうことだってあるし」
不満げな表情で杏里が答える。そしてハッと息を呑むと、暖香の方へ向き直って
「暖香! やっぱり秋休みは必要だと思うの!!」
と、切羽詰った様子で言った。
暖香はしばし呆気に取られたように二人を見つめ……ため息をついた。
「あんた達ねぇ……」
もう一押し、とばかりに鈴奈が暖香に迫る。
「暖香。あんた読書好きよね? 秋といえば読書の秋って答えるよね?」
即答かよ……。
暖香は内心呆れたが、特に反論の余地もないため黙っていた。
「秋休みがもしあったら、いっぱい本を読めるんだよ。宿題とか生徒会の仕事とか、全部気にしないでいいんだよ」
私が生徒会の仕事を気にしなきゃいけないのは、会長であるあんたが何もやらないで私に全部丸投げするからだろうが。
暖香はそう冷ややかな目で言ってやろうかと思ったが、やめた。確かに鈴奈の言うことにも一理あるな、と感じたからだ。
先ほど杏里が言っていたとおり、普段学校があると課題やら生徒会の仕事に追われ、自分の好きな時間を取ることはなかなか難しい。そして暖香の場合、土日も生徒会の仕事で学校に借り出されることがあるため、毎日読書はおろか他の趣味をする時間さえも全くないのだった。
まさかこんな馬鹿げた提案に、心を揺り動かされる日がくるなんて……。
暖香は悔しそうに唇を噛んだ。
その様子を鈴奈は勝ち誇ったような表情で、杏里はどこか不安そうな表情で見つめている。
やがて暖香は観念したように口を開いた。
「……そうね。確かに、秋休みは必要だわ」
「やっぱりね! 暖香なら分かってくれると思ったよ!!」
杏里は嬉しそうに顔をほころばせ、暖香に飛びついた。鈴奈もまた、笑みを深くして暖香の肩をポンと叩いた。
「さすが、わたしの右腕ね」
暖香はそんな二人にされるがままの状態で、ゆっくりと微笑んだ。
こんなにもこの子達が喜んでくれるのなら……まぁ、いいか。
暖香と杏里を上手く丸め込んだ鈴奈は、腕を組み、生徒会長らしい尊大な笑みを浮かべた。そうして、高らかにこう宣言したのだった。
「これから秋休みを取りましょう。たまにはみんなでゆっくり、ね?」
◆◆◆
「――まさか、授業サボってまで秋休みを取ることになろうとはね」
若干気まずそうに頭を掻きながら、暖香は呟いた。
三人はあの後、荷物をまとめて学校を抜け出し、学校より少し離れた河原に来ていた。乗ってきた自転車をそれぞれ目立たない位置に止めると、早速コンビニに寄って買ってきた飲食物を広げ、くつろぐ準備をする。
杏里は食べ物を広げるやいなや、どれもこれも見境なく袋を開け、恐ろしいほどのスピードで食べ始めた。続いて鈴奈もお気に入りらしい菓子に手をつけ、草原に寝転がりながらぽりぽりと齧り始める。
暖香は二人(主に杏里)を見て苦笑を浮かべると、自らも紅茶を手に取り飲み始めた。
「たまにはいいよね、こういうのも」
買ってきた飲食物を三人(主に杏里)ですっかり消化してしまった後、鈴奈は寝転がったまま気持ちよさそうに深呼吸をした。
読書をしていた暖香は本から目を離して鈴奈を見ると、フンッと笑った。
「正直、面倒臭がりのあんたがここまでするなんて思ってなかったわ」
杏里も続けて
「確かにね。鈴奈のことだからあたしてっきり『生徒会室内で秋休みを取る』とか言って、授業をサボって生徒会室内でいつも通りだらけるのかなって思ってたよ」
と、意外そうな顔をして鈴奈を見た。
「まぁそれもありっちゃありなんだけどねぇ……」
鈴奈は感慨深げに目を閉じ、少し黙った。普段から無口な暖香も、いつもおしゃべりな杏里も、黙ったまま鈴奈の言葉を待つ。
やがて鈴奈は、独り言のように
「たまには……静かな時間も欲しいじゃない? 誰にも邪魔されずに、三人だけでいられるのんびりした時間がさ」
と言って、ね? と笑いかけた。二人はしばし顔を見合わせていたが、笑ってうなずき合った。
「そうね。生徒会室は結構人の出入りも多いし」
「口うるさい生徒会顧問もいるし!」
あはは、と口々に笑い合う。
これこそが鈴奈が欲しかった『三人だけの時間』なのかも知れないな……。
暖香と杏里は、密かにそう思っていた。
しばらく三人は何かの余韻に浸るように、シンとした空間の中で過ごしていたが、その空気を最初に破ったのは鈴奈だった。気を取り直すようによっ、と起き上がり、自らの隣をぽふぽふと叩く。
「ね、二人ともここに寝てみなよ! 気持ちいいよ」
座っていた暖香と杏里を誘い、にっこり笑った。
「本当、柔らかそうね」
暖香が草原を優しく撫で、微笑む。その反応を見た杏里はぽふり、と勢い良く草原に寝転がった。
「うわぁい、本当だ! いい匂い~」
気持ちよさそうにゴロゴロ転がり、はしゃいでいる。
「ほら、暖香も!」
杏里に手を引っ張られ、暖香もぽふりと勢い良く草原に身体をぶつけた。そのまま三人で川の字になって寝転がる形になる。
「こんな風にするのってさ、いつ振りかなぁ」
鈴奈がうぅん、と伸びをしながら二人に話し掛けた。
「……小学校か、幼稚園ぐらいじゃない」
「同級生の皆で雑魚寝だなんて、中学校や高校じゃしないもんね」
暖香、杏里が続けて答える。
「なんだか……新鮮だよね」
昔を懐かしむように鈴奈が囁く。三人とも目を閉じると、しばし楽しかった過去に想いを馳せていた。
が。
そんな郷愁を見事に打ち破る音が、鈴奈の携帯から響いた。三人はびっくりして跳ね起きた。
「もうっ、何よ!」
邪魔をされたのがよっぽど不満だったらしく、鈴奈はむぅっと唸りながら携帯のディスプレイを一瞥する。
映し出された名前に、思わず眉根を寄せた。
「……うげ、今井ちゃん」
「「今井ちゃん!?」」
鈴奈の低い呟き声に、暖香と杏里も盛大に顔をしかめる。
今井ちゃんとは生徒会顧問のおばちゃん教師のことだ。口うるさくどこまでもしつこいことで有名で、生徒からの評判はあまりよろしくない。
「……どうしよう、出たほうがいいのかな?」
鈴奈は困り果てた顔で、助けを求めるように二人の方を見た。
「切っちゃえ!」
杏里は強い調子で即答した。しかし暖香は腕を組むと、首を横に振って
「……いや、出たほうがいいわ」
と神妙に言った。
「どうして?」
杏里が不思議そうに、こてりと首をかしげる。暖香は真剣な口調で答えた。
「おそらく今井ちゃんは、私たちの誰かが出るまでローテーションで電話を掛けてくるはずよ」
そう言っている間に、けたたましく鳴っていた電話は切れた。数秒後、すぐに暖香の携帯から着信音が鳴り始める。
「……ね?」
「ホントだ……」
あまりのしつこさに、杏里は真っ青になった。暖香ははぁ、と悩ましげにため息をつくと、携帯を開いて恐る恐る通話ボタンを押した。
「もしも、」
『アタシからの電話にはすぐ出なさいといつも言っているでしょう! まったくいつもいつもアンタたちは、顧問のアタシに迷惑ばかりかけて……』
電話が繋がるや否や、甲高い声がしつこいほどの小言を紡ぐ。その声は電話を耳に当てている暖香だけでなく、隣にいる鈴奈や杏里にもしっかりと聞こえるほど甲高く大きかった。暖香は絶えられず、電話から耳を離した。
「……どんまい、暖香」
耳が相当やられたらしく、暖香は涙目になってしまっている。そんな彼女を見て、気の毒そうに杏里が囁いた。
「うぅ、キンキンする……」
「ホント凄い声だね……ある意味感心するよ」
その間にも、電話の向こうの小言は止まらない。
『大体アンタ達ね、問題起こしすぎなのよ! 生徒会は生徒達の模範となる組織なのに、その模範がぐちゃぐちゃでどうすんのよ! もう少しおとなしくしなさいっ!! アンタ達が何か騒ぎを起こすたびにアタシがどれだけ苦労しているか……ちょっと聞いてんの!?』
「あぁもう煩い! 切るよ」
『ちょっと待ちなさい、アンタ達今どこにいるの!? いきなり無断で学校抜け出して、一体どういうつもr……』
ブッ、ツーツーツー……。
「ちょ、暖香!?」
「あんまりにも腹が立ったから、切った」
「そんな、また誰かの携帯が鳴るよ!?」
突然の暖香の行動に動揺を隠せない鈴奈と杏里をよそに、当の暖香は至極冷静だった。相当顧問に対して腹が立ったらしい。
「ほら、また鳴ってるし……どれだけしつこいのよ、あのおばさん」
今度は杏里の携帯が鳴っている。
「……あたしもなんか苛々してきた。もう切っちゃってもいいよね?」
「杏里までそんなこと、」
「いいわよ。鈴奈も電源切っちゃいなさい」
「いいの!?」
「いいの。もういいかげんあの女にはうんざりだわ」
暖香は完全に堪忍袋の尾が切れてしまったようだ。いつもの彼女らしくない荒々しさで勢い良く腰をおろすと、口に手を当てて考え込みながら
「どうにか一泡吹かせてやらなきゃ気がすまない……」
と苛ついたように呟く。そのとき、鈴奈が突然手を打ち鳴らした。
「だったらさ、」
ストライキ起こしちゃおうよ。
暖香は目を見開いて鈴奈を見ると、へ? と間抜けな声を上げた。
「ストライキ?」
「そう。学校全体を巻き込んじゃうの」
「なるほど!」
杏里はその意図を理解したようで、パチパチと拍手をした。
「その騒ぎに乗じて、今井ちゃんを懲らしめるんだねっ」
「そのとーり!」
鈴奈はいっそ爽やかというべきほどの笑みを浮かべて頷いた。
暖香はようやく理解したらしく、ふぅん……と感心したように唸ると、口の端をゆっくり吊り上げた。
「あんた、たまには名案出すじゃない」
「たまには、って何! わたしは生徒会長だよ!? いつだって名案出してるに決まってんじゃん!」
鈴奈の文句を華麗にスルーして、暖香は立ち上がった。これから軍を率いて戦へ向かう武将の如く、声高らかに宣言する。
「よし、そうと決まれば早速行動開始! 行くよ、二人とも!!」
◆◆◆
数日後。
某高校の掲示板に貼り出された壁新聞には、色ペンで書かれた大きく派手な文字が躍っていた。
『これが生徒会の本気!? 学校全体を巻き込んだ、大規模テロ勃発!!』
「いやぁ、久々に大々的なスクープが取れたよ。もしかしてこれはこの学校始まって以来の大事件じゃないかい」
貼り終えた壁新聞の文字を指でなぞりながら、新聞部員その一・大束修が感慨深げに言った。
「確かに……僕もあれ以上の大規模な事件は聞いたことがないよ」
その傍らで新聞部員その二・水無瀬友哉が、同じく壁新聞を見つめながら苦笑した。
「だけど、あれがあったおかげで生徒のみんなは日頃の不満を吐き出せてすっきりしたみたい」
「あぁ、皆のあんなに活気溢れた様子は初めて見たね」
楽しげに修が笑う。その目にはくっきりと隈が残っていた。
「そう考えれば、今回の騒ぎは結果オーライだったような気もするね。ボク自身も楽しませてもらったし」
「僕も結構楽しかったな」
友哉も同意する。欠伸をかみ殺しながら、言葉を続けた。
「……まぁ結局あの後、全校生徒まとめて校長先生に説教喰らっちゃったわけだけれど」
「しかし、さすが生徒会の三人は肝が座っているね。今回の首謀者として公開説教喰らったというのに全く悪びれた様子はなかったし、それどころか校長先生に反論して御託を並べ立てて、結果上手く丸め込んで……」
「最終的に生徒会顧問の今井先生に全責任を押し付けて、逆につるし上げちゃったんだよね」
「ボクもさすがに予想外だったよ。まさか在学中にあの今井先生の土下座姿が見られる日が来るとは」
「あれは愉快だった!」
あはは、と二人で声を上げて笑う。その笑顔はどこか清々しく、反省の様子も後悔の様子もない。きっと生徒たちも全員、彼らと同じような反応をしていることだろう。
生理的に浮かんだ涙を拭いながら、友哉が続ける。
「これでもう、今井先生も生徒会に文句は言えないだろうな」
「あれだけ晒し者になればね……」
「ホント、改めてあの生徒会の恐ろしさを目の当たりにしたような気がする」
「全く天晴れだ。かねがね生徒会の人間はやることが凄まじいと小耳に挟んでいたけれど、まさかここまでとは」
友哉はおぉ、と意外そうな声を上げた。
「普段自分以外の人間を褒めることがない修が、そこまで言うなんて……」
「何を言うんだい、友哉君。天才少年といわれるこのボクだってね、自分より上だと認めた人間のことは素直に褒めるさ」
くいっとメガネを上げながら、得意げに修が言う。
「へぇ、そうなんだ。初めて知ったよ」
しかし友哉はさして食いつくこともなく、さらりと流した。
「そうなんだよ。……いやぁ、それにしても本当に尊敬するね。ボク達新聞部もいつかはそういった大きな事件を起こしてみたいものだよ」
友哉に流されることなどいつものことなのか、さして気にした様子もなく、修は目を細めながら再び壁新聞を見つめた。
「ボク達新聞部って……勝手に僕のことまで巻き込むのはやめてよ!」
「何を言うんだい友哉君。キミも新聞部の一員なんだから、協力するのは当然じゃないか」
憤慨する友哉を気にすることなく、修は当たり前だとでも言うような口調で言った。
友哉は唇を尖らせ呟いた。
「好きで新聞部に入ったわけじゃないのに……」
「何をぶつぶつ言っているんだい。……さぁ、次のスクープを取りに行くよ、友哉君。今日も今日とて生徒会室に張り込みだ!」
気を取り直すように修はいきなりそう言うと、おもむろに友哉の腕を引いた。しかし友哉はその場を動こうとせず、拒否した。
「嫌だよ!」
「何でだい?」
心底不思議そうな顔で修は尋ねる。そんな修に、友哉は不機嫌そうな表情で言った。
「だって、昨日だってこの壁新聞つくるのに徹夜だったじゃん……。今日ぐらい早く帰って寝たいよ」
「何を言うんだい、友哉君!」
憤慨したように修は声を張り上げた。
「そう言っている間にも、スクープはボクたちの手をすり抜けていくかもしれないんだぞ!?」
「じゃあ修は眠くないの?」
「眠くないさ。スクープのためなら、睡眠ぐらいいくらでも……ふぁあ……犠牲にするよ」
「欠伸してんじゃん」
「これは……ただの生理現象だよ」
目をこすりながら言われても、全く説得力などない。
「だから、眠いんでしょ」
「う、うるさい! とにかく早く行くよ、友哉君!」
有無を言わさぬ口調で話を切り上げると、修は友哉の腕を引いて歩き出した。友哉は結局いつもと同じように、されるがまま、今日も修と一緒に生徒会室へ向かうのだった。
「全く、仕方のないやつめ……」