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生徒会と愉快な仲間たち  作者:
5:生徒会長の天敵
29/44

23.女心と秋の空

こちらではお久しぶりです。

今回は、生徒会(暖香と杏里)中心のお話。鈴奈と、零もちょっとだけ。

久しぶりに、あの方が登場します。

「じゃあ、行ってくるね」

「いい子でお留守番しているのよ」

 まるで親が言うような文句に、生徒会室の自分の机で突っ伏していた生徒会長・中村鈴奈は、やる気なさげにひらり、と片手を振ってみせた。

「あーい、行ってらっしゃーい」

 いつも通りの至極適当な声に見送られ、声を掛けた二人の女子生徒たち――副会長・藤山暖香と書記・早川杏里は、どこか浮かれた足取りで、いそいそと生徒会室を出た。

 重いドアがきぃ……と音を立てながらゆっくり閉まるのを背に、二人は互いに顔を見合わせ、意地悪くにぃ、と笑った。

「では」

「行きますか」

 扉の向こうの鈴奈に聞かれぬよう細心の注意を払いながら、こそこそと打ち合わせのごとく言い合う。

 そうして二人は、相変わらず浮かれたような足取りで、校舎から出るべく廊下を歩き出した。


 暖香と杏里がやって来たのは、いつも買い出し――むろん、生徒会室で食べる三人の(主に杏里の)おやつである――に出かける近場のコンビニから離れ、最寄りの駅から電車で二十分から三十分ほど行った場所に位置する、この街ではそこそこ大規模なスーパーマーケット。

 いつもは来ないはずの場所で、二人が一体何をしようと目論んでいるのかというと……。

「ではでは」

「早速、参りましょう」

 突然テレビ番組のレポーターのごとく喋り出した、暖香と杏里。通行人たちの不審な目以外、見ている者は誰もいないというのに、いったい誰に対してレポートをしているのだろう。

 そんなツッコミが聞こえてきそうな状況でも構わず、二人はにしし、と相変わらず楽しそうに、声をそろえてこう続けた。

「「今井ちゃんの仕事ぶりを、こっそり見に行っちゃおう大作戦っ!!」」

 大々的に発表した後、互いに「いえーい」「へーい」などと掛け声を上げながらぱちん、とハイタッチをかわす二人。

 ちなみに……普段からテンション高くニコニコしている杏里はともかく、いつもはクールでどちらかというと無愛想なことが多い暖香までもがおかしなテンションになっていることについては、あえて見逃すことにしておく。きっと、連日の仕事(主に鈴奈に押しつけられた仕事と、困った生徒会メンバー二人のお守り)で疲れているのだろう。

 ともかく……いつもよりやたらハイテンションな二人は、元生徒会顧問であり、現在はこのスーパーマーケットでパートタイマーとして働いているおばちゃんこと今井琴子の様子を見に来たのだった。

 それでは早速行ってみましょう、などと再びレポーターのようなことを語りながら、二人はいそいそと店内へ足を踏み入れる。


 ――さて。

 そもそも二人が、何故鈴奈に内緒にしてまでこのようなことをしようと思いたったのか。それには、もちろんそれらしいきっかけがあったのだ。

 時は、昨日の放課後にまでさかのぼる。


    ◆◆◆


 生徒会室中に、シナモンとカモミールの独特の匂いが、互いにせめぎ合うように漂う。特徴的な二つの匂いが奇妙なハーモニーを奏で始めた時、暖香は顔をしかめ、杏里は苦笑を浮かべていた。

「この間の日曜、ドッカノマーケットに行ってきたんだけど」

 本人いわく近頃のマイブームだという、シナモンミルクティーを口にしていた鈴奈は、眉間に皺を寄せながらそう言った。

「あぁ」

 来客用のソファにゆったりと座り、カモミールティーを優雅に啜っていた風紀委員長・今井零が、訳知り顔でうなずいた。

 今や零が思いついたようにふらっと生徒会室を訪ねてくることも、生徒会メンバーに混じってお茶を飲みながら他愛無いおしゃべりをすることも、そう珍しいことではなくなってきた。委員会も部活もない時は、必ずと言っていいほどやってくる。とはいってもさすがに多忙なのか、来るのは月に一、二度程度と決して頻繁なものではないのだが。

 鈴奈も口や態度ではあからさまに迷惑がっているものの、幼馴染という気安さもあってか、なんだかんだで毎回零とのおしゃべりに興じている(と鈴奈本人に直接言ったら、間違いなく全否定を喰らうだろうが)。

 たいてい文句を言いつつ零の話をしかめっ面で聞いている鈴奈が、珍しく自分から話を振ってきたのが面白かったのだろう。零は思わずといったようにクスリ、と笑みをこぼした。

「――母さんが、働いているところだね」

 それまで二人の会話をなんとなく聞いていた暖香と杏里の耳が、ほぼ同時にぴくり、と動いた。

 前生徒会顧問で、某高校の教師だった今井琴子は、零の母親だ。あまり評判のよくなかった彼女のことは、鈴奈はもちろんのこと、暖香も杏里もあまり好ましく思っていなかった。

 教師を辞めた後、パートをやっているとは聞いていたが、まさかその話が今出てくるとは……。

 一気に興味を惹かれた二人は、今まで以上に息を潜めながら鈴奈たちの会話に聞き耳を立てた。

「いくら家からそう遠くないからって、鈴奈がわざわざ一人でそんなとこまで行くわけないから、おおかた中村のおばさんに無理やり連れていかれたんだね。そうだろう?」

「御名答……って、まぁそんなことはどうでもよくて」

 頭を掻きながら、はぁぁ……と、心の底からめんどくさそうに鈴奈がため息を吐く。

「そこでね……まさに、今井ちゃんに会ったのよ。ってか、レジを担当してくれる店員さんがそうだったの。もうね、気持ち悪かった」

 鳥肌が立ったのか、至極おぞましそうな表情で自らの腕をさする鈴奈。その時のことを思い出したように、もう一度ぶるり、と身震いした。

「何をどうしたら、あんな風に人って変わるのかなぁ。あの人らしくない細やかな気配りに、いっそ丁寧すぎるくらいの言葉遣い。挙句の果てには超にこやかな笑顔を向けられて『鈴ちゃん、元気にしてる? 生徒会の仕事、毎回大変ね。藤山さんと早川さんにもよろしく言っといてね』なんて猫なで声で言われて……もう、この人誰? って」

「あはは……それはそれは、災難だったね。今回ばかりは同情するよ」

「もうさ……何なのあれ。あの人にはてんで似合わないね。あの、誰に対しても物怖じしない傲慢な姿勢はどこへいったんだか……」

「教師時代の母さんは、ホントにおっかなかったからね」

「家でもそうなの? わたし、ここ二、三か月くらい会ってなかったからわかんないんだけど」

「当初は学校にいた時と変わんなかったけど、最近……それこそここ二、三か月くらいはそうだね。すっかり角が取れて丸くなったというか……気持ち悪いくらい、俺にも父さんにも優しくなった。そういえば父さんも、鈴奈と同じこと言ってたよ。あいつ、気持ち悪くなったな……って」

 丸くなったな、じゃなくて気持ち悪くなったな、だって。笑っちゃうよね。

 ははっ、と笑い飛ばす零に、鈴奈は至極嫌そうに顔を歪めた。

「あんたは、気持ち悪くないの。母親が急にあんなんなって」

「まぁ、気持ち悪いというよりは……」

 す、と零が瞳を細める。ますます眉を顰める鈴奈に、零は何故か少し嬉しそうな声色で続けた。

「今の優しい母さんの方が、好きになれそうなんだ」

「……あんたってやっぱり、変な奴だわ」

「個性的と言って欲しいね」

「それ、言われて嬉しいの?」

 鈴奈がいつものように零へ冷ややかな目線を向けたところで、その話は終わった……が、一言も言葉をさしはさむことなくこれまでの話を聞いていた暖香と杏里は、二人とも全く同じ想いを胸に秘めていた。

(優しくなったという今井ちゃんを、是非ともこの目で見てみたい!)


 ――それは、ある種の『怖いもの見たさ』のようなものだったのかもしれなかった。


    ◆◆◆


「いらっしゃいませぇ」

 店内に入るなり、がやがやと騒がしい買い物客の群れをかいくぐるようにして、甲高い声が二人の耳にまっすぐ届いた。その特徴的な声はすぐに、今井琴子のものであることがわかる。

「やっぱり働いてるんだ……」

「そうみたいね」

 杏里と暖香は、ほぼ同時に顔を見合わせ、目を丸くする。

 二人は鈴奈と違ってこのあたりに住んでいないので、ドッカノマーケットには滅多に来ることがない。むしろ、今日初めて来たと言っても過言ではないくらいだ。

 しかし、この街でも有数の大規模スーパーマーケットであるため、名前と評判くらいはもちろん知っていた。

 今井が勤めているとは、知らなかったが……。

「さて……あまり遅いと鈴奈に怪しまれるし、さっさと行きましょう」

「らじゃー。お菓子コーナーってどの辺かなぁ?」

「だいたいスーパーってのは、どこ行っても商品の置き方がワンパターンなのよ。だから……お菓子は、おそらくあのあたりの棚にあるはずだわ」

 主に暖香が指示し、最終的には杏里が選ぶという形で、二人は店内を物色し、購入を決めたものを次々買い物カゴの中へと入れていく。

「生徒会室に置いておく、飲み物も買っておかなくてはね」

「あたしココア!」

「分かっているわ。杏里用のココア、珈琲は私と来客用、鈴奈は紅茶……アッサムね。ミルクも一応買い足しておきましょう。あまり使わないけど、シュガースティックも少し」

「ねぇ暖香、このパック色々な種類の紅茶があるよ。今井くんが好きなカモミールティーも入ってるし、一つ買っておく?」

「あら、本当ね。他の種類は……まぁ、鈴奈か霧島あたりが飲むでしょう。来客があった時に出してもいいし」

「分かった、じゃあ入れとくね」

 それだけ買ってお金は大丈夫なのか、という疑問が出るかもしれないが、実はこの費用は『活動費』という名目で、生徒会用の経費として落とされることになっている。半ば生徒会という場所が私物化されているような気もするが、彼女たちのおかげで学校が盛り立てられているという負い目もあってか、基本的には誰も何も言わないのだ。

 ――そう、前生徒会顧問の今井琴子以外は。

 唯一、今井は生徒会に反発していた。それゆえ、彼女は最終的に教職を辞すこととなってしまったのだが……。

「レジ、どこにしよっか」

「そうねぇ……」

 あえて今井のところに行くという選択肢もあるにはあるが、今回のコンセプトはあくまで『内緒で』である。もし会ってしまったら、彼女や零を通して鈴奈にばれてしまう可能性だってあるかもしれない。

 いくら『たまたまだ』と言い訳したところで、聡い鈴奈には通じないだろう。『何で、たまたま? 二人の家から遠いよね』などと、逆に問い詰められてしまうに違いないだろう。

「……ここは、避けましょうか」

「らじゃー」

 何となく声を潜め、今井のいるところから少し離れたレジへ並ぼうと、二人は歩き出す。そこで、甲高い声が再び突き抜けてきた。

「お待ちのお客様、こちら開いております。どうぞー」

「「……」」

 二人は同時に顔を見合わせ……諦めたように、溜息を吐いた。


「はいいらっしゃいませー、お預かりいたしまーす」

 商品を出し、生徒会経費として預かったお金の入った封筒を取り出す。商品についたバーコードをピッ、ピッ、と軽快に読み込んでいく音をなんとなく耳にしながら、暖香と杏里はちらり、と互いを見た。

 それまでうつむきがちに商品をスキャンしていた店員――今井が、ふ、と顔を上げる。目の前にいる二人の姿を見て、あら、と意外そうな声を上げた。

「藤山さんに、早川さん。お久しぶりね」

 今井は変わらない甲高い声で、今まで見たことのないような、穏やかな笑みを浮かべる。間違いなく嫌そうな顔をするものだ、と思い込んでいた二人は、その反応に虚を突かれたように目を見開いた。

「某高校の噂、聞いているわよ。相変わらず、何かとやらかしているそうじゃない。学校も盛り上がっているようだし楽しそうでいいけれど、元生徒会顧問としてはやはりちょっと心配だわ」

「はぁ……そうなんですか」

「それは、すみません……」

「別に謝らなくていいのよ」

 これまでのふてぶてしいタメ口ではなく、ついかしこまった敬語を使ってしまった。そんな二人に、クスクス、と落ち着いたように今井が笑う。

「あぁ、そうそう。うちの零も、近頃お世話になっているようね。生徒会メンバーは楽しいって、アタシによくお話してくれるわ」

「「はぁ」」

「若いのだし、青春を謳歌するのもいいけれど、ほどほどになさいね。無茶をして、怪我でもしたら危ないんだから……はい、三千二十円です」

 唖然としつつ、封筒から五千円札を出す暖香。「二十円、ある?」と小声で問われ、杏里もまた、ぽかんとしつつ自分の小銭入れから十円玉を二枚取り出した。

「五千二十円、お預かりいたします」

 手際のいい、テキパキとしたレジ作業を、ぼんやりと見つめる。

「はい、二千円のお返しね」

 一、二、と目の前で丁寧にお札を数えてもらい、そっと返される。千円札を二枚、暖香は無心で封筒へ戻した。

「じゃあ、鈴ちゃんによろしく。また来てね。いつでも歓迎するわよ」

 最後にはそんな優しい言葉とともに、にっこりと微笑まれる。

 二人はもうなにがなんだかわからない状態のまま、手渡された袋入りの商品を手に、今井たち店員に見送られて店を出た。

「ありがとうございましたー」

 無事店を出た暖香と杏里は、今頃鈴奈が――おそらく、机に突っ伏して寝るか何かして――待っているであろう某高校へと向かう。二人ともしばし無言のまま、どこかぼんやりとした表情で歩き続けた。

 お察しの通り、二人はかなりの衝撃というか、ショックを受けていた。それほどまでに、今日見た今井の姿は、自分たちが知る教師時代の彼女とかけ離れていたのである。

「……杏里」

 初めに口を開いたのは、暖香だ。

「……なに」

 いつものハイテンションからは想像もつかないような、どこか虚ろな目で杏里が答える。

 少し考えるそぶりを見せた後、暖香が再びポツリ、と言った。

「……あれ、誰」

「わっかんない……」

 ひっそりと、杏里が答える。

「今井ちゃんの皮を被った、何かじゃないの……」

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