21.犬猿の仲
まさかの新キャラ登場。
たまには生徒会に対抗キャラを…とか思ったら、思いの外ハイパー胡散臭い奴ができました。鈴奈、ドンマイ。
「だから……何回も言ってるじゃん。それは生徒会が介入する問題じゃないんだって。当人たちで話し合わせて、勝手に解決しといてよ」
「そうは言うけど、この学校の生徒の問題だよ? それはやっぱり、生徒会が責任取るべきなんじゃないかなぁ」
某高校、生徒会室前。
中から聞こえる二つの話し声――普段の姿からは想像できないような、生徒会長・中村鈴奈のイラついたような声と、間延びしたように飄々と答える男子生徒の声。珍しく圧されている様子の鈴奈に内心で驚きながら、副会長・藤山暖香は生徒会室のドアを開こうとしていた手を止める。
「あの鈴奈と、対等に渡り合えるなんて……」
隣に立っていた生徒会書記・早川杏里も、困ったような表情を浮かべていた。
「ねぇ、今鈴奈と話してる人って、いったい何者なのかな」
杏里に問われ、暖香はゆっくりと首を横に振った。
「わからないわ。……ただ、相当な強者であることだけは確かね」
独り言のようにそれだけポツリと言うと、改めて杏里へ向き直り、一つの提案を促す。
「話し合いが終わるまで、どこかで時間を潰していましょうか」
さすがにその空気を読んだのか、杏里はその申し出に対し、素直にこくりとうなずいた。
「何か食べようよ。あたし、お腹すいちゃった」
「お昼ご飯食べてから、まだそんなに経ってないじゃない」
「だってぇ、まだおやつは食べてないもん」
「全く、しようのない子ね。……行くわよ」
「うんっ」
あとで、鈴奈に白状させよう。そう簡単に答えてくれるとは、あまり期待していないけれど。
密かに決意を固めた暖香は、既におやつのことで頭がいっぱいな杏里を伴い、できるだけ音を立てないようそっと生徒会室を離れた。
◆◆◆
一時間後。
いい加減話し合いも終わった頃だろうと思いつつ、そろそろ下校時間も近いからということで鈴奈を迎えに生徒会室を訪ねてみれば、案の定先ほどの来客は帰った後だったらしく、鈴奈が一人で自分の席に座っていた。
相当やり込められたのだろう。どことなく不機嫌な様子が漂っている。
「鈴奈」
恐る恐るというように杏里が声を掛ければ、伏しがちになっていた目がゆっくりと上げられた。覗きこんでいる暖香と杏里を見て、硬かった表情を少しだけ和らげる。
「さっき、来てたんでしょ。……入ってきてくれればよかったのに」
「だって、何か悪いじゃん」
杏里が困ったように笑うと、鈴奈もまたつられたように笑った。けれどその表情は、やっぱりどこか浮かなかった。
「何か、あったの? あんたがそこまでらしくないなんて、珍しいわよ」
「うん……」
暖香の問いかけに、ハーフアップでまとめられた濃茶色の長い髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻きながら、鈴奈は一枚の書類を取り出した。どうやらそこに、今回提案された問題の内容が書かれているらしい。
改めてその文章に目を通し、チッ、と小さく舌打ちした鈴奈は、机に広げた書類を指でトントン、と叩きながら忌々しげに言った。
「サッカー部の部室で、盗難事件があったんだって。内部の人間である可能性が高いから、犯人を見つけて注意してくれってことだけど……サッカー部の人間がやったって言うんなら、そっちで解決してくれりゃいいのに。全く、めんどくさい。なんでわたしが……生徒会がそこに首突っ込まなきゃいけないわけ?」
はぁ、ともう一度深い溜息を吐いた鈴奈は、机に両肘をつき、頭を抱えた。どうやら、押し付けられた案件を相当鬱陶しく思っているらしい。
「盗難事件かぁ……また、厄介だね」
「私たちが介入したところで、何とかなるとも思えないけど」
「だから、わたしもそう言ったんだってば。仮にも部長なら、あんたが直接指導すりゃいいじゃんって。けど自分が注意したところで効果ないだろうし、やっぱり生徒会からきつく言って欲しいって……」
むぅ、と不満そうに唇を尖らせる鈴奈。どうやら、先ほど話していた相手はサッカー部の部長らしい。それにしては、異常な頭の回転の良さだったような気もするが。
「サッカー部の部長って、あたしよく知らないんだけど……鈴奈をそんなに悩ませるほどの切れ者なの?」
杏里が首を傾げるのに、暖香が訳知り顔で「そうね」と肯定する。
「ただ、この地区でもそこそこの実力を誇るサッカー部を取りまとめてるっていうだけでも、結構なカリスマ性の持ち主であることがわかると思うけど……それだけじゃないのよね。成績もいつだって学年上位だし、教師たちからもかなり気に入られてる。まぁ、私には敵わないけれど」
さりげなく自慢を入れるところが、何とも暖香らしい。ちなみに彼女は生徒たちの模範と噂されるほど成績がよく、入学してから現在までずっと学年一位の座を保ち続けているのだ。
「おまけに鈴奈に負けないレベルの切れ者で、普通の話が通用するかどうかもわからないくらいのひねくれ者。この学校の風紀委員長でもあるから、私も役員会議で何回か顔を合わせたことがあるわ」
「鈴奈と同レベル……!? それは、ホントにすごい人なんだね。そういえばあたしも一回役員会議に出た時、見たことあるかもしれない……」
「しかも、」
暖香が話を続けようとしたところで、トントン、と生徒会室のドアが叩かれた。刹那、その主が分かったのか鈴奈が盛大に顔をしかめる。
「……どうぞ」
ちっとも歓迎している様子のない、暗く不機嫌そうな声で鈴奈が一言答えれば、ガチャリ、と入り口のドアがためらいもなく開かれた。
「やぁ、皆さんお揃いで。ごきげんよう、生徒会諸君」
ニコニコと厭味ったらしい笑みを浮かべて現れたのは、某高校の制服を人並みに着崩した一人の男子生徒。見た目だけならどこにでもいるようなごく普通の男子という感じで、鈴奈や暖香が言うような雰囲気は微塵も感じられない。
しかし、やはり彼こそが先ほどまで生徒会室に来ていた客なのだろう。鈴奈はその姿を見るや否や、忌々しげに顔をしかめた。
「今度は、何の用」
「来客に向けて、その態度はないんじゃないかなぁ? 生徒会長さん。……まぁ、別にいいけどね」
早くも帰ってほしそうな雰囲気を隠しもしない鈴奈と、そんな空気を微塵も気にする様子のない相手。そんな二人を、暖香は苦笑気味に、杏里は珍しいものを見るかのように目をぱちくりさせながら見ていた。
「で、何の用よ。さっきの話だったら、わたしが明日サッカー部に赴いてミーティングを開くってことで納得したはずでしょ」
「うん、それはいいんだけど……せっかくだから、ちょっとご挨拶をしておきたいなと思って。ちょうど、君以外の生徒会メンバーも集まっていることだし」
「ご挨拶?」
杏里が無邪気に首を傾げる。幼く可愛らしい彼女の姿に相手も多少絆されたのか、「そうだよ」と言ってさりげなくその頭を撫でた。
「君は、確か副会長の代わりに一回、役員会議の司会をしていたことがあるね。代打だったとはいえ、なかなかの仕切りっぷりだったよ」
「あ、ありがとう……?」
戸惑う杏里の頭を、相手の手が再び優しく撫でる。鈴奈がその行動をたしなめるかのようにじろりと睨むのにも、構う様子はない。
当の杏里はどうリアクションを取るのが一番正しいのか測りかねてしまい、ただ苦笑しながらおとなしく受け入れるしかなかった。何せその性格上、誰からでも頭を撫でられるのには慣れているのだ。
「あんたのことを知らないのは、杏里くらいよ。今更、ご挨拶だなんて」
暖香が口を挟むと、相手は顎に手を当てながら「うーん、でも」と言いよどむように呟いた。
「まぁ、俺がやりたいだけだから。単なる自己満足みたいな?」
どうやら、相手も鈴奈に負けず劣らずの気分屋らしい。
「……別にいいけど」
さすがの暖香でもその意図を正しく読むことは叶わなかったので、モヤモヤとした気持ちのまま、「だったら、さっさとしたら」と素直に彼のやりたいことをやらせるよう促すことしかできなかった。
「鈴奈会長から、多少は聞いていると思うけど」
「わたしは何も言ってないよ。あんたのことなんて、口に出すだけでも虫唾が走るんだから」
「そう言わずに。……どうもみなさん、改めまして。俺の名前は今井零。某高校サッカー部の部長と、ついでに風紀委員長もやらせてもらってるよ」
ぺこり、と小さく頭を下げる相手――今井零を見て、杏里がふと何かに気付いたように「あれ?」と首を傾げる。
「あなた今、今井って……」
「うん、そうだよ。それが?」
何でもないことのように零は答える。そんな彼に、杏里は恐る恐るというように聞いてみた。
「あのさ……間違ってたらごめんね。もしかしてなんだけど、あなた……」
彼女の言わんとすることが分かったのだろう。様子を見ていた鈴奈と暖香が、同時にうなずく。
ほぼ確証に近いものを得た杏里は、それでもやはり信じられないというように自信なさげに、尻すぼみになりながら仮説を口にした。
「……前に退職した、今井琴子先生の……息子さん、とか?」
それを聞いた零は、どこか嬉しそうに破顔した。
「よくわかったね」
刹那、顔から血の気が引いていく杏里。
それもそうだろう。何せ直接的ではないにしろ、彼の母親――前生徒会顧問である今井琴子が学校を辞めさせられたのには、少なからず自分たち生徒会が関連しているのだから。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ」
怯えたように見つめてくる杏里の視線に気づいたのだろう、零はまるで幼子を安心させるかのように柔らかく微笑んだ。
「うちの母が首になったのは、もはや必然のことだったんだと思う。もともと生徒たちからの人気やら人望やらはほぼ皆無だったし、あの人のやり方には俺もあまり同調してなかったから」
まぁ、当の本人は今でも君たちを目の敵にしているみたいだけどね。
そう言ってあっけらかんと笑う零に、杏里だけでなく暖香や鈴奈までもがキョトンとした顔になった。
「むしろ俺は、君たち三人と仲良くしたいと思っているんだ」
「そんなのこっちから願い下げだよ」
「ハハハッ。やっぱり手厳しいなぁ、会長さんは」
鈴奈の敵意丸出しな視線をのらりくらりとかわすように、零は三人に向けてとてつもなく人のよさそうな笑みを浮かべた。
「というわけで、これからもどうぞ御贔屓に。よろしくね、生徒会のお三方」
ニコニコという効果音が似合いそうなほどの――いっそ胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、芝居がかった礼をしてみせる。
そして……。
「それでは、今日はこの辺で。ごきげんよう」
そんな捨て台詞めいた言葉を残し、零は存外あっさりと生徒会室を後にしたのだった。
――残された三人の間に、しばし奇妙な沈黙が漂う。
妙に重苦しくもあったそれを、遠慮がちに破ったのは杏里だった。
「……まさか、今井ちゃんの息子さんだったなんて」
その言葉に、「えぇ」と暖香がうなずいた。
「私も、最初はびっくりしたのよ。一瞬仕返しに来たのかと思ったくらい」
「だけど今井ちゃんのこと、本当に気にしてないみたいだったね」
「えぇ、むしろ協力的な態度だったし。だから別に気にすることはないと思うんだけれど……」
言いながら、ゆっくりと気遣わしげに漂う暖香の視線。杏里が何となくというようにその先を追えば、案の定、先ほど零が出て行った出入り口のドアを心の底から忌々しげに睨みつける鈴奈がいた。
「あんな奴……そう簡単に信用して、なるもんか」
その呟きは、今までに聞いたことがないほどの憎しみに満ちていた。
◆◆◆
「へぇ、あの今井先生の息子さんが……」
「うん、何でも生徒会に宣戦布告したらしいよ。首にされた母親の仇でも討つ気なのかなぁ」
新聞部部室の中心部に位置するテーブルで、今日も今日とて向かい合いながらそんな話をしているのは、新聞部員である大束修と水無瀬友哉だ。
「サッカー部部長、兼、風紀委員長の今井零。彼は母親の今井琴子と違って、かなりの人望を得ているらしい」
「それはすごい」
愛用している茶色の手帳を開きながら友哉が口にする情報に、修は素直に目を丸くする。
「普通、親子って少しは似るものなんじゃないのかい? 呆れるほど正反対じゃないか」
「まぁ、鬱陶しい物言いとかはなんとなく似ているような気がするけど……基本的には、お父さんの性質を受け継いでいるんじゃないかな」
「お父さんは、どういう人なんだい?」
「うちの近くにある、某女子高の教頭先生らしいよ。彼もまた多彩なカリスマ性の持ち主で、女の子ばかりの某女子高ではかなりの人気を誇っているらしい」
「……それはまた、ものすごい遺伝子を持っているじゃないか」
「確かに」
「まぁ、何にせよ今回の記事はこのネタで決まりだね」
「そうだね。じゃあ、早速書いていこう」
模造紙を広げ、次に掲載する新聞の下書きを始める二人。
その様子を、出入口であるドアの向こうに寄りかかった状態で聞いていた零は、ククッ、と愉しそうな笑みをこぼした。
「あの新聞に、まさか俺も載れる日が来るなんて……実に光栄だなぁ」
いつも読ませてもらっているんだよね、と呟きながら、零は鞄から一冊のファイルを取り出す。
開かれたその中には、今まで新聞部が発行してきた生徒会に関する新聞のコピーが、取りこぼされることなく全て綴られていた。




