18.憎まれっ子世にはばかる
っつーわけで今回は、更新日時通りハロウィンのお話。間に合ってよかった…。
安浦先生以外のオールキャラ出てきますが、先に言っときます。今回は鈴奈さんが超不憫です。いっそ可哀想なくらい不憫です。
でもそんな不憫な生徒会長が、私は好きだよ!(笑)
「とりっくおあとりーと! どーも、生徒会だよ~」
「わざわざ来てやったんだから、さっさと出すもん出しなさい」
「お菓子くれなきゃ、悪戯しちゃうんだからねっ!」
十月も今日で終わりという、ある平日の午後のこと。
通常通り授業をしていたはずの教室に、ふてぶてしい言葉と共にいきなり現れたのは、三人の女子生徒。彼女たちは、いきなりの乱入者の姿に目を丸くする教室内の生徒たちのような某高校指定の制服ではなく、何故か一風変わった格好をしていた。
真ん中の女子生徒――生徒会長・中村鈴奈は、裾が長い漆黒のワンピースを身に纏い、頭に三角の黒い帽子を乗せ、片手に箒を持っている。いわゆる、魔女の衣装というやつだ。
その右隣にいる、背の高い女子生徒――生徒会副会長・藤山暖香は、身体のラインがはっきりと表れたタイプのミニドレスを着て、頭には猫耳のカチューシャを付けている。おそらく、化け猫の格好なのだろう。
左隣の小柄な女子生徒――生徒会書記・早川杏里は、ジャック・オー・ランタンをあしらったオレンジ色のふんわりしたショートタイプのオールインワンと、しましま模様のニーソックスを履いている。頭の上には、かぼちゃのヘタの形をした帽子が乗っていて、全体的には彼女の可愛らしい見た目にぴったりの格好だった。
「あら、三人とも可愛らしい仮装しているじゃない」
生徒には知らされていなくても、教師にはその訪問が事前に知らされていたのか、授業をしていた年配の女教師はさして驚いた様子もなく、そう言って笑顔を向ける。そして、むしろ待ってましたとでも言うかのように三人を中へと手招きした。
三人が呼ばれるままに教卓へと足を進めると、彼女は布のかかった小さなバスケットを手渡してきた。
「結構本格的だね」
杏里がそれを見て嬉しそうに言う。
「今日のために、アップルパイを焼いてきたの。うちの子供たちからも好評でね。自信作よ」
「へぇ」
「それは楽しみね」
女教師の得意げな声に、鈴奈と暖香も自然と頬を緩める。
お菓子――もとい、女教師の手作りアップルパイをありがたく受け取った三人は、そのまま目をぱちくりとさせる生徒たちに見送られ、何事もなかったかのように堂々とした足取りで出て行こうとした……かと思うと、いったん出入口で立ち止まり、生徒たちの方へと向き直った。
「それじゃ、お邪魔しました」
「これはほんのお礼よ」
「ではでは皆さん、ハッピーハロウィン!」
鈴奈、暖香、杏里が順番に一言ずつ言葉を発すと、鈴奈はおもむろに大きなクラッカーを一つ取り出す。そして……尻尾から出た太い紐を、三人がかりで思いっきり引っ張った。
――パァン!
大きな音と共に、大量の飴玉がばら撒かれる。
その光景を驚きの表情と共に呆然と見つめる生徒たちを尻目に、今度こそ三人は教室を後にしたのだった。
◆◆◆
たくさんのお菓子が入ったバスケットや包みなどを両手に抱えながら廊下を練り歩く、珍妙な格好の三人組……もとい、生徒会メンバー三人。
そんな彼女たちを見て、時折廊下をすれ違う教師や生徒たちは一瞬不思議そうな表情をする。しかし生徒会が一風変わったことをやっているのはもはやいつものことだと認識しているのか、すぐに納得したような表情へと変わり、どこか微笑ましげにその姿を見送った。
「思ったより結構集まったね……うぅ、重たい」
目の前が見えなくなるくらい多い量のお菓子を抱えながら、顔をしかめた鈴奈はどこかフラフラとした足取りだ。
「これでだいたい、全クラス回ったかしら?」
そんな隣の鈴奈を心配する様子は少しもなく、むしろしれっと無視しながら、暖香がその向こうを歩く杏里に尋ねる。
「えぇと、ちょっと待って。今、リスト見るから」
「ぐえっ!?」
杏里は持っていたお菓子を鈴奈にしれっと全部押し付けると、斜め掛けしていたジャック・オー・ランタンのポシェットからリストらしき物を取り出した。荷物の重量が増え、断末魔を上げる鈴奈にも、構う様子はない。
「ちょっと、重いよ杏里!」
「暖香ぁ、クラスは一応全部回ったよ」
「そう。じゃあ、あとは職員室系ね。どこが残ってる?」
「うん。大職員室と体育教官室、それから司書室かな」
「わかったわ。じゃあ、すぐに向かいましょう」
「二人とも、わたしのこと無視!?」
「うるさいわよ鈴奈。口じゃなくて、足を動かしなさい」
「そうだよ鈴奈。足取りがふらついてるよ? あとで山分けするんだから、それ落とさないでよね」
「はい、ついでにこれも持って」
「うぐっ!? 暖香まで、どさくさに紛れてお菓子全部押し付けないでよぉ!!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くわよ」
「ほら鈴奈、こっちこっち!」
「うぅ、ひどいよ二人とも……」
――ガラガラッ。
「はい、トリックオアトリートよ」
「お菓子くれなきゃ、悪戯しちゃうからね!」
「お邪魔し……うぅ、重いぃぃぃ」
先ほどと同じように司書室と体育教官室を訪ね、お菓子をもらってから巨大クラッカーを使って飴玉をばら撒いてきた三人は、最後に生徒会室隣に位置する大職員室へと足を踏み入れた。
「あら、いらっしゃい。……だ、大丈夫?」
真っ先に反応した女性教師――現代文教師の小倉三和子は、抱えたお菓子ですでに前が見えなくなってしまっている鈴奈に対し、心配そうな目を向ける。
「前が見えないよ、小倉センセ……助けてぇ」
「あらあら、可哀想に……」
「小倉、別に気にしなくて大丈夫よ。第一、このハロウィンイベントを提案したのはこの子なんだから」
「そうだよ三和ちゃん。鈴奈は、自主的に持ってくれてるんだよ」
鈴奈に全てを押し付け、完全に手ぶら状態の暖香と杏里は、どこか上機嫌だ。「嘘だよぅ」という鈴奈の一生懸命な訴えも、どこ吹く風である。
「そんなことより早く、お菓子をよこしなさい」
「さもなくば、悪戯しちゃうよ~」
「あ、そうだったわね。わかったわ」
小倉はハッとした表情になると、慌てたようにパタパタと自分のデスクへと駆けて行った。そうして、可愛らしくラッピングされたカラフルな包みを三つ持ってくる。
「今日のために作ってきたの。カップケーキよ」
「わぁ、おいしそう!」
早速手に取った杏里が、嬉しそうに目を輝かせる。そしてそのまま、やっぱり流れのように鈴奈へと持たせた……というより、乗っけた。腕に抱えた山のようなお菓子の山が崩れそうになり、思わず鈴奈がよろける。小倉は苦笑しながら、それを落ちないようにさりげなく支えてやった。
「小倉センセのが一つぐらい増えたってあんまり重くはないけれど、バランス悪いからいい加減落ちそうだよ~……」
「もう、二人とも。あんまり会長さんをいじめたら駄目よ?」
「小倉は相変わらず優しいのね」
「いじめているつもりはないんだけどなぁ?」
「十分いじめだって……ぐすん」
「よしよし。……あ、じゃあちょっと待っててくれる?」
小倉は慰めるように鈴奈の頭を軽く撫でた後、何かを思いついたように声を掛ける。そして先ほどカップケーキを取りに行ったのと同じ足取りで、パタパタと職員室の奥へと駆けて行ってしまった。
「他に何か持ってきてくれるのかな? 美味しいものだといいなぁ」
「そうねぇ……」
杏里と暖香が揃って首を傾げる。
「あれ、もしかしてそこにいるのは生徒会の三人? ちょうどよかった!」
その時、三人に向けてそんな声が掛けられた。滑り落ちそうなお菓子の山に気を取られている鈴奈以外の二人がそちらへ目をやると、一人の男性教師がこちらへとやってくるのが見える。暖香と杏里が、その姿を見て順番に声を上げた。
「あら、霧島じゃない」
「慧ちゃん、やっほ~」
「え、霧島センセ?」
鈴奈もその声に反応したのか、お菓子の山の隙間から、どうにか前を見ようと懸命に首を伸ばす。
三人に全然違う呼称で呼ばれた男性教師――生徒会顧問・霧島慧は、片手に落ち着いた色合いの包みを手にしていた。それに気づいた杏里が、少しだけ顔色を悪くする。
「あれ、慧ちゃん? それってまさか……」
「もちろん、ハロウィン用に作ってきた特製クッキーだよ」
にこやかに答える霧島に、暖香が顔をしかめる。
「また、変な冒険してないでしょうね?」
「まさか。ホワイトデーの時に早川さんに教えてもらったレシピで作ったやつだよ」
「ホント? あれから、おかしなもの加えてない?」
「大丈夫だって」
自信満々に答える霧島に、暖香と杏里、そして前がほとんど見えていない鈴奈すらも疑いの目を向けている。かつて霧島の余計な冒険の末に完成した『隠し味』入りクッキーを口にしぶっ倒れている三人なので、やはりまだ霧島の手作り菓子に対して信用がないらしい。
「やっぱりまだ、信用ならないわ」
「何せ前科があるもん」
「霧島センセの美味しいお菓子を食べたのは、あれ一回きりだしね」
暖香、杏里、鈴奈が順番に言うのに、えー、と霧島が不満げに声を漏らした時。
「大丈夫よ。さっきわたしも頂いたけど、美味しかったわ」
いつの間にか戻ってきていた小倉が、後ろからにこやかにフォローの言葉を入れた。
「小倉先生! そうですよね、よかった……」
振り向いた霧島が、まるで救世主が現れたとでも言うように、心から安堵したような表情を見せる。
「ほら、小倉先生にさっき味見してもらったけど、この通りピンピンしてるじゃないか。大丈夫だって!」
「ホント? 小倉センセ、霧島センセのこと庇いたいからって嘘ついてない……?」
「嘘なんかつかないわよ。確かにわたしは、霧島先生の味方だけど」
答えながら、小倉はほんのりと頬を上気させる。その言葉に霧島もまた、照れたように頬を赤らめた。
「小倉がそう言うなら、本当なんでしょうね……仕方ないわ、信じてあげる」
「うん、三和ちゃんに免じて信じてあげるよ」
暖香と杏里は、ようやくしぶしぶといったようにうなずく。それから杏里が、鈴奈が抱えるお菓子の山を指さしながら、霧島に対して「じゃあそれ、ここに置いて」と言った。
「えぇ、ここにかい? 崩れそうだけど……っていうか、え? 君もしかして中村さん!?」
どうやら、お菓子の山に隠れて顔が見えていなかったらしい。
「そうだよー。わたし、中村鈴奈だよ。何かパシられてるけど、これでも一応生徒会長だよ」
ひょこひょこ、と必死に顔を出そうと左右に首を伸ばしてみせる鈴奈。けれどやっぱり、残念ながら霧島からその顔は見えない。それでも声で、霧島はその存在を認識したようだ。
「そっか、中村さん……いつからそんな不憫キャラに」
「こっちが聞きたいよ!!」
既に鈴奈は涙声だ。そんな彼女の反応がツボに入ったのか、暖香と杏里は腹を抱えて笑っていた。
「あっ、ははは……あんた、今かなりオイシイ状態だわよ」
「すごい目立ってる! さっすが生徒会長! あははっ……」
「二人とも酷いよぅ……」
鈴奈が半ベソをかいていると、彼女の前に不意に一台の大きなカートのようなものが現れた。前が見えていない鈴奈は当然気づいていないが、暖香と杏里は笑うのをやめ、突然現れたその存在に揃って首を傾げる。
「なぁに、これ……?」
カートを持つしなやかな女性らしい手の持ち主――もとい小倉は、柔らかな笑みを浮かべながら鈴奈に対して声を掛けた。
「会長さん。手、離して」
「え?」
目を丸くしながら、言われた通り力を抜く鈴奈。刹那、ドサドサ、と音がして、彼女の腕の上に出来上がっていたお菓子の山が一気に崩れたかと思うと、カートの上にお菓子がどんどん積まれていった。
「あー……やっと、楽になった」
深い溜息を吐きながら、鈴奈がブンブンと両手を振る。
「このカート、持って行ってもらって大丈夫よ」
「ホント? ありがとー、小倉センセ」
「良かったじゃない、鈴奈」
「思いがけず天使が現れたね」
「あんたたちはとんだ悪魔だよ……」
悪びれる様子もない暖香と杏里を、ジト目で睨む鈴奈。
そんな彼女を苦笑気味に見つめながら、霧島は「はい、どうぞ」とカートの中にクッキーの包みを入れた。
「ありがと。そんじゃ、失礼するね」
カートを押しながら、大職員室の出口へと向かう鈴奈。
「あ、そうそう。忘れてたわ。杏里」
「はーい。ではでは、ハッピーハロウィン!」
――パァン!
もはや恒例となった、巨大クラッカーを鳴らし飴玉をまき散らす暖香と杏里。そのまま二人は笑顔で、カートを押し生徒会室へ戻っていく鈴奈を追って大職員室を出て行った。
「……相変わらず、騒がしかったなぁ」
ばら撒かれた飴玉を回収しながら、霧島が苦笑するのに、小倉も可笑しそうにクスクスと笑う。
「噂に聞いていた通り、とても楽しい三人ですね。霧島先生」
「えぇ。一緒にいると、本当に退屈しないんですよ」
まるで心から楽しくて仕方ないというような、屈託のない笑みを見せる霧島に、小倉は改めて見惚れてしまっていた。
◆◆◆
『突然のハロウィンテロ! 授業中の教室に、仮装生徒会が襲撃!』
翌日、早朝。
玄関の向かいに位置する廊下の壁に、そんな見出しの踊る壁新聞が張り付けられた。びっしりと文章が書かれたその上部には、いつの間に撮影されたのか、仮装した三人の女子生徒の写真が添付されている。
「いやぁ。彼女たちの突然の思い付きはいつものことだけれど、今回もなかなかアクの強いイベントだったね」
自作の壁新聞をしげしげと見つめながら、新聞部部長・大束修が感慨深げに言う。片手には、赤色の紙に包まれた飴玉が一つ、握られていた。
「授業中にあぁいうことするの、よく先生たちが認めてくれたよね」
口の中で飴玉をころころと転がしながら、新聞部副部長・水無瀬友哉が隣で苦笑した。だらりと下げられた左手は、オレンジ色の紙をくしゃくしゃと音を立てながら弄んでいる。
「生徒会が不意に非日常を持ってくるのは、もはやいつものことじゃないか」
「確かに、非日常的な感じで楽しくはあったけれどね」
「みんなにとっては、ちょっとした気分転換になったんじゃないかい?」
「楽しそうだったもんね」
心から楽しそうな笑顔と共に発された友哉の言葉に、フッ、と修が笑う。
「だからこそボクたちは、彼女らを追うことを止められないんだろうね」
何せ、彼女らの行動は全く読めないんだから。
「確かにね」
友哉も同意するようにうなずく。
「一体全体何をしでかすのか、予測不能なんだよね、彼女たちは」
「ハハハッ」
修が不意に、声を上げて笑った。
「キミは当初、嫌々この新聞部で活動をしていたというのに。今や、ノリノリでボクと一緒に生徒会を追っているじゃないか」
「だんだん楽しくなってきたんだよ」
友哉も一緒になって笑う。
「僕も、君にだんだん毒されてきたのかもしれないね、修」
「酷いなぁ、まるでボクを有害物質みたいに」
「似たようなものだろう?」
「失礼な」
互いに茶化し合いながらその場から離れた二人は、生徒が徐々に増えてきた廊下を、教室に向けてゆっくりと歩いていく。
「今日は、どんな一日になるだろうね」
「しばらくは、平凡な日々が続くんじゃない?」
「まぁ、それも楽しくていいけれどね」
修は歩きながら握りしめていた飴玉の包みを開けると、中身を口の中へ放り込む。
濁ったオレンジ色の丸いそれはほんのりと甘く、微かにかぼちゃのような匂いがした。




