01.灯台下暗し
春の遠足のお話。しょっぱなから生徒会要素ないですね…(笑)
初回なので3人の大まかなキャラクター性なんかを理解していただけると幸いかな、と思います。
四月も終わりに近づき、あちこちで新緑が芽吹く季節。一般的に言うと学生たちが遠足に出かける頃だ。空はからりと晴れ、暑くもなければ寒くもない気温で保たれている。絶好の遠足日和、といったところか。
そんな中、青々と茂った山の中をジャージ姿の行列がぞろぞろ横切っていく。その列の中に、ちょっと独特な(?)三人の少女達がいた。
「あー……遠足とかホントめんどくさいぃぃぃ」
だらだらと真ん中を歩きながら、超絶めんどくさがりな生徒会長・中村鈴奈が愚痴を零す。
「あんたねぇ……開口一番みんなのやる気を削ぐような言動は慎みなさい。こんな馬鹿げた行事でも、楽しんでる低脳な奴だっているんだから」
その右隣で、口は悪いがしっかり者の副会長・藤山暖香が冷静な声で鈴奈を嗜める(本人はそのつもりだったらしい)。
「暖香……絶対嗜めてないよね? さらっと鈴奈より酷い台詞吐いたよね? ……まぁいいや、いつものことだし。そんなことよりお昼ご飯の時間はまだかなぁ? あたし、お腹すいちゃったよ」
鈴奈の左隣を歩く食いしん坊な生徒会書記・早川杏里は、向こう側にいる暖香の嗜め――もとい暴言に一応は突っ込みを入れたものの、すぐに流してしまう。やはり彼女にとって最重要なのは、どこまでも食べ物のことらしかった。
この三人の少女達は生徒会に所属していて、彼女らが通う某高校では『生徒会名物三人組』と呼ばれている。一見普通に見えるかもしれないが(え、見えない? 気のせいだろ)、実は結構有名人。他の学生は愚か、教師たちまでもが一目置く存在だったりするのだ。
そして彼女らを含むこのジャージ集団は、その某高校の学生達。春の遠足という名目で、何か小高い山(生徒会によって適当に目的地として指定された、何処かその辺にある名も知らぬ地元の山)の頂上を目指し、ひたすらぞろぞろとアリの行列の如く歩いていた。
「だいたい、山なんてめんどくさいし汚れるし疲れるしさぁ……そんなわけわかんない場所を目的地にしたのはどこの誰よ! 誰なのよぉぉぉ!!」
「めんどくさがり屋で忘れっぽいうちの学校のアホ会長でしょ」
「『えー、何でわたしたちが決めるの? 先生が決めればいいのに……もうめんどくさいからあそこの小高い山とかでいいじゃん』って言って決めたんだよ」
「あぁ、そう言えばそうだったっけ……。それにしても、杏里ったらそんなことよく覚えてるね」
「だってそのとき鈴奈、あたしが持ってきたトッ●全部食べたじゃん! 絶対忘れない」
「杏里、恨むポイントが違うと思うわ」
「あたしにとっては重要なの! 鈴奈……いいえ、アホ会長!! 後でちゃんとお菓子返してもらうんだからね!!」
「わかったよ……(何か違う気がするんだけど、気のせいかな)」
「……まぁいいわ。ところで鈴奈……アホ会長」
「ちょっと待ってよ! さっきから二人とも、人のことアホ会長って!! わたしがまるで使えないダメダメ人間みたいじゃん!!」
「「え、違うの?」」
「酷いっ!!」
……といった独特のくだらないアホ会話が繰り広げられている間に、一同は山の中腹へと辿り着いた。ここまで来ると、ある程度きちんとしていたはずの行列も段々まばらに広がっていく。そうして、各々の体力の違いが目に見えて分かってくるのである。
「何でこんなに頂上まで遠いのよこのアホ山!! 疲れたよぉ!! もう歩きたくないぃぃぃ」
「お腹すいたぁぁぁ!! ご飯まだなの、ねぇ!!」
「あぁもう、全くこの子達と来たら……。たぶんきっともうすぐ着くでしょうから、少しぐらい我慢なさいこの軟弱者共っ!!」
そんな中、疲労と空腹でぎゃいぎゃいと煩く騒ぎ始めた鈴奈と杏里を、暖香が(一応彼女なりには)励ましながら一緒に歩いていた。先ほどからずっとそんな調子なので、遅々として進まない。ペースは急速に落ち、いつの間にやら三人は最後尾に近い所まで来ていた。
「あたしもう駄目! 我慢できない」
杏里はそう言ったと同時にその場に座り込んだ。背負っていた鞄の中身をごそごそと探りお菓子を取り出すと、むしゃむしゃ食べ始める。
「全く! 杏里ったら……」
「まぁまぁ、いいじゃないの。わたしももう疲れちゃったよ……」
鈴奈は憤慨する暖香を呑気に宥めると、へなへなとその場にへたり込んでしまった。こちらもこちらで、既に限界だったと見える。
「鈴奈まで! しょうがないわね……」
暖香は説得を諦め、開き直ったようにして自らも腰をおろした。
――それから十分。
ようやく空腹が一段落したらしい杏里は幸せそうな表情でまどろみ、鈴奈もまだ相当疲れているらしく、近くに生えていた木にもたれて言葉もなくぼんやりしている。完全にやりたい放題だ。遠足の途中であることなどすっかり忘れ去っているらしい。
二人とは違ってまだしっかり目的を覚えていた暖香だが、だからといって急かすこともなく、かといって眠ることもなく、一人時間を持て余していた。
三人がいる場所は陰になっていて涼しく、木々の間から心地よい風が吹いて来ていた。それなりにスペースもあり、頂上よりも過ごしやすい場所だ。
暖香は立ち上がり、辺りを散策してみることにした。
崖の部分に行ってみる。そこは先ほどの場所と違い、木も何も生えておらず、殺風景だった。下に広がる風景をもう少しよく見ようと、落ちないように用心しながらそろそろと近づいてみた。
「うわぁ……」
思わず、感嘆の声が漏れた。
山の中腹と言ってもある程度高さがあるので、いつもより広く街を見渡すことができる。連なる山々の向こうに広がる青い海は、太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。その周りには色とりどりの民家や建物の屋根が散りばめられている。いつも見ている街とあまりに違ったその姿に、普段滅多なことでは動じない暖香の心も一瞬で奪われた。
しばらく見惚れていると、後ろから軽くポンッと肩を叩かれた。
「はーるかっ♪」
「何ぼんやりしてるのよ?」
振り向くと、ニコニコ笑顔全開の杏里と、後ろで保護者のように微笑む鈴奈がいた。二人ともさっきまで微動だにせずまどろんでいた筈だが、いつの間にやら復活していたらしい。
暖香は何も言わず、まるで無垢な少女のようにフフッと笑った。彼女にしては珍しい笑い方だ。心なしか機嫌よさそうにも見える。
「「?」」
「ね、提案があるんだけれど」
きょとんとする友人二人に、暖香はにっこりと笑いながら言った。
「お弁当、ここで食べない?」
◆◆◆
時間の経過とともに幾つかのグループに分かれたジャージ集団は、それぞれ順番に頂上に辿り着いてきた。頂上が見えたとたんダッシュで駆け上がってくるような元気な生徒や、頂上についたとたん支え棒を片手にへたり込んでしまう疲労困憊な生徒、既にへとへとな生徒の腕を掴み半ば引きずりながら歩いてくる生徒、途中で足に怪我をしたらしい生徒をおんぶしながら歩いて来る生徒など、同じジャージ姿といってもその様相はさまざまだ。
狭い頂上をほぼ埋めるようにして集まった生徒たちは、「疲れたね~」「春だけど暑いわ」「汗が止まらないよ」「お腹すいたなぁ」「足痛い……」などと思い思いに話をしていた。
そんなざわざわとした環境の中で、体育会系のがっしりした教師が声を張り上げた。
「今から点呼をとるので、クラスごとに並べー」
言葉とともに生徒たちはぞろぞろと並ぶ。並び終えると、各クラスの担任が自らのクラスの人数を数え始める。
「全員います」という声があちこちから聞こえる中、一人訝しげに首をかしげる教師がいた。問題児三人――もとい生徒会の三人が所属するクラスの担任だ。
「どうしました?」
隣のクラスの担任が声を掛けると、教師はため息をついた。
「また……あの三人がいないんです」
「生徒会の、中村さんと藤山さんと早川さんですか」
「えぇ……」
教師が頷くと、隣のクラスの担任は苦笑した。
「なにを起こすか分かりませんからね……あの三人が同じクラスに揃ったというだけでも学校では大問題なのに、その担任を受け持つことになるとは。あなたもつくづく運の悪い人ですね」
「全くです。おかげで毎日頭が痛い。……さて」
「探すんですか」
「そりゃあね。全員揃ってなきゃ、点呼も取れやしませんから」
「お疲れ様です。私も手伝いますよ」
「ありがとうございます」
「――そっちはどうでしたか」
「いません……」
「こっちも駄目でした。全く、どこに行ったんだ……」
「まさかまだ中腹辺りにいるとか」
「さすがにそれはないと思います。もう一時間も経っているんだから」
「ですよね……。しかしこれだけ探しても見つからないということは、途中で何かあったんじゃ」
「まさか! あの三人ですよ」
「えぇ、私もそう思います。しかしその可能性がないわけではないでしょう? 現にこうして見つかっていない訳ですし」
「そうですね……そう考えたら急に心配になってきました」
「とにかく探しましょう! 他の先生たちにも協力してもらって」
「はいっ! お願いします」
その後、教師たちによる大規模な捜索が開始された。しかし、山の中腹(しかも陰部分)で眠りこけている三人はそのことを知る由もない……。