15.鳴かぬ蛍が身を焦がす
新聞部がようやく新聞部らしい(?)活動をするお話。生徒会顧問こと霧島慧に、インタビューを敢行いたします。
というわけで、今回は新聞部メンバー二人と霧島が中心。もう一人、ちょっとだけ出るメンバーもいますが…まぁ、誰だかはだいたい予想がつくでしょう(笑)
「お願い。霧島先生のことについて、いろいろ聞き出して欲しいの」
某高校二階。大職員室と生徒会室のある校舎の、隅っこにちょこんと位置する新聞部部室にて。
本来ならばこの場所に来ることなど絶対ないはずのその訪問者は、入ってくるなり、中にいた新聞部員二人に対して至極真剣な顔つきと声でそう告げた。
「「……はい?」」
◆◆◆
「いやぁ……こう改まって向かい合うのも、なんだか照れくさいなぁ」
部室に用意された三つ目の椅子に腰掛けた男性教師――霧島慧は、そう言って照れたように頭を掻いた。
その向かいに椅子を並べ、揃って座る男子生徒二人――新聞部部長・大束修と副部長・水無瀬友哉は、何も知らない霧島に向けて、実に曖昧な笑みを浮かべてみせた。
「ところで、いきなり俺に取材したいなんて……一体どういう風の吹き回しだい?」
「そりゃあ、決まってるじゃないですか。生徒会を常に追っているボク達ですよ? その顧問からより詳しい話を聞きたいと思うのは、当然のことじゃないですか」
霧島の疑問に、修はこともなげにスラスラと答える。友哉は隣で、『脩ナイス!』とでも言いたげな表情を浮かべた。それに気付いた修は、横目で友哉を見ながら得意げに口元を吊り上げてみせる。
「そっかそっかぁ。それなら任せて。何でも聞いてくれよ」
どうやら霧島は納得してくれたらしい。修も友哉も、心の中でホッと息を吐いた。
……もちろん修の言葉には、言うまでもなく嘘が含まれている。
確かに生徒会のことについてあれこれ取材している新聞部としては、生徒会顧問である霧島にも話を聞きたいという気持ちがある。だが霧島は、生徒会顧問であると同時に、この新聞部の顧問でもあるのだ。改めて取材などしなくても、頼めばいくらだって話を聞かせてくれる。
ならば何故わざわざ、こうして取材の場を設けたのか?
その裏には、昨日突然この新聞部にやってきた訪問者――現代文教師・小倉三和子が関わっていた。
『お願い。霧島先生のことについて、いろいろ聞き出して欲しいの』
そう告げる小倉は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。……というか、そもそも小倉は嘘を吐けない性格だということを誰もが――もちろん、修や友哉も例外ではなく――知っていたので、それが本気であることはすぐに分かった。
修と友哉は小倉の突然の申し出に、困ったように顔を見合わせた。
二人の返事を待つ小倉の表情は硬く、膝の上で組んだ両手はぐっと握り締められていた。どうやら、相当緊張しているようだ。心なしか、その身体が萎縮していつもより小さくなっているように見える。
二人としても、このような小倉の様子を見ていると、まるで自分たちが寄って集って彼女をいじめているかのようで居心地が悪い。
このまま黙っていても埒があかないと判断した友哉は、要するに、とその場を取り繕うように口を開いた。一瞬小倉がびくり、と肩を震わせるが、この際気にしないことにする。
『僕たち新聞部に、霧島先生の詳細を探って欲しい、と?』
小倉は我が意を得たり、というように幾度もコクコクとうなずいた。
『その……わたしの力だけじゃ、手に入れられる情報ってどうしても限界があるから。あまりやりすぎちゃうと、ストーカーとか思われて霧島先生に嫌われちゃうかもしれないし』
小倉からの明け透けな恋心にすら気付かない霧島のことだ。仮に小倉やその他の女性からストーカー行為を受けたとしても、毛ほども気付かないのだろう……と二人は思う。が、霧島本人の名誉と彼を一途に想う小倉の純粋な恋心を守るため、あえて口にはしなかった。
『ちょっと、時間をもらえますか』
小倉に断りを入れ、彼女が重々しくうなずいたのを確かめると、修と友哉は彼女に背を向け、小声で話し合いを始めた。
『どうするんだい、友哉くん』
『調べると言っても、何か口実がないと動きづらいしなぁ……あ、そうだ』
『なんだい、何かアイデアがあるのなら早く言いたまえよ』
『霧島先生って、僕らの顧問である以前に生徒会の顧問でもあるじゃん。その辺で何か理由をつければ……』
『生徒会の顧問である霧島先生に話を聞いて、それを記事にするという口実かい?』
『うん。そうなると必然的に生徒会の話中心になっちゃうけど、上手いこと霧島先生自身のプライベートに関する質問とかを紛れ込ませちゃえば……』
『なるほど。生徒会に関することのみを新聞に載せて、プライベートのことはなるべく小倉先生だけに報告する……と』
『そうすれば、僕たち新聞部のネタも確保できるし、小倉先生の頼みも聞けるし、一石二鳥だよ』
『ふむ。……よし、それでいこうじゃないか』
『オッケー』
くるり、と同時に振り向いた二人に驚いたのか、小倉は思わずというように大きな目をぱちくりとさせた。目尻に浮かんでいたらしい涙が、その拍子にぽろりと頬に落ちる。
修はクールな表情で眼鏡をくいっと上げながら、そして友哉は笑顔でメモ帳を取り出しながら、順番に言った。
『早速明日、霧島先生に取材を申し込みます』
『霧島先生に、何を聞きましょうか』
小倉の顔に、花開くような笑みが浮かぶ。
それにつられて、二人もいつの間にか表情を緩めていた。
――そして、現在に至る。
「さぁ、そうと決まれば早速取材を開始しようじゃないか。何が聞きたいの?」
ニコニコと邪気のない笑みを浮かべる霧島は、どこか機嫌よさそうだ。部活の一環とはいえ、取材と名のつくものを受けるのは初めてらしく、テンションが上がっているらしい。
修はおもむろに、首に掛けていたカメラを掲げた。
「まず、掲載用の写真を何枚か撮らせてください」
「お、おぅ!? ちょっと待って」
急に慌てだした霧島は、身だしなみを整える。スーツの裾を引っ張ったり、ネクタイを締め直したりして、「変じゃないかな」と尋ねてきた。
「大丈夫です、決まってますよ」
友哉が笑顔で答えると、霧島はホッとしたようなあどけない笑みを浮かべる。その隙を狙うように、修は幾度かシャッターを切った。
霧島からは「え、気合まだ入れてないのに!」と苦情がきたが、そういうふとした表情が周りに人気なのだ、とシャッターを切る手を止めぬまま諭したところ、すぐに納得してくれた。本当に素直な男だ。
やがて、友哉は愛用の茶色い手帳を取り出した。これには昨日考えた生徒会に関する質問と、同じく昨日小倉から聞きだした『霧島について知りたいこと』がいくつか綴られている。
修が改まるように、眼鏡をくいっと上げる。同時に、友哉も愛用の茶色い手帳とペンを取り出した。どうやら修がインタビュー役、友哉がメモ役のようだ。
「それでは、質問を始めます」
「どんとこーい!」
「まずは、生徒会関連のことについていくつかお聞きします。最初に生徒会顧問の引継ぎ依頼を受けた時、どんな風に思いましたか?」
「んーとね、俺もこの某高校に来てから何年か経ってたし、もちろん生徒会の評判についても前から――主に君たちから、聞いてたりとかしたけど……顧問になるまで、生徒会の子たちとは誰とも関わったことがなかったんだよね。だから、実際に関われるって聞いてちょっとワクワクしてたかな。他の先生や生徒たちからは、かなり心配されたけど。君たち新聞部のことがなくても、個人的にすごく楽しみだった」
その答えを、友哉がほぼ一字一句メモっていく。……もちろん、新聞部と霧島の関係については極力触れないように気をつけながら。
友哉があらかた書き終わるのを横目で確認すると、修は次の質問を口にした。
「では次。生徒会メンバーに会った時の第一印象を教えてください」
「最初は、言うほどお騒がせな子たちじゃないんじゃないかなって思った。ごく普通の、どこにでもいるような三人の女子高生って感じ。けど……まぁ、やっぱりパンチは効いてたね。まさか、初っ端から入院する羽目になるなんて思わなかったもん」
「そんなこともありましたね……」
修が遠い目をする。友哉も、苦笑を浮かべながらうなずいていた。
生徒会顧問としての初日、霧島が突如入院する騒ぎとなったことも、今では遠い昔のことのように思える。最初聞いた時は何があったのかと本気で心配したけれど、その日霧島お手製のクッキーが生徒会室に届いていたと知った時点ですぐにわかった。
――生徒会メンバーが、彼のクッキーを使って何か仕込んだな、と。
今では霧島自身もその兵器っぷりを悟ったのか、前よりずっとマシな腕になったのだが……。
「……どうしたの、二人とも?」
思考が脱線しかけたところで、霧島の呼びかけによりハッと我に返った二人は、さらに質問を続ける。
「コホン、失礼。……えー、では今の生徒会に対する印象はどうですか?」
「今? そうだなぁ……最初より結構三人のペースとかそれぞれの性格、関係性なんかがだんだん分かってきて、三人にちょっとずつでも近づけてるかなって気はする。三人も、だんだん俺に心を開いてくれてきたっていうか、俺のことを受け入れてくれるようになってきたというか、そんな感じがするんだよね。……自意識過剰じゃなきゃいいけど」
「……きっと、先生が思っていらっしゃる通りだと思いますよ」
「えへへ、そうかな」
思わず零した友哉の言葉に、霧島は照れ笑いを浮かべる。なんだか気まずいような、くすぐったいような気持ちになって、友哉はわざとメモに集中する振りをした。
「……えー、じゃあ次は生徒会メンバー一人一人について、どう思ってるかお聞かせください。まずは中村鈴奈会長から」
「中村さんはねぇ……すっごく困ったさんだよね。君たちも知ってのとおり、彼女は相当な面倒くさがり屋だけど、そのくせ色々厄介事持ち込んでくる」
確かに、と二人は同時にうなずいた。
二人と一緒に神妙な顔つきになっていた霧島は、「でも」と呟いて不意に優しげな表情になる。まるで出来の悪い子供の成長を見守るようなその眼差しに、二人は目をぱちくりとさせた。
「何かあると、一番一生懸命になって行動するのもあの子なんだよね。面倒くさいとか言って普段は何もしないけど、なんだかんだ言っても三人の中で一番行動力があるし、周りから頼られてる。侮れないなぁ、って思うよ」
「侮れない、ですか……」
「確かに彼女は、底が知れないような気がしますしね」
修と友哉は、感心したように呟く。霧島にここまで言わせる彼女は、やはり只者ではないのかもしれない。
「……では、藤山暖香副会長についてはどうですか」
気を取り直して、続きを促す。あぁ、と息を吐くように口にすると、霧島は考えるような表情をしながら答えた。
「藤山さんはね、ホント毒舌。俺たち教師に対しても容赦ないから、たまに本気で傷つくこともあるぐらい。けどなんだかんだ言っても彼女は姉御気質で、中村さんのサポートをしっかりやってて、隙がなくて……凛としてて、見ててとてもかっこいいんだよね」
確かに、と二人は幾度もうなずく。やはり誰の目から見ても、彼女はしっかり者で隙がない少女なのだ。
だけど……。
メモを取りながら、友哉は思わずといったように苦笑した。
これまで幾度か偶然にも暖香と話をする機会があったが、そんなわずかな時間の中でも、友哉には暖香のことが少し分かるようになっていた。
藤山暖香には、案外天然で鈍い所がある。
それをきっと――いや、間違いなく今の霧島は知らない。
……でもまぁ、この話はわざわざ公にするものでもないだろう。霧島なら、そんなことをしなくてもきっと、近いうちに自ら悟るはず。
そう考えた友哉は、修に質問を続けるよう目で合図を送った。伝わったらしく、修がコクリとうなずく。
「では次は、早川杏里先輩について」
「早川さんは、無邪気で子供っぽくて、表裏がなくて……可愛がってあげたくなっちゃうような子だね。それから、食べ物をホントに愛してる。あそこまで食べ物に情熱を傾ける子は、初めてだよ。俺自身たまに怖いと思うし、中村さんや藤山さんだって恐れてるくらいだから。もうね……師匠だね。彼女は、俺のお菓子作りの師匠だよ」
結論がそこか、と思わず突っ込みたくなるのをすんでのところで飲み込むと、修は「そうですか」と曖昧に笑みを作ってみせた。
それからさらに二、三質問を繰り返した後、修はメモを取る友哉の隙を見て視線を合わせた。そのまま視線のみで、新聞に載せるネタとしてはこんなものでいいだろうか、と問う。友哉はその意図を汲み取ってくれたのか、コクリとうなずいてくれた。
「えー、では」
ここからが本題なので、インタビューする側の修にも、メモを取る側の友哉にも、自然と気合が入る。
もし何かいい答えが仕入れられれば、ぜひとも新聞に取り入れたいと二人は考えていた。……小倉が許してくれれば、の話だが。
一つ咳払いをして、修はいまだニコニコしている霧島の方に向き直った。
「ここからは、霧島先生自身のことについてお聞きしたいと思います」
「俺自身?」
まさかそこを突っ込まれるとは思っていなかったのか、霧島がきょとんとした表情で首をかしげた。
えぇ、とうなずくと、修は口からでまかせで続ける。
「霧島先生は、某高校内でも評判の高い先生ですから。先生のプライベートや恋愛観などを知りたいという人が多いのですよ」
「そうなんだ。何か、照れるなぁ」
霧島は照れたようにヘラヘラと笑いながら、頭を掻いた。どうやらこれまでの言動から察するに、彼は疑うということを知らないらしい。
そのまま、修は小倉から預かった質問をした。
好きな食べ物、趣味、休みの日は何をしているか……などなど。小倉の用意した質問は、本当にプライベートなことばかりだ。これぐらい自分で聞けばいいのにと思うが、それが出来ないところが恋する乙女の複雑な感情だったりするのだろう。
霧島は何の疑問をもつこともなく、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。こういうところにも、人気の秘密があるのかもしれない。……いや、単に鈍くて純粋なだけなのかも知れないが。
「次からは、恋愛系の質問になりますがよろしいですか」
「うん。……うん? いや、別にいいけど」
恋愛、という単語に反応したのか、霧島の頬がわずかに染まる。拒絶されなかっただけマシか、と思いながら、修は質問を続けた。
「では……これまでに、何人の女性とお付き合いしたことがありますか?」
「えーと、二人……いや、三人かな」
「初デートの場所は?」
「某遊園地、だったと思う」
「初キスは?」
「えぇ、そんなことまで答えるの!? 恥ずかしいなぁ……。その、さっき言った某遊園地の、観覧車の中で……だよ」
「ベタですね」
「ベタ言うなっ。……あぁもう、ホント恥ずかしい」
そう言って、霧島は赤くなった顔をパタパタと手で扇ぐ。霧島の――教師の普段見られないような一面を見た気がして、修と友哉は霧島にばれないよう密かにほくそ笑んだ。
「では次。好きな女性のタイプは?」
「そうだなぁ。優しくて、穏やかで……それから、笑顔の可愛い人かな」
うんうん、と二人はうなずく。優しく穏やかな性格で、笑顔も――もちろん、笑顔以外も――可愛らしいと評判の小倉はまさに、彼の好みのタイプといえるだろう。
「ズボンとスカートでは、どちらが好きです?」
「個人的にはスカートの方が嬉しいな」
「何フェチですか?」
「……足、かな」
タイトなスカートから伸びる、小倉の健康的な白い足を思い浮かべる。……うん、これも好みの範囲内だ。
「ショートヘアとロングヘアでは、どちらが?」
「その人に似合ってる髪形なら、どっちでもいいと思うよ」
「そうですか」
きっと小倉はショートヘアと答えて欲しくてこの質問を用意したのだろうが、小倉にショートヘアが『似合っている』と言えばきっと納得してくれるだろう。実際、似合っているし。
「じゃあ……小倉三和子先生について、どう思いますか」
「え、小倉先生?」
さすがに、直接的過ぎただろうか。
小倉本人に尋ねて欲しいと言われたことだが、普通の人間ならばきっと、その意図がすぐにわかってしまうだろう。
――今回のインタビューには、小倉三和子が関係している、と。
だが霧島は、思った以上に鈍かった。少し首をかしげながらも、詳しく問い詰めることはしなかった。
目を伏せ、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
「小倉先生はお綺麗で、気配りも出来て、教え方も上手くて……俺みたいなのにも、同業者だからって気軽に話し掛けてくれて。すごく、素敵な人だよ。でも……俺にとっては、彼女は一生高嶺の花だ」
「……そうですか」
きっと霧島は、自分を過小評価していると同時に、小倉のことを過大評価しすぎているのだ。だからこそ、釣り合わないと思っているし、致命的なまでの勘違いをしてしまう。
霧島が小倉に鈍感と言われる原因は、そこにあるような気がした。
「では、最後の質問です」
「やっとか……」
霧島がホッと息をつく。一問一問に時間をかけ、丁寧に答えてくれてはいたが、さすがに量が多かったため疲れていたのだろう。現に質問する修も、メモを取る友哉も、いいかげん疲れてきていた。
すぅ、と息を吸い、修が最後の質問をする。
「――今、好きな人はいますか」
刹那、霧島の顔がこれまで以上に赤く染まった。目を見開き、金魚のように口を幾度も開閉させる。
そのまま霧島はしばらく声を発さなかったが、やがて意を決したように口を閉じると、一度だけゆっくりと瞬きをする。
そして……インタビュアーである修の目をしっかりと見据え、答えた。
「俺は――……」
◆◆◆
「いやはや、昨日はなかなか面白い話を聞けたものだね」
翌日、新聞部部室にて。
霧島へのインタビューをまとめた新聞記事の下書きと、小倉に渡すためのメモ用紙を交互に見ながら、修は満足げな声を上げた。
「ホントにね。珍しい話も聞けたし、珍しい表情も見れたし」
腰掛けた椅子の背もたれに身体を預けながら、友哉は昨日のインタビューをメモした手帳を眺める。
その一番最後の欄を見て、友哉はわずかに口元を緩めた。
『――Q.今、好きな人はいますか』
友哉の字で書かれた問いの下には、確かにこう書かれていた。
『A.俺は、高嶺の花に憧れています』




