14.怠け者の節句働き:前日譚
タイトル通り、前作『怠け者の節句働き』の前日譚。
蛇足かなぁと思ったのですが、どうしても書きたいシチュエーションだったので思い切って前日譚として出すことにしました。
登場するのは生徒会三人、とその他モブキャラたち。ちょっと短いです。
某高校の二階、職員室や生徒会室がある校舎の反対側に位置する校舎。そこには定められたクラスという名のグループに分けられた、同い年の生徒たちが普段過ごす教室がいくつか並んでいる。
今は休み時間らしく、生徒たちが各々移動教室の準備をしていたり、廊下を歩いていたり、あちこちの教室内に並ぶ机や椅子に座りながら談笑していたりする姿が垣間見える。時折、彼らよりもいくらか年上の教師が彼らの会話に混ざっていたり、忙しなく廊下を走り回っていたりすることもあった。
そのうちの真ん中あたりに位置するとあるクラスに、三人の少女たちが前触れもなく入ってきた。本来ならば教師が立つはずの教卓に、迷いない足取りで歩み寄り、段差を上る。
そして……未だざわざわとしている教室内をざっと見まわすと、三人のうちの一人――このクラスの委員長にして、某高校生徒会の副会長である背の高い少女・藤山暖香が軽やかに両手を打ち鳴らした。
それから彼女は教師顔負けの堂々とした態度を崩さぬまま、よく通るひんやりとした声で、高らかに告げた。
「これからクラス会議を始めるわ。早く席に着きなさい、有象無象ども」
――暖香が声を上げた瞬間、それまで思い思いに騒いでいた生徒たちは一斉に口をつぐんだ。直後、彼らはまるで訓練でもされているかのように、速やかにてきぱきとした動きで次々と席に着いていく。
その発展途上の高校生集団とは思えないような、軍隊のごとき光景を見ながら、暖香の隣で黒板のチョークを手にした少女――某高校生徒会長・中村鈴奈が苦笑した。
「さすが暖香。わたしよりずっと統率力があるよ」
「すごいよね、びっくりしちゃう」
いったん自分の席に戻って、筆記用具とメモ帳を手に教卓へ戻ってきた少女――生徒会書記・早川杏里も、同意するようにうなずいた。
「この揃いも揃った動き、いつ見ても見事としかいいようがないや」
「まったく、いつの間にどうやってまとめ上げたんだか」
「ホント、謎だよねぇ」
二人の感心したような声にも一切構うことなく、暖香は手にしていた資料を眺めながら、自らに与えられた責務を全うするがごとく、淡々と『クラス会議』を進行していく。
「みんなも知ってると思うけど、もうすぐ文化祭があるわね。だから今日はこの時間を使って、クラス企画のテーマを決めるわよ」
鈴奈がめんどくさそうにため息をつくと、カッカッ、と軽快な音を立てながら、持っていた白いチョークで黒板に文字を刻む。
『文化祭 クラス企画』
あまり女子らしい字ではないが、ある程度整った読みやすい字だ。普段何事に対しても面倒臭がりな鈴奈のイメージからは想像がつかないほど、几帳面そうな印象を受ける。
鈴奈が書き終わったのを見計らい、暖香が再び口を開いた。
「……で、このクラス企画っていうのは、一応何をしてもいいことになっているわ。遊園地みたいなアトラクションにしてもいいし、カフェやレストランのようなものでもいい。何なら、ホストクラブとかでもいいんじゃないかしら。まぁ未成年だから、お酒はダメだけどね」
そこで、それまで背筋を伸ばして静かに話を聞いていたクラスの生徒たちが、相談でもするように少しずつざわつき始めた。
暖香はそれを咎めなかった。むしろ誰かの口から何らかのアイデアが出てくるのを待つかのように、資料に目を落とし口をつぐんでしまう。
チョークを手に黒板の前に立っていた鈴奈と、教卓の横に設置された小さな机で提出用資料を書いていた杏里も、個人的にアイデアを出そうと小声で相談を始めた。
「本格的な店とかにするのって、楽しいだろうけどめんどくさいなぁ……簡単に準備できるのにしようよ」
「あたしは、食べ物のお店がいいなぁ。そんな本格的なものじゃなくていいから、ちょっとした屋台みたいな……から揚げとか、そういうつまめるものを売るとか」
「けどそれをやったら、食べ歩く人とか増えない?」
「確かに……あれ、ねぇ暖香。校内で食べ歩きってしちゃダメだったっけ」
「基本はね。まぁ、でもポイ捨てしなければ別に大丈夫じゃないかしら。当日は、ゴミ箱をあちこちに設置する予定だし」
「なるほど……じゃあ、さっきのアイデア書いといていい?」
「候補段階だし、別に構わないわよ」
暖香の了承を得ると、鈴奈は黒板にチョークで『・屋台(から揚げなど)』と書き加えた。
「……さて、何かアイデアは出たかしら」
先ほどよりも落ち着いてきた教室内のざわめきを見計らい、暖香が生徒たちに向かって言った。間髪入れずに、様々な箇所から生徒たちの声が飛んでくる。しかも打ち合わせでもしたかのごとく全員ほぼ同時に喋るので、もはやそれらは言葉の渦と化していた。
暖香は不機嫌そうに、思いっきり顔をしかめた。
「挙手制って言葉を知らないの、あんたたちは」
どうやら口々に言われて、聞き取ることができなかったらしい。
「意見のある人は、手を……」
「暖香、その必要はないよ」
唐突に掛けられた杏里の言葉に、暖香は不思議そうな表情で振り返る。それから彼女が向けている視線の先を追うと、あぁ、と納得したようにうなずいた。
そういえば……。
「うちのクラスに限っては、別に挙手制を採用する必要もなかったわね。すっかり忘れていたわ」
笑みをこぼしながら暖香がつぶやくと、杏里もにっこりと笑いながら自信満々にうなずいた。
「なんてったって、聖徳太子がいるからね」
そんな二人の視線の先――黒板は、既に鈴奈によって書かれた白い文字で半ば埋め尽くされていた。その候補数は、ざっと数えただけでもおよそ十個以上に上ることが分かる。
言葉の渦を構成していたアイデアはすべて書き尽くしたらしく、鈴奈は一つ小さく息をついた。ずっと手にしていたチョークからようやく手を離し、手に付いたチョークの粉をパンパンと払いながら振り返る。
それから席に着いたままの生徒たちに初めて目をやると、暖香の代わりに至極だるそうな声で尋ねた。
「……で、他には?」
まだ思いついたことあったら、口々に言ってくれて構わないよ。
鈴奈の言葉に、再び教室内がざわめき始めた。しかしそれは先ほどと打って変わって、五秒ほどですぐに止む。
「わかった」
教室が静かになった後、鈴奈は鷹揚にうなずいた。
「じゃあ、とりあえず三つぐらいに絞ろう。暖香、あとはお願い」
◆◆◆
……というわけで結局、鈴奈たち生徒会の三人が所属するクラスは、最初に杏里が出した意見をベースに、『屋台』をテーマとしたものにすることで決定した。
一口に屋台とはいっても、その辺に佇んでいるラーメン屋やおでん屋などの屋台ではない。たこ焼きやから揚げ、クレープなどの軽食から、ちょっとしたゲームまで、様々なものを用意している、縁日のようなかなり本格的な屋台だ。ちなみに接客役や料理を作る役であるクラスの生徒たちは、みんな浴衣やハッピなど、祭らしい格好に身を包む。
こういった祭りは一般的に夏、しかし文化祭は秋。季節から外れてしまった感はどうしても否めないが、仕方ないだろう。
自分たちのクラスが提出した(杏里が書いた)企画書類と、他のクラスたちがそれぞれ提出してきた企画書類をそれぞれチェックしながら、生徒会長――中村鈴奈は満足げな笑みを浮かべていた。一人っきりの生徒会室で自分の席に腰をおろし、誰に聞かせるわけでもない独り言を呟く。
「執事喫茶、性別逆転レストラン、アニマルハウス、超能力資料館、そして屋台……やっぱりうちの学校の生徒たちはみんな、分かってるね。それぞれの個性を惜しみなく表に出していきながらも、ルールからは決して外れていない。ルールっていうわずらわしいもので縛られている時点であんまり面白くないかなぁってちょっと懸念してたけど、どのクラスもなかなか斬新なアイデアを出してくれるじゃないの」
提出書類の一つ一つに承認の印鑑を押すと、鈴奈はそれらを次々と学年ごとのファイルにまとめていく。パチリ、という金具の音が三度、静かな生徒会室でやけに大きく響いた。
「今年も、面白くなりそうだね」
唇の端を吊り上げ、純粋な好奇心に瞳を輝かせながら、鈴奈は一つ呟いた。それから鈴奈が使っている机の傍らにそびえ立つ大きな本棚に三つのファイルをしまうと、猫のように一つ大きく伸びをする。
「さぁて……そろそろ、暖香と杏里がここに来る頃かなぁ」
その直後、入口の扉の向こうから「おーい、鈴奈」と呼ぶ元気な声と、「早く来なさい」というひんやりとした声が続いて聞こえてきた。
「グッドタイミングだね」
ハハッ、と笑い、鈴奈は既にまとめていた荷物を持って立ち上がった。膝立ちになっていた椅子からぴょこり、と身軽そうに飛び降りると、扉の向こうに向けわざと気だるげな声を出す。
「すぐ行くから、ちょっと待ってて」
そうして鈴奈は扉に向かって、機嫌よさそうにぱたぱたと駆けて行ったのだった。




