13.怠け者の節句働き
文化祭のお話。何気にオールキャラ登場してます。
天高く、馬肥ゆる秋。
街中に佇む、全校生徒千人以上を抱える某高校では、この日から三日間にかけて、文化祭が催されることになっていた。
某高校は公立高校であるものの、その生徒数の多さと個性の強さが光る行事ごとに関しては、街中一盛り上がることで有名だったりする。
特にこの文化祭は、某高校の中でも一番大規模な行事だ。毎回――時には一般客たちをも巻き込んだりしながら――斬新な企画を行ったり、多彩なクラス企画で人々の興味を引いたりすることで、なんだかんだで大盛況をおさめている。
他校の生徒も地域の人々も、また別の街から話を聞きつけた人々も、時には外国人までもがこの文化祭を目当てに某高校へとやってくる。いつもなら場所を持て余しているほど広い校内も、この日だけは人で溢れかえるため、場所が足りなくなってしまうほどだ。
「もうやだ、何でこんなに人が多いのよぉぉぉぉぉ!!」
そんな中、人ごみとめんどくさいことが大嫌いな生徒会長・中村鈴奈は、クラス企画の担当すらサボって、ずっと生徒会室に籠りきり――
「ごちゃごちゃうるさいわよ鈴奈。さっさと進む!」
「そうだよ鈴奈! ほら、あっちから美味しそうな匂いがするよ。早く行こっ」
――は、させてもらえなかった。
自らのクラスで委員長を務めていることもあるからか、いつになくテキパキしている副会長・藤山暖香と、子供のようにはしゃいでいる生徒会書記・早川杏里にそれぞれ片手ずつ引かれ、鈴奈はぎゃあぎゃあと騒ぎながら人込みの間を縫って進んでいた。
「なんでわたしまで、こんなことしなきゃいけないの……」
「黙りなさい。今日はもうクラス企画の担当が済んだんだから、どうせ暇でしょう。他のクラスの偵察ももちろんあるけれど、第一あんたは生徒会長じゃない。校内の見回りぐらいしなくてどうするのよ」
「見て見て。あそこのクラス、執事カフェやってるんだって。本格パイが売りらしいから、行ってみようよ!」
「あら、いいじゃない。というわけで、行くわよ鈴奈」
「えぇ~……」
「――なるほど、生徒会の面々は見回りか。お忙しいことだね」
「生徒会らしい仕事してるじゃないか。珍しいなぁ」
生徒会の三人が廊下を連れ立って歩いていくのを、数百メートル離れた先からこっそり見ていたのは、某高校新聞部に所属する男子生徒二人――大束修と水無瀬友哉。
新聞部は文化祭中、特にしなければならない役割があるというわけではない。せいぜい他の文化部とともに、校内の小体育館に設けたブースで壁新聞の展示会をしているぐらいだ(ちなみに展示しているものはもちろん、これまで彼らが生徒会のメンバーを追いかけてきた記録の数々である)。
そんなわけで二人は、それぞれがクラス企画で担当をしなければいけない時間帯以外のほとんどの時間を、生徒会メンバーの行動を逐一追いかけたり探ったりすることに費やしていた。まったくもって、いつも通りの彼らである。
「ところで友哉君。生徒会の三人のクラスは、どのような企画をしているんだい?」
修の問いに、友哉はいつも持ち歩いている茶色い手帳を開くと、なにやらペンで書き込みながら淡々と答えた。
「生徒会の三人のクラスは、屋台形式でいろいろ売ってるらしいよ。クラスの人たちは浴衣を着ていたり、ハッピを着ていたりするみたい」
「ふぅん。……では明日あたり、見に行ってみようか」
「そうだね」
友哉はそう言いながら手帳をぱたりと閉じ、懐へしまう。それから校内で配布されていたパンフレットに目を移すと、何かに気付いたようにおっ、と声を上げた。
「今日は早速午後二時から、教職員による劇があるんだって」
「ほぅ、それはなかなかに興味深いね」
目を輝かせながら、修が横から友哉の見ていたパンフレットを覗き込む。普段はなかなか見られない彼の好奇心に満ちた表情を目にして、友哉はクスリと笑った。
「僕はこの時間、空いてるけど……修は?」
「ボクも空いているよ。今日の担当はもう終わっているからね」
「そっか。じゃあ、見に行かない?」
「そうだね、行こうか。たまには息抜きも悪くない」
「よし、決定」
「……おっと、そうしている間に生徒会の三人があそこの教室に入っていってしまった」
友哉がパンフレットにメモを入れていると、いつの間にやら生徒会の三人のほうに興味を移していた修がこそりと実況を始めていた。そして彼女らが入っていったというクラスを見て、とたんに顔を青くする。
「……って、うちのクラスじゃないか!」
聞きつけた友哉が、ニヤリと笑った。
「修のクラスって、確か執事喫茶だったよね。興味深いなぁ」
「……はぁ。まぁ、別にいいだろう。生憎ボクは今、担当の時間じゃない」
「行ってみよう。僕も、君のクラスに興味があるからね」
「仕方ないなぁ。では特別に、案内はボクがしてあげるよ」
「――なかなか面白かったね」
下級生のクラスがやっていた執事喫茶は、どうやら鈴奈の好奇心をいい具合に満たしてくれたらしい。
「そうね。アイデア自体はベタだけど、色々と参考になったわ」
「本格パイも美味しかった! レシピ、聞いとけば良かったなぁ」
暖香も杏里も、同様に満足そうだ。
「次は……」
「まだ行くのぉ?」
不満そうな鈴奈を完全スルーし、暖香と杏里は話を進めていく。
「あら、隣のクラスも面白そうね」
「レストランだって。えっと……『男女逆転レストラン』?」
「何それ、斬新なアイデアだね」
「鈴奈、お気に召したのかしら?」
「うん、興味ある」
「よし、じゃあ行ってみよう! 何食べさせてくれるのかなぁ」
「杏里ったら、そればっかりね」
「へへっ」
「――今度は隣のクラスに入っていったね」
生徒会の三人が隣のクラスへと入っていく様子を見て、今度は友哉が顔を青くした。
「あそこ、うちのクラス!」
「友哉君のクラスは、どんなことをやっているんだい?」
興味深々な様子の修に問われ、友哉は言いにくそうに視線を逸らした。まるで誤魔化すかのように、痒くもないはずの頬をぽりぽりと掻く。
「あー……えっとね。レストランなんだけど……」
「レストラン? 普通じゃないか」
「いや、それが普通じゃないんだって。その……」
「なんだい、早く言いたまえよ」
痺れを切らした様子で言われてしまえば、白状せざるを得ない。苦い顔で、友哉はぼそぼそと答えた。
「……簡単に言えば、男女逆転。男子は女装姿、女子は男装姿で接客をしなくちゃいけないんだ」
さすがにその答えは予想していなかったらしく、修はしばし目をぱちくりとさせていたが、やがて友哉のまるでゲテモノのような女装姿でも思い浮かべたのか、唐突にプッと噴き出した。
「ハハハッ……いや、それは傑作だね」
「笑うなよ。これでも真剣に決めたんだ。……そして生憎、僕も今は担当時間じゃないから、見に行ってもらっても全然痛くも痒くもないさ」
「そうかい。じゃあ、案内を頼む」
「わかったよ」
「――いやぁ、斬新だった」
「料理も美味しかったし、満足したなぁ」
「今度、男装女装コンテストでも開こうかな」
「いいね、それ。面白そう」
「またあんたは、思いつきでものを言うのはやめなさいといつも言っているでしょう。全く……まぁいいわ。それより、次はどうする?」
鈴奈に対して手厳しい言葉を投げ掛けつつ、校内で配布されていたパンフレットを開きながら、暖香が尋ねる。
「まだ行くの……?」
その言葉に、早く休みたいらしい鈴奈が再び不満そうな声を漏らす。暖香はしれっと冷たく、杏里は嗜めるように、それぞれうなずいた。
「当たり前じゃない」
「鈴奈、こんなの序の口だよ。まだまだ、文化祭っていうものは楽しむ余地があるんだからっ!」
「もうめんどくさいよぅ……」
「あ、二時から教職員の劇だって! これ見に行こうよ」
杏里がパンフレットを指差すのを、暖香と鈴奈が横からそれぞれ覗き込んだ。二人ともが、興味深げな声を漏らす。
「あら、霧島と小倉が主役なのね」
暖香の言葉につられるように、二人は教職員劇のキャスト部分を見た。なるほど、彼女の言う通り、今回は生徒会顧問(実は新聞部の顧問でもある)の霧島慧と、その彼に淡い思いを寄せる現代文教師の小倉三和子がメインらしい。
演目は……『捕らわれの姫君』。敵に捕まってしまったお姫様を、王子が助けに行くとかそういう感じのベタなストーリーのようだ。
「霧島センセが王子様で、小倉センセが姫かぁ……ふぅん、これは面白そう」
互いに両想いのくせになかなかくっつこうとしない教師二人の、チャンスともいうべきオイシイ舞台が今回用意されていると知ったことで、先ほどまで気だるげだった鈴奈の目が、とたんに好奇心に輝いた。いつの間にやら率先して、先を急ごうとする。
「大体育館だって。そうと決まれば、早く行って席取っちゃおう」
「まだ三十分あるわよ」
「気にしなーい!」
「あんたって子は……」
「急に活き活きしだしたね、鈴奈……」
暖香の呆れたような様子も、杏里の苦笑も全く意に介さず、鈴奈は教職員劇が行われるという大体育館へと真っ先に足を進めて行く。
「ほら、二人とも。早く行こ?」
暖香と杏里は互いに顔を見合わせ笑うと、早足でどんどん進んでいく鈴奈の後をパタパタと追いかけた。
「待って、鈴奈!」
「無駄に足が速いわよ」
「――ふむ。君のクラスは、なかなか男装も女装も似合う人たちばかりじゃないか。担任の先生も、女装していたね。なかなか綺麗だった」
「それはどうも……。ただ、担任までノリノリで女装しているとは僕もちょっと予想していなかったな」
「そうなのかい? ……まぁいい。今度は君がいるとき、存分に楽しませてもらうことにしようか」
「やめてくれ! ほら、それより生徒会の三人が行っちゃうよ」
「ふむ。……おや、三人はどうやらボクたちと同じく、二時からの教職員劇に行くようだよ」
「それは好都合だ。僕たちも早速行こうよ」
「そうだね」
◆◆◆
午後二時の、少し前。
一階の他校よりもやたら広々とした大体育館では、予定通り教職員劇が始まろうとしていた。
生徒会の三人も新聞部の二人も間に合ったらしく、比較的見やすい前の席を陣取っている。その後ろには多くの生徒たちが、普段教鞭をとっている教師たちの滅多に見られない姿を拝もうと、物珍しげな様子で続々集まってきていた。
「わくわく、わくわく」
「楽しみだねぇ」
「霧島先生と小倉先生がメインなんだって」
「結構話題性あるな、これは」
ざわざわしながら開演を待つ彼らの前に、前説の教師が現れた。その男性教師はどうやら先ほどまで仕事をしていたらしく、女装姿のまま着替えていなかった。……そう、彼こそが友哉のクラスの担任だ。
「うわ、あの人まだ着替えてなかったんだ……どんだけあの格好気にいってんだよ」
友哉がドン引きしながら、一人呟いていた。
そうこうしている間に、女装姿の男性教師は持っていたマイクのスイッチが入っているのを確認すると、それをリップが塗られたつややかな口元へ持っていき、落ち着いた声を上げた。
「静粛に。えー……これから教職員による寸劇、『捕らわれの姫君』の公演を始めます。普段見られることのない先生たちのご活躍を、ぜひともお楽しみください」
テンプレート的なセリフを残して彼が去っていった直後、ステージの上手からドレスで着飾った美しい女性――小倉三和子が出てきた。彼女はたちまち悪者らしき男性教師二人に両手を捕まれ、どこかへと連れて行かれる。
「『あぁ、何をするのです! 助けて……助けて、我が愛しの王子様!!』」
「小倉先生、演技上手いね」
「迫真だなぁ。……まぁ、その理由も分からなくはないが」
新聞部の二人がこそこそと話していると、再び上手から王冠をかぶった男性――霧島が、マントを翻しながらすたすたと歩いてきた。
「『あぁ、姫様。今すぐ助けに参ります』」
こちらは緊張しているのか、かなりの棒読みだ。心なしか身体中に余計な力が入っているようにも見え、動きがどこかたどたどしい。
下手に向けて霧島がぎくしゃくと足を進めると、先ほどの悪役らしき男性教師達が、さらにその数を増やしてやってきた。その中心に立っている男性教師――生徒会補助・安浦恭一郎が切羽詰まったように叫ぶ。
「『そうはさせまい!』……くっ。絶対に、霧島先生と小倉先生を近づけてなるものかっ!!」
「「「そうだそうだ!!」」」
「あれ、そんなセリフ台本にあったっけ……?」
霧島が困惑していると、三度上手から人の姿が現れた。それぞれ姫役である小倉には及ばないものの、美しいドレスに身を包んでいる。
「ん、あれ?」
「王子様……いいえ、霧島先生。御覚悟をっ!!」
あたふたしている間に、ドレス姿の女性教師たちはあっという間に霧島を取り囲んでしまった。霧島はすっかり素に戻り、慌てた様子で叫ぶ。
「ちょ、君たちは姫様の側近役じゃないのかぁぁぁぁぁ!!」
「問答無用!」
「そうだそうだ!!」
「絶対に小倉先生の所になんて行かせない!!」
「え、ちょ……うわ!」
「ちょっと、何をするんですか皆さん!」
一方、下手付近でも小倉が他の教師達から妨害を受けていた。こちらも先ほどまでのまるでミュージカルのような調子はすっかり抜け、現在の状況を理解できていないのか、困惑したような不安そうな表情になっている。
「ごめんなさい、小倉先生。それでも……あなたたち二人を、引き合わせる訳には行かないんですよ!」
「そうだそうだ!!」
ちなみに、何故こんなことが起こっているのかというと……皮肉なことに、今回の主役である二人――霧島と小倉は、二人とも異性教師からの人気が高く、そんな二人が接近するのをなんとしても食い止めたい教師たち――それは、若手教師たちのほとんど全員ともいう――ばかりが今回キャストとして当たってしまったからだった。
というわけで、目の前でそんな台本とは明らかに異なっている茶番ともいうべき内容が繰り広げられているのに、生徒会や新聞部を初めとした生徒たちは、当然困惑を隠し切れずにいた――
「なんかわかんないけど、面白くなってきた!」
「いいぞ先生たち、もっとやれ!!」
――わけでもなかった。
むしろ観客のほとんどが、二人を取り押さえている他の先生たちを煽るが如く、面白がるように声援を送っていた。中には立ち上がり、腕を力強く振り回している者もいる。
なんともカオスな状況の中、グダグダな状態で終了時間が来てしまったため、結局中途半端なまま今年の教職員劇――という名の修羅場は幕を閉じることとなり……。
後には、主役二人の苦々しげな呟きが残るだけだった。
「いいのかこれで……」
「せっかく、霧島先生と近づけると思ったのに……」
◆◆◆
「いやぁ、なかなか盛り上がったね。楽しかったじゃないか」
「まだあと二日あるから、気を引き締めて頑張らないとだね」
本日の一般客に対する解放時間を終え、新聞部の二人は自分たちの作品を展示していた小体育館のブースへと足を運んでいた。
「ところで友哉君。明日は何があるんだっけ?」
「明日は午前中が軽音楽部の公演で、午後からは演劇部の公演と……あぁ、そうそう。あとは一般客を巻き込んでの、本音大声コンテストもある」
「本音大声コンテストか……今年の一般人巻き込み企画も、なかなか斬新だね。ちなみに明後日は?」
「明後日は、午前中が吹奏楽部の公演。午後からは外でカーニバルがあって、同時に大体育館では競市形式のバザーが催されるみたい」
「なるほど、分かったよ。……ところで友哉君、こっちもこっちでなかなか受けが良かったようだよ」
新聞部のブースには、これまで作ってきた生徒会関連の壁新聞の他に、白い大きな模造紙を一枚貼っておいた。感想を書いてもらうことを目的としたそれには、狙い通りぎっしりと感想らしき文章が書かれている。それを目にして、修は満足げに笑った。もはや書くスペースが存在しなくなったそれを剥がし、再び真っ白な模造紙に貼り替える。
「やはり皆、生徒会の生態が気になって仕方がないようだよ。これからも続けていこうじゃないか」
「そうだね。ここまでいい反応をもらえると、やりがいがあるなぁ。……ん?」
剥がしたばかりの模造紙を眺める友哉の目が、ある一点で留まった。『これまで謎だった生徒会の三人のことがよく分かりました』『これからも彼女達を精力的に追っていってください』などという新聞部を賞賛するような文章が多く並ぶ中に、あるおかしな文章を見つけたのだ。
『新聞部のお二人、なかなかコスプレ姿が似合っていましたよ』
その下に貼られた二枚の写真をそろそろと剥がし、改めて目にすると、とたんに友哉は顔を青くした。
「こ、これは……!」
「どうしたんだい友哉君。……うげっ」
友哉の手から写真を取り上げた修も、さっと顔を青くする。
それらはいつの間に撮られたのか、修と友哉のクラス企画での活動風景――つまり燕尾服に身を包んだ執事姿の修と、フリルの多いふわふわなドレスに身を包んだ女装姿の友哉がそれぞれ写った写真だった。
二人はそれぞれ自分の写った写真を懐にしまうと、気まずそうに顔を見合わせる。そして……互いに苦々しげな顔を近づけあうと、ぼそぼそと小さな声で会話を交わしたのだった。
「修……執事姿、なかなか似合っているじゃないか。結構女の子からの人気も掴めたんじゃないの」
「友哉君こそ……女装姿、なかなか板についているじゃないか。素性を隠して、ミスコンにでも出てみたらどうだい」
そんな彼らの姿を、新聞部の隣に位置する文芸研究会の小さなブースに隠れてこっそり観察していた少女は、誰にも聞こえないほどの小さな声で突っ込んだ。
「指摘すべき所は、どう考えてもそこじゃないでしょうが……」




