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生徒会と愉快な仲間たち  作者:
3:生徒会と淡い片恋
14/44

12.魚心あれば水心

奥さん、聞きました?デートですって。

ってなわけで、霧島とあの方が夏祭りに参ります。

季節的に(2013年3月末現在)花見でもよかったんですが、夏の話ってそういえばほとんど書いてないなぁと思い立ちまして、こんなになりました。ちょっと季節外れ感はありますが…。


どっちかというと新聞部メインです。まぁ、ぶっちゃければ先生二人の方が中心なんですが…(笑)

でも、生徒会も一応ちゃんと出てきますよ。

「あの……明日の夏祭り、一緒に行ってくれませんか?」

 夏休みに突入して間もない七月下旬のある日、某高校にて。

 課外授業を終え、大職員室の自分の席で教科書や自作プリントをまとめていた男性教師――霧島慧は突然横からそんな声を掛けられ、驚きのあまり一瞬フリーズした。

「……へ?」

 ギギギ……という錆びついたロボットのような効果音がつきそうなたどたどしい動きで、霧島は恐る恐る振り返った。

 霧島に声を掛けた主である同僚の女性教師――小倉三和子は胸の前で両手をギュッと組み、頬をかすかに上気させ、潤んだ目を霧島に向けていた。霧島を前にして緊張しているらしく、心もち身体を小さく縮こまらせている。

 それが霧島に対する淡い恋心からのものというのは誰の目から見ても明らかなのだが、当の霧島はもちろんそんなことなど露ほども知らない。むしろ何故彼女はそんなに不安そうな目を向けてくるのだろうかと、疑問に思っていたほどだ。

 何と答えていいか分からなかったらしく、霧島はしばらく小倉を見て黙っていたが、やがて口を開いた。自分でも滑稽だと思うぐらいに、ひどく掠れた声が漏れる。

「あの……小倉先生」

「はい」

 妙に力強い返事が返ってきて、霧島はさらにどうしていいか分からなくなる。が、これ以上黙っているのは色々な意味でいたたまれないと思い直し、乾いた口から絞り出すように声を上げた。

「え、と……さっき、何とおっしゃいましたか」

「だから、明日の夏祭りに一緒に行ってほしいんです」

 間髪入れず、小倉は力強い口調で答えた。

 ……どうやら、聞き間違いなどではなかったらしい。小倉は本当に、霧島を夏祭りに誘っている。

 イエスともノーとも答えることができず、混乱して目線を彷徨わせていると、いたたまれなくなったらしい小倉は不安そうな声で尋ねてきた。

「あの……わたしと行くのは、嫌、ですか?」

「え! いや、その」

 泣きそうな表情になっている小倉に気付き、霧島は慌てて彼女の前に両手を突き出す。

「い、嫌とかじゃなくて……その」

 その、の後の言葉が、どうしても続かない。

 美人でスタイルもよく、穏やかな性格で、誰に対しても人懐っこい笑顔で接し、その上わずかな気配りも忘れない。そんな彼女は生徒たちからはもちろんのこと、同僚の教師たちからも根強い人気を博していた。

 当然、霧島にとっても彼女は憧れの存在だ。同じ国語科の教師であるということもあり、向こうから気安く話しかけてくれることも多い。役得だなぁと思ったことが、何度あっただろう。

 しかし、彼女が周りに向ける眩しい笑顔を見つめるたびに、やはり小倉三和子という人は、どれだけ足掻こうと自分には一生手が届かない、高嶺の花のような存在なのだ……と、半ば諦めにも似た気持ちを抱いてしまっている自分がいた。

 そんな彼女が……何故自分に対して、デートの誘いめいた言葉を投げかけてくるのだろうか。もしかして、何かの間違いなのではなかろうか?

 思いを巡らせながら、いまだにどうしたらいいのか皆目見当がつかず、挙動不審に視線を彷徨わせる。

 大職員室の入り口付近に視線を向けると……霧島はふと、これからの予定が書かれたホワイトボードを見つけた。明日の日付のところに、『夏祭りの見回り 二人一組』と書かれている。

 それでようやく、霧島は納得した。

 そうか、彼女は明日の夏祭りの見回りに一緒に行ってほしいと言っているんだ。そうだよな。まさか小倉先生がプライベートで自分を夏祭りに誘うなんて、そんな夢みたいな話があるはずがない。

 すっきりした気持ちになった霧島は、いまだ緊張気味に身体を縮こまらせている小倉の方に勢いよく向き直った。自分でも爽やかすぎると思うぐらいの笑顔で、明るく答える。

「いいですよ、行きましょう」

「本当ですか!?」

 途端にぱぁっと小倉の顔が輝いた。眩しいほどの笑顔に答えるように、霧島は幾度もうなずく。

「はいっ。見回りですよね。一緒に頑張りましょう!」

「見、回り」

 ぴしっ、と小倉の笑顔が凍りつく。しかしもちろん、霧島はそんなことになどまるで気付いていない。憑き物が落ちたような笑顔で、鼻歌を歌いながら手に持った書類を手際よくまとめていく。

「いやぁ、毎年のことながら見回りってすごい退屈なんですよ。めんどくさいし」

「は、はぁ……」

 ひきつった笑顔を浮かべながら、小倉は曖昧にうなずく。

 そんな彼女に顔を向けると、霧島は満面の笑みで揚々と言った。

「だけど、小倉先生と行けるならむしろご褒美ですね!」

 途端に、かぁっと小倉の顔が朱く染まった。思わずうつむき、もじもじとしながらか細い声で言う。

「そんな、ご褒美だなんて」

「ご褒美ですよ。いやぁ、嬉しい」

 引き続き機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら仕事を再開する霧島を、小倉は朱い顔のまま唇をほころばせながら見つめていた。


    ◆◆◆


 翌日。

「……どうして、こうなるのかね」

 某高校があるところよりも少し外れた場所に位置する、古ぼけた神社にて。

 大きく頑丈な鳥居の陰にこっそりと隠れるように、二人の少年が道行く人波の様子をうかがっていた。

「大体、何故教師が夏祭りの見回りをするのをボクたちが見張らなくちゃいけないんだい。これじゃあ堂々巡りじゃないか」

 眼鏡をかけた背の低い少年――新聞部部長・大束修が憎々しげに、吐き捨てるように言う。身体を包むねっとりとした熱気にも、今の状況にも、相当イライラしているのだろう。

「修、落ち着いて。あんまり大きな声を出すと、あそこにいる小倉先生に見つかっちゃうよ」

 腕時計で時間を確かめつつ額の汗をぬぐいながら、穏やかそうな顔つきの少年――新聞部副部長・水無瀬友哉がなだめるように修の肩を叩きながら、小さく声を掛けた。

「確かに、霧島先生に対しては文句の一つも言いたくなるけどさ……」

 実は霧島が小倉から誘いを受けた後、修と友哉は新聞部顧問である彼から呼び出しを受け、こっそり着いてきてほしいと頼まれたのだ。いわく、『よくよく考えたら、いくら見回りでもわざわざ俺を誘うだなんておかしい。何か、罠でも仕掛けられているのではないか』とのこと。

 考えすぎだと二人が説得しても、やはり霧島は納得しなかった。

『夏祭りを楽しみつつで構わないし、好きなもの奢るから。だから、一生のお願い!』

 最終的には土下座までしようとした霧島を何とか止めながら、二人はしぶしぶこの頼みを受け入れた。

「……だけどさ、考えてもみなよ。こんなに人がいるんだ。新しい情報収集も、できるかもしれないじゃないか」

「それは単に君が嬉しいだけじゃないのかい。まったく……」

 いつの間にやらメモ帳を取り出し目をキラキラさせている友哉に呆れたようにため息をつきながらも、修は向こう側の様子をうかがう。友哉もまた、修が見ているのと同じ方向にそっと目をやった。

 二人の視線の先には、通称『千年杉』と呼ばれている大木が堂々と鎮座しており……その下に、清楚な水色の浴衣に身を包んだ女性が、緊張気味に佇んでいた。

 彼女――小倉三和子は時折腕時計を確認しながら、落ち着かないのかやたらとそわそわしながら待ち人が来るのを待っていた。

 友哉が再び腕時計に目をやる。

 五時五十分。

 待ち人こと霧島と小倉が約束した時間は六時ちょうどなので、まだあと十分ほどの猶予がある。

 修と友哉はこの場所に五時半からスタンバイしていたのだが、二人がここに来た時、既に小倉は同じ場所に来ていた。

「まったく、どれだけ楽しみだったんだか」

「そりゃ、念願のデートだからねぇ」

 早い時間から同じ場所でひたすらに霧島を待つ小倉の姿を見つけた二人は、思わず苦笑してしまったものだ。それほどまでに、恋する乙女のパワーというのは計り知れないものらしい。

「……まぁ、霧島先生には残念ながらデートという認識がこれっぽっちもないようだけど」

「鈍感にもほどがあるよね、あの人は……あ、来た」

 小倉の待ち人がやって来たのに気付き、二人はそっと様子をうかがう。

 待ち人こと霧島は、いつも学校で着ているのと同じスーツ姿でやって来た。やはり仕事の一環だと思っているらしかった彼は、小倉の姿を見て目を丸くする。小倉に対して何かを話しかけると、小倉は照れたように浴衣を見せるようなしぐさをした。

 霧島はにっこりと笑って、何かを言った。おそらく彼のことだから、『似合ってますよ』とか『可愛いですね』とか、そういう褒め言葉を無意識に発しているのだろう。案の定、小倉は顔を真っ赤に染めたかと思うと、恥ずかしそうにうつむいてしまった。

 遠くから見ているのと人ごみに紛れているので会話は全くと言っていいほど聞こえてこないものの、大体どのような発言をしているのかは修と友哉にも十分すぎるほどわかったようで……。

「……霧島先生ってさ、本当に罪な人だよね」

「……まったくだ」

 友哉は苦笑しながら、修は呆れたように、ため息交じりに呟いたのだった。

 やがてぎこちなく小倉をエスコートしながら歩いて行く霧島と、それに従う小倉。その姿は、さながら付き合いたての初々しいカップルのようだ。

 移動を始めた二人を見失ってはいけないので、修と友哉もまた、こっそりと移動を開始した。


 先を歩いて行くスーツをまとった背中を眺めながら、小倉は一人心の中で幸せをかみしめていた。

 勇気を出して誘ったのをデートと受け取ってもらえなかったのは残念だったけれど、それでも霧島と二人きりで祭りに行くことができるのは、小倉にとって念願であり、ただ素直に嬉しいことだった。今日のために用意したお気に入りの浴衣も褒めてもらえたし……これほど幸せなことがあって、いいのだろうかとすら思う。

 たどたどしくも自分をエスコートしてくれようとしている霧島の姿を、小倉は心から愛しいと感じていた。

 けれど霧島が、時折何かを気にするようにきょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせているのが気にかかった。ある一点を見つけると、ほっとしたように頬を緩ませるのも、なんだか怪しい。

 そんなに、自分と歩いている姿を他に見られたくないのだろうか?

 それとも霧島には他に一緒に行きたい人がいて、こっそり一緒に行動しているとか?

 ……ううん。優しい霧島先生に限って、わたしを反故にするようなことをするはずがない。きっと、考えすぎだ。

 だけど、そうは思ってもやはり不安を完全に拭いきれないのは、きっとそれほどまでに霧島への想いが大きいということなのだろう。

 そんなことを考えていると、ふと霧島の足が止まった。どうしたのだろうと思い顔を上げると、いつの間にやら彼が向かい合うように立っていて、至近距離で小倉の顔を覗き込んでいるところだった。

「……霧島、先生?」

「すみません。なんだか、元気ないみたいだなって思って……どうか、されたんですか?」

 疲れたなら、どこかでお休みしましょうか?

 自分をいたわってくれるような柔らかい言葉と、本当に心配そうな表情に、小倉は思わず胸を躍らせた。それまでの不安など、彼の一言ですっかりどこかへ行ってしまったようだった。

 笑顔を作り、小倉は答えた。

「いいえ、大丈夫です」

 そして、思い切って彼に気になっていたことをぶつけてみた。

「霧島先生こそ、先ほどから落ち着きなく視線を彷徨わせていらっしゃいますけど、どうかしたんですか」

 すると霧島は、一瞬びくりと肩を揺らした。困ったように笑いながら、少しの間、あー、とかえーと、とか思案するような声を出す。

 やがて彼は、場を取り繕うように笑いながら頭を掻いた。

「いえ、その……お恥ずかしい話なんですが、屋台に並んでいるものが、どれもおいしそうに映っちゃって。何か、食い意地張ってるみたいですみません」

 照れたような笑顔に、小倉は思わずクスッと笑ってしまった。

 確かに先ほどから、ずっと歩き回っていたのだ。夕食を摂っていないとしたら、お腹がすいてしまうのも無理はない。事実、小倉の方も空腹を感じていたところだった。

 にっこりと笑って、小倉は言った。

「じゃあ、そろそろ何か食べましょうか。いっぱい屋台もあることですし、選び放題ですよ」

「そうですね」

 当たり障りなく霧島が答えると同時に、ぎゅるる……という音が鳴った。ハッと気づいた霧島が、再び照れたように笑う。

「……ホント、すみません」

「いえ。可愛いですね、霧島先生」

「……それ、褒め言葉と受け取っていいんでしょうか」

「褒め言葉ですよ」

 そんな他愛もない会話で盛り上がりながら、二人はどこかの屋台を目指してゆっくりとした足取りで歩きだした。


「……やっぱり、あの人は存在自体が罪なんじゃないのかい」

「思わせぶりな態度が上手すぎるよね。無意識なのがまた……」

 一部始終をこっそり見ていた修と友哉は、かなりげんなりとしていた。

 後でおごってくれるという霧島の言葉を完全に鵜呑みにした二人は、それぞれ屋台で買ったたこ焼きやクレープなどを手にしている。霧島たちの様子をうかがいながらも、それなりに祭りを満喫していた。

「……お、歩き出したね。ボクたちも行こうか」

「うん」

 霧島たちが遠ざかるのを、慌てて追いかけようとした時だった。

 ――どんっ。

「きゃっ」

「おっと、すまないね」

 修の胸あたりに、軽い衝撃があった。どうやら前をよく見ていなかったのか、誰かにぶつかってしまったらしい。

 見下ろすと、黒い三つ編みが小柄な背中で踊っているのが見えた。しかしこの姿、どこかで見覚えがあるような……。

「……って、早川先輩!?」

「え? ……あ、焼き芋の時の」

 修の声にびっくりしたらしい三つ編みの少女――某高校で生徒会書記を務める女子生徒・早川杏里は、大きなくりくりとした目を丸くしながら、目の前の修とその傍らにいる友哉を見比べた。

「奇遇だねぇ」

「えぇ、ホントに。……独りですか?」

 友哉が尋ねると、杏里は「あ、そうだ!」と思い出したように手を打った。それからたちまち、困ったように眉を下げる。

「実はね……鈴奈と暖香も一緒だったんだけど、いなくなっちゃったの」

 どうやら生徒会長の中村鈴奈と、生徒会副会長の藤山暖香も一緒に来ていたらしいが、この人込みではぐれてしまったようだ。

「そうなんですか……」

 がっくりと肩を落とし、不安そうに目を潤ませる杏里を見ながら、二人もまた困ったような表情になる。

 この流れで『そうですか、じゃあこの辺で』などと言って見捨てるのは、どう考えても人道に反する気がする。一緒に探してあげた方が得策なのだろう。が……それをすると、霧島たちを完全に見失ってしまう。

 どんどん先を進んでいく霧島たちと杏里を見比べていると、杏里がその視線に気づいたように、向こう側へと目をやった。そしてたちまち、ぱぁっと顔を輝かせる。二人の背筋に、ゾクリとした何かが走った。

 内緒話をするように二人の手を引くと、杏里は小声で尋ねる。

「ね! あそこにいるのって、慧ちゃんと三和ちゃんでしょ!?」

「え、えぇ」

「そう、みたいですね」

 棒読みもいいところ、という調子で二人が答えると、杏里が目をキラキラとさせながら続けた。

「デートかなぁ。気になるよねぇ……ねぇ、後追ってみようよ!」

「あの、中村会長たちと合流しなくていいんですか」

「歩き回ってたらそのうち見つかるでしょ。それより、早くしないと二人を見失っちゃうよ! 早く早く!!」

 二人が止めるのも気にせず、杏里はずんずんと先を進んでいく。その生き生きとした姿は、先ほどまで仲間とはぐれて落ち込んでいた少女とはまるで別人のようだ。

「まったく……」

「どうして、こうなるんだ……」

 ぼやきながらも、杏里の姿まで見失うわけにはいかないので、しぶしぶ二人は杏里の後をついて行ったのだった。


「……」

 どこかを見ながらほんの少しだけ眉根を寄せた霧島に、小倉は首を傾げた。試しに同じ方向を見てみたものの、何も変わったものはないように見えて、それがさらに彼女の不可解をあおった。

「……あの、霧島先生?」

 声を掛けると、ハッと我に返ったように霧島は小倉の方を向いた。

「あ、すみません。ちょっと……ボーっとしてました」

 全く何やってんでしょうね、俺ってば……と言いながら照れたように頭を掻いた霧島の姿を見て、小倉はまぁいいや、と考え直した。

 彼が自分に笑いかけてくれるなら、もう何だっていい。

「どこかに、座りませんか」

「あ、そうですね。さっきから歩き回ってましたから、小倉先生もさぞやお疲れでしょう」

 言いながらも手ごろなベンチを目ざとく見つけ、霧島は小倉をエスコートするように歩き始める。

「あそこに座りましょう。ちょうど空いてますし」

「えぇ」

 小倉は軽い返事をすると、歩いて行く霧島に従った。


「――どうぞ、小倉先生」

 使い古されたベンチの上に手際よく自らのハンカチを敷くと、霧島はホテルの支配人よろしくポーズをとってみせた。

「ありがとうございます」

 小倉も軽くポーズをとり、腰かける。

 小倉の浴衣がベンチの汚れで台無しになってしまわないように、彼なりに気を遣ってくれたのだ。やはりこういう紳士的なことを無意識にでもできるところが好きだなぁ、と小倉はしみじみ思った。

 小倉が座ったのを確認すると、霧島もまた隣に腰を下ろす。

「じゃあ、食べましょうか」

「そうですね」

 言いながら、お互い膝の上に屋台で買った食べ物を広げていった。

「いただきます」

「いただきます」

 やっと飯にありつける、といったように、霧島は鼻歌を歌いながら上機嫌にたこ焼きを口にした。

「あふっ」

「あんまりがっついたら火傷しちゃいますよ、霧島先生」

「はは……すみません」

 小倉がたしなめるのに軽く謝罪の言葉を入れると、霧島はふぅ、ふぅ、とたこ焼きに息を吹きかけ、そろそろと口に入れる。

「うん、美味しい」

 子どものような笑顔を見せる霧島に、小倉は知らず知らずのうちに熱っぽい眼差しを向けていた。

 どうしよう……想いが、溢れ出してしまいそうだ。

 周りは人込みであふれかえっている。だけど、みんなこちらのことなど気にもかけていない様子だ。

 今なら……。

 意を決した小倉は、すぅ、と息を吸うと、覚悟を決めたように口を開いた。

「霧島先生」

「ふぁい?」

 今まさにたこ焼きを口に入れたところだったらしく、口をもごもごさせながら霧島が振り向く。あまりいいムードとは言えないが、今告げてしまわないともうしばらく言えなくなってしまいそうな気がした。

 意を決し、声を絞り出す。

「実はわたし、ずっと」

「おーい、杏里ぃ!」

 小倉の声に被るように、向こうから声がした。まもなく、二人の少女がゆったりとした足取りで現れる。

 その声に呼応するように、どこに隠れていたのか、三つ編みの少女が弾丸のように姿を現した。弾むような声で、二人の少女たちのものらしい名前を呼ぶ。

「鈴奈、暖香!!」

「ちょ、早川先輩!」

「今出たらまずいですって!!」

 その後を追うように、二人の少年が慌てたように姿を現した。

 五人の少年少女たちが、霧島と小倉の前に登場する。

 とたんに霧島が、弾かれたように立ち上がろうとした。そのはずみで膝の上に置いていたたこ焼きが落ちそうになるが、それに気づいた霧島は慌ててたこ焼きを手で支えた。

 たこ焼きのパックを座っていた場所に置くと、彼はどこか焦った様子で二人の少年たちのもとに詰め寄っていく。

「ちょっと君たち、出てきちゃ駄目じゃないかっ!!」

「ボクたちのせいじゃないですよ!」

「そうですっ、不可抗力です!!」

「あれ、霧島センセに小倉センセ。何でここに?」

「とうとうデートにまでこぎつけたのね」

「そうそう、さっきまですごいいいムードだったんだよぉ」

 五人と霧島が何やらガヤガヤと騒ぎ出す中、小倉だけがベンチに座ったままきょとんとしていた。

「やっぱりデートだったわけ?」

「どこまでいったか、白状しなさいよ」

「すっごい興味ある!」

「ち、違うんだよ君たち。小倉先生とは見回りで……」

 たちまち三人の少女に取り囲まれた霧島は、焦ったように両手を前に突き出しながら弁解する。

 そのどさくさに紛れ、二人の少年たちはこっそり目配せをし合ったかと思うと、そそくさとその場から遠ざかって行ってしまった。それに気づいた霧島が慌てて止めに入ろうとするが、ことごとく三人の少女たちに質問攻めにされ、阻まれる。

 突然目の前で始まったそんな修羅場ともいうべき状況に、小倉は目を丸くしつつも、少しがっかりしていた。

「せっかく、チャンスだったのになぁ……」

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