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生徒会と愉快な仲間たち  作者:
3:生徒会と淡い片恋
13/44

11.鉄は熱いうちに打て

やっと季節に合った小説を書けた気がします…(苦笑)

バレンタインは過ぎましたが、ホワイトデーまでには間に合いました。よかったよかった。


というわけで、そういうお話です。

生徒会中心、最後に新聞部登場な感じでお送りいたします。

何気に新キャラも出ますよ~(またか)

「霧島先生」

 大職員室の自分の席でパソコンに向かい、仕事に集中していた男性教師――霧島慧は、自分を呼ぶ女性の声で我に返った。

 声のした方へ振り向くと、色素の薄いボブカットを揺らしながらふんわり微笑む女性の姿があった。その見知った姿に、霧島もまた微笑みを返す。

小倉(おぐら)先生」

 霧島に声をかけた女性――小倉三和子(みわこ)は、霧島と同じ国語教師で、現代文を担当している。

 可愛らしい顔立ちとおっとりした雰囲気が、男子生徒たちだけでなく男性教師たちにも評判で、ひそかに思いを寄せていたり、あこがれを抱いていたりする人も多いのだとか。

 もちろん霧島も、その例外には漏れず――……。

 内心ドギマギしながらも、霧島は爽やかに笑顔を作ってみせた。

「どうかなさいましたか?」

 霧島が尋ねると、小倉は少し頬を赤らめた。心なしか、もじもじとしているようにも見える。

 霧島がその姿を不思議そうに眺めていると、やがて彼女は懐から綺麗にラッピングされた包みを取り出した。そのままそれを、霧島の方へと差し出す。

「あの、よろしければこれ……どうぞ。チョコ味のカップケーキなんですけど」

「お。これ、手作りですか?」

「はい」

「わぁ、嬉しいです。ありがとうございます」

 そう言いながら霧島が心底嬉しそうな、無邪気な微笑みを見せたからだろう。小倉の頬が、さらに朱く染まった。

「あ、あの。じゃあ、失礼します」

 パタパタと足早に去っていく小倉の後姿を眺めながら、霧島は顔に笑みを貼り付けたまま、しばしぼんやりとしていた。

 もちろん霧島だって、今日が何の日か十分すぎるくらいわかっている。

 今日は一日、構内が浮ついた空気になっているのを感じていた。同僚の男性教師たちがやたらもじもじしていたり、授業を受け持ったクラスの男子生徒たちがそわそわしていたり、恋をしているのであろう乙女たちが、タイミングを計るかのように目配せしあっていたり。

 霧島自身も、女子生徒や同僚の女性教師に、いくつかチョコレートをもらっていた。もちろん義理と分かっているから、気兼ねもせず、帰宅してからゆっくり頂こうと思っていたところだったのだ。

 けど、あの小倉先生まで……俺に、しかも手作りのお菓子をくれるなんて。

 え、これってもしかして夢?

 ぎゅ、と自分の頬をつねってみる。

「ってぇ……」

 もちろん、ただ痛いだけだった。

 まだどこか夢心地のまま、霧島は自ら痛めつけた頬をいたわるように幾度もさすっていた。


    ◆◆◆


「今日は、バレンタインだってねぇ」

 生徒会室にて。

 他よりも少しばかり立派な席で頬杖を突きながら、生徒会長・中村鈴奈が、特に興味もなさそうにつぶやいた。

「恋する乙女の勝負日らしいけど……馬鹿馬鹿しいわ。別に今日じゃなくても、振られるもんは振られるんだから一緒でしょ」

 鈴奈から見て右向かいに位置する席へ荷物を置きながら、生徒会副会長・藤山暖香がいつものように毒を吐く。

「女の子から男の子に贈るっていう習慣は日本だけらしいね。男の子ばっかりずるいや」

 暖香のちょうど向かい側――つまり、鈴奈から見て左向かいに位置する机にお菓子の包みをいくつも並べながら、生徒会書記・早川杏里が拗ねたように言った。

 そんな杏里の手によって傍らの机にどんどん羅列されていくチョコやクッキーの包みを眺めながら、鈴奈は苦笑した。

「だけどそういう杏里だって、毎年この日にはいっつもお菓子いっぱい貢いでもらってるじゃん」

「もっちろん! なんてったって、あたしは貢がれる専門だから」

「自分で言うか」

 暖香の鋭い突っ込みに、様子を見ていた鈴奈も突っ込まれた本人である杏里も、声を上げて笑った。

 バレンタインという恋する乙女にとっては非常に重要な日を、この三人はただいつもと同じように、だらだらと過ごしていた。変わったことといえば、杏里に対する貢ぎ物が増えた程度のことである。まぁ、そうでなくても杏里はしょっちゅうクラスメイトからお菓子を貢いでもらっているわけなのだが。

 今日も今日とて生徒会は、平和な時を過ごすだろう。

 毎日のように忙しなく何らかの騒ぎを起こしていると思われがちな生徒会だが、実はそういった出来事が起こるのは多くとも月一程度(それでも十分多い方ではあるのだが)。たいていの生徒会は、こんな調子でわりかし平和なのだ。

 ――ただし、この日がいつもと同じなのはここまでだった。

「やぁ、みんな。今日もご機嫌だね」

 三人の会話を一瞬で打ち消すような揚々とした声とともに、ガチャリとドアが開いたかと思うと、生徒会顧問の霧島が姿を現した。室内へと足を踏み入れながら、機嫌よさそうに鼻歌など歌っている。その頬は、どことなく上気しているようにも見えた。

 三人はいつもと違う様子の霧島に、各々眉をひそめたり不思議そうに首を傾げたりした。

「あの……慧ちゃん?」

 代表して、杏里が疑問を呈してみた。

「慧ちゃんはどうして今日、そんなに機嫌がよさそうなのかな?」

 ん~? と霧島は、頭にハテナマークを浮かべた状態の三人に顔を向けた。そうして勿体つけるように、ゆっくりとした調子で口を開く。

「君たちは、今日が何の日か知っているかい」

 その質問に答えたのは、暖香だった。

「セント・バレンタインが処刑された日よ」

「また、コアなところついてきたね……まぁ若干正解に近くはあるけど」

 ひきつり笑いを浮かべる霧島を横目で見ながら、鈴奈は静かに立ち上がった。お菓子の包みが並べられたままの杏里の席まで歩み寄ると、そこへ何の前触れもなく指を置く。コツリ、と爪の当たる固い音がした。

 その無骨な音に気付いたらしい霧島に、口元をゆるりと吊り上げながら鈴奈は言った。

「バレンタインデー。霧島センセは、その様子だと誰かにチョコレートもらえたみたいだね」

 しかも、本命の。

 せせら笑うように付け加えられたその言葉に反応したのか、霧島の頬がさっ、と朱く染まった。

 暖香と杏里が興味深そうに、霧島の方へ身を乗り出す。霧島は思わず一歩後ろへと下がった。

「へぇ! 慧ちゃん、本命チョコもらえたんだぁ。誰から? 誰から?」

「いや、別にそういうんじゃ」

「義理ならまだしも……まさか、あんたに本命チョコをあげるような物好きがいたとはね」

「ちょっとそれ何気に失礼じゃない!?」

 動揺はしていても、暖香の直接的な毒舌にはしっかりと突っ込みを入れる霧島。そんな彼の様子を見ながら、鈴奈はフフッ、とおかしそうに笑った。

「まぁ、別にどうでもいいことだけどね」

 本当にどうでもいいと感じているとは思えないような、妙に楽しそうな口調だった。彼女の好奇心をくすぐる要素が、今までの会話の中に少なからず存在したのかもしれない。

 その呟きが聞こえていたのかいなかったのかはわからないが、霧島は「それにしても……」と思案するように言った。

「お返しは、やっぱり手作りがいいよなぁ……」

 三人が、同時にぴたりと動きを止める。

 それまでにやにやと笑っていた鈴奈も、心底不思議そうに相手を考えていたのであろう暖香も、キラキラした瞳を霧島に向けていた杏里も……霧島の言葉に反応し、一気に青ざめた。

 その間にも、霧島は何やら一人で呟いている。

「ここはやっぱり、俺の得意料理であるクッキーかな……サバ缶のチャツネを改良して、もっと深みのある味にしよう。きっと小倉先生も喜んでくれるぞ」

「小倉センセが死んじゃうって!」

「小倉が死んでしまうわ!」

「三和ちゃんが死んじゃうよ!」

 三人が同時に叫ぶ。ちなみに三人の口から出た呼び名こそ違うが、全員同じ人間――小倉三和子を指している。

 我に返ったらしい霧島は、三人を見てきょとんとしていた。

「何で、相手が小倉先生って……?」

 どうやら小倉が死ぬ云々という物騒な言葉より、彼が気にしたのはそっちの方らしかった。

「思いっきり口に出してたわよ」

 暖香のもっともな指摘に、鈴奈と杏里もこくこくとうなずく。ようやく気付いた霧島は慌てて口をふさぐように手で覆うが、今更もう遅い。

「そ・ん・な・こ・と・よ・り!」

 一字一字を強調するようにはっきりと言いながら、杏里がずいっと霧島に詰め寄った。食いしん坊な杏里にとって、食物クラッシャーの霧島は憎むべき相手なのだ。気迫に圧されたのか、霧島は再び後ろへ一歩下がった。

 のけぞる霧島の顔の前に、人差し指をピンと立てて杏里は言う。

「三和ちゃんを本気で落としたいのなら、これからホワイトデーまでの一か月間、あたしたちのレッスンを受けなさい」

「レッスン……?」

「そう。今よりとびっきりおいしくなるクッキーの作り方、あたしたち三人で徹底的に叩き込んであげるわ」

「本当!?」

 霧島の目が期待に満ち、キラキラと輝く。満足げに杏里はうなずいた。

「よろしくお願いします、師匠!」

「うむ、弟子よ。あたしたち生徒会に任せなさい」

 目の前で奇妙な師弟関係が結ばれたところで、鈴奈が深々とため息をついた。

「あたしたち生徒会、って……」

「確実に杏里は、私のこともあんたのことも巻き込む気ね」

 隣で苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべている暖香が、最終通告でもするかの如くきっぱりと言ってのける。

 鈴奈はがっくりと肩を落とし、半泣き状態で呟いた。

「めんどくさいよぅ……」


    ◆◆◆


 早速翌日から、生徒会による――主に杏里による――霧島へのレッスンが始まった。大職員室内にある給湯室を借りきり、中にはそれぞれエプロンを身に着けた生徒会三人と霧島が少し窮屈そうに集まっている。

 杏里が仁王立ちをしながら、霧島に向かってピシリと指を立てた。

「いーい、慧ちゃん? この際はっきり言うけど、慧ちゃんが隠し味として保有しているサバのチャツネは……完っっっっっ璧に失敗作だから」

「嘘!?」

 その効果に気付いていなかったらしい霧島が、その言葉にショックを受ける。しかし霧島以外の全員はその破壊力を十分すぎるほどに知っているため、傍らにいた鈴奈と暖香も同意するようにコクコクとうなずいていた。

「あんたさ、味見しないタイプの人間でしょ」

 呆れたように発された暖香からの問いに、霧島は悪ぶれた様子もなくあっけらかんと肯定してみせる。

「味には自信あるからね」

「だから駄目なんだよ」

 今度は鈴奈が、抗議の意を示す。霧島の方に身を乗り出すようにすると、霧島は怯えたように若干後ずさりをした。

「霧島センセが入院した時があったでしょ。あの前にわたしたちがあげたあのクッキーは、霧島センセ自身が作ったやつだよ」

「まさか!」

「嘘だと思ったら、もう一回作って自分で味見してみればいいよ」

 ただし、命の保証はしないからね。

 そこまできっぱりと言い切られてしまうと、霧島もさすがに自らの非を認めざるを得なかったようで……がっくりと肩を落とし、深々とため息をついた。

「そんなに、俺のクッキーはヤバい味なのか……」

 かなりショックらしい。

 そんな霧島の肩を励ますように叩くと、杏里は太陽のような笑顔を浮かべながら言った。

「それを矯正するために、これからホワイトデーまで特訓するんだから。頑張ろうよ。ね?」

 霧島が涙目で、三人を見る。鈴奈も暖香も、微笑みながらうなずいた。

「霧島センセには料理の素質あるから、大丈夫だって」

「妙な冒険さえしなければ、きっと美味しいものが出来上がるわ」

「そうか……そうだよね!」

 三人の励ましが効いたのか、霧島のテンションも徐々に戻ってくる。

「よーし、頑張るぞ!!」

「「「おー!!」」」

 四人はそれぞれ、こぶしを頭上に突き上げた。


 ――案の定、冒険し尽くした隠し味をやめれば、霧島のクッキーはなかなかに上出来なものだった。このまま贈っても、何ら問題はないのではないかと思うほどに。

 しかし……。

「んー……ちょっとパサパサしてる」

「今度はバターの量が多すぎるね」

「生地は、あんまりこねすぎない方がいいよ」

 グルメな杏里の評価は厳しい。霧島が何度挑戦しても、納得のいく返事をもらうことはできなかった。

 ただただ、ホワイトデーまでの日々は着実に過ぎていく。

 鈴奈や暖香は「十分美味しいと思うけど」「もうこれでいいんじゃないの?」と言うが、そのたびに杏里は厳しい表情で首を横に振った。

「本気で三和ちゃんのハートをゲットしたいなら、こんなんで妥協しちゃダメ。慧ちゃんなら、もっととびっきり美味しいものができるはずだよ」

 当の霧島はというと、どれだけ厳しい評価を受けてもへこたれることなく、時折メモを取りながら、真剣に杏里のアドバイスに耳を傾けている。

「霧島センセも、よくやるよねぇ……」

 飽きてきたらしい鈴奈が、こそっと愚痴るようにつぶやく。

「杏里は舌が肥えてるからね。こういうことには厳しいのよ、やっぱり」

 ボツになったクッキーの山に手を伸ばしながら、暖香が答える。

「私なら、これくらいの味のものをもらっても十分なんだけど」

「わたしも、こんなのもらえたら嬉しいと思うな」

 鈴奈もまた、それらのクッキーの山から一つを取り出すと、葉っぱの形をしたそれをしげしげと眺めてから口に放り込む。香ばしい紅茶の味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩んだ。

「ん、美味し」

「あいつが作ったものだとは思えないわね」

 暖香が皮肉めいた笑みを浮かべる。鈴奈もフフッ、と笑みをこぼした。

「そうだね、十分成長したよ」

 杏里の監督のもと、一生懸命になってクッキー生地と格闘している霧島の背中を、二人は後ろからそっと眺める。その双眼は、どこかあたたかな光を帯びていた。


 そして、季節は廻り――……。

 ついに勝負の日こと、ホワイトデーを翌日に控えた放課後。

「今回は、自信作です。どうぞ……」

 もう何度目になるか分からない手作りのクッキーを、霧島は緊張の面持ちで杏里へと差し出した。杏里は何も言わないまま、皿の上に盛られたそれを一つ手に取る。

 匂いを嗅いだり、二つに割ってみたりして十分に確かめた後、杏里はようやく霧島の自信作だというクッキーを口にした。

「……」

「どう、でしょうか」

 サクサク、と音を立てながら咀嚼する杏里を、他の三人は固唾をのんで見守る。

 どんな些細な味も逃すまいとするように、じっくりと味わうように、杏里はしばし目を閉じていた。

 やがて杏里は、ぱちりと目を開けた。黒く澄んだ大きな瞳が、霧島の姿をとらえる。目が合った瞬間、霧島は肩を揺らした。唾を飲み込む音が、やけに大きく響いたような気がした。

 杏里は、霧島を見つめたまま――ゆっくりと、破顔した。その顔を、子供のように愛らしい無邪気な笑みが彩っていく。そして杏里は、ぐっ、と親指を立ててみせた。

「すっごく、美味しいよ!!」

「本当かい!?」

 霧島もとたんに嬉しそうな顔になる。そんな彼の両手を取って、杏里はぴょこんぴょこんと飛び跳ねた。

「うん、これなら三和ちゃんも喜んでくれるよ! 合格っ!!」

「やったぁ!!」

 踊りだしそうな勢いで、霧島と杏里は手を取り合いながら互いに飛び跳ねていた。

 傍らにいた鈴奈と暖香は、まるで合格通知をもらったのが自分であるかのように、それぞれ安堵の息をついた。

「よかったぁ……」

「何とか、ホワイトデーに間に合ったわね」

 杏里はそのまま嬉しそうに、霧島の両肩に手を置いた。

「よーし! 時間もまだ少しあることだし、あとちょっとだけアレンジ加えよう」

 目をキラキラさせながら、霧島は深くうなずく。

「はい、師匠!!」

「鈴奈、暖香、その間にラッピング用の袋買ってきて。とびっきりかわいいやつね!!」

「えー……めんどくさいなぁ。暖香、一人で行ってきてよ」

「まったく、あんたって子は……」

「つべこべ言わないで、さっさと行くの!!」

「ですって。行きましょう、鈴奈」

「むぅ、わかったよぅ……」


    ◆◆◆


 翌日。

 いつもよりちょっと早めに学校へとやって来た女性教師――小倉三和子は、ほのかな期待に胸を膨らませていた。

 今日はホワイトデー。男の人が、チョコレート等をくれた女の人に対しお返しをするという日だ。

 一か月前のバレンタインの日、小倉は以前から密かに淡い思いを寄せている相手――同僚教師の霧島慧に、意を決して手作りのカップケーキを贈った。受け取ってくれたときに霧島が浮かべた、花開くような笑みが、あの日からずっと脳裏に焼き付いて離れない。

 霧島はお菓子作りが趣味だと、小耳にはさんだことがある。

 もし自分の思いが届いていれば、もしかしたら――……霧島は、自分のために手作りのクッキーをお返しとして手渡してくれるかもしれない。

 あの日見せてくれたような、綺麗な微笑みとともに。

 所詮は自分の勝手な思い込みだし、確証はないと思っていても、どこかでそんな希望を抱かずにはいられなかった。

 無意識に、年甲斐もなく胸が躍る。

「もぅ……わたしったら」

 教職員用下駄箱の前で、小倉は落ち着くように小さく深呼吸をした。

「わかんないよ。霧島先生は、鈍いもん」

 誰にともなく、拗ねたようにつぶやく。

 これまでずっと、彼を目で追っていた。他の女性教師たちみたいに、それとなくアピールをしてみせたことも、一度や二度ではない。

 それなのに、霧島の態度はいつだって変わらない。多分、これっぽっちも気づいていないのだ。

 彼は誰に対しても同じように、分け隔てなく接する人だ。そんな彼を憎らしく思ったことが、何度あっただろう。

 霧島は優しい。それゆえ女子生徒たちからも人気が高いし、同僚の若い女性教師の中にも、密かに霧島を狙っている人がいる。知りたくないことだけど、小倉は全て知っていた。

 競争率が高いことも、なかなかこの思いを受け止めてもらえないであろうことも、知っている。

 だけど、それでも――……。

 はぁ、と恋特有の甘さを含んだため息を漏らし、小倉は下駄箱に設置された自分のロッカーを開けた。そして、大きく目を見開いた。

「これは……」

 彼女がいつも外履きを置く場所に、ちょこんと可愛らしくラッピングされた包みが置いてあった。傍らに、淡いすみれ色の便箋が添えられている。

 落ち着けたはずの胸を痛いほどに高鳴らせながら、小倉は手に取った便箋をゆっくりと開いた。

『小倉先生へ。バレンタインのお返しです。面と向かって渡すのはちょっと照れくさいので、こんな形になってしまって申し訳ありません。カップケーキ、美味しかったですよ。よかったら、また作ってくれたら嬉しいな。霧島より』

 小倉は愛おしげに目を閉じると、開いたままの便箋をそっと胸に押し当てた。桜色のつややかな唇を開き、誰にも聞こえないほどの小さな声で囁く。

「霧島先生。好き、です……」


「――よかったね、喜んでくれて」

「霧島の思いは、ちゃんと届いたのかしらね」

「あの様子だと、絶対届いてるよ」

 隣の下駄箱からこっそりと一部始終を見ていた鈴奈、暖香、杏里が、それぞれ満足げに微笑みながら言葉を交わしていた。

「ね、慧ちゃんと三和ちゃん、付き合えると思う?」

 弾むような声で杏里が尋ねる。うーん……と、少し難しそうな顔で暖香は首をかしげた。

「どうかしらね……霧島って、かなり鈍いから。小倉が自分のことをどう思っているかとか、絶対わかってなさそう」

「確かに」

 同意するように、鈴奈もうなずく。

「両想いではあるかもしれないけど、二人が通じ合うかどうかはあんまり保証できないかも」

「そっかぁ……」

 杏里はちょっとだけ残念そうに目を伏せる。が、すぐに持ち直したようににっこりと笑った。

「だけど今回は、ちゃんと喜んでくれたからいいや!」

「そうね」

 目を細めながら、暖香が杏里の頭を撫でる。鈴奈もフフッ、と笑いながら、いまだ手紙を抱きしめ佇んでいる小倉の姿を眺めていた。


    ◆◆◆


「ふぅん。やけに今日は小倉先生の機嫌がいいと思っていたけれど、そういうことだったんだね」

 その日の放課後、新聞部部室にて。

 手渡された一枚の写真を机に投げ出しながら、新聞部部長・大束修が納得したように言った。いつの間に撮られたのか、そこには淡いすみれ色の便箋を抱きしめながら嬉しそうな微笑みを浮かべた小倉の姿が映っている。

「あの霧島先生が、今回はどうやらうまいことクッキーを作ったみたいだよ。ホワイトデーまでの間に給湯室が貸し切られていたということだから、おおかたそこで特訓でもしてたんだろう」

 傍らに立っていた新聞部副部長・水無瀬友哉が、修が投げ出した写真を手に取りながら答える。

「それにしても……二人はいつくっつくのかな。はたから見ても、両想いだってことはバレバレなのにね」

 二人が思いあっているということは、実は本人たち以外にとって周知の事実だった。

 霧島がどこかを向いている間、小倉は彼に熱っぽい視線を送っている。一方、小倉がどこかを向いている間、霧島の方が――おそらく、ほとんど無意識であろうが――彼女を目で追っている。

 見ている時間が見事にすれ違っているから、二人とも自分が相手に見られているという事実に気付いていないのだ。この調子では、本当に想いが通じ合うまでにはまだ時間がかかるだろう。

 ちなみに、この写真を持って来たのは友哉だ。撮影したのも、おそらく彼だろう。それにもかかわらず、まるで我関せずといったように飄々と佇んでいる友人を見ながら、修は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「それにしても、さすがにキミは仕事が早いね。たいていの情報は、キミに聞けばすぐに手に入る。なかなか優秀な相方を持ったものだよ」

「そりゃどうも。……ところで、次の校内新聞はどうするの?」

 友哉が尋ねると、そうだねぇ……と修はしばし考え込むように腕を組んだ。

「ここ最近は目立った事件もないことだし、無難にバレンタイン特集でもしようと考えているよ。校内で一番バレンタインにチョコないしクッキー等の貢ぎ物をもらったのは誰か、ランキング形式で載せていくという感じかな」

「ふぅん……君にしてはまた、地味な話題を選んだものだね」

「たまには、こういう庶民的なことを記事にするのもいいだろう?」

「確かに」

 自信をのぞかせた修に、フフ、と友哉が笑う。

「……さぁ、そろそろはじめようか」

「そうだね。その前に僕、ちょっとトイレに行ってくるよ」

「あぁ」

 ガラガラと音を立て、いったん出て行った友哉を見送る。それから修はゆっくりと立ち上がり、部室内に設置されているロッカーへ模造紙を取りに向かった。

 中にたくさんのガラクタが詰まったロッカーを開け、模造紙を一枚取り出そうとする。

 ――その時、慌てた様子で友哉が戻ってきた。

「ちょ、修!」

「何だい、早いね。もう用を済ませたのかい」

「違うよ! これ……」

 友哉が差し出してきたモノを見て、修は怪訝そうに眉根を寄せた。

「これは……?」

 それは、可愛らしくラッピングされた包みだった。リボンが掛けられた透明な袋の中に、葉っぱの形をしたクッキーがいくつか詰められている。

「部室の前に、立てかけるようにして置いてあったんだ。さっきここに来たときは、こんなものなかったのに」

「ボクたちがここで話している間に、置かれたということか。いったい誰が……?」

 考え込む修に、友哉がすみれ色の便箋を差し出した。

「手紙が入ってる」

「ふむ」

 受け取った修は、早速それを開いてみた。

 そこには丁寧に揃えられた隙のない字で、こう書かれていた。

『新聞部のみなさんへ。いつもお仕事ご苦労様です。バレンタインからすでに一か月過ぎていますが、よろしければお二人でどうぞ。R』

「Rって……」

 修が考え込んでいる間に、友哉がラッピングを開けて中身を取り出した。匂いを嗅いだり二つに割ってみたりしながら、警戒するように眺める。

「綺麗にできているけど……毒とか、入ってないよね」

「食べてみたまえ」

「僕だけ? 修も一緒に食べようよ。僕たち二人への贈り物なんだから」

「ふむ、仕方ないな」

 もし僕が死ぬときは、ちゃんと道連れにしてあげるからね。

 物騒な言葉と清々しい笑顔とともに先ほど割ったクッキーのうちの片方を差し出され、修はしぶしぶそれを受け取った。覚悟を決めたように目配せし合い、二人同時に口へ放り込む。

 紅茶の上品な風味が、口の中いっぱいに広がった。

「美味しいね」

「ふむ。毒が入っているわけではなさそうだ」

「素直に、受け取っておこうか」

「……ふむ」

 苦笑を浮かべる友哉に、眉根を寄せながら、まだどこか釈然としない様子で修がうなずく。

 開けられた包みを机の上に置くと、二人は作業を開始するために各々自分の席に着いたのだった。

やってきました新キャラ、小倉先生。

この作品には珍しい(?)恋する乙女系女子。自分で書いてるのが恥ずかしくなっちゃうぐらい、ドストレートな子です。

しかし霧島は気づかない。だって彼は超鈍感だから。

そして彼女も霧島にどう思われているのか全く気づいてない。だって超鈍感だから。


…っていう感じです。

果たして、この二人がくっつく日は来るのか!?


とか言いつつ、彼女の再登場予定は未定です(←何だと)

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