09.棚からぼた餅
焼き芋をホクホクする話。生徒会役員と新聞部、全員集合です。
もしかしたら…今までになかった絡みが見られるかもですよ?(笑)
「寒いなぁ……」
某高校、生徒会室にて。
『生徒会長』と彫られた黒曜石が置かれている立派な机で頬杖を突きながら、少女――生徒会長・中村鈴奈はぼんやりと窓の外を見つめていた。
「寒いとさ、ことさらやる気がしないよね」
「あんたはいつだってやる気ないじゃないの」
生徒会副会長・藤山暖香が、その言葉に対して即座に突っ込みを入れる。彼女は今、生徒会長の右向かいに位置する自分の席には座らずに、来客用の三人掛けソファを一人で陣取っていた。
「でも確かに動く気はしないよね。あたしもクマみたいに冬眠したいなぁ」
そんな暖香の向かいのソファ――同じく三人掛けの、広いソファである――では、生徒会書記・早川杏里がぐでーんと横たわりながらポッキーをかじっていた。ポリポリと少しずつ口に入れていく様子は、さながら小動物……もっと詳しく言うなら、ヒマワリの種をかじっているハムスターのようだ。
「……あ、」
ふと、何かに気付いたように鈴奈が顔を上げた。窓の外のどこかを熱心に見つめている。もしかしたら何かが唐突に、彼女の好奇心を刺激したのかもしれない。
「どうしたの」
特に期待のこもっていない声で、暖香が尋ねた。
「窓の外に、何かあるのかな?」
鈴奈の視線の先を追い、杏里がとてとてと駆けて行く。窓を少し開くと、サッシに掴まり、その隙間から身を乗り出すようにして外を覗いた。とたんに何かを見つけ、弾んだような声を上げる。
「あ、石焼いもだっ!」
鈴奈がこくり、とうなずいた。
そのとき、開いた窓の隙間から冷たい風がぴゅう、と吹いた。北風の進撃をもろに受けた鈴奈が、ぶるりと身震いをする。
「さっむい……」
「あ、ごめんね。すぐ閉めるよ」
鈴奈の悲痛な声に気付いた杏里が、慌てて窓を閉めた。
「……ところで、鈴奈」
杏里が鍵をかけているところを横目で見ながら、暖香が尋ねる。
「一体どうして石焼イモの屋台を熱心に見つめていたのよ。杏里みたいに食い意地張ってるわけじゃあるまいし」
「ちょっと、その言い方酷くない!? 確かに食べ物は大好きだけどさぁ」
杏里がぷん、と頬を膨らませて反論する。まぁまぁ、と口先だけで宥めながら、鈴奈が思案するように言った。
「いやね……全校で、焼き芋パーティー的なのやったらどうかな、と思って」
「いいね、それ!」
賛成! と、案の定杏里が乗り気で答える。が、それに対し、暖香は半眼で鈴奈を見つめていた。
「あんた、さっきまで散々寒い寒い言ってたじゃない。なのに、一体どういう風の吹き回しよ?」
「……なんとなく。焼き芋が食べたくなったの」
頬杖をつきながら、ぼんやりとした様子で鈴奈は答えた。はぁぁぁぁ、と暖香が大きなため息をつく。
「あんたって、ホント気分屋……」
「まぁまぁ、別にいいじゃんっ」
鼻歌でも歌いそうなほどに、杏里は嬉しそうだ。きっと今の彼女の脳内は、完全に焼き芋で埋め尽くされていることだろう。
「第一、どうやって調達するのよ。サツマイモとか、薪とか」
「どっかに売ってるでしょ」
どうやら、完全なるノープランらしかった。まぁ、鈴奈が何も考えずに思いつきを口にするなど、いつものことなのだが。
鈴奈のあまりの無鉄砲ぶりに、もはや脳内が焼き芋御殿になっていた杏里も現実に戻ってこざるを得なくなったようで……それまでうっとりと目を細めていた杏里も、心配そうに眉を寄せ始めた。
「そういえばうちの生徒も先生も、結構いるよね? 一人一個用意するとして、多めに見積もってもサツマイモ千五百個以上はいるよ……薪も、それなりに用意しないとダメだし」
「確かに。薪は近くの公園とかで木を集めたりすればどうにかなるかもしれないけど、さすがにイモはね……」
うーん、と三人が考えに浸っていた時。
唐突に、ガチャリと音がした。三人がそれぞれ顔を上げ、そちらに――生徒会室の入り口のほうに、視線をやる。それから立っていた人物を見て、鈴奈、暖香、杏里の順にそれぞれ声を漏らした。
「霧島センセ……」
「霧島……」
「慧ちゃん……」
「やぁ皆、お揃いで」
にこにことしながら、立っていた人物――生徒会顧問・霧島慧は軽く右手を挙げた(呼称がバラバラなのはご愛嬌である)。
「どうしたの、そろいも揃って深刻そうな顔して」
「あんたは悩みなんてなさそうでいいわよね……」
はぁ、と暖香がため息交じりに言った。とたんにむぅ、と霧島が不機嫌そうに唸る。
「俺だって悩みの一つや二つぐらいあるさ」
「慧ちゃんの悩み?」
「へぇ、それは興味深いなぁ」
杏里と鈴奈が、わくわくしたように霧島へと詰め寄る。霧島は後ずさりながら、言いにくそうに答えた。
「うちの実家、畑やってるんだけどさぁ……今年に限ってサツマイモがアホみたいに繁殖しちゃって」
ピクリ、と三人の耳が動いた。しかし鈍い霧島はそんな三人の変化にも気付かず、さらに話を続ける。
「例年も結構取れるんだけど、今年は異常なんだ。親戚とか近所とかにおすそ分けしてもまだ余るぐらい。甘く見積もってもまだ千五百個はあるかなぁ……そんなに食べきれないよ。全く、困っちゃうよね」
三人の目がピキン、と光った。
「それ……ホントなの?」
「え? うん。ホントだよ。嘘なんかつかないさ。俺は教師だからね」
「だったらさ……」
「え、何? 何で三人とも怪しげな顔して近づいてくるの? ちょ……」
妙な迫力を湛えた三人に、霧島は怯えたように身をすくめた。
「何も、変なことなんてしないよ」
「ちょっと、あんたに協力して欲しいだけ」
「いいよね、慧ちゃん?」
霧島は顔を青くしながら、コクコクと何度もうなずいた。
◆◆◆
翌々日の朝。
「言い出したことって、案外早く叶うものなんだね……」
校庭にて立ち上る大量の煙――中では投下された幾つものサツマイモが燻されている――を遠目に見ながら、鈴奈が感心したように呟いた。
「早く実行しないと、あんたの気が変わっちゃうからね」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、傍らにいた暖香が答える。
「食べ物と同じで、鈴奈の『思いつき』も賞味期限があるんだよね。しかもかなり短い」
長身の暖香の後ろからひょこり、と顔を出した杏里が、いたずらっぽい眼差しで鈴奈を見ながら言った。暖香も同意するようにうなずく。
「確かに。杏里、上手いこと言うじゃない」
「でしょっ」
二人して笑い合うのを見ながら、鈴奈はむぅ、と不機嫌そうに唇を尖らせ呟いた。
「そんなことないもん。ナマモノよりは絶対長いもん……」
「おーい、三人とも! そっちにいないで手伝ってよ! まだまだ半分も減ってないんだから!!」
立ち込める煙の向こうから、手を振っている人影が見える。おそらく、霧島だろう。その傍らには生徒会補助の安浦恭一郎と、どこから引っ張ってきたのか、手伝いを押し付けられたと思われる男子生徒が二人、せわしなく動いていた。みんな汗を流しながらも頑張っているようだ。
杏里も明るい声を上げながら、手を振った。
「はーい、今行く! ……ほら、慧ちゃん呼んでるし、行こう?」
「そうね。行くわよ、鈴奈」
「えー、めんどくさいよぅ……」
「つべこべ言わない!」
「早く焼けるように協力しなくっちゃね」
「むぅ、仕方ないなぁ……」
「仕方ない、じゃないわよ。あんたがもともと言い出したことじゃない」
「ほら、頑張ろ? あたしもお腹すいてきちゃったよ」
そんな言い合いをしながらも、三人は霧島たちの方へ歩いて行った。
「――全く、何でボクたちまで手伝わなくちゃいけないんだい。これは生徒会の仕事のはずじゃないか」
「確かに。っていうか、こんなことしてたら生徒会のメンバーに僕たちの存在がバレちゃうんじゃ……」
他の生徒たちがいつも通り授業に出席している中(一般生徒と教師たちには、昼食時に焼き上がったイモを渡すことになっている)、手伝いに借り出されたという二人の男子生徒は、新聞部部長・大束修と、新聞部副部長・水無瀬友哉だった。苦い顔でこそこそと話し合いながら、手渡されるイモを燃え盛る火に放り込んでいく。
「ほら、二人とも。記事の構想を練る時間なら後でたっぷりあげるから、今は手を動かして!」
二人をこの場に引き連れてきた張本人こと、霧島の声が飛ぶ。二人は顔を見合わせ、揃って大きなため息をついた。
「……まぁ、仕方ないね。今回の記事はこれを書くしかないよ」
渋い顔で呟いた修に、友哉も同意するように深くうなずいた。
「そもそもこういうイベントを生徒会が主催するって、珍しいしね。それを強調したらいいかも」
「だね。……おっと、生徒会の三人がこちらへ来るよ」
「ほんとだ。勘繰られないように黙らなきゃ」
二人が黙って作業をし始めた所で、生徒会の三人がちょうどやってきた。
「「「おまたせー」」」
「お、来たね」
三人に気付いた霧島が、汗を拭いながら微笑む。
「何を手伝えばいい?」
「そうだなー、とりあえず中村さんと早川さんは火がどっかに飛んで行かないか見張ってて。火事にでもなったら大変だから、慎重にね。んで、藤山さんはこっちで俺たちと一緒にイモを放り込むのを手伝って」
「「「あいあいさー」」」
ほとんどやる気が感じられないような敬礼もどきのアクションを済ますと、三人はそれぞれ与えられた役割をこなす準備を始めた。
「――あんたたちも大変ね、わざわざ借り出されて」
霧島からの指示を受けてからしばらく淡々とイモを投下していた暖香が、突如修と友哉に対し哀れむような視線を向けた。二人は思わず、ぎくりと身体を強張らせる。
できるだけ冷静に、と心がけながら、まずは友哉が苦笑交じりに答えた。
「えぇ、まぁ。……霧島先生も、本当に人使いが荒いです」
「あら、霧島に頼まれたのね?」
「はい。先生は僕たちの顧……」
「ゴホンッ!!」
友哉の失言を遮るように、修が咳払いをした。
「こ? 今あなた、何て言おうとしたの?」
あまりにも不自然な状態に、暖香が怪訝そうに眉をひそめる。しまった、というような表情の友哉を視線だけでたしなめながら、取り繕うように修が答えた。
「こ、古典の担当なんですよ。ボクたちは隣のクラス同士なんですけど、たまたま担当が一緒で。ね、友哉君?」
コクコク、と友哉がうなずく。火による暑さのせいだけではない汗が、彼の顔を濡らし始めていた。
「ふうん。……あぁ、そういえばあいつは国語教師だったわね。私のクラスにも、担当教師が出張の時とかにたまに来たりするわ」
納得したように暖香がうなずく。その様子に、二人はほっと胸をなでおろした。
しかし。
「でも、クラスは違うって言ったわよね。なのに二人をわざわざ指名したのは一体……?」
暖香は一人で考えるようにぶつぶつと呟いていたかと思うと、ふ、と何かを思いついたように顔を上げて二人をまじまじと見つめた。力が抜けていたはずの二人の身体が、緊張で再び強張っていく。
キラン、と暖香の目が鋭く光った。
「まさか」
まさか……ここにきて、自分たちの存在がばれてしまったのだろうか。新聞部員という正体を隠しながらも、頑張ってここまで来たのに……それも、水の泡か。
『諦め』という言葉が、二人の脳裏を過ぎった。
そして……そんな二人に暖香は、真剣な表情でこう言い放った。
「まさかあんたたち……古典の成績が悪かったわね?」
思わず、拍子抜けしてしまいそうになった。
危うくタイミングを逃してしまいそうになるが、二人はすぐさま幾度も首を縦に振る。
「そ、そうなんですよ。成績悪いから、目をつけられちゃってて」
「古典なんてまるっきり分かりませんよね。あんなの暗号じゃないですか」
ハハハ、と乾いた笑い声を漏らす。
そんな二人に暖香も、ふふ、と控えめな笑い声を漏らした。
「そんなことだろうと思ったわ。まぁ、昔の人間の言葉なんて理解できないって気持ちは、私も分かるわよ」
「ですよねー」
「現代人ですもんねー」
ねー、と言いながら、暖香と新聞部の二人は一緒に笑う。
案外この人は、しっかりしているようで抜けているところがあるのかもしれないな……と、内心で二人は思った。
「――ふぅ。あともう少しね」
「ですね。腰が痛い……」
「あと百個もないぐらいですか」
汗を拭いながらイモ投入組(暖香、修、友哉、霧島、安浦)がラストスパートに入ろうとしたとき、向こうから二つの人影が走ってくるのが見えた。
「あの二人って、会長さんと書記さん……でしたよね」
もちろんそんなことぐらい確かめなくても知っているが、怪しまれないようにわざととぼけながら修が尋ねた。
怪訝そうな顔で、暖香は頷いた。
「えぇ。……まだ投入は全部終わってないのに、何かあったのかしら」
「あれ、何か持ってますね。黒い鞄みたいなの」
「鞄?」
ますます暖香が眉根を寄せた。
「……ごめん、行ってくる。あとお願いできるかしら」
「わかりました」
持っていたイモを隣にいた友哉に預け、暖香は近づいてくる鈴奈たちのもとへと急いだ。
「暖香っ!」
切羽詰った様子で、杏里が声を上げた。それから鈴奈が、持っていた黒い鞄の中身を暖香に見せる。それを目の当たりにして、暖香は大きく目を見開いた。
「何これ……こんなの、どこで」
「変な男が、これをあっちの草むらに隠してるとこを見たの」
鈴奈が指差した先は、校舎のちょうど反対側に位置する公園だった。ここからはさほど距離が離れておらず、まさに目と鼻の先だ。
「その人全身黒い服を着てて、かなり怪しくてさ。気になって見に行ってみたんだけど、草むらに身を隠した時に警察の人がいっぱい通り過ぎて……」
「ねぇ、暖香……これ、やばくない?」
杏里が、怯えたように瞳を揺らす。
「学校の人間にばれるのは、まずいわね……後で面倒なことになる」
暖香はそう言って少し考える仕草をした後、神妙に言った。
「とにかく、二人は火の確認に戻って」
「暖香は……?」
「大丈夫」
泣きそうな顔の杏里の頭を軽く撫で、暖香は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「あとは、私に任せて」
◆◆◆
その後、放り込まれた千五百個にも上るサツマイモは全て無事に焼きあがり、某高校の生徒たちだけでなく教師、講師、事務員など学校にいた全ての人間に一人一個ずつ配られた。
ホクホクに焼きあがった暖かい焼き芋は評判も良く、生徒会やその関係者、またこれを手伝った新聞部メンバーへの感謝の言葉があちこちで飛び交うほどだった。
そして――……。
「ほういえばはふは、はれはいっはいほうなったほ?」
ひときわ大きな焼き芋を頬張りながら、杏里が心配そうな上目遣いで暖香を見ながら言った。
しかし食いしん坊の杏里の口内にはみっちりとイモが入っているようで、何を言っているのかさっぱり分からない。暖香は眉根を寄せた。
「……何て?」
「『そういえば暖香、アレは一体どうなったの?』って言ってるよ」
横から鈴奈が口出しをする。そのとおり、というように、杏里が何度もうなずいた。アレというのはおそらく、先ほど二人が見つけた怪しげな黒い鞄のことだろう。
暖香は二人を見比べながら、呆れたように呟く。
「何で理解できるのよ……」
「まぁまぁ。……で、どうなったの?」
鈴奈と杏里の目が、期待に輝きながらいっせいに暖香を捉える。
「多分、もうすぐよ。そろそろあの二人が来るはずだわ」
暖香がニヤリと口角を上げたとき。
「「副会長ー!」」
向こうの方から、二人の男子生徒が走ってくるのが見えた。先ほどイモを放り込むため、霧島によって借り出された二人――新聞部の修と友哉だ。
不思議そうに見つめてくる鈴奈と杏里をよそに、暖香は早く来いと言うように二人の男子生徒に向けて手招きをした。
息を弾ませながら三人のもとへ来た修と友哉に、暖香が腰に手を当てながら問う。
「ちゃんと私の言ったとおりにしたでしょうね?」
「はい。先ほど警察の方が、男の――銀行強盗の身柄を確保したようです」
「アレは?」
「アレもちゃんと、警察の手に」
「そう。良かったわ」
男子生徒たちの報告を聞くと、満足したように暖香は笑った。
「ね、ねぇ、ちょっと。三人だけで盛り上がってないで、わたしたちにもちゃんと説明して」
訳がわからないという表情で鈴奈が口を挟む。杏里も口に入っていたイモを飲み下すと、同じように尋ねた。
「そうだよ。銀行強盗ってどういうこと? 一体アレって何だったの?」
暖香が黙ったまま顎をしゃくる。それを見た男子生徒二人は顔を見合わせるとコクリとうなずきあい、順番に説明を始めた。
「実は――……」
――鈴奈と杏里が見つけたあの怪しげな黒い鞄に入っていたのは、普段常人ではお目にかかれないほどの多額の札束だった。
それを某高校前の公園の草陰に置いた全身黒ずくめの男は、この辺りに来る前に、近くの某大手銀行を襲撃していた。つまりは、銀行強盗ということである。
男は銀行の人間によりすぐさま通報され、ほどなくしてやって来た警察官数人とデッドヒートを繰り広げた挙句、手に入れた札束を一時公園の草陰に隠し、自分はその近くの学校――つまり某高校の中へと、避難することを思いついたのだという。
それをたまたま見つけた新聞部の二人が、やってきた暖香とともに男をおびき寄せ、焼き芋によって生まれた大量の煙に巻き……身動きが取れなくなったところで追いかけてきた警察官達を誘導し、逮捕へと導いた。
その後、銀行強盗の男を逮捕するきっかけとなる鞄を見つけた鈴奈と杏里、そして男を逮捕するため機転を利かせた暖香と新聞部の二人――合わせて五人に、警察から感謝状が送られる運びとなった。
「警察も感謝状じゃなくて、もっと別のものをくれたらいいのに」
意気揚揚とした霧島によって立派な額に飾られた感謝状を眺めながら、鈴奈が座っていた椅子をくるくると回し、退屈そうに言った。
「初詣の時のもあるから、これで合計六枚。そろそろ場所がなくなってきたんじゃないの?」
「大丈夫だと思うわよ。この部屋は広いから」
ソファにぐったりと身体を預けながら、そらんじるように暖香が答える。
「でもさぁ……やっぱり、感謝状は食べられないじゃん」
ぷぅ、と頬を膨らませながら不満を垂れる杏里。それを聞いて、鈴奈と暖香は思わず吹き出した。
「杏里にとっては、食べ物じゃないと意味ないんだね」
「杏里らしくていいじゃないの」
笑う二人につられ、当人である杏里も一緒に笑ってしまう。
生徒会室には、しばらく女子三人の楽しげな笑い声が響いていた。
「――まさかボク達にまで、褒美が回ってくるとは思いもしなかったよ」
顧問の霧島によって新聞部の部室に飾られた、二枚の感謝状を眺めながら、どこか複雑な表情で修が言った。
「このことは口外するべきじゃないね。だってもし知られたら、生徒会の三人に僕たちの正体がばれることになる」
温和な顔に似つかわしくないしわを寄せ、腕を組みながら友哉も呟いた。
修がため息をつく。
「しかしだね……調べればいつか足が着くのは分かっているんだ。ばれるのも時間の問題だろう」
「ひょっとしたら、もう既に……」
「……あり得る」
二人は、苦い顔で唸ってしまった。
「――ところで、あの二人は一体誰だったの?」
ひとしきり笑った後、杏里が不思議そうに首を傾げる。暖香は「さぁ?」と不敵な笑みを浮かべながらとぼけてみせた。
「……でもさぁ、」
自分の机に寝そべってぐったりしていた鈴奈が、突然口を開く。
びっくりしたように自分の方を見つめてくる二人に構わず、鈴奈は興味なさそうに、まるでなんでもないことのように呟いた。
「次の校内新聞は、この話題で決まりだと思うよ」




