09 魔法のリスク その2
連続投稿になります。
08 魔法のリスク その1
からお読みください。
今をおいて質問できるタイミングは無いかもしれない。
これを聞くことで後戻りできなくなるかもしれない。
ネフルティスはリターンとリスクを秤に賭ける。
少しでもリスクがあるならば、止めておくべき。
ここはネフルティスの世界ではないのだから。
されど、彼は踏み込んだ。
それがネフルティスという青年のどうしようもないところである。
『魔法とは、誰にでも使えるものなのでしょうか?』
「一定の法則を学べば誰にでも使える筈じゃ。理論上はな」
最後の部分を強調しオルドは告げる。
今この場で理論を説明するつもりは老人にはない。
『音痴な歌では発動しない、と?』
「後は楽譜を知らねば早々歌にはできぬな」
技術と理論がなければ使えない。魔法とは、都合のよい奇跡ではない。
『なるほど。世界中にマナが満ちているというのなら、暴走の危険もあるのかと思いましたが、大丈夫そうですね』
「うむ。基本的に暴走は魔術や魔道を使わぬ限り起こらぬ。マナは使われない状態が最も安定しているのでな
だが絶対に暴走せんということではない。地形や場所によっては災害として起こることもある」
マナというエネルギー源が世界中に満ちているという。
異世界から召喚を可能とするほどのエネルギーならば、偶然暴走などしては大変なことになるのではないか。
ネフルティスの危惧は、自身への被害の可能性を考えてみれば当然だった。
ここは踏み入って聞いておく必要があると彼は判断する。
『どの程度危険なのでしょうか?』
「何、そう危険はない。少なくても街に居る限りはな。災害自体は移動せんのだよ」
『ああ、なるほど。魔道具ですね?』
どうしてその可能性に思い至らなかったのか。
供給過多で暴走が起こるならば、需要を作ってしまえばいいだけのこと。
「相変わらず察しがよいのう。人が住む地域は、大抵魔道具による改善が行われた後じゃな」
『魔道具は民衆にも多く浸透している物なのですね』
「うむ。無論、戦闘用魔道具も数多あるがの。そういった品は一般には滅多に流れん」
魔道具を用いた戦闘について、ネフルティスは質問をしなかった。
戦力の類推ができるような情報は、機密に該当するだろうと思ったからだ。
ここで聞いておけばよかった、と判断するのは後のこと。
『魔道具は量産が可能なのですか?』
「品によるのう。単純な物ならば簡単に作れるが、自分でマナを集めるような複雑な機構の品になると高値が付く。
ああ、当然じゃが魔道具を作れる技師は国家登録が必要じゃな。国の出入りも制限されるが、手厚く保護される」
それは当然だろう、とネフルティスは思う。
言うなれば、兵器を作れる職人だ。他国へ渡ればそれだけで脅威になる。
魔道具が兵器ならば、その他の魔法は?
聴きやすい所では魔術の方か、と判断し彼は一枚、自分の持ち札を切る。
『しかし魔術ですか……』
「興味があるのかね?」
『それはもう。興味は最初にお話を聞いた時からずっとあったんですが、私にそのマナがどの程度あるのか分かりませんから。
下手に言い出して失望させてしまうのも、と躊躇っていたもので』
オルドはこれか!と即座に判断する。
興味があることを知られるのは良い。
だが、“世界最強”として呼ばれた以上、ある程度以上の実力はなければ舐められる。
勇者としての立場が危うくなれば、ネフルティス自身の安全はどんどん失われていくのだ。
相手の手札が一枚見えたならば、その好機は逃せない。
「ほう。そんなことが心配かね? 何、若いのは紙幣の概念だけで十分な功績を残しておるとも。
なんだったら、ここで若いののマナ量を測定してみてはどうか。悪いようにはせんよ?」
『それはありがたいですね。では、貸しを一つ消させてもらいますね』
「良かろう。そうこなくてはな。世界最強、と言われるマナがどの程度なのか、楽しみじゃ」
貸しが一つ消えるということは、この場で調べた情報を公開しないことを指す。
情報はいつかは漏れるものだが、すぐに吹聴するべきものでもないのは、ネフルティス、オルド共に同じことだった。
呼び出した勇者が使えないという事態は、お互いに歓迎したくはないからだ。
オルドが頷き、素早く合図を送ると、即座に透明な球体が用意された。
竜人が持つ分には小さな物に見えるが、ただの人間であるネフルティスの手には少し大きい。
「これは魔力測定用の魔道具でな。かなり精密にできており、儂の魔力でも壊れることはない出来栄えなのだ」
オルドはそう言い、球体に手を当てる。
すると、球体は内部から徐々に光を放ち、沈みかけている赤い日差しを部屋から一掃するほどの光量となった。
眩しさに目を顰めると、しばらくしてそれは収まる。
「手を当てるだけでいい。簡単じゃろう」
球体を差し出してくるオルド。どうやら危険はなさそうだとネフルティスは判断する。
『それでは』
緊張と好奇心の混ざった期待感を声に混じらせて、ネフルティスが球体に手を当てると、先程と同じように徐々に内部から光が溢れる。
徐々に光を増したそれは、ソファに向かい合っている二人を囲む程度の光量になり、留まった。
『……オルド翁よりもかなり狭いですね』
ちょっとトーンの落ちた声のネフルティス。
「いやいや、これでも儂、宮廷魔術師の第一位じゃからね?」
『っと、これは失礼』
「まあよいわ。うむ。人間としては平凡よりも上くらいかの。大魔術とまではいかぬが、修行次第では中級魔術に届くじゃろうな」
『到底世界最強とは言えませんね。仕方がありませんか』
「まあ、そう落ち込むな。儂はようやく若いのが歳相応に思えたわい」
声の落ちたネフルティスと対象に、ちょっと得意気に鼻を鳴らすオルドだった。
『相応だと思っていたのですが』
「ありえんな」
『ありえませんか』
そしてお互いに苦笑。
子供じみた背比べだが、存外に楽しんでいた。
「さて、もうすぐ陽が沈んでしまうな。折角じゃし、こちらから聞いてもいいかね?」
『最初に決めたルールですからね。どうぞ』
窓から差し込んでくる夕陽は、既に地平線を染める程度になっていた。
部屋の中には、暗さに対応したのか幾つかの魔道具が灯りを点けている。
「若いのの住んでいた世界についてのことを教えてもらえるかの?」
『ああ、なるほど。ですが、それはちょっとお答えできません』
「理由を聞いてもいいかね?」
意外ではあったが、そういうこともあろうと予測した展開の一つ。
オルドには青年がどのような嘘を言っても見抜ける自信があった。
例え虚偽の情報だろうと、嘘と見抜けるならばそこから情報を得る自信があったのだ。
『この場に虚偽装飾は相応しくないので、事実を話します』
「聞こう」
ネフルティスの言葉は、先程マイヤとオルドの間で交わされたもの。
自分も嘘は言わない、という誓約のようなものだ。
オルドはその言葉に虚偽はないと判断する。
それでいて尚、次の言葉は老人を驚かせるに値するものだった。
『実は、どうにも記憶を封印されているようでして。
国家機密に関する一切を思い出せないのです』
「なん、だと…?」
『ですから、ご提供できるような情報はほぼ無いと思います』
嘘ではない。自身が持つ魔道具と、オルド自身の経験がそれを告げている。
笑顔で答えるネフルティスに、してやられたと思い至る。
青年には最初から情報交換などするつもりが無かった。
同時に、記憶のほぼ全てが無い状態で、今この段階まで、まるで動揺した素振りをみせなかった。
つまりはこれが若いの――いや、ネフルティスという青年の――の鍛え抜かれた本質なのだろう。
この男は危険だ。明日の謁見をどうにかして見送れないものか……。
脂汗のにじみ出た額を軽くハンカチで拭きながら冷静さを取り戻す。
そして、一つの疑問が浮かび上がった。
「では、聞きたいことを変えよう。構わんかね?」
『ええ。答えてませんからね。私に応えられることならば』
尋ねる口調ではあるが、有無を言わせない迫力がある。
出会った際の威圧とは比べ物にならないほどの迫力だ。
しかし、青年には動じるところが全くない。
「“紙幣”という概念は国家機密には該当しないのか?」
『どうやら該当しないようです。恐らくは、私達の世界では使われていない概念なのでしょう』
「――」
その言葉に、オルドは絶句した。
どうやら異世界召喚において、とんでもない“当たり”を引いたらしい。
今日は眠る暇が無いな、とオルドは席を立つ。
「……陽が落ちたようだ。では、ネフルティス殿。今日は感謝するぞ」
『こちらこそ。それではまた』
「ああ、また明日な」
一礼し、ブルーメも続いて部屋から退室する。
情報を出しすぎてしまったかもしれない、とネフルティスは反省していた。
恐らく謁見は明日になるのだろうが、きっと静かには終わらないだろう。
予感は確信へと変わっていた。それだけの情報を、自分は出した。
どのような対応をされるのか、今から楽しみで仕方がない。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ちょっと長くなってしまったのべ分割してみました。
状況説明が終了し、次回から物語が動き出すことになると思います。
6月26日 一部修正
7月02日 誤字修正