08 魔法のリスク その1
連続投稿になります。
西陽が差し込む王城のゲストルーム。
怪異と現実が入り混じる時間を、逢魔ヶ時と言うらしい。
常人には計りかねる二人の姿を見たならば、それはある意味正しいと言えた。
魔道具、魔術というこちらの世界の技術に興味津々なネフルティスをオルドは観察する。
海千山千の相手と渡り合ったという経験が、青年が興味を隠さない理由を推察させる。
一つには、隠しても無駄だから。
二つには、隠し切れないほど興味がある。
三つには、隠す必要が無いから。
最後には、隠したいものは別にあるから。
一つ二つ三つ目までを確認する術はオルド自身の魔道具に備わっている。
オルドの頭を周回する三つの菱形。これの一つは嘘発見器である。
正確には“違和感を増幅する”という魔道具であり、相手の仕草や声の音程、眼球、瞼の動き、全てをチェックする物だ。
判定は魔道具を装着している者が行わなければならないが、オルドは自身の経験と合わせて絶対の自信を持っている。
オルド自身、虚偽装飾は不要と断じている。だからといって、全てを包み隠さず話すなどということはありえない。
聞かれなければ話すつもりがない事柄など山ほどあるのだ。
それはネフルティスも同じことだろう、と思う。彼は若いが、その交渉力は自身と同じかそれよりも上。測りきれない。
彼を測るためにも、オルドにはネフルティス自身の根底を見極められる情報が必要だった。
それを引き出すためにも、主導権を握る必要がある。
数瞬で判断を終えると、オルドは口火を切る。
「随分と魔道具に興味が在るようじゃが、そんなに面白いものかね?」
『ええ。実に面白い機構ですよね。基本的なことから聞いてもよろしいでしょうか?』
「構わんよ。機密に当たる部分については答えられんこともある。それは了承してくれるのじゃろ?」
『もちろん。尋ねることになるのは基本的なことばかりでしょう。拍子抜けされると思いますよ』
正確には、答えられないこともある、ではなく、答えられることもある、である。
つまり魔道具関連の知識というものは、機密だらけなのだ。
オルドはその分野では第一人者であり、専門用語を交えず説明できる数少ない人材である。
ネフルティスはそれを踏まえた上でなお好奇心を抑えることをしなかった。
「ふむ。何から聞きたい?」
『魔道具にはマナを扱う、ということでしたが。そもそも“マナ”とは一体?』
「マナというものは“全ての生命に宿る力”を指す。
儂や若いの、一個の生命はもちろん、大地や空気などにも含まれておる。
“魔術”“魔道”“魔道具”の三つのマナ関連の技術を総して“魔法”という」
『魔術、魔道に魔道具。総じて魔法。きちんと体系化されているのですね』
「実際には更に細かい分類に分かれるがね。基本となるのは三つじゃの」
『それぞれの特徴を聞かせてもらえますか?』
「そもそも“魔法”とは、マナを利用、消費、変換し特定の現象を引き起こす技術体系じゃ。
己が内部のマナを使用することを“魔術”、
外部のマナを利用することを“魔道”、
外部のマナを利用し、己のマナを使用することで起動する機構を“魔道具”という」
魔法についての基礎知識。基礎分類は、マナを基準に考えられている。
マナはあらゆる生命に宿り、生命が生きている以上は、使用されても回復するらしい。
体力と似たようなものなのだろうか、とネフルティスは漠然と理解した。
『魔術と魔道の違いはマナの場所だけなのでしょうか?』
「違うし、そうであるとも言えるな。まず、用途が違う。次に方法が違う。
マナを用いる、という点においては同じじゃな」
この説明には、ネフルティスはしっくり来るものがあった。
自身の持つ知識がこちらで通じることを知ったので、恐らくはこの文化もあるだろうと当たりをつけて話す。
『ああ、なるほど。この例えが合っているかは分かりませんが、音楽のようですね』
「音楽か。どう例える?」
新しい視点だ。オルドはそう思う。素人意見と馬鹿にすることはない。
『魔術は独唱。魔道は合唱。魔道具は合奏用の道具、という感じではないでしょうか』
「素晴らしい。これほど簡潔な例えは聞いたことがないな。今度から使わせてもらうとしよう」
『間違っていないようでなによりです』
互いに笑みをこぼす。
恐らく、二人揃ってでは、この会談で生まれた初めての喜色を孕んだ笑みである。
相互理解の糸口が見つかった、と喜んだのだ。
「魔術は独唱のように一人でこなせるもの。どこでも誰でも使えるし、アレンジも効かせやすい。
魔道は合唱。複数名が協力して使うものだ。事前に申し合わせが必要であり独唱より更に難しいが、効果は大きい。
魔道具は道具じゃ。操作する者がおらねば意味は無いが、作られた音を少ない労力で出すことができる」
独唱の一人で行うとは、自分の内包マナを指し、
合唱の複数で行うとは、外部にあるマナを指し、
少ない労力でとは、手間を省ける便利さを指している。
なるほどとオルドは思った。差異に小さなずれは見られるが、抑えるべき点をきっちり抑えている。
無論、差異について詳しく解説するつもりは、現時点のオルドにはない。
『音楽の概念もこちらとズレがないようでほっとしています』
「確かに」
ここで止めるべきか、更に聞くべきか。
ネフルティスは茶を口元へ運びながら考える。
必要な情報は手に入れることができた。
これ以上はこちらの手札を明かすことになる。
それでもと彼は思った。
知りたい、と。
7月02日 誤字修正
7月05日 誤字修正