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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第一章 異世界と勇者
5/33

05 情報のリスク その2

初の連日投稿になります。


 これから語ることを思ってか、マイヤは一度目を閉じ深呼吸をする。

 吐き出す吐息に、少し震えが混じる。



「改めまして。ネフルティス様。私達サーランド王国は、貴方様を“勇者”としてお呼び致しました」

『そう緊張せずに。まずは目的を教えて下さい。なぜ“勇者”を召喚したのか』

 ありありと感じられた緊張を解すよう、ネフルティスは声をかけた。

 ブルーメ、オルドは共に黙り聞き役に回っている。



「現在このサーランド王国は魔王の脅威に曝されているのです。その脅威からお救いして頂こうと召喚を行いました」

『魔王、ですか?』

「はい。サーランド王国は最初は小国でした。王を中心に一致団結して領内の魔物や獣を駆逐し、森を切り拓き、少しずつ国土を広めてきたのです。結果国民は増加し、国は栄えてきました。……何か?」


 ネフルティスが考えこむように僅かに目を伏せた。それをマイヤは見逃さず声をかける。

 こういった場では、語り部の言葉を遮るのはマナー違反であり、何かを聞きたい場合はそれとなく察せさせるように動く、というのはネフルティスの常識だった。どうやらそれは、こちらの世界でも同じことらしい。



『話の途中にすみません。ちょっと気になったもので。サーランド王国は今年で何年目に当たるのでしょう』

「はい。今年で丁度五百年を迎えます」

『ありがとうございます。続けてください』

「はい。その繁栄を脅かす存在が現れたのです。それが“魔王”です。魔王は魔物達を統率し、これまでとは比べ物にならない脅威として我々に戦いを仕掛けてきました」

 マイヤの声にやや熱が篭る。



『過去形ですね? 魔王の脅威は取り除かれたのですか?』

 翻ってネフルティスの声は冷静そのもの。



「はい。一度目は。統率された魔物の強さは伝承に残っているだけでも各国の数十倍の戦力であったと言われています。

 そこに現れたのが、“勇者”です。勇者は圧倒的な力で魔物を滅ぼし、攻めこまれた領土を回復していきました。

 ですが、幾ら勇者の力が強かったと言っても、一人では魔王を倒しきる事は叶わなかったのです。魔王は、封印されるに留まりました」



『なるほど』

「お察しの通り、魔王の封印が解けかかっています。ネフルティス様には、先代の勇者に成り代わり魔王の打倒を、叶わないならば新しい封印をお願いしたいのです」


 どうか、と細い声と共に頭を下げるマイヤ。

 その声は恐怖が混じり、魔王の脅威に現実感を持たせ、義憤を湧かせるものだった。

 ネフルティスは返答はせず、冷静な声のままで疑問を告げる。



『よろしいですか?』

「はい」


『その魔王の封印とやらはいつ頃の話になるのでしょうか?』

「およそ二百年前と言われています」

『ならば、なぜ封印が解け掛かるまで放置を?』

「封印は魔王との決戦の地に施されております。そこに近づくのはあまりに危険が伴ない……」


 尻つぼみになる声。

 マイヤは危険な場所へ行かせようということに罪悪感を覚えていた。

 あまりに恥知らずで勝手なことをお願いしている。本当にこれはお願いして良いことなのか?

 必死に見ないよう、考えないようにしていたことだった。

 だが当事者になる彼を目の前にし、淡々と事実を確認されてなお目を背けられるほど、彼女は強くはない。

 迷いが言葉から熱を奪い、勢いを失速させる。

 そのことを察したネフルティスが、言葉を続けさせるように口を開く。



『ふむ。ならばもう一つ質問を。封印を施した後の勇者はどうなったのでしょうか?』

「……伝承では魔王封印の際に、封印の礎となり倒れられたと」

『事実ですか?』

「事実ではない」


 質問に答えたのは、マイヤではなくオルドだ。

 オルドは小さく息を吐く。交渉役に迷いが出てはもはや交渉にはならない、と判断してのこと。



「オルド様!?」

「この者は察しておるよ。ならば虚偽装飾はこの場に要らぬ」

「それは……そうかもしれませんが……」


『では次に、召喚の方法についてお伺いしたい』


 ネフルティスはオルドの発言に何も言わず、続きの話を要求した。

 耳触りの良い伝承は民を納得させる義務を背負う王の為。過去にトラブルが遭ったことは確定したからだ。



『その先代の勇者は、召喚によって現れたのでしょうか?』

「は、はい。そうです」


 慌ててマイヤが答える。

 交渉役を奪われることを必死で避けようと、懸命な努力の証として。


『召喚はどういった形で行うのでしょう? 術式、という意味ではなく、召喚される者の条件という意味で』

「“世界で最強の人類種”“こちらの世界で問題なく生存できる”、という条件付けをされたと聞いています」

『なるほど。この条件は今回も一致していますか?』

「はい。二百年も前の召喚だったので、条件を変更して問題が生じては対処できない、ということでしたので」

『召喚について詳しく知っている方は居らっしゃらないのですか?』


「最初に召喚を成功させた者は既に死んだ。勇者と共に魔王に挑み、その過程で果てた」

 オルドが答える。その声には懐かしむような響きがある。



『よく分かりました。つまり、帰還の方法は存在しない、ということですね?』



 この場に居る人間は誰一人としてネフルティスの言葉に感情を感じ取ることができないでいた。

 あまりに平坦、字面を追うだけの事実確認でしかない。



「させる意味も無いからのう」

「オルド様! そんな言い方は……!」


「取り繕っても仕方あるまいよ。魔王の問題を片付けられるならばよし。

 あわよくば生き残ったなら、次はその力を使って他国と戦争じゃ。

 それも片付いたならば、姫を充てがい子を生し国を守らせる。完璧ではないか」


 声に抑揚はなく、告げる内容に面白みを感じないとばかりに鼻を一度鳴らす。

 マイヤは反発を覚える。感情的になっていることは理解していたが、止まれない。



「そんなっ!? これまでの生活を奪い、更にその力を利用して……それでは奴隷と変わらないではありませんかっ!?」

「なんじゃ? マイヤ嬢は召喚が英雄譚のようなものだとでも思っておったのか? ならば夢を潰して悪かったのう」

「あまりに……非道ではありませんか?」

「ふむ? 忘れてしもうたか。以前に教えたと思うたがな。国を繁栄させる為ならば、何をしてもいいし、何もかもをせねばいかんのだぞ?」

「それ、は……」


 淡々と告げられるオルドの声に、マイヤは言葉を失う。

 何か言わなければならない。このような言葉を許してはならない。



「第一、マイヤ嬢には怒る資格などありゃせんよ。呼びつけた方なんじゃからな」

「……」


 追い打ち。完全に沈黙するマイヤ。

 それはそうだ、と理解する。怒る資格など、到底ありはしないのだから。



「それに、奴隷と一緒と言っておったが、それは違うぞ? 気に入らんなら反抗すれば良い。世界最強の力でな」

「!!」


 挑発するようなオルドの言葉に、はっと顔を上げるマイヤ。

 ネフルティスは一見穏やかだが怒っていない訳がない。しかも世界最強の力を保持している。それが自分に、国に向けられたとしたのなら。

 マイヤは恐怖と共に自分の甘さを自覚した。



『――お話は終わりましたか?』

「ああ、スマンスマン」


 マイヤが目を向けた先、ネフルティスは二人のやり取りが終わるまで待つように、お茶を楽しんでいた。



『あまり淑女をからかうものではないと思いますよ』

「お。これは脈ありかのう? やったなマイヤ嬢!」

「――」


 マイヤには笑顔で談笑を続ける二人が理解できない。

 なぜ怒らないのか? なぜ笑えるのか?

 いや、マイヤ自身にも理解はできていた。

 ただ、それを実践など到底できない、と知っただけであり、それを平然と実践している二人を何か得体の知れないモノと認識したに過ぎない。

 あれは、別のイキモノなのだと。



「ふむ。残念ながらマイヤ嬢は気分が優れぬようだ。ブレーメ」

「はい。すみませんネフルティス様。御中座をお許し下さい」

『それは大変だ。どうぞごゆっくりお休みください』

 ブレーメが役職ではなく、名前を呼んだ意味。それは立場ではなく彼個人への借りであるという宣言。

当然ネフルティスが断るはずもなく、マイヤは青い顔のまま早々の退場となった。



「――して、どうかな? 若いの」

『何がでしょう?』

「決まっておる。戦うかね? 我が国と」

『随分性急ではありませんか? まだお約束の前提情報の開示も終わっておりませんが』

「それはわかっておるのだがな。まあ、マイヤ嬢を安心させてやりたい。あれは数日はまともに眠ることも叶わんだろう」


 少々毒が効き過ぎたか、とオルドは思っていた。

 目の前の若者はこちらの挑発にも乗らず、王女のヒステリーにも戸惑う素振りすら見せず、ただ事実を分析している。

 それはもう外交慣れしているなどというものではない。明らかに楽しんでいる。

 どうにかしてこの男をサーランドに取り込めないものか。

 オルドは目の前の底知れぬ若者を欲していた。



『見返りはなんです?』

「儂が若いのの味方をしてやろう」


 笑顔。そして両腕を大きく広げて度量を見せる。

 宮廷魔術師第一位といえば、王にさえ意見を通せる立場だ。

 その後見が得られるとなれば、下手をすれば戦場にさえ出ずに済むかもしれない。

 それほどの特権である。



『随分と第二王女に入れ込んでいるのですね』

「孫娘みたいなもんじゃからのう。王族には向かぬ優しい娘なのだぞ? 本当に」

『魅力的な提案ですね。ではまあ、その前に二つ答えていただきたい』

「ふむ。答えよう」


 ネフルティスには意外だった。目の前の老人が自分の立場を危うくする可能性すらあることを平然と言うのだから。

 しかし、と思い直す。この老人に怖いものなど無いのだろう、と。ゆえに欲するがままを行う。

 それだけの強靭さが彼にはある。思惑に乗るのも一興。

 だが、確認は必要であると質問を続行する。



『まず一つ。他国とサーランド王国の関係について』

「悪くはない。

 南は海ゆえ脅威は今のところない。

 西に魔王領と呼んでいる地域がある。

 北にカイラス帝国、まあ皇帝のワンマン国家じゃな。戦は強いが外交は怖くない。この国も魔王領に面しておる。

 東にベルギット諸国連合。中小国家の寄り集まりじゃな。軍隊は強くはないが、海千山千の商人共は煩わしいな。

 諸国連合の更に東、騎馬を得意とする遊牧民族が散在しておる。知られておるのはこんなところか」


 ネフルティスはざっとの情報を頭の中で整理し地図を描く。

 五百年という歴史を持つ王国。その歴史は重い。それは人々に苦境にも耐えるだけの忍耐力を与えるに十分だ。

 よい国民なのだろうと思うと同時、発展性は低そうだと批評もする。

 もしかすると周辺国家と産業力に歴然たる差があるかもしれないと危惧した。



『次に、魔王、魔物の強さについて』

「魔王の強さは伝承でしか分からん。伝承では“膨大な魔力を持ち、天変地異を巻き起こす”などの超越的な力の持ち主であるということくらいじゃな。

 魔物は小型のものならば腕の立つ人間なら数人で相手をできる。

 中型になると二十人前後の小隊規模が必要。

 大型になると最大で千人近くの兵隊が必要になるか。

 そしてそれらを統率する魔族と呼んでおる者らがおる。数は少ないが、戦場に出てきた際には被害は大きくなるな。いつも騎士団の連中が悔しがっておるわ」


 魔王領と接地しているからサーランド王国は攻められていないだけ。

 ネフルティスにしてみれば、そう判断せざるを得ない情報だった。

 諸国連合にしてみれば盾をわざわざ裏から攻撃する必要はなく、帝国にしても手間を二倍にする必要はない。

 年月で凝り固まった価値観は、ブレイクスルーのタイミングを逸している。



『なるほど。比較的サーランド王国の危険度は高いのですね』

「じゃから若いのを呼んだ。どうじゃ、英雄になってみんか?」

『返答は保留、とさせてください。今しばらく敵対はしません』

「おお。ありがたい。これで儂も枕を高くして眠れるというものよ」


 これは嵌められたな、とネフルティスは笑った。

 オルドやサーランド王国にしてみれば、時間は有利に運ぶ。

 そもそもやっていることが拉致誘拐であり、更には最前線に出て戦えという無茶苦茶な内容だ。しかも帰り道はない一本道で、伝承によれば世界最強の力の持ち主。

 召喚直後の暴発が最も恐ろしく、可能な限りこの国に愛着を持たせるよう努力する。

 その為には、僅かな時間だろうと惜しかった。

ちょっと長くなりました。

どこかで区切っても良かったかもしれません。



7月02日 誤字修正

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