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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第一章 異世界と勇者
3/33

03 移動のリスク

場面転換が起こります。

R-15、残酷な描写等はまだ発生しません。それを楽しみにしてくださる人達には申し訳ありません。

『勇者、ですか?』


 ネフルティスは、慎重に言葉を選んで聞き返す。

 その言葉に対しマイヤは緊張に身を強張らせた。

 互いに相手の素性も知れない手探りでの会話。慎重になるのは必然だった。


「はい。ネフルティス様。と、申しましても少々込み入った話になります。場所を移させていただきたく思うのですが、いかがでしょうか?」

『安全は保障されるのでしょうか?』


「当然の不安かと思います。ですがご安心ください。サーランド王国第二王女の名において安全は保障致します」

『ふむ。ならば是非もありません。案内、よろしくお願いします』

「ありがとうございます」


 こちらへ、と声を掛けマイヤは先導を開始する。

 マイヤは彼に顔が見えない位置に立つと緊張を僅かに解き、それを悟られぬよう息を小さく吐き出す。

 青年はその動きを見て見ぬ振りをし、マイヤの後をゆっくりと歩いていく。


 ネフルティスの後には、ローブ姿の人間達が並んでいたが、召喚時よりも人数が減っていた。そのことも彼は気づいてはいたが何も言わない。誰も説明しようとしない。恐らくは、責任者の下へ報告に向かったのだろうと彼は判断した。




   †   †




 石造りの部屋から出れば上り階段があり、ネフルティスは自分達がどうやら地下室に居たらしいことを、太陽光の眩しさに知った。目が眩んだがそれも僅かのこと。彼が一度背後を確認すれば、何かの偽装が施されているのだろうか、出てきたばかりであるはずの出入口は一見ではどこにも存在しない。そこには石壁があるだけに思えた。


 周囲へ視界を向ければ、そこは新緑に満ち溢れる中庭の一角。

 整然と刈られた芝生に、平石と砂利を詰めた歩道。少し歩けば噴水からは絶えず水が溢れ、植えられた草花からは大地の匂いは充満し、これでもかと生命を主張しているようにさえ思えた。


 ネフルティスは足を止めて周囲の景色を愛でる。これまで映像でしか知らない物が目の前にあるという事実は彼に感動を与えた。自然と笑みがこぼれる。

 足を止めた彼に、マイヤが声をかける。


「お気に召しましたか?」

『ええ。とても素晴らしい。このような庭は見た事がありません』

「そう言ってもらえれば、庭師達も喜ぶでしょう。もちろん、私も誇らしいですけれど」


 やや興奮気味の声音のネフルティスに、マイヤは僅かな安心を得た。召喚され、言葉が分からずとも冷静に表情を変えることがなかった彼。張り詰めた空気が、少しでも緩んだように思え、息苦しさを感じなくなっていた。


『あの噴水は魔道具なのでしょうか?』

「はい。水の浄化と循環を常に行う魔道具と聞いています。なんでも周囲のマナを利用する物で、仕組みが破壊されない限りは永遠と動くのだとか。手入れは小まめに必要らしいのですけれどね」


『それは素晴らしい! 周囲の木々が生命力に溢れているのも道理ですね』


 ネフルティスの声に力が篭る。周辺をキョロキョロと落ち着きなく見回す彼にマイヤは微笑みながら会話を続けた。


「はい。私もそう思います。この場所は王城内でも憩いの場として利用されることが多いです。皆、草花から元気を分けてもらっているのでしょう」

『ははっ。私も一息入れることができました。この場所のおかげですかね』

「それはようございました」


 談笑を続け、ゆったりとした歩みになりながら、王城内へ案内は続いていく。




   †   †




「それでは、謁見までこちらの部屋でお待ちください。後ほどお茶など運ばせますので」

『はい。よろしければマイヤ殿。その際にはご一緒していただいてもよろしいですか? この世界のことをもう少し聞いておきたいのです』


「私などでよろしければ」

『貴方だから、と言っては紳士ではありませんかね?』

「いいえ。嬉しいですよ」


 それでは一端失礼します、とマイヤが退室する。

 ネフルティスにはマイヤが着替えに行ったのは分かっているのでそのまま見送り、まずは室内に目を向けた。


 王城の三階に用意されたゲストルーム。部屋の広さは先ほどの中庭と同サイズ。窓は厚いガラスがはめ込まれており、頑丈そうだ。

 自分の背丈ほどもある窓は開閉が可能だが、鍵は小さなネジ式の物があるだけ。

 窓から外を眺めても、先ほどの中庭と、この城は三階建てなのだろうという判断が付く程度の景色しか見えない。ネフルティスには、どうにもゲストルームというよりは、隔離部屋と言った方が合っているような気がしていた。


 絨毯、ソファ、テーブル、ベッド、執務机、ベッドサイドテーブルにはガラス製の水差しとコップ。とりあえず欲しい、と思える物は全て揃っており、全てが一流と思える技術で作られている。紙は目が荒く置いてるペンとインクでは上手く滑らせないと文字の線が滲んでしまう。製紙技術はあまり高くないのかもしれない。或いは、この部屋には上質紙を置く必要がないくらいの階級の人間を迎える部屋なのかもしれない。判断がつかなかった。


 ネフルティスはいつもの癖で、執務椅子に腰掛、肩肘を付いてまどろむように思考に没頭する。今までのやりとりに幾つかの情報を得、頭の中で整理する必要があると判断したためだ。薄暗い石室から出たばかりでこれだけ好奇心を刺激されるとは思ってもいなかったのはたしかだが、情報がまだまだ少ない。



 一つ目は魔道具と呼ばれる装置のこと。

 噴水と翻訳の指輪しか現物は確認していないが、小型大型を問わないようだ。マナと呼ばれる動力源を用いた仕組みを持つ装置を魔道具、と総称していた。


 マナはかなり万能な要素のようで、どの程度一般的なのか、どれ程のことができるのか、後で確認する必要があるだろうとネフルティスは思う。



 二つ目はこの場所は異分子を警戒している、ということ。

 先ほどの整然と配置された中庭には、隠れられる場所が無い。

 庭師、憩いの場としての利用、居心地の良さ。どれもが、人を留めておくに相応しい環境だ。

 中庭はわずか三十メートル四方に満たない――後でこの世界の単位なども聞いておかないとならないなと彼は基本要素の違いを懸念した――空間で、中央には目を引く噴水がある。


 隠れられる場所はないが、死角はできやすい。

 だが、人の死角を作り易い状況は、逆にそこさえ意識すればいいということでもある。そういう仕組みを自然と生み出しているこの中庭は、きちんとした設計思想に基づいたものである可能性が高い。或いは、あの噴水に更なる秘密があるのかもしれない、と警戒心を一段階引き上げた。



 三つ目は幾度か勇者の召喚は行われており、自分が最初ではない、ということだ。

 召喚の石室は実務と隠密性のみを考えて作られた造りだった。

 最初に話しかける人物に王女という身分の高い人材を使うことも、翻訳の指輪を予め準備していたのも、ネフルティスが名前だけで自身は何者か語らずとも“勇者”と呼ばれていたこともそうだ。


 更には中庭に最初に出ることも計算の内なのだろう。

 閉所からの開放感。太陽と新緑による気分の高揚。

 魔道具の技術力の誇示、安全への錯覚。

 つまり召喚をした側には、目的があるのはもちろん、トラブルへの事前の対応マニュアルがある。

 ネフルティスはそう判断を下し、そしてそれは正しかった。



 未だ整理しきれない情報は多々あるが、時間切れだ。

 マイヤを招き入れるため、ドアまで彼自身が迎えに出たためである。


 ネフルティスは笑顔で彼女を迎え、マイヤも笑顔で丁寧な礼を返す。

 二人が浮かべた表情は共に笑顔だが、その意味は同一ではなかった。

 一人は親愛の笑みであり、もう一人は仮面の笑みだったのだから。

ここまで読んでいただきありがとうございます。



6月23日 一部修正、一部加筆

7月02日 誤字修正

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