23 条件のリスク その3
分割投稿はこれで最後です。
よもや一万字を超えるとは思わなかったもので。
たまらずグラフェルトが質問した。
「オルドール様。どういうことです?」
「グラフェルト公爵。勇者召喚とは、条件付けをし召喚陣へと勇者を異世界から引っ張ってくることなのは理解できますな?」
「うむ。それは理解できますが」
「つまり、“条件に当てはまる誰か”と“どこから”という二つの情報が必要になるということじゃ。
この“どこから”というのが問題での。“召喚陣”という基点になるところへ勇者を呼ぶわけじゃ。その際に、ネフルティス殿の国は、我が国の“召喚陣の位置を逆算して特定”したのじゃろうよ」
「し、しかしそのようなことが分かったところで意味などありますまい? 異世界からこちらの世界へ来るには召喚が必要なのですから」
「それは確かにそうなはずなのじゃが……」
石室内に動揺が走る。後に確実に削除される内容をオルドは喋っている。
記録が残るならば、普段では絶対に喋らないような、魔法の極秘事項にあたることだ。
それだけ動揺が強かったのだろう。その結果がもたらす結論を想像できないほど、ここに居る人々は愚かではなかったがゆえに。
「単純な話だ。貴方達と我が国では、“世界”の基準が違う。
貴方達が“異世界”と思っている世界は、こちらにとっては“世界”の範疇でしかない。
ならば、座標を特定しそこへ迎えの船を出すのは当然。一度目は突然のことに対処ができなかった。だが備えていた二度目ならば、確実に捉えよう」
「そ、そのような技術が……」
「我が国には在る。星々の間を渡る船も、遥か彼方まで旅を行う時間を調整する技術も」
ネフルティスが一度目の召喚を受けた際、彼は“歩いて”移動した。
そこで彼は思った。これは物理的に通じている場所なのではないか、と。
そして移動した先には、言葉があり、人があり、文明があり、歴史があり、技術がある。
会話を交わすことができる相手。インカムが起動でき、自己が生存できる環境。到底“異世界”とは思えなかった。
決定的だったのは斬り殺された後。マナの研究を行い、結果が出た時だ。どちらの世界でも法則が成り立っていたのだから。異世界というのであれば、どこかに法則の差異が出ていなければおかしい。そうネフルティスは考えており、それが否定されたということは彼にとって異世界ではなかったという結論に至る。
“この世界”にはネフルティスの世界に失われつつある活力が渦巻いていた。
繁栄の極致から衰退へと移行し始めていたネフルティスの世界にとって、“この世界”は魅力的に映った。
幸いにして“この世界”の住人はネフルティスが蘇ったことを知らない。勇者として今一度呼ばれる可能性は大いにあった。
再召喚は賭けではあったが、分の悪い賭けではない。溺れる者は藁をも掴むとはよく言ったもの。過去に成功例があり、方法に希望が見えているからこそ、追い詰められればそれに頼る。
条件は変えることができないと聞いている。ならば、次に呼び出される際の準備をするべきだ。
万全な準備さえしておけば、よほどのことがない限り座標を特定できるだけの力がネフルティスの国にはあった。
再召喚までの二千日で、言葉を学び、魔法への自衛手段を用意し、身にまとう装備は帝を象徴するものに替えた。
覚えたものはマナの供給を一時停止させるだけという魔法と呼ぶのもおこがましいものに過ぎない。
だが準備した札は全てが“鬼札”に成りうる。特化された部分のみを強調すれば、だが。
結果数多くの準備し、ネフルティスは再び“この世界”へと降り立ったのだった。
「そして辿り着いた“この世界”を、この身ごと元の世界へ――貴方達が言う“異世界”へと“召還”させる。
召還魔法の研究には時間が掛かるとは思うが、それこそ時間の問題でしかない」
「そのようなことをさせると思うのかね?」
ラーガスの声と同時に室内に殺気がみなぎる。事実だとするならば、あまりに危険。場合によっては魔王以上の脅威を引き込んだことになる。黙ってはいられないのも当然だった。
その殺気にさえ怯むことはなく、ネフルティスは言葉を発した。
「させるさせないではなく、もはや止めようがないのだよ。この世界の座標は判明している。
恐らくは既に迎えが十全な戦力と共に旅立っているはずだ。この身が確認できなければ、武力を行使することに何のためらいも無いだろう。そちらの人質にして交渉を図ることもできなくはないだろうが、難しいと思うぞ?」
「……」
誰も言葉が無かった。
既に王国、いやこの世界の人間に打てる手は存在しないかのような絶望感。
行うことはこれまで王国が行なってきた召喚とほぼ同じ。ただ、規模が違うだけ。
マイヤは口を引き結び、もっと早くに皆の考えを変えられていれば、と悔やむ。
これまで王国が“勇者”にしてきた待遇を考えれば、自分達がどのような運命を辿るのか想像がついたからだ。
ネフルティスは誰からも声がないのを確認し言葉を続ける。
「対抗する手段は三つだけだ。
一つ目は迎えが来るまでに、星まで届く攻撃を開発するか。我が国は星の高さより地上を焼き払うことが可能だからな。それができねば戦闘にもならない。
二つ目は召喚の魔法を研究解明し、召還魔法を先に完成させるか。要は座標を狂わせればいい。星々の世界は広い。早々見つかりはしないだろうな。
最後に“この身の庇護下”に入り敵ではないと主張するかだ。この身は慈悲深い神として名が通っている。傅くならば、安寧を約束しよう」
「ハッタリだっ! そのようなデタラメ、できる筈がない!」
「ならばただ待てば良い。そうだな。確かに迎えの船がここに辿り着けない、という可能性も無い訳ではないだろう」
絞り出すようにグラフェルトが声を発する。
強い絶望の中、折れずに牙をむき出しにできる強さに、ネフルティスは賞賛の念を送った。
だがその最後の踏ん張りも、脆く崩れる。
「ハッタリではない……。若いのが言っておることはほぼ全てが事実。幾つかの推測部分に、万が一が発生するかもしれない、と受け入れておる程度よのう」
「そん、な……」
オルドは自分が持つ魔道具の性能を呪った。
今話した言葉に、嘘が無いことを知ったからだ。
やはりオルド翁だったか、とネフルティスは知る。
交渉相手が真実を喋っているかどうかを判断するための魔道具は確実に存在すると考えていた。でなければ、勇者の言うことをある程度鵜呑みにする必要が出てくる。それでは自分達の都合のよい存在にはできない。どこかで楔を打ち込む必要がある。勇者が「この相手には嘘がつけない」と思えなくなる程度の備えは必要だ。
リスクとしては、逆に告げられることがどんなに嘘に思えても、「それが真実」なことも伝わってしまう。
自分達が用意した判断基準であるからこそ、その判断に疑いは持たれない。ネフルティスにとっては予想できていたがゆえに逆用できる“返し札”だった。
重い空気が室内に漂う。もはや“勇者”どころではないと言わんばかりに。
それでは困ると、この空気を打ち破るのもまたネフルティスだった。
「絶望的な表情を浮かべているところ申し訳ないのだが。この世界を手に入れても奴隷や植民地のように扱うつもりはない」
「なに……? どういうことか」
ラーガスが奇妙な物を見る視線でネフルティスを窺った。
「“この世界”にはそれぞれ良い所がある。我が国には無いものがある。それを無闇に消失させるのは本意ではない」
「それらを差し出せ、というのではないのか?」
「一方的に略奪するつもりはない。正確には、この身の庇護下に入った時点でそれはできない。他の庇護国の反感を招く」
ネフルティスが言うこの世界の良い所。それは最初に人々が来る。
たくましさを保ちながら進歩を続ける世界自体が価値あるのだ。物を手に入れて価値を失わせるのでは元も子もない。
仮に略奪を行えたとして、この世界の資源を一片残らず吸い上げたとしても、太陽系五つに分配したのでは微々たる量になる。独占すれば反発を招き、これもまた統治上うまくない。
損耗よりも価値があると判断するからこそ手に入れたいのだ。
彼らにとって当然の疑問をラーガスがたずねた。
「なぜそこまで教えるのか、聞いても構わんかね?」
「一つは無闇にこの世界の人々を殺したくはない。迎えの船と戦闘になれば、確実に被害は出る。被害が出れば、怨み辛みが統治を安定させてくれない。元より統治をするつもりも無い土地に割く労力としては赤点だな。
二つはそちらが協力しやすいよう意図的に理由を作っている。この後は帝国や諸国連合とも話をまとめなければならない。王国で躓けば後に苦労する。何が有効な手段なのか反応を知っておきたい。
三つにこちらが能動的に提案しているのだ。情報を出すのが筋というもの。隠し立てからの情報を一斉に出すという行為が過ぎるのも態度を強硬にさせると学んだよ。
四つは信用してもらうためだな。相対しているのがどれほどの相手なのか、口先だけとも思えないほど信憑性を感じているだろう? 情報は隠すことで盾にできるが、表に出すことで刃になるものだ。扱いは間違えたくない。
以上だ」
ネフルティスは言葉を連ねる。その理由のどこにも感情を含まずに。
怨み辛みは彼の方にこそあるだろうとラーガスは思う。だがネフルティスはそれを一切見せない。
国を預かる者としての役割に徹していた。
その態度に感服すると同時、必要ならば虐殺もためらわないのではないか? とラーガスは危惧する。
少なくとも、今この時この場所で、王国の決定的な破局を導く訳にはいかない。
国王は決断した。
「……分かった。そこまで語らせてしまって嫌とは言えまい。サーランド王国は“勇者”の下に庇護を求めよう。ただし、神としてではなく、あくまで“勇者”として、だ」
神ではなく勇者よりの庇護。
国民に告げる上で都合がいいのと同時、あくまでネフルティスを“人として捉える”ということ。
神が相手では人質としては使えない。最悪ネフルティスを迎えに来た者達が暴虐を働かないとも限らない。その為の保険だった。
「十分条件だ。ならばこの身は“勇者”として立ち、“身柄を引き受けた者”と共に魔王を打ち倒そう。その為に第三の条件として、例の魔道剣を借り受けたい」
この言葉には、王国側の人間が全員驚いた。
「なんと……貴方はサラエントまで救いになるつもりなのか……」
「勘違いしてもらっては困るのだが、この身はただ一度失態を演じたからといって切ることはしない。失点はそれ以上の得点を持って返すべきだと考える。そして彼女にとってその好機は、共に魔王を倒すことに他なるまい」
取り返しの付かないことは多々ある。だが、ネフルティスはそれを赦し、さらにはサラエントが欲していた立場さえ与えるという。“勇者”と共にある“英雄”――物語の一節として正しい在り方だ。そして、これでさらに国民への布告が盤石になるのを全員が感じた。
魔王討伐の戦力としてサラエントは役に立つ。だがあえてネフルティスは告げない。それは赦すという行為への代価となってしまうためだ。彼女に必要とされる代償はあまりに大きく、遙か高みからの慈悲によって一方的に赦される必要がある。
ネフルティスの計画上、魔王が王国を滅ぼしてもらっては困る。反撃が必要だった。そのための戦力としてサラエントの力は有用であるのだが、死罪確定の身では無理というもの。彼女を戦力として使うためにも、身柄を引き取る必要があった。
庇護した以上、率先して戦いに出よ、とは言えなくなる。護るべき対象に含まれるのだから当然だ。
反撃を行うにも勇者一人では厳しい。戦力が必要だった。サラエントは庇護するよりも前に身柄を引き受けている。ゆえに戦わせるのに問題はない。その点でも都合の良い相手だったと言えよう。
「危険な旅路になると思われるが……」
「無事に旅路を終えるためにも魔道剣を渡してくれ」
ラーガスの指摘は、勇者と英雄の二人を慮って(おもんばかって)のこと。
曰くつきの剣が、名だたる剣に変わる瞬間とは、このようなものなのかもしれない。
書記官のアリカはそう思いながら、三つの条件が全て結ばれたことを書き記した。
サーランド王国に“勇者”が現れたという噂は、瞬く間に三ヶ国に知れ渡ることになる。
人族の反撃が始まろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
読み飛ばしが起こらないよう三日に分けて投稿しましたが、連続でも構わなかったでしょうか?
ご意見いただければ参考にさせていただきます。
1月21日 誤字修正




