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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第二章 魔王領の侵攻
22/33

22 条件のリスク その2

 分割投稿2話目です。


「21 条件のリスク その1」からお読みください。

「この身に庇護を求めよ」




「それは……! サーランド王国がネフルティス様という個人に庇護を求める、ということでしょうか!?」

「その通り」


「あ、あまりにも荒唐無稽ではないでしょうか?」

「なぜだ? 現に勇者召喚を行い、助けてくれ、と言ったではないか」


「それはッ! 魔王を倒してくださるようにお願いしたのであって……」

「何が違う? 魔王とは、一国の命運を左右する個体なのではないのか? それを倒せ、というのならば国が庇護を求めたも同然だろう」


 暴論だ。国が個人に庇護を求めるなど馬鹿げている、とこれまでの常識がマイヤを翻弄していた。

 一方で、魔王の力と今王国が被っている損害状況、そこから救われたくて勇者を召喚した事実。すでに庇護を求めている、と言われれば納得せざるを得ない理屈が、更にマイヤを混乱させる。


「王国が庇護を求めるというのであれば、この身としても我が国としても立つ瀬が在る。“勇者にかしずく”というのであれば国民への理解も得やすかろう」

「……そしてネフルティス殿は国民からの安全を確保する、ということか」


 オルドが呟き唸る。確かにネフルティスの立場からすれば、王国がしたことは代価を持って替えられるようなものではない。


 それを代価を取らない方法で替えに来た。


 金銭や価値ある宝、領土や国王の命。どれを選んでも国民からの恨みは買う。

 代価を取るという行為自体が、国民に恨まれるのであれば、国のどこにいようと危険は免れない。

 ゆえに、代価を取らず、自らに傅いた分だけ力を貸すことで国内での身の安全を確保しようという手法だろう。


 双方にとって起こりうる損失を最小に抑えられる方法だ。ただこれには強い拒否反応が王から出ることは目に見えていた。


 グラフェルトは笑顔のまま。現状ではどちらに肩入れした方が得か決めかねているようにも見える。どちらにしても一枚カードを持たれたとオルドは内心溜息を吐いた。



「よもや戦の一つもせんで国を乗っ取られる訳にはいかぬ……」



 ラーガスが重い声で告げる。庇護下にある、ということは統治能力を疑われ権利を奪われることに等しい。軍備の縮小から税や法の取り決めまで、庇護した側の発言権は大きくなる。王国という統治形式をを取っている以上、王の権限に枷を嵌めるようなもの。


 国王であるラーガスが納得しないのも当然と言えた。

 だがネフルティスは続ける。


「ならばこの身を“神”と扱えば良い。そして象徴とし、政治権限を与えなければ問題はあるまい。幸いにしてこの世界の宗教にも神はいない。権限を求めて来る輩も少ないだろう」


 最初から用意していたかのように間髪入れずネフルティスは答えた。

 彼にとって最初から欲していたのは王国の権力ではない。まず必要なのは“自らと王国が争わなくて済むようになる理由”だ。

 謝罪され、立場を認められたのならば魔王を倒した後の一歩に繋がる。

 

 ネフルティスは魔王を倒した後のことまでを考えていた。正確には、考えが決まったのは二回目に召喚されるより前まで遡るのだが。

 さすがにこれには驚いたのか、グラフェルトが笑顔を消して質問する。



「……理解できませんな。なぜそこまで無欲になれるのです?」

「小さな権力を手にした所で、一体どれほどの意味があるというのか」


「サーランド王国を小さいと愚弄するか!」

「大きいというのであれば、既得権益を失うことを考えるよりも、まずは賭けであっても現状打破の機会を逃さぬようにするべきだと思うが?」


 グラフェルトが出した大声は記録を見据えてのもの。

 小さな点だが、責めるべき場所は逃さない。


「国を崩壊させるような危険は看過できぬ」

「然り。ゆえに権益放棄を申し出た。それを無欲ゆえ理解できない、では小さいと言う以外に何があるのか」


 ラーガスが答えるのは、会談時にマイヤが指摘したネフルティスの危惧と同じもの。

 自らの権力基盤が揺らぐことを危惧しているのではなく、権力基盤が揺らぐことで生じる様々な危険を危惧してのこと。


「……ネフルティス殿。何か隠し事をしておりゃせんかね? 権益放棄と小さな権力を手にせぬ理由は重ならんじゃろう」


 オルドの指摘。

 オルドの周囲に浮かんでいる魔道具は健在。それの一つが違和感を増大させたのだ。

 ネフルティスは、大きな権力だろうと権益放棄を申し出たに違いない。


「若いの。一体なにをもって“小さな権力”と言うのか。そこを教えてはもらえんかね?」


 ネフルティスはしばし黙考する。

 頭外領域を用いても、このことを告げることでどう王国側の対応が変わるかは予測しきれなかった。思考領域が拡大しようと、新しい発見や思考が産まれる訳ではない。漏れなく拾うことはできても、未来は予知できるものではない。頭外領域の限界がそこにはあった。


 これは賭けになる。ネフルティスは思った。


 結果としてはどちらも同じ。そこに辿り着くまでの被害の規模が変わるだけ。

 魔王という歴然とした脅威がある中、もう一つ脅威が加わったとして彼らは耐え切れるだろうか?


 この世界の人間は逞しい。神さえ居らず、自分達が作られた種であると知ってなお潰れはせずに繁栄している。

 ならば言うべきだ。ここで短慮を起こされ、敵対され害されたとしても。


「――では告げる。我が国は近々この世界を手に入れてしまうだろう。ゆえに今、王国という小さな権力を握ることに意味がない」

「それは一体どういうことかっ!? 宣戦布告と捉えてよろしいのかなっ!?」


 グラフェルトが大声を上げる。先程の演技じみた声ではない。本心からの大声だ。

 書記官のアリカさえ手を止めてネフルティスを見た。声は出さずともその顔には驚きが溢れている。

 残る四人は、声を殺し耐えた。口を開けば信じたくないがゆえの暴言が出ることは容易に想像できたがゆえに。



「逸る気持ちは理解できる。だが考えてみて欲しい。二度も国家元首が拉致され、なお黙っている国があるものかと」


 よく耐えてくれたと心で礼を言いながら、ネフルティスは努めて冷静な声を出す。

 宣戦布告と呼べる行為をしてきているのは、本来はそちらなのだ、と言外に込めて。



「そ、れは……」


 言外に込められた意味を察し、グラフェルトは勢いを失う。

 言外に込めた部分では、記録にも残らない。ネフルティスの配慮を感じたのだ。



「僅かに数日の滞在、見たのは城内に街の様子が少し。会話したのも数人だ。だがこの世界には価値がある」


 ネフルティスの言葉は淡々としたものだったが、その場に居た全員を圧倒した。


「ゆえに手に入れることが決定してしまったのだ。二回目の召喚時にな」


 声のトーンは落ち着いたもの。そこに込められた意味を察し、敏感に反応したのはオルドだった。




「二回目の? そうか! 位置を割り出したのかッ!」


「さすがは宮廷魔術師第一位のオルド翁。話が早い」




 二人だけが理解していた。

 世界を手に入れるその方法を。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 まだ続きます。


7月21日 一部修正

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