21 条件のリスク その1
お待たせしました。
長くなってしまったので分割投稿になります。
3日に分割しての投稿になります。まとめて読みたいという方は後2日お待ちいただければ幸いです。
王城に戻ったネフルティスは、マイヤを通じラーガスへと願い出た。
「早急にお話したい案件がある。
時間と場所はお任せするので本日中の会談をお願いしたい」
儀礼を全く無視した遠慮のない要求。
本来ならば王との会談を即時に求めるなど言語道断である。
だがネフルティスには時間があまりない。
“勇者”という立場がこの国に再度召喚された以上、それが国内外を問わず知れ渡るのは時間の問題だ。
知れ渡ってしまえば、“国を想う忠義者”が出てくる可能性は低くない。忠義者は自己判断で勇者であるネフルティスを害するか、他には篭絡、傀儡化など様々な野心で近づこうとするだろう。それでは全てが台無しになってしまう。
確認すべき事柄は確認できた。ならばここからは時間との勝負だ。
ネフルティスはそう思いながら、ゲストルームで待つ。
ゲストルームの扉が叩かれるのは、それからしばらくしてのこと。
陽は大分傾いているが、日没までには間に合った。
† †
王城内にある地下の一室。堅牢な石造りの部屋に、ネフルティスは通された。
採光用の窓さえ無く、空気はひんやりと重い。まるで地下貯蔵庫のような部屋だと彼は思う。
部屋の天井四隅には魔道具が設置され、それが空気清浄を担っているようだ。天井それ自体が光を発しており、室内は地下にも関わらず暗くない。
壁には地図が貼られ、幾つも印が付けられている。
部屋の中央には八人掛けの円卓が配置されている。ここは戦時における作戦司令室を兼ねているのだろう、とネフルティスは判断した。なるほど、ここならば誰かに聞かれることもなく、安全に話し合いが可能だろうと得心した。
入り口から通されたのはネフルティス一人。待機していた執事長ブルーメに椅子を引かれ、着席を促された。
ネフルティスはそれに従い、ゆっくりと腰掛けながら出迎える人々を見ていく。
円卓を挟んで国王ラーガスが座り、その横にマイヤとオルドが居る。ラーガスの背後には騎士団長ブロンズの姿もある。
オルドの横には女性が筆記用の書類を前に座っている。書記官だろうと当たりをつける。
マイヤの横には恰幅も身なりも良い、恐らくは貴族の男性が椅子に浅く座っていた。脱帽した頭は綺麗に禿げ上がっていた。
最初に口を開いたのはラーガスだった。
「少々狭苦しいが、この度の会談では機密性が大事と思ってな。ここにさせてもらった」
「ありがたい配慮だ。それに急な申し出を快く受けてもらったことに感謝を」
「ネフルティス殿が早急と言うならば相応の理由があろう。応じるのはやぶさかではない。ともあれ本題に入る前に彼らの説明はしておかねばなるまい」
ラーガスの言葉に首肯し、新しい二人の姿を観る。
「オルドールの横に居るのがアリカ・フローゼン。森人であり書記官として今回の会談を公式に記録する」
立ち上がり一礼。緑髪が特徴的だ。怜悧な目元は口以上に物を言うかのようだった。ネフルティスにとって初めて見る森人だが、なるほどマイヤのような星人とは別の美しさがあると感心していた。言葉を発さないのは、自分の発言も記録に残す必要性が出てくるからか。彼女は会議に参加することはないのだろう。
「そしてこちらが貴族院長のグラフェルト・サー・ラルド公爵。今回の会談の見届け役になる」
「よろしくお願いしますぞ。ネフルティス様。私のことは是非親しみを込めてグラーフとお呼びください」
にこやかな笑顔を浮かべて告げるグラフェルト公爵。
どうやら耳の早い人物のようで、恐らくは“国を想う忠義者”の一人だろう。笑顔で細くなった眼の奥に、野心の光が見え隠れしているようにネフルティスは思う。
あえてそれを見せているのか、隠せないのか。恐らくはあえて見せているのだろう。見届け役というよりも見極め役、と言った方が正しそうだと警戒する。
「初めてお会いする方にそのような愛称は用いれぬ。グラフェルト公爵。その気遣いは嬉しいが、今は不要だ」
「然様ですか。いやはや残念」
断られても表情も口調も一切動くことはない。こういった人物は内心を見透かすのが難しい。
交渉において、既に十分な権益を保持する人物であり野心を持つといったタイプは相応以上の能力を兼ね備えていることが多々ある。彼らは利益を確保するのが前提ではあるはずだが、あっさりと利益を放棄し不利を取れる自由さを併せ持つからだ。
人物を掴むためには最低限の調査が必要であり、少なくても今ここで行えることではない。
対してネフルティス自身は多少ではあるが知られている。未知と既知の差はどこで不利に働くか判らない。気を引き締める必要があった。
「さて、挨拶も終わったところで話を進めよう。ネフルティス殿、早急な案件、とは一体何かな?」
質はあまり良くない紙に、ペンが滑る音がする。アリカと呼ばれた書記官が筆記を始めた音だ。
交渉は開始された。これまでとは違い、公の記録に残る交渉。
無様な姿は後の失点に繋がる。その場に居る全員が気が引きしまる思いだった。
ラーガスの言葉には、様々な要素を省いている節がある。
それらはグラフェルト公爵に聞かせたくない部分の話でもあるのかもしれない。
だとするならば、それは一体何か?
ネフルティスの疑問に“頭外領域”はサラエントのことだと回答を出す。
サラエントの立場は悪い。
王命に逆らい弔いの墓を作っていたと知られたならば、グラフェルト公爵にとっては良い札をタダで手に入れられるようなもの。
ならば逆に、まずはその話題から片付けるべきだとネフルティスは判断する。
公爵と王族がどのような関係にあるのかは知らないが、元を断ってしまえばその話は続けられないはずだからだ。
「ああ。幾つかの条件をサーランド王国が飲むならば、“勇者”を引き受けても良い、と判断した」
「本当ですか!?」
思わずマイヤが声を上げる。喜びの感情が混じった声だったが、はしたないとすぐに口元を抑えた。
「……して、条件とは?」
対して慎重な声を出して伺うラーガス。以前に見せられた手札は全てが鬼札。それらを盾にどのような条件を繰り出してくるのか、ラーガスには楽観できないでいた。
「第一に、サーランド王国第一王女サラエントの身柄の引渡し。これは絶対だ。これにはこの身への謝罪の意味も含まれている。飲んでもらわねば話にならん」
「それは……うむ。こちらの都合では裁かせてもらえんのだな?」
「無論だ。こちらで裁くために身柄を要求すると考えてもらって構わない」
「……」
長い沈黙が訪れる。
サラエントを裁くために身柄を要求される。交渉が上手くいったとして、英雄を一人失い勇者を一人手に入れるということになる。
父親としては承諾できるものではないが、娘が行ったのは命を奪うということ。責任は果たさなければならない。罰を受けるならば、代わってやりたいが、国王という身分でそれは許されることではない。
ここで私情を挟むようでは、王族などやってはいけないのだ。
それに、と思考が繋がる。ネフルティスは処刑のために、とは言わなかった。ともすれば確実な死が待つ王国よりも生存の可能性はあるのかもしれない。たとえそれが奴隷の道だとしても。
内心の思いを一切表情に出すことなく、ラーガスは答えた。
「……わかった。サーランド王国第一王女サラエントは、ただ今より王女としての地位を剥奪し、ネフルティス殿に引き渡すことをサーランド国王として確約しよう」
「ふむ。いいだろう」
平坦なラーガスの言葉に、その場に居る人々が出した表情はそれぞれ違っていた。
マイヤとブロンズは苦しそうに眉を潜め、オルドは何かを思案するように髭を撫で付け、アリカは無表情に記録を書き続け、グラフェルトは引き続き笑っていた。
「では第二の条件だ」
第一の条件が、事件の謝罪ならば、こちらは勇者を行う代価だ。
身構えるラーガスとマイヤ。一体どれだけの要求をされるのか。
「この身に庇護を求めよ」
息を飲む二人が耳を疑うような言葉をネフルティスは口にした。
彼の言葉をそのままの意味で受け取るならば、ただ一人の人間が国に向けて発した、降伏勧告だったのだから。
続きます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
7月12日 誤字修正




