20 償いのリスク その2
お待たせしました。
今日からまた頑張りますのでよろしくお願いします。
今回はちょっと長めです。
命を奪った償いを、命を奪った相手が求めて、それに応える。
なら、返せるものは一つしか無い。サラエントは当然のように答えた。
「私の命をもって償いとさせていただきたい」
「確かに妥当なところだろう。奪った命が一つ。償いの命も一つ。理に適う」
ネフルティスの言葉は冷ややかだが、その表情を見られる人物は誰もいない。
サラエントは跪き顔を伏したまま、マイヤとその護衛騎士はネフルティスの背しか見えない位置に居るがゆえ。
「だが残念ながら、それでは代価として足りないのだ。第一王女」
「……私の命では勇者様の命と釣合いませぬか」
「ああ。貴方がこの身を“勇者”と呼ぶ限り、それが釣り合うことはない」
「どういう、ことだろうか?」
「ふむ」
説明しようかするまいか悩む。これを説明することは、恐らく第一王女の企てを潰す結果になる。
今更ではあるが、これ以上の関係悪化は避けたいとネフルティスは思っていた。
僅かに逡巡する彼にマイヤが重ねる。
「ネフルティス様。王族にして王国最強の剣士、英雄である姉様の命を以ってしても足りない、というのはどのような理由からでしょう?」
「マイヤ殿。まさにそこだ。命の値段を“立場”から算出するならば、この身に比する代価はこの世界には存在しない。できないのだ。
王族に対しては統一帝。英雄に対しては勇者。立場上の誤差は気にせずともよい。決定的なことは、この身は神の一柱だということ。この世界には神が居ない。ゆえに代償には成り得ない」
「なっ!? 神、だと……!?」
驚愕に眼を見開き、思わずネフルティスの顔を見上げるサラエントに、然り、とネフルティスは首肯する。
サラエントにとっては相手がどのような人物かは殆ど関係がなかった。勇者であればいいと思っていたのだから。しかし、例外がある。
それが“勇者の立場を超えた相手”の場合である。思い憧れた“勇者”という存在。だがもしも“勇者”という立場が相手を制限するものであるならば、“勇者”は不要なものになってしまう。それはサラエントにとって看過できない。
動揺するサラエントを無視し、ネフルティスは続ける。
「償いの対象がこの身、つまりは“ネフルティスという人間”ただ一人を指すのであれば、代価の命は一つで足りた。蘇った分、いささか払い過ぎですらあっただろう。だが“勇者という立場を殺害したことに対する代価”ならば、この身が持つ“勇者よりも尊い立場”についてこそ代価を貰わねばならぬ。でなければ先程までの会談に何の意味も無くなる」
「……はい」
マイヤが小さな声で返事をする。
“国としての威信が保てなくなる可能性がある行為”こそが最も問題なのだとマイヤは会談で発言した。
個人間の問題ならば、収めることも可能であった問題なのは理解している。
サラエントはその事実を知らない。教える間はなく、されど考えることさえしないだろう。それは責められない。自分達も考えられない、“勇者”に対しての常識だったのだから。それがマイヤにはとても悔しかった。
「そして今更この身への謝罪を受けたところで、第一王女に謝罪するつもりがあるなどとは到底信ずるに値しない」
「で、ではどうすれば……」
「それをこちらへ聞くのか?
いいではないか。どうせ死罪を言い渡される身だ。“勇者を害した罪を償った”として“勇者と同等の存在になる”ことができずとも、何も問題はないだろう」
「ッ!」
「……どういう、ことでしょう?」
強く動揺を見せるサラエントに、マイヤは震える声で尋ねる。まさか、死を望んでいたなどとは思いもよらなかった。
「姉様! あの時“共に在る”と誓い合ったのは……!」
「……“死んだ勇者と共に在る”……言葉は違えていない。勇者を殺害した罪を、己の命を代償にできるならば、この命は勇者と同等ということではないか」
勇者が断罪を求めるならば、それは確定する。
たとえ死んでしまうとしても、焦がれた勇者と同等の存在になれるのならば、命は惜しくなかった。
「なん、てことを……」
目を瞑り、胸に手を当て思いの丈を告げるサラエント。
マイヤは思う。なにゆえここまで頑ななのかと。相手の立場から見れば、間違っているのは王国の方であり、その論理は正しいのだから。
サラエントの後悔や衝撃は“殺してしまったこと”であり、“斬りかかったこと”ではない。
根本からしてマイヤとは違っていた。
弔いの墓を作ったと聞いた時から、マイヤは自分にとって都合の良い誤解をしていたのだ。
サラエントもまた、ネフルティスの言によって変わった一人であり、自分と同じ変革の路を歩む人なのだと。
誰よりも“勇者”に固執し続けた人なのだと知っていたはずなのに。
しばらくの沈黙。やがてその空気を払拭するように、ネフルティスが声を出す。
「では第一王女サラエント。立ち上がり着席してもらおうか」
「……」
ゆっくりと立ち上がり無言で席に着くサラエント。マイヤがその横に移動する。
「護衛を下げてもらってもいいか?」
「はい」
マイヤが護衛に目配せを送ると、護衛二人は何も言わずに引き下がった。
「ありがとう。最初に言おう。第一王女提案の方法では、こちらとしては償いの方法として妥当と認められない。良いか?」
「……はい」
「そうすると、やがて第一王女は死罪を言い渡されることになるわけだが、それは王国の命令を破り弔いの墓を建てたがゆえ。こちらとしても代償がないのでは困る」
そう、困るのだ。
ネフルティスにしてみれば、妥協点を探し王国との関係を強化する必要がある。外交ルートが断絶することで得をするのは、いつでも外交を行った国以外の第三者だ。
自身の目的の為にも、サラエントに死んでもらう訳にはいかない。
「勇者を弔った罪で死ぬのならば、仕方がない……」
「庭を埋め尽くす大量の墓を見た」
「あれは……私が前線で戦えていれば、もっと被害は減らせているはずの国民達だ。私には王族として国民を護る義務がある」
「ではなぜ自ら死罪を招くような真似をしたのか」
「死んだ兵隊、騎士、国民。一人一人に弔いが必要なのに、勇者だから、という理由で弔われないのはおかしい。死者に弔いが無いなんて……それはあまりにも終わりがない」
「なるほど。つまり第一王女は、感情と行動が別々になることが耐えられないのだな」
それは子供という。大人になってまで耐えられないのでは、愚かとも称される純粋さ。
ネフルティスにしてみれば、理想的な人材だった。
力があり、純真で過分なことを考えない。そういう人材こそが英雄には相応しい。
「難しい話はよく分からない」
「姉様……。断言するのはあまりにも――」
後に続く言葉をマイヤは続けられなかった。
ネフルティスが被せるように言葉を紡いだのである。
「――さて、二人に尋ねたい。第一王女サラエントの死罪を免れる方法があるというならば、話に乗るか? 無論、王国にとっても損にはならないことだよ」
「……なんでそんなことをするのか、聞いてもいいだろうか?」
サラエントには理解ができなかった。
ネフルティスという男のことを、唯の一度も敬ったことがない。その上脅しつけようとした結果が斬殺。その後の贖罪さえ自分自身のものであると看破され、謝罪さえ受け入れられないと念を押された。
並べればあまりにも凶行を重ねているとサラエントは他人ごとのように思う。
そんなネフルティスから見れば最悪の相手を救う方法がある、とうそぶく彼は一体どういう人間なのか。
そういえば、自分は何一つ彼を知らないと本当に今更ながら思った。
「第一王女を死なせることは、双方にとって損失を招くからというのが一点。二点目は内緒にしておこう」
内緒、というのが気に入ったのか、微笑んで答える。
なぜ微笑みなど向けられるのか、サラエントには分からない。
思わずマイヤに尋ねる。
「……どうする? マイヤ」
「是非、お願いします」
「じゃあ、お願いする。それとネフルティス殿」
「ようやく名前で呼んでもらえたか。なんだ?」
「すまなかった。謝って済む問題ではないが、それでも貴方を斬ったことをお詫びしたい。本当は斬るつもりなどなかったのだ」
ああ、とサラエントは思う。
最初にしなければならないのは、この謝罪だった。
自分はなんと愚かだったのか。許す許さないではなく、悪いことをしたならばまずは謝罪。そんな当然のことさえ忘れるほどに、私は死にたがっていた――。
斬るつもりがなかった、という言葉足らずを、ネフルティスは額面通りに受け取っていた。
やはり仕掛けに気づいていたのか――。
ネフルティスはあの謁見時、大々的に勇者の待遇改善を訴えることで、自身に敵意を向けさせた。
主張に正当性があるのは当然。あのままの待遇では使い潰されるだけだったろう。それが彼らの常識なのだから。
正しい主張を聞けば、優しい性根のものならば罪悪感を感じ、こちら側に味方してくれる可能性がある。
論理がきちんと利益に結びつくなら、待遇改善を考える者達は多いはずだ。
反発し誰かが自身を傷つけたのならば、それは王国の“恥”となり大きな貸しにできる。よもや殺されるとは思わなかったが。
脅そうと斬ったサラエント。殺されぬよう斬られようとしたネフルティス。
奇妙な茶番は、偶然の一致をみたのだが、お互いの持つ道具の相性が良くなかった。
サラエントが持つ魔道剣は“音の速度を超える”ことで自身への空気抵抗などを全て打ち消してしまう。
ネフルティスの使っていたインカムは、“空気を媒介にする”ことで、認識を共有させるもの。翻訳機としての効果の他、同時に“位置情報の認識障害”を僅かな距離で行わせていたのだ。
謁見の間にてネフルティスの声を聞いた人々には、極わずかにネフルティスの位置がずれて見ていたはずだ。
これにより誰かが斬りかかったとしても最低限の安全を確保することができると彼は慢心していた。
一撃目さえ凌げば、衛兵なり騎士なりが取り押さえるだろう、と。
しかし現実は一撃で身体を両断されてしまう。サラエントの持つ魔道剣は、効果が発動してしまえば音による認識障害など容易く取り払うがゆえに。魔道剣は抜刀し発動条件を満たすまではその力は発動しない。認識障害に陥っていたサラエントは、抜刀し駈け出した瞬間に認識障害から解き放たれた。だが、音を超える速度の斬撃モーションを途中で止める術をサラエントは持たない。結果、認識障害時に確保した安全位置に向けて全力で剣を振り降ろすことになってしまった。
そして奇しくも、その位置には、本物のネフルティスが居たのである。
死ななければ、“鬼札”の準備はできなかっただろう。だがしかし、死ぬことによって生じたタイムラグにより、民が大勢死ぬことになった。それはネフルティスの本意ではない。サラエントが自分が前線に居ればもっと被害を減らせたと主張するように、ネフルティスもまた、百日猶予があったなら魔王領への対策は立てることができていただろうと心に思う。
ネフルティスも、後悔を抱えていたのである。これが先程内緒にした二点目。
語れば彼自身に不利を招くため、きっとこれからも語ることはないだろう。
「ひとまず謝罪は受け取るとしよう。勘違いしないでもらいたいのだが、赦したわけではないぞ」
「分かっている。それでも、だ」
「ならば良い」
赦す赦さないで済む話ではなかった。だから彼らは言葉少なに
「それでどうやって死罪を免れるのでしょうか?」
「ああ、何。簡単なことだよ」
そこまで言ってネフルティスはマイヤが見た中で一番性悪に見えたと言われる笑みを浮かべる。
――庇護下に入るだけさ――
言葉の意味を必死に考えるマイヤ。?を浮かべるサラエント。実に対照的だ。
時間はない。急がなければならないとネフルティスとマイヤは離宮を後にした。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
7月06日 脱字修正
7月07日 脱字修正




