02 通訳のリスク
青年が喋ります。
ローブ達のざわめきが一段落し、その内一人が前に出て青年に向けて声をかける。
「~-○□?」
やはり言葉の意味は通じない。動きを見るに、敵対意識は無いのだろう、と青年は判断した。
目元は隠れているが、その声のトーンの高さ、顎の細さ、ローブより見える五指の繊細さから女性――それも格闘経験もない――だろうと判断をしたのである。
「+※~^f$?」
先の言葉に続いてなおもローブの女性は青年に声をかけ続けた。
そしてどうやら言葉が通じないという事を理解したらしく、後方のローブ姿の人間達に合図を出す。
後方の者達もそれに首肯し、予め用意してあったのだろう小箱を一つ女性へと差し出した。
女性はその小箱を青年に見せるように開き、中に二つあった指輪の内一つを自分の人差し指へと嵌め、残った一つを青年へと向けて差し出す。
青年は物珍しそうに差し出された指輪を受け取り、胸ポケットにあったハンカチで丁寧に包むと、再びポケットへとしまう。
それを見た女性は、指に嵌めるようアピールをするのだが、青年はそれを左手で制し、残った右手で、ズボンのポケットから折りたたみ式のインカムを取り出して耳へと付けた。
『あー、あー。テステス。私の言葉が、分かりますか?』
青年が声を発すると、その場に居た全員が驚愕した。
「は、はい! わかります。わかります!」
慌てた女性の声。その後方からも理解できる! という驚愕の声が上がっていた。
『良かった。まず最初に、これは貴方達に危害を加える品ではありません。翻訳機のような物だと思ってください。恐らく先ほど皆さんが用意してくれた物と似た効果かと思いますが、いかがですか?』
女性の呼吸が一瞬止まる。言葉は通じずとも、意図は通じていたのだと。
それは何か下手なことをしていないかという緊張と、言葉を使わずとも意図が通じたことへの感動からだ。
「その通りです。この指輪は一対で指に付けることで、言語の通じない相手でも意思の疎通を図れるようにする為の魔道具と聞いています」
一対の指輪という時点から、恐らくは装着者同士しか意思を介せないのだろうと青年は判断した。その為、自前の翻訳機を装備する事で手間を省いたのだ。
『ではこのままで。通訳は手間でしょうし、正確なやり取りも難しくなってしまいますから』
「……わかりました」
女性は何やら含むところがありそうだったが、納得の言葉を返した。
言葉が通じない相手ならば、通訳によって訳す言葉を変えることができる。更には余計な情報を聞き取られることもない。通訳者の能力が高ければ問題は発生しないのだ。言葉が通じてしまう場合、一体何が原因でトラブルが発生するかわからない。女性はその事を危惧していた。
しかしながら青年は指輪を受け取っている。これは内々の話をしたい場合など、受け入れる事も出来ると、言葉ではなく態度で表されたのである。危惧を抱くと同時に、女性はこの考えにも至った。故に、彼女は肯定の反応を返したのである。例え会話の主導権を握られることになったとしても、愚か者に足を引っ張られる可能性を減らせるのならば意味はある、と判断して。
青年はその女性の僅かな逡巡に理解を示し、微笑を浮かべた。
『結構です。私は【該当する言葉が存在しません】ネフルティスと言います』
流暢な言葉にノイズが混じる。
ネフルティスと名乗った青年以外は怪訝な表情を浮かべたが、大きな問題があるとは思っていなかった。翻訳を介しているとはいえ異世界の言葉なのだから、そのようなこともあるのだろう、と。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私はサーランド王国第二王女、マイトキリヤ・ディナ・サーランドと申します。どうぞ、マイヤ、とお呼び下さい」
マイヤは目元まで被っていたローブのフードを後ろにずらし、王族として完璧な礼を示した。
白金に輝く長い髪は薄暗い石造りの部屋にあって自ら輝きを発するかの如く。
透き通るように蒼い双眼は空を映す海のように、ネフルティスを映していた。
一言美しい、そうとしか称えられない美貌の淑女である。
『わかりました。マイヤ殿。此度はどのようなご用件なのか、教えていただいても?』
「はい。ネフルティス様」
マイヤは一旦言葉を切り、ネフルティスへと真剣な眼差しを向けた。
「貴方に、我が国を救う“勇者”になっていただきたいのです」
――勇者ときたか。
ネフルティスは思わず笑ってしまいそうになっていた。
この場で抑えることができたのは、ある種の奇跡と言えるかもしれない。
6月23日 一部修正、一部加筆
8月23日 誤字修正