18 弔いのリスク
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サラエントが現在幽閉されているのは、王都の一角に設けられた離宮である。
規模としてはそう大きな物ではないが、それでも庶民が暮らす建物とは隔絶した壁が存在した。
二百と数日前、事件が起こった直後にサラエントは捕らえられた。
この時、抵抗は一切無く、大人しく城の牢まで連れて行かれたという。同時に魔道剣も回収され、今は厳重に封印されている。
牢屋の中でサラエントは、最初一切の食事を摂ることはなく小さな石室の片隅で膝を抱えて俯いていた。
なぜ、どうして、と繰り返す彼女は心に傷を負っていることを牢番は知る。
このままではまずいと食事を与えるためにマニュアルを読み返し、引退した先輩の牢番へ話を聞きに走った。牢番は壮年の魔人で、足には自信があった。過去の戦で怪我をし、遅くはなったが、それでもまだ星人には負けないと自負していた。
人の心を揺り動かすお決まりの言葉というものがある。特に、真面目な気質で罪を“自覚なく犯してしまった”人間には有効な言葉がもっとも有効だと幾つかの言葉を試し、初めて変化が窺えたという。
牢番は、王命、懲罰の一環、罰を受けるまで命を投げ出すことは許されない、という言葉を用いて、ようやく食事を摂る姿にほっとしたと語る。
その姿はまるで幽霊で、もし駄目なら無理に口から食事を流し込もうと覚悟を決めていたとサラエントに話して聞かせた。
返事は無かったが、元々期待していたわけではない。
牢番自体、一体何があって王女が牢に入れられているのか知らないのだが、彼がここまで親身になったのには訳がある。
牢番は一兵士だった頃に戦場で撤退戦を経験し、その最中に足を怪我しもう駄目だと諦めたことがあった。
その時に助けに現れたのが、姫騎士サラエントだったのだ。
一陣の風と共に戦場に現れ、薄っすらと輝く魔道剣を一振りすれば生まれた暴風が小型の魔獣をまとめて蹴散らす。
一言牢番の安否を確認したかと思えば、即座に中型の魔獣に斬りかかり再び一振りで両断する。
太刀筋が見えないのは当然として、威力が桁違い、動きが常人の数倍では利かない速度であり、洗練されている。
撤退戦に持ち込まれるほどの戦闘を、たった一人で覆していく見目麗しい英雄。本来ならば疾うの昔に撤退していなければならない、戦力の要。
別の騎士団が合流し、撤退戦が掃討戦に変わる頃、牢番はサラエントに理由を尋ねた。なぜ来たのか? と。
「可能ならば、全員助けたい。だがそれには力及ばず自分には無理だ。ならば、目の前に見えている窮地は救っても構わないだろう?」
魔獣の返り血に塗れながら笑う姿は王女というにはあまりに凄惨。
この姫騎士でさえ戦場という範囲は広すぎて一人では賄い切れないのだという。
牢番は、ひょっとしたらこの姫騎士が憧れる“勇者”ならば、そういうことも可能なのかなと漠然とした期待を持った。
「騎士団長のお小言と引き換えだ。助かった命大事にな。それと感謝を。お前達の踏ん張りのおかげで、戦域自体は我々の勝利らしい」
誇らしく笑うサラエント姫に、牢番は英雄を見た。
そしてその時の怪我が元で除隊が決まったのだが、頼み込んで牢番として雇われている。
恩があった。憧れがある。だがそれ以上に、今の第一王女を支えたいと牢番は忠義に従ったまでのこと。
罰則が決まるまで一週間。麗しき英雄の面影は一切が失せており、酷い有様であったと言われている。
だがその姿を懸命に支える牢番の働きによって、命も心も失われることはなかった。
† †
結局、サーランド王国は事件を“無かったこと”にした。
サラエントの罪は消えたが、酷い有様の“療養”を兼ねて離宮へと身柄を移されることになる。
離宮にて目を覚まし、サラエントは己の罪が存在しなくなったことを聞かされた。
「緘口令が敷かれ、死体は焼かれ風に流されました。“勇者”などは最初から呼ばれていなかったのです。ですからもはや罪に苦しむ必要はありません」
喜ばしいことのように諭してくる離宮付きの老執事に対し、彼女は激昂した。
「勇者を斬った私がなぜ赦され、斬られた勇者がなぜ存在を消されねばならないのかっ!?」
斬ったのはサラエント自身である。だが国が決めたこととはいえ、勇者が蔑ろにされるのは彼女には我慢がならなかった。
父であるラーガス王へと真偽を確かめると離宮の玄関まで赴き、慌てた使用人総出でサラエントは止められる。
止められている間に怒りも収まり、斬った自分が怒る資格はない、と使用人へ詫びた。
冷静になったからといって、到底受け入れることなどできない。
サラエントは何かできないかと悩み、そして結論を出した。
――せめて自分だけは、かの勇者のことを弔おう。たとえそれが罪と言われても。
最低でも死罪、と聞かされたことに対し恐怖がなかった訳ではない。
国が隠蔽したことを、事件の張本人が暴露するようなものだ。
馬鹿げている。サラエント自身も自分の感情、思考を理解できないでいた。
もしかしたら、忠を見せてくれた者達を裏切ることになるかもしれない。
彼女はそれでも必要だと思ったのだ。責任からではなく、後悔だけでもなく、死者には弔いが必要だと。
自らの手で離宮の庭を整備し、石を削って墓標を立て、祈りを捧げた。
それは百日が経過し、魔王が復活したと聞かされるまで続いた。
戦況が良くない、とサラエントが知るのは事件から百二十の日数が経ってのこと。
大型の魔獣に砦が落とされたという。そこから浸透され、民草の一部にもかなりの被害が出たと聞かされた。
――自分が戦場に出ていたならば、或いはその結果にはならなかったのではないか?
サラエントに強い後悔が生じ心が軋む。今すぐに剣を持って戦場へと向かいたい、と。
だが、それは許されない。王国の姫騎士は単独にて強力な戦力であるがゆえに。彼女自身切り札として温存されていると自覚できるがゆえに。
待っている間に、サラエントは昼と夜と関係なく墓標を積み上げ続ける。
そして祈った。死者の安息と共に、王国の安寧を。何度も祈りたくなる自己の救済だけは、決して祈らなかったという。
被害報告ばかりが増していき、墓標の数が千を、刻んだ名前が万を超えた辺りで、変化は訪れた。
あの事件から二百日が経ち、今一度勇者の召喚を行うというのだ。
そのことを離宮を訪れた妹のマイトキリヤから聞かされ、サラエントは自身が勇者の弔いをしていることを聞かせた。
マイヤは言葉を失うほど驚いたが、微笑んで受け入れた。
姉妹は誓い合う。次に召喚する勇者こそは“共に在る”と。
誓いを行い数日後、勇者がマイヤに連れられて離宮に現れることになった。
新しく召喚された勇者のことを聞かされた時、サラエントは事件以後初めて涙を流したという。
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7月02日 誤字修正