17 謝罪のリスク その2
こちらは後編になります。
16 謝罪のリスク その1 からお読みください。
目に涙を浮かべ、悲しそうな声で叫ぶマイヤ。
その場に居た男達は目を見開き驚いた。
交渉の場には相応しくないほどの激情だったがゆえに。
それでもマイヤは言葉を止めない。
「無意味などではありませんっ! ネフルティス様は大事なことを教えてくださいました! 自分達の都合のみでは破綻を招く、と。事実今はそれでサーランド王国の歴史は終わりかけているではありませんかっ! なぜお父様もオルド様もそのことを分かっていらっしゃるのに見ようとしないのです!?」
「マイヤよ。国の為を思うなら今は“勇者”の力こそが必要なのだ。お前も王族ならば学べ!」
ラーガスが声を荒げて止める。
これ以上の失態はたくさんだ、という思いが見て取れるほどにその瞳は訴えていた。
だがマイヤは止まらない。
「嫌です! 目の前に居る御方は“勇者”などではありません! ネフルティス様です! “勇者”として扱った結果が二百日前の惨劇でしょう! もうお忘れになられてしまいましたか!?」
「忘れてなどおらぬ! ……忘れられるものか」
涙ながらに謁見中の出来事を思い出せと訴える。
ラーガスもその言葉にあの時を思い出したのか、目を伏せる。
あの一件で、愛する娘の一人であるサラエントは英雄の道を失ったのだ。
「ならば、ならばまずは謝罪しましょう。お父様。オルド様」
マイヤは優しい声色で二人の老人に語りかける。
「しかし、それでは……」
「お父様。先に非を認めれば何を要求されるか分からない、と恐怖するのは理解できます。ですが、それが当然なのです。だからこそ非道な行いは慎まれるのです。決して対価を支払ったからといって非道が赦される訳ではないのです」
ラーガスは己を恥じた。
サラエントばかりに気を配り、第二王女の強さ、変化にまったく気づいていなかった。
切欠は二百日前のことなのだろう。真っ直ぐに自身を射抜く瞳に、ラーガスは言葉を詰まらせる。
「だが儂らには国に対しての責任がある」
「オルド様。国を言い訳に使わないでください。国に一体何の非がありましょう。非があるのは私達国を動かす立場の人間なのです。それを国を絡めることで有耶無耶にしてはなりません。国に対し責任を持つというのであるならば、まず個人の非を認め、更に被害を出したならば、被害の分を補填するのが責任の取り方というものではないでしょうか?」
「ぐ、むう……痛いところを突くわい」
真実の言葉がオルドを射抜く。
オルドにしてみれば、何を甘いことを、と告げたくなる言葉。
だがしかし、国に個人の責任を押し付けて逃げるな、と言われればその通りだった。
国の為に、というのは、「国を発展させるために取るあらゆる行為を是とする」だけであって、「個人が犯した失点を国が補填する」ことではないのだから。
「ネフルティス様」
正直、この時点でネフルティスは勝敗をどうでも良いと感じていた。
別段自分が斬り殺されたことも、大した痛手ではない。
カードが使えないのならば、相手をブラフでもなんでも使い勝負から降ろしてしまえばいいだけ。
カードの強さで勝負しようとした自身、場の強さで勝負しようとした王国。それを、女性の涙と正論、という武器で勝負から降ろさせることに成功したマイヤに感服していた。
「なにかな?」
「まずは姉の凶行を止められず貴方様を害したこと、安全の保証をしたにも関わらず護れなかったこと、申し訳ありませんでした」
「謝罪を受けよう」
謝罪を受けたことで安全保障の札を破棄する。
言葉一つで補填利益を放り捨てることになるが、ネフルティスは一向に構わなかった。
代価としては安いとさえ考えていた。
「娘に先に言われるとは恥だな。ネフルティス殿。余からも詫びる。娘の凶行を許してほしい。すまなかった」
「赦すかどうかは決めかねるが、謝罪は受けさせていただこう」
ネフルティスはラーガスの言葉にも頷く。
さすがに命を獲られたことを謝罪一つで無しにはできないが、それほどの怒りももはやない。
「あー。その、なんじゃ。すまなかったのう、ネフルティス殿。ちと大国としての外交に慣れ過ぎてしまったようじゃわい」
「その気持は分かる気がする。こちらも謝罪を受けよう」
ネフルティス自身も同じような思考に嵌っていたのは理解していた。
ましてや交渉相手が「能力ある人材」と互いに思っていただけに、引けば一気に攻め込まれる、と逆に引き際を見誤っていた。
これも安全保障は破棄しても良かったのだが、何かしらの繋ぎには使えるかと今は保留した。
「……騎士団長としてお守りできませんでしたこと、取り返せるものではないが、お詫びさせていただきたい」
ネフルティスは黙って首肯した。
恐らくあの場で最も悔しかったのはこの騎士団長だろう、と思う。
ネフルティスを斬るならば、ブロンズ自身でなければならなかったに違いないのだから。
国家への忠誠という意味でも、政治的な意味でも。
それが行えなかったがゆえに、今のサーランド王国の現状があるとさえ、ブロンズは考えていた。
「これで全員から謝罪を受けた。マイヤ殿。この後はどうお纏めになるつもりかな?」
「まだ全員ではありません。最も詫びなければならない人が残っています」
「サラエントか……」
ネフルティスの問いにマイヤが答え、ラーガスが難しい表情をする。
サラエントの謝罪は確かに必要だろう。赦されるかどうかは別問題として、生きている以上は。
だが、サラエントがネフルティスに再び会った時、害しようと動かないとは言い切れない。
「申し訳ありませんお父様。私もつい先日知ったばかりなのですが……」
「申してみよ。今更大概のことには驚かぬ」
「実は、ネフルティス様のお墓は存在するのです。遺灰はありませんが、弔いはしっかりとなされています」
「馬鹿な!? そのようなことをすれば死罪は免れぬのだぞ!?」
大概のことには驚かない、と言った直後にその言を翻すことになるラーガス王を見て、マイヤは少し楽しくなった。
いけない、と気を引き締める。ネフルティスの悪い影響だ、と責任転嫁しながら。
「はい。ですから伝えようかは迷っていたのですが、戦争は回避できると思ったのです」
「マイヤ殿。結局のところは戦争にはならないのではないかな? こちらはたった一人なのだ」
マイヤの言葉はネフルティスを驚かせるには値しない。誰かが秘密裏に予防線を張っている可能性は十二分にあった。利害を考えた上ではなく、哀れな勇者と悼んでのことと。感傷は確実に起こりうるほどの出来事だったゆえに。
だが、少々楽しくなったネフルティスは、イタズラを仕掛けた。
「ネフルティス様のお言葉とも思えません。試しているのでしたらお止めください。
先程の謝罪はする方も受ける方も立場を抜いた個人としてのもの。国と国のお話ではございません。
ネフルティス様の国として最も問題なのは国家元首が蔑ろにされたこと。即ち国としての威信が保てなくなる可能性がある行為をされたことですよね?」
「その通りだ。試すような真似をしてすまなかったな」
「ですから、その点を覆させていただきたく思います。きちんと弔っていたという事実を持って。無論、国としての恥は公表することになりますが……」
マイヤがラーガスの方をちらりと見て許可を求める。
「醜聞を隠し更に戦火を拡大させる方が今は問題であろう。第二王女マイトキリヤ。任せる」
「ありがとうございます」
もはやラーガスには何の不安もなかった。ラーガス自身は責任を取ることになるだろう。だが、後継者は育っていた。
マイヤがここまで成長していたのには驚いたが、嬉しくもあり、そして少しだけ寂しくもある、と郷愁を感じるほどである。
「なるほど。国の恥を認め、弔いをしていたという事実も認めよ、と」
「はい。もちろんそれとは別に賠償もさせていただきます。一体どれほどの賠償になるのか見当もつきませんが」
マイヤの正直過ぎる言動に、オルドが顔を覆う。
先程までのやり取りに感心しきりだったがゆえに、落胆もまた大きい。
「なんと正直な……。そこは精一杯、とか言っておけばいいんじゃよ……」
「難しいお話は男の方達でしてほしいですね」
最後にちょっとだけドジを踏んだと分かったマイヤが、いじけるように嫌味を付け加えた。
「こちらとしてはそちらに非を認める度量があるならば謝罪を受け入れぬことはない。国家としても個人としてもだ。無論、賠償は請求させていただくが。国家としても、個人としても」
「サーランド王国としても異論はない。そこから始めねばならんことであるからな」
二人の国家元首が同意した。
交渉はこれで終了である。
「では……」
「その前に」
「なにか?」
と席を立とうするマイヤに、ネフルティスが声をかける。
「墓が見たい。きちんと弔われているのか気になる。それと、サラエント王女の言も聞きたいな。無論、強制ではなく彼女自身の発言として」
一度王へ確認の視線を送り、許可を得る
「分かりました。ご案内致します」
幽閉された第一王女。
ネフルティスに取っては、己自身の仇に当たる姫騎士。
自身を殺した相手に会う、というのは意外に心躍るものだな、とネフルティスは感じていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
7月02日 誤字修正