14 会食のリスク
王を始めとするサーランド王国首脳陣が新しく現れた勇者の対応策を話し合うことに追われている間、勇者たる当のネフルティスは昼食に出された品の一つ一つを堪能していた。
昼食に食べれば夕食が要らなくなるほどのボリュームであるが、ネフルティスは喜んでいた。
味はとても良い。しかしそれ以外にも理由はあった、メニューが以前来た時には食べなかった夕食時のものなのである。
季節も違うので以前と同じ料理そのままという訳にはいかなかったのだろうが、元々の味を知らないのだから問題はない。
食欲を駆り立てる前菜、身体のバランスを予め整えるサラダ、胃腸の動きを活発にする温かいスープ、口の中を綺麗にする焼きたてのパン、蛋白な白身がソースの味を引き立てる魚料理、肉料理の前に味覚を整える冷たいシャーベット、塩と胡椒でシンプルに焼きあげた火加減の絶妙な肉料理、ねっとりとした食感と鼻から抜ける匂いが独特のチーズ、形も色も見たことがない独特の美しいフルーツ、しっかりと甘みを感じる焼き菓子のデザート、気分を落ち着け消化を助けると言われたお茶、最後に一口で食べることができるが味覚に余韻を持たせるプチフール。
どれも素晴らしい味であるとネフルティスはゆっくり時間をかけて食していく。
こと此処に至っては、ああだこうだと思い悩むことはない。出された品を楽しむだけである。
「どのメニューも素晴らしい味わいだな。感動に値する」
「ありがとうございます。気に入っていただけて料理長も喜びましょう」
「以前は食べ損ねてしまったから、その分も満足させてもらった。夕食も楽しみだな」
「ネフルティス様は随分な健啖家でいらっしゃるのね」
一つの料理が運ばれる度に感嘆の言葉を上げて喜ぶ彼をマイヤは微笑みながら見ていた。
彼は気分を害した様子は今のところなく、実に美味しそうに料理を楽しんでくれている。
そう判断はできるのだが、逆にその態度がネフルティスへの質問を躊躇させていた。
――勇者として魔王を倒して欲しい。
ネフルティスが尋ねた“要件”を、マイヤは答えられなかった。王から直接話させて戴くと告げるに留まったのだ。
――王国が彼にしたことを思えば無理強いなどできない。それが今の王国には必要なことであったとしても。
マイヤは考える。
彼女は王族であるがゆえに国の“恥”を大事に思っている。誇りも何もかも投げ捨てて縋ってしまえば楽なのかもしれない。そうするべきなのかもしれない。だがそれは王族であることへの裏切りだ。サーランド王国の歴史を作ってきたのは自分達だけではないのだ。裏切ることなど到底できるはずもない。
何を捨てても国の為になることをするのが王族だとオルドならば言っただろう。
だがマイヤは、それだけではいけない、と考えるようになっていた。
国の為に非道をすれば、他国から非道をされても仕方がない。それではいつか破綻が来る。
奇しくも二百日前に目の前に座る青年王がそれを教えてくれていた。事実、勇者を蔑ろにした王国は、破綻を迎える直前なのだ。
激動の二百日は、何も知らない姫を自己の信念を持つ一人の王族へと変貌させた。
口元をナプキンで拭き、食事を終えたネフルティスは大変に満足していた。
一方でこれからの展開を思い浮かべる。サーランド王国がどう動くのか、時間を与えた結果どう反応するのか楽しみだった。
目の前に居るマイヤも二百日前とはまるで違う、凛とした美しさを兼ね備えた姫君である。
あの時は易く手折れるお姫様だったが、今は交渉相手としても申し分ないだろう。
幾つもの思考を同時に行えるのは、彼の頭に栄える雷の冠が持つ機能の一つだ。
“頭外領域”と名付けられた、思考の高速化および並列化、記憶領域や感知領域の拡張に反射の制御など、通常頭の中で行う活動を頭の外で行うことができる領域を持つネフルティスだけの専用装置だ。十や百の案件は同時に思考できるのが今の彼なのである。
無論弱点も存在する。無理に他の人間が使えば脳神経を焼き切られて廃人になることは間違いない逸品だ。他には、実際に動ける体は一つしかない以上、思考が加速したとしても体が追従しない。思考が並列化している際には、二つ同時に動こうとしてしまい体が硬直してしまう、などだ。
もっとも、今現在ネフルティスがこの能力をフル活動させていたのは味覚の強化なのだが。
一粒塩の味さえ、彼は味わい尽くしたかったのだった。
今後どうなろうと、今だけは毒が入っていないだろう確信があったゆえに。
「おや? これは以前ととは違う茶葉なのだろうか?」
「そのようなことは無いと思いますが、何かお気になりましたか?」
強化された味覚を使い、デザート後に出された茶の味わいを二百日前に執事長が淹れた物と比較する。
僅かな差異ではあるが、味が落ちていた。
それは茶を淹れる技術よりも前の段階、茶の質自体が落ちていることを感じさせた。
王国の力は以前の時よりも落ちている。ネフルティスはそう判断を下す。
「いや、風味が幾分弱いような気がしてね。気のせいかな」
「……いえ、それは恐らく気のせいではありません」
「味覚の記憶が狂っていないようで安心したよ」
確認ができた所でネフルティスは話を切り上げる。マイヤが切り込んで来るとは思えなかったが、交渉や会談は王と直接が望ましい。
謁見の最中に斬り殺されたということは、未だ謁見は終了してないとも言えるのだから。
召喚が行われ、食事を始めてからおよそ二時間。
そろそろ何らかの連絡があって良い頃だろう、とネフルティスもマイヤも思っていた。
その思いに答えるかのように、扉がゆっくりとブルーメによって開かれ、ラーガス王とオルド、それにブロンズがゲストルームへと入って来た。
ネフルティスは思う。
――どうやら今回は随分と待遇が良いらしい。それとも見せるだけの余裕も無くなったか。
王を迎えるその表情は、楽しげに微笑んでおり、なるほど悪魔だ、とラーガスは納得したという。
1日のユニーク数が500を超えて嬉しくなって更新してしまいました。
ひとまず立てた自己目標をクリアできて満足です。
読んでくださる皆さんのおかげです。本当に有難うございます。
これからもよろしくお願いします。
6月27日 誤字修正