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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第一章 異世界と勇者
12/33

12 召喚のリスク

第一部のエピローグに当たります。

 サーランド王国での凶行、謁見の間で起きた勇者殺害事件から二百日が過ぎていた。

 事件は結局、勇者は召喚自体が失敗し呼ばれていないことにされていた。

 

 存在しないのだから、ネフルティスという青年の墓は無く、死体も埋葬されずに燃やされ灰にされ風に流された。証拠は一切残されていない。これは徹底されている。

 あの日に居た人間には緘口令が敷かれ、破った者には最低で死罪が申し渡されることになっていたのだが、噂は誰にも止めることができない。


 王宮内に他国の間諜が入り込んでいたのは明白だが、カイラス帝国、ベルギット諸国連合からは散々な突き上げをサーランド王国は受けている。

 

 魔王に対抗するための勇者は、サーランド王国だけのものではない筈。

 勇者を処断し、魔王の脅威を退けられなくなったならば、いかように責任を取るのか。

 よもや魔王の復活を企む破滅思考の国なのではあるまいな。

 ならば、戦も我等二国は辞さない。

 返答や如何に!


 二大国の発言は噂を前提としたものであり、根拠に欠けると突っぱねることしかサーランド王国にはできないでいた。

 当然、追求は止むことは無かったが、交易圏や幾つかの鉱山の利権、為替レートの改正などの不利を受け入れることで、口をつぐませることとなる。無論、表向きには勇者の一件とは全く関係がないことにはなっているのだが、それを信じる者は商売に関わりのない民だけだ。


 ここまで譲歩しても、帝国にも諸国連合にもいい顔はされなかった。

 事態はそれだけ切迫していたのだ。


 その理由が、魔王領の動きが活性化しだした、ということである。

 魔王復活、その兆候があったからこそ勇者を召喚したのだが、その勇者ももはや居ない。

 他国との折衝の間に、魔王は復活してしまったのだ。

 

 二百日という期間は国の歴史として見ればとても短い。

 だが、一度異変が起きたのならば、巻き込まれた人々にとってはとても長い期間である。


 経済的劣勢を自ら招いたサーランド王国には、更に熾烈な時間になっていった。

 この二百日で、登録されている村で二十、町は五、更には四つの城塞が魔王領に落ちた。

 死者の数は十万をゆうに超え、騎士団や兵隊を支えるために多額の税が残った民に負担を強いる。

 その騎士団、兵団も、全体で見れば後少しで一割という損耗を出していた。

 拠点となる城塞が陥落し、戦線が広がると戦力の穴を埋める為に、民兵を呼び集めることになる。

 民兵は、農民から次男三男と呼ばれるだけでは足りず、呼びかけ年齢の引き下げさえ行われた。


 更には他国との経済が著しく劣勢なこともあり、国を捨てる国民が後を絶たない。

 国境線の牢屋は常に満杯で、脱走者は逐次前線へと送り出されていった。


 そんな民衆にも本来ならば希望はあった。

 大型の魔物と一対一で戦える戦力を持つサラエント第一王女が居るはずだったからだ。

 本来ならば、の言通りに、サラエントは前線で剣を振るうことはなかったという。

 国一番の剣士であり、魔道剣を振るえば文字通り一騎当千の戦力をなぜ王は戦わせないのかと。民の不満は高まっていく。

 この時サラエントは勇者殺害の咎で幽閉されているのだが、そもそも勇者が召喚されていないことになっているのだから、民衆への説明は要領を得ないものとなってしまっているのも原因だ。

 王家への不信は、臨界に近い。


 作物の収穫期を迎え、更に絶望は続く。

 収穫物が、例年の七割にも届かないのだ。

 幾つもの農村が魔物に蹂躙され、働き盛りを兵隊にされて、後に残ったのは女子供と老人ばかり。労働力が足りなくなっていた。


 魔王が復活してからまだ百日程度。

 たったそれだけで、サーランド王国は国力の十分の一近くを失っていた。

 五百年の歴史と嘯いている場合ではない。

 彼らには、手段を選んでいる余裕はなかった。

 “恥”と知りながらも、他に方法がない。

 王も首脳陣も苦渋の決断だった。




 勇者召喚から二百と数日。

 サーランド王国は、再びの勇者召喚を行うことになった。

 彼らは、僅かな時間で学んだ幾つかの事柄を活かすことはできないでいる。

 余裕が無かったのだ。

 ただ此度の召喚は遥か過去に類似し、打算ではなく祈りを込めたものにはなるのだが。

 祈りを聞いてくれる神は、この世界には存在しないのである。




   †   †




 幾人もの魔導師が朗々と詠唱を紡いでいく。

 異世界から勇者を召喚する陣を起動させるためには、莫大なマナを必要とする。

 召喚陣のすぐ側に魔道具の噴水が作られ周辺を緑で憩いの場としているのも、大量のマナを召喚陣起動に必要とするためだ。

 動力源としての大型魔道具を常に使っても百日単位でマナを必要とする召喚は、失敗が許されるものではない。

 後百日、何の手立ても打てないならば、サーランド王国は国を保てなくなるからだ。

 この召喚だけは命に替えても成し遂げる。

 そんな悲壮な決意を持つ者ばかりが召喚の間には集まっていた。


 その想いは結実し、召喚陣が反応を示す。

 召喚陣から眩い光が溢れ、全員の視界を埋め尽くす。

 光で目が見えなくても、その光の中身に圧倒的な存在を感じずにはいられない。

 光が収束し、召喚が終わればそこに在るのは、一人の王の背姿だった。

 豪華絢爛な装飾を施した外套。雷で作られた実態の無い茨の冠。神秘的な黒い髪。


 思わず呼び出したローブ姿の術者達は跪き頭を垂れる。

 僅かな愉悦も傲慢も歓喜さえ、そこには感じさせなかった。

 必死な想いだけが溢れかえる召喚の間。


 マイトキリヤは前回と同じ――髪の長さのみが違い短く刈られている――ローブ姿で頭を下げたまま小箱を開き差し出した。

 中には指輪が二つ。通訳の指輪だ。


 しばらくの時間が経つのを微動だにせずに待つ。


 王は周囲を見渡し、振り向いて一歩前へと出る。

 術者もマイヤも全員が顔を伏したまま、王の動きを待つ。

 やがて王は指輪を一つ取り上げ、次の行動を待った。

 緩やかに敵意が無いことを示しながら、マイヤは顔を上げる。

 その顔が驚愕に満ち、言葉を失う。


 マイヤの様子を見て、いつか彼女に向けたのと変わらぬ微笑みを向ける王。







「久しいな。マイヤ殿。して、此度はどのような要件だろうか?」







 何の翻訳機も介さず、ネフルティスは告げた。

 それはそれは愉快そうな口調で。


 マイヤには、初めて聞くネフルティスの声が、どう聞いても悪魔の声にしか聞こえなかったという。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


また駆け足で書いてきただけに粗が目立ちますので、多少の改定をしようと思います。


気になる誤字脱字、表現ミスなどありましたら報告していただければ幸いです。

また、本来ならば全編終了時に書くべきですが、第一章の完結ということで感想があれば励みになります。よろしければそちらもお願いします。


6月22日 一部修正

6月29日 一部修正

7月02日 誤字修正

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