11 謁見のリスク
血なまぐさいシーンが含まれています。
苦手な方はご容赦ください。タグには一応含まれている要素と思います。
朝食の時間が一段落したのだろうか。城内が落ち着いた雰囲気になると同時、緊張感が漂い始めた。
勇者と国王の謁見は大変重要な事項であり、ましてやそれが魔王対策となれば失敗など許されるはずもない。
ネフルティスが部屋で待っていると、小さなノック。
返事をしブルーメが中へ入り、マイヤが迎えに来たことを告げる。
一呼吸分だけ目を瞑り、ネフルティスは謁見へと赴いた。
マイヤから見たネフルティスは、昨日とは別人のように思えた。
出会った時は礼儀正しい青年、会談で微笑の似合う外交官。そのどちらとも違う。あえて言うならば、貴人の風格。
――ありえるのかもしれない。と彼女は先導しながらも考える。
召喚条件を満たせば、後は誰が呼ばれるか分からないのだ。
つまり、異世界の貴族を呼んでしまう可能性があるのでは?
だとすれば、ネフルティスの礼儀正しさや知識の深さや洞察力にも納得がいく。
オルドが予想し、マイヤに聞かせた話を彼女は現実味があると判断した。
貴族ならば、王との面会において無礼を働くことはなく、謁見は滞りなく終わるだろう。
だがしかし、その後に抜け目なく動き国を割るのではないだろうか。
そもそも勇者を呼び事態を解決させる風習に騎士団や領地を預かる貴族は反発している。自分達の力を軽んじられる原因となるからだ。
勇者の力が真に最強ならば騎士団は不要と信頼は落ち、弱ければ攻勢に掛かった後の被害は、騎士団が大部分を被る形になる。
つまり、どちらにしろ騎士団には利がないのだ。それは、地方を守護する領主貴族達にも同じことが言えてしまう。
そんなこと言っている場合ではないでしょう、とマイヤなどは思うのだが、政治というのは常に結果を迎える前に利益確保ができていなければ正解と判断されない。過程にどんな努力があろうと、結果を最優先にして判断される。そして、その動きが休むことは一瞬たりともありえない。
比べて王家は勇者召喚による益が大きい。勇者が最強ならば、民に正しい政を行ったとアピールでき、王家への信頼を増すことができる。もし弱かったならば、騎士団の力が勇者を超えたのだと声高に宣言し、犠牲を伴った上でアピールする。
王家主導である勇者召喚には、勇者の都合や能力など一切が考慮されていない。扱いやすい勇者が来てくれれば幸運という程度である。そもそも元の世界に帰す方法など研究すらされていないのだから人格無視は当たり前なのかもしれない。
そのような立場である勇者を、ネフルティスという青年は許容してくれるのだろうか?
マイヤがちらりと後方に視線を送ると、青年は目ざとくそれに気づき、昨日と変わらぬ微笑みを返してくるのだった。
「――この先が、謁見の間になります」
『案内ありがとうございます』
スッとマイヤが横へ退き、ネフルティスが一歩前に出る。
華美な装飾を伴った三層構造の鋼鉄製の扉が、重厚さを感じさせる音ともに、ゆっくりと開いていった。
† †
ネフルティスは扉が開いた瞬間、僅かな風を感じた。
これまでの廊下の倍以上はありそうな天井。そこからは絢爛な照明装置が垂れ下がっている。
足元はくるぶしまで埋まりそうなほど柔らかな赤い絨毯が一直線に王の下まで伸び、三段高い所に王冠を被った初老の男性が玉座に腰掛けていた。
絨毯の幅は人が五人は優に並べるほど広く、絨毯から外れた左右の壁際には、二十名ほどずつの人間が姿勢よく立ち並んでいる。
向かって左側には兜を脇に抱え、甲冑にコート姿の騎士が居並び、右側には地味な色彩で作られたローブ姿の文官か魔術師と思しき人間が並んでいる。そしてその後ろに、見栄えのよい服を着た貴族達が見え隠れしていた。
昨日に人種についての説明があったが、王を含め八割は星人と呼ばれる種族のようだった。
王の側に居るほど地位が高いのだろう。王のすぐ脇にはオルドと、若い女性騎士が控えていた。違和感。どう見ても女性騎士は騎士団長という位には見えなかった。騎士団長は左側の列の先頭に居る壮年の男性だろうと当たりを付ける。屈強な体躯に幾つもの傷を刻んだ鎧をまったく卑下することなく誇りとしているような人物に見えたからだ。
いつまでも立ち止まっている訳にもいかず、ネフルティスは歩き出す。
足音を全てかき消す柔らかな絨毛に包まれながら、周囲の視線が自身へ集中しているのを感じる。
右側からは注意深く、左側からは敵意に満ちており、現在の自分の立場を明確にしていた。
サーランド王より十歩ほど手前で立ち止まり、顔を向ける。
『……』
無言。
王を前にしたのならば、跪き自身を述べるのがサーランド王国の礼である。
上の立場は、下の立場を知らない場合が多いが、下の立場が上の立場を知らないのは問題であり、まず自身を立てなければならない、とされているからだ。
無礼なネフルティスの態度に左側からの圧力が強まる。
「――良い。余はサーランド王国国王、ラーガス・ノーブ・サーランド十八世。異世界の勇者よ。名をなんと言う」
威厳に満ちた重厚感を感じる声が場を制する。
圧迫を感じるほどの殺意は薄れ、代わりに王の存在感が増していく。
歳は五十を超えているだろう王の顔には皺が目立っている。髭と髪はマイヤと同じく白金色だが、彼女に比べれば褪せているように見える。
だが、それら外見的要素で最も印象に残るのはやはりその瞳。力強く理性を感じさせるその瞳には、お伽話の魔眼のような力があるのではないかと錯覚させるほど強い光に満ちている。
『翻訳を通してで申し訳ありません。私の名はネフルティス。こちらに召喚され、勇者と呼ばれています』
ネフルティスは自身の言葉の不備を詫びた。だがそれは会釈であり、跪くものでない。
自身の立場を理解したであろうに王に跪かない様子を見て、女性騎士が声を荒げた。
「貴様無礼だぞ! 跪かないか!」
ネフルティスは視線を女性騎士の方へと送る。
美しい女性だった。瞳の色は夕焼けのような茜色。白金に輝く髪を三つにゆるく編み、長い髪を背へと流している。
全身甲冑ではなく、傷ひとつ無い軽装の貴族服とズボンにブーツ。腰から帯剣しており、その剣の柄の意匠も素晴らしい。
誰もが目を引くその女性の年齢は恐らくマイヤと同じかやや上。
ああ、姫騎士なのだろう、とネフルティスは理解した。
そして、彼女から視線を王に戻し、完全に彼女を無視する。
無視された女性は更に声を荒げようとするが、オルドに止められていた。
『サーランド王。一つお聞きしたい』
「赦そう。何か?」
『私は何のために召喚をされたのでしょうか?』
「無論、魔王を討つために」
『やはり。昨日聞いたものと一緒で安心しました』
「どういうことか?」
『私には、サーランド王に膝を屈する理由がありません。それを確認したかったのです』
「貴様ッ!」「許されんぞ!」「このような輩が勇者とは……」
「なんという不敬な!」「このような勇者では到底役立ちますまい」
「無礼にも程がある……」「何か勘違いしているのではないか?あやつは」
謁見の間にざわつきが広まっていく。
幾人かの騎士などは剣の柄に手をやっている。
収拾がつかなくなりそうなところを、王が手で制する。
次第にざわつきは収まっていく。
「どういう理由からか、答えてもらおうか勇者よ。そなたは王国の力添え無くして魔王を倒すつもりか」
『そうではありません。サーランド王。そもそも前提が間違っているのです』
「前提、とな?」
『そうです。私は何も自ら“魔王を倒させてほしい”などと言い出した訳ではありません』
「勇者なのだから呼ばれれば国に尽くすのは当たり前ではないかっ!」
姫騎士が声を荒げる。さすがに看過できなくなったのか、王が口を挟む。
「黙れサラエント! いかに第一王女といえど王の謁見に口を出すのを許した覚えはない」
「も、申し訳ありません……」
『国に尽くすのが当たり前という考え方は理解できます。しかし、そもそもここは私の国ではありません』
「確かにそうだろう。だが、勇者として呼ばれた以上は使命を果たすのが道理。それに背けばどうなるか分からん訳ではあるまい」
『帰還の術は無いのだから、この世界で生きていくしかない。ならば国の恩恵を受けるために義務を果たせと仰るのですね?』
「そうだ。更に魔王を倒せば栄誉も地位も思いのままだぞ」
『そのように告げて、これまで納得して旅立った勇者ばかりだったのですか?』
「最終的には皆納得して旅立って行く」
『最後まで反抗した勇者にはどのような対応を?』
「言う必要はない」
『ならば申し上げる』
「聞く必要を感じない」
『言う権利はあるでしょう』
「聞けばそなたの処断は免れぬ」
『言わなければ後悔が残ります』
「役目を果たせばそれで良い」
『役割は自分で決めたいのです』
「是とは言えぬ」
『非であることは明白です』
「多くの者が泣くことになる」
『少なくない人数が哭いてきました』
「魔王への対処はどうする」
『元々がご自分達の責なのです』
「他国への対処はどうする」
『知恵をお貸しすることは可能です』
「妥協はできぬ」
『歩み寄りが必要です』
「どうしてもか」
『可能な限り』
話が止まる。
ごく短い言葉のやり取りは、慎重に取り扱うべき点を省いて話しているためだ。
サーランド王ラーガスの側にオルドが寄り、ネフルティスには届かぬ小さな声で幾つかのやり取りを行なっている。そのやり取りの後ろで、姫騎士サラエントは怒りの視線をネフルティスに送り続け、あと一回無礼を働けば打つと心を定めていた。
「……分かった。聞こうではないか」
長い時間が経ったように思うが、実際は僅かな間だろう。緊張による時間の感覚がおかしい。
ネフルティスは一度深呼吸をし、言うべき事柄を頭の中に並べる。
想定する反応は幾つかあるが、どれになろうともネフルティスには関係がなかった。
『皆さん、更にはこの世界の住人の方々全員に認知してもらいたいことです。
大前提として、勇者とは奴隷ではありません。この世界、このサーランド王国に拉致誘拐された被害者なのです』
淡々としたネフルティスの声には、責めたり挑発するような響きは一切ない。
『勇者なのだから当然の義務というのは、この世界にとって都合の良い物言いに過ぎません。
下劣な犯罪行為であるということを自覚してください』
ただ事実として、“勇者”というまやかしを解いているに過ぎない。
『そしてそれを正当化している卑怯な行いであるという認識を持ってください。
自分達が支払うべきリスクを他人へと無理に委ね、そのリターンを強奪しているだけなのだと』
天秤を常に傾き続けさせる便利な存在としての勇者。
その存在は常に“一方的な犠牲”が居ることでバランスを取っている。
『勇者を望む声というのは、自分達の無知蒙昧を声高に叫んでいるだけなのです。
私達も心を持っています。帰るべき場所があります。無限の力も慈悲も持ってはいません。
そのようなものに縋っていては、やがて全てが破綻してしまうとは思いませんか?』
――俺達は馬鹿で無能だからどうしようもない。だからそこの無関係なあんた、強そうだから助けてくれ。
――もし負けて死んでも俺達には痛みはないし次の人を探すからさ!
――本当に助けてくれたのかい? ありがとう! じゃあ次はこっちを助けてくれ。
勇者召喚とはこういうものだと、ネフルティスは語る。
どんな美辞麗句を用いても、行なっていることは変わらない。
事実を見てほしい。そう願っている。
その上で話し合い、条件を決めて、可能不可能の範囲を見極め、双方合意の下で約束を締結する。
それが公平であり、一方的な押し付けではこのシステムは成り立たなくなると、提言していた。
『是非も無いのではなく、お考えいただきたい』
一瞬の沈黙、その後には怒声や質問、提案や話し合いがそこかしこで行われることになるだろうとネフルティスは思っていた。
実際ラーガス王も考えざるを得ないと思わされていた。
だが、その考えは誤りであるとすぐに知ることになった。
ラーガス王の脇から飛び出す一つの影。
サラエントは疾風の動きで抜刀し、ネフルティスへと斬りかかる。
「――ッ!」
待て、とラーガスが声を上げるが、遅い。
サラエントが持つ剣は、ある特定条件を満たした時のみ発動する魔道剣であり、その条件とは“音の速度を超える”ことである。
体捌きからの剣閃が空気の壁にぶつかり、音を超えると認知された際にのみ発動する魔道剣。
その効果は身体への空気抵抗や発生する衝撃波を全て緩和し、音の速度を上回る一撃を生み出すだけ。
つまり、サラエントが本気で斬撃を打ち出せば、制止の声が届く前に斬りつける動作は終了しているのだ。
音を超える斬撃に耐える身体をネフルティスは備えていない。
左の肩から右の脇腹までを、一刀に割断されていた。
斬り終えた後、幾許かの時間を置いてネフルティスの胴体がずれていく。
噴水のように血が吹き出し、謁見の間を、王を、サラエントを赤く染めていった。
まごうことなき絶命。血には体温が生ぬるく残り、鉄錆に似た臭いが謁見の間に広まっていた。
響き渡る絶叫。
魔道剣を納刀することもなく、サラエントは呆然自失としていた。
打つつもりではあった。勇者とは尊ばれし者。その勇者の口から国辱など許せる筈がない。
だが、斬るつもりはなかった。
目にも留まらぬ速度で斬り下ろしを行い、彼に実力を思い知らせ、膝を折らせるつもりだったのである。
気づけば間合いを測り損ねたのか、斬ってしまっていた。魔道剣の機能が発動した後、制止をできないのは使い手であるサラエントにも同じ事。
サラエントにとっての初めての殺人は、思いもよらぬ形でもたらされることになってしまった。
王女としての役目を果たすでなく、剣の腕を磨き国一番とまで評されるようになり、魔道剣の帯剣を許されたのは才能と努力の賜物。
その努力は、勇者と共に魔王を倒すというお伽話に憧れたゆえ。
一心不乱に目的まで結果を出し続ける彼女に、ラーガス王も重臣も渋い顔をしてはいたが、口に出して止めることはできなかったという。
しかし結果として、彼女は国に“恥”を残す結果を生み出してしまう。
血に塗れたまま、バランスを失い倒れていく彼の半身を見届けながら、サラエントは「なぜ」と考え続けている。
自身に下る処罰についてなど、考えている余裕はなかった。
「……馬鹿者がッ」
王のつぶやきはあまりに小さく、混乱する場の中で消えていった。
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