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異世界召還のリスク  作者: ボナパルト
第一章 異世界と勇者
10/33

10 徹夜のリスク

 朝靄が太陽によって駆逐されていくさまを、ネフルティスは窓越しに眺めていた。

 日が昇るのは、元の世界よりも幾分早い気がするのだが、それは自身の気が逸っているからだろうか。


 多少の空腹を感じるのは、オルドが退室した後、夕食が運ばれてきたのだが何一つ手は付けていないからである。

 出された食事は、彼が普段から食べていた食事に比べて野趣あふれる豪華な食事だった。調理方法こそ切る焼く煮るくらいなのだろうが、だからこそ一つ一つの処理がとても丁寧で、火も均一に行き渡っていた。調理道具の質が高くないからこそ、料理人の技術が唸る一品ばかりなのだろう。

 肉や野菜に香草といった今までとは違う、興味を惹かれる品々から発せられる食欲増進の香りにも耐えて、料理を運び入れた侍女達に、食欲不振だと告げて下げてもらった。理由に関しては、召喚による副作用ではないか?と言ったために、疑われた様子はない。

 誰も確認ができないからなのか、これまでにもそういうことを言った勇者がいたからなのかは分からないが。


 なぜ食事を取らなかったのか?

 ネフルティスは考えたのだ――毒物、或いは何かしらの薬品が混入されていないわけがない、と。

 危険人物として排除に掛かるならば致死毒を。

 夜に余計なことをさせたくないのならば睡眠薬を。

 何かしらの交渉材料に使うのであれば遅行性の毒を。

 或いは服従を要求するような未知の薬である可能性も考慮に値する。


 これらの可能性が杞憂であり、ただの食事であったならば、国としての危機意識が欠けているか、機嫌を損ねることすら許されない国家存亡を賭けるような交渉相手と見做されたか、薬にも毒にもならないと判断されたということなのだが。

 もっとも、オルドやブルーメの質を考えるに危機意識が足りないということはありえないだろう。

 国家存亡の相手と見做されたのならば、どうせ謁見時の対応で判明する。危惧されるほどならば一枚こちらの手札が増えたようなもの。

 薬にも毒にもならないと判断されたならば、紙幣の情報に対し価値を見いだせない程度の文明だということだ。


 いずれにしたところで、謁見が終了すればサーランド王国の態度も決まるだろう。

 だからそれまでは、一人での飲食はするつもりはない。予め食事を取らないことは決めていたので、会談時にはかなりの量の茶を飲んでいた。


 当然、睡眠にも同じことが言えたので、設えられたベッドで眠ることはなく、ソファに持たれるようにして半ば意識を覚醒させたまま眠った。

 暗殺者は来なかったようだが、幾度か部屋の周囲に人の気配を感じ取ることができた。気配は消していたので、様子見程度のつもりだったのかもしれない。



 昨日にネフルティス自身が出した情報から、国の諜報を預かる人々は眠る間もないはずだ。対策会議が開かれ、情報を検討し彼自身への対応を協議しているに違いない。

 その様子を思い浮かべたのかネフルティスに思わず笑みが浮かぶ。彼自身いい性格ではないと自覚しているが、それでも自分の一言二言を真剣に検討し徹夜までしているだろう苦労性の人間達を、愉快に思いこそすれ嫌いにはなれないな、と思っていた。


 問題は、それら諜報活動を行う人間達の意見を聞かず、検討もされずに脊髄反射のみで生きるタイプの人間達だ。

 ――騎士団。

 戦力が足らずに悔しがるということを繰り返す歴史ある戦闘集団。これで誰一人として増長していなかったのであればある意味脅威である。その時には、ネフルティス自身が排除される可能性も踏まえて覚悟を決める必要があった。

 もっともその前に最大限の努力をして逃げ出すつもりではあったのだが。

 


 物思いに耽っていると、時間が経つのも早いもの。

 意識を現実に引き戻すのは、控えめなノック。執事長ブルーメだった。


「おはようございます。ネフルティス様」

『おはようございます。執事長』


 よく通る声に一切の乱れが無い挙動。

 ネフルティスにはブルーメから何か特別なことを察するのは諦めた。


「朝食後に謁見の間で王がお待ちする、とのことでございました」

『伝言感謝します。その際には案内をお願いしても?』

「いえ、私ではなく。マイトキリヤ様がご案内差し上げると」

『マイヤ殿ですか。分かりました。宜しくお伝え下さい』


 ネフルティスには少々意外なことだった。

 昨日のマイヤは会談を途中退場をしている。その原因はネフルティスとオルドへの恐怖だったはず。

 一晩経って克服したのか、或いは誰かの命なのか。半端な情報があるだけに、逆に判断がつかなくなっていた。


「はい。畏まりました。それで、朝食の方はいかがなさいますか?」

『僅かに空腹は感じていますが、これから王と会うということで胸が一杯です。緊張で喉を通らないでしょうから結構です』


「それは料理人達が寂しがります」

『後ほど戴く時は、昨日の分も合わせていただきましょう。そう申していたと』


「承りました。では、目覚ましに茶はいかがでしょうか? 昨晩とは違った物をご用意させていただきました」

『それは楽しみです。執事長の茶の腕は昨日十分に堪能しましたから。朝食の時間分空きもできましたから、是非ご一緒ください』

「私めで良ければ喜んで」


 確かに料理人にしてみれば不快なことだろう。宮廷料理人としての意地も誇りもあるはずだ。そのことにネフルティスは少々の罪悪感を覚えるが、下手に良い味を覚えなくて済んでいるのかもしれないと前向きに捉える。

 昨日よりも香りのゆるい、どちらかといえば爽やかな茶を楽しみながら、これが最後の飲食になるならば後悔はないなと満足しながら。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。


6月26日 一部修正

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