月を見る里
昔、地上の民と月の民がこの世にいました。二つの民は敵対し、昔から戦を続けていたのです。地上の民と月の民は相手を憎んで、憎んで、戦いつづけていたので、戦い始めた理由さえ忘れて戦いました。
そんな中、2つの民の戦を悲しそうに見ているお方がいました。
そのお方は呟きます。
「若い者に戦は関係ない」
そのお方は知っていたのです。月の民の少女を愛する地上の民の少年と、地上の民の少年を愛する月の民の少女のことを。
ある日、月の民の少女を愛する地上の民の少年はそのお方に頼みました。
「地上と月の戦を止めて下さい」
同じ日に、地上の民の少年を愛する月の民の少女はそのお方にこう願いました
「二人がいつでも会えるようにしてください」
そのお方は悩みました。なぜなら、自分にはどちらの願いも適える事ができないと知っていたからです。
そのお方は悩みました。なぜなら、その地上の民と月の民は2人の交際を認めるはず無いと知っていたからです。
そのお方は悩みました。そしてある日閃きました。
「そうだ、地上の民の少年と月の民の少女しか知らない場所に秘密の橋をかければいいのだ」
そのお方は地上の民の少年に橋の材料の木々を持ってくるように言いました。また、そのお方は月の民の少女に橋をかける道具を用意するようにいいました。
地上の民の少年は橋の材料になる木々を探しました。地上には森林が多く茂っていたので、橋の材料となる木々は簡単に手に入りました。
月の民の少女は道具を探しました。しかし、どこを探しても橋をかける道具はみつかりませんでした。月の民の少女はようやく気づきました。橋をつくる道具は全て武器にされていたということに。
月の民の少女は悲しみました。泣いて、泣いて、そのお方に他に方法はないのかと尋ねました。
そのお方は言いました。
「お前の身を道具に変える事は容易だ。だが、二度と元に戻れなくなってしまう」
月の民の少女は喜んで道具になる事を選びました。
そのお方は少し寂しそうな顔で、月の民の少女を橋をつくるための道具に変えました。
数日後、橋は無事に完成しました。地上の民の少年は喜び、急いで橋を渡りました。しかし、月の民の世界についても一向に月の民の少女の姿が見当たりません。
地上の民の少年は月の民の少女はどこにいるのかとそのお方に尋ねました。
そのお方は答えました。
「月の民の少女は橋をつくる道具になった。橋をつくり終えると壊れてしまった」
地上の民の少年は悲しみました。泣いて、泣いて、そのお方に月の民の少女を元に戻してくれと頼みました。
そのお方は言いました。
「元には戻らない。月の民の少女はそれを知って道具になった」
地上の民の少年は怒りました。怒って、怒って、いつの間にか地上の民の少年は月の民との戦に参加するようになりました。
そのお方は悲しみました。そして、改めて気づきました。
「結局、私は戦をなくせなかったし、二人をいつでも合わせる事もできなかった」
そのお方は地上の民の少年と月の民の少女に謝りました。そして、いつか必ず願いをかなえると誓い、その姿を消しました。
それから月日が流れました。
地上の民の少年は地上の民の代表となり果てのない戦を果てしなく続けていました。
道具となった月の民の少女は、地上の民の少年と出会うために作られた橋の近くに捨てられていました。
地上の民の少年は、月の民の世界を倒そうとしました。月の民の少女は静かにその寿命を終え、土に還ろうとしました。
その時です。
そのお方は戻ってきました。地上の民の少年と月の民の少女の願いを適えるために。
そのお方は地上の民の少年に言いました。
「今こそ約束を果たそう」
そのお方は、地上の民を襲いました。その日、地上から全てのモノが消えて、何もない場所になってしまいました。
そのお方は月の民も襲いました。その日、月から全てのモノが消えて、何もない場所になってしまいました。
地上と月の全てを消し終えると、そのお方は地上に一人の赤子と知恵を預けました。そして、いつでも少女の事を思い出せるようにと世界中の山という山を消して、いつでもお月様が見えるようにしました。
「この子がいつか、月まで行けますように」
地上と月の全てを消し終えると、そのお方は月に一人の赤子と光を預けました。そして、少年が会いにくる日まで退屈しないようにと不思議な力を少女に授けました。
「この子がいつか、地上の子と会えますように」
そのお方は地上と月の戦を無くす事ができました。
残る約束は後一つです。ですが、そのお方はすぐに約束を果たそうとはしませんでした。
そのお方は虚空に向かい呟きます。
「地上の民の少年よ、月の民の少女よ、私はひとつの約束を守った。
もちろん、もう一つの約束も守ろう。
だが、それは2人が自らの力で再び出会うことが出来てからだ。
地上の民の少年よ、君は怒るばかりで愛を忘れた。
月の民の少女よ、君は愛するばかりで未来をなくした。
もう一度、自分たちの手で愛を思い出し、未来を取り戻したとき、私はもう一度約束を守るために戻ってこよう。
それまでは、互いに想い焦がれろ」
と。
そのお方は、そう呟いてまた姿を消しました。
あるところに少年がいました。辺りには山一つなく、見渡す限りの平地が広がっています。
少年はその場に倒れこみ、仰向けになって空を見上げました。そこにはぽつんと寂しげに光る世界が一つ。まんまるい、まんまるい月が浮かんでいました。
あるところに少女がいました。少女は空に身を上げ、妖精のように虚空を舞いました。少女にとってそれは日常的なことで、まったく不思議なことではありませんでした。
毎夜、舞いに舞い舞い飽きるまで舞いに舞う少女は、しかしいつも一人です。
ふと空を見上げると、蒼と碧茂る世界が一つ。ゆっくりと、だが確実に、少女の世界へと近づいていました。
変わった名前が好きです。なんでこんな名前ができたのか、それを考えるだけで楽しくなります。
その楽しさを文字にしてみました。