朝の足音
5時40分
軽い足音が洗面所から台所へと向かっていく。
夏だろうと冬だろうと、母が起きる時間は変わりない。顔を洗ってから台所でお湯を沸かす。仏壇にお茶とお水をお供えして、居間でお茶を飲む。何をしているのかは知らない。母の貴重なひとりの時間だから。
6時30分
台所から包丁の音が聞こえる。朝ごはんのメニューは大抵ご飯とお味噌汁と漬物、それと昨日の残り物だ。
包丁の音とパタパタと歩き回る音を聞きながら、朝が来たと父や私たちが起き上がるのが日課だった。
私や妹が結婚して家を出ても母の日課は変わらない。3年前に父が他界した後も母の日課は変わらなかった。ただ、足音が元気がなかったのは気のせいではなかったと思う。
表向きは気丈に振る舞っていたが、前ほどの元気は無くなっていた。私も妹も家が離れているので、そう頻繁には来られない。申し訳ないと思いつつ「元気でやってるよ」と言う母に甘えていた。
身支度を整えて台所へ向かう。
「おはよう。お母さん」
シンっと静まり返った台所にはお味噌汁の匂いもないし、エプロンをつけた母の姿もない。何も変わらない場所なのに、いるべき人がいない。
母の代わりにお湯を沸かしてお茶を入れる。仏壇にお茶と水を供えて、自分のお茶を持って居間へ向かう。母がいつも座る席の横に座ってお茶を飲む。
テレビの横には甥っ子が作った貯金箱。その後ろの壁にはうちの子が書いた習字が飾ってある。飾り棚には皆んなで撮った集合写真や子供達の七五三の写真、真ん中には旅行先で撮った夫婦ふたりの写真。
家族の気配が濃いこの居間で母は何を思っていたのだろう。
「…………音だけじゃなくて、姿も見せてよ」
会いたい。会いたいよ。
親不孝な娘でごめんね。寂しい思いをさせてごめんね。
たった一人で、誰にも看取られずに逝かせてごめなさい。
一緒に住もうって言っていれば。
もっと頻繁に連絡していれば。
あんなに突然にいなくなるなんて思いもしなかったの。
ごめんなさい。
涙が止めどなく溢れてくる。
幾度も繰り返した後悔が押し寄せてくる。
ごめんなさい。許さなくていいから、怒っていいから、夢でもいいから、会いたいよお母さん。
顔を覆い声を殺して泣いていると、頭を誰かに撫でられた気がした。この優しい感触を私はよく知っている。
急いで顔を上げて辺りを見回すが、誰もいない。
パタパタと玄関へと向かう足音が聞こえた。
急いで立ち上がり、ドアを開けて廊下に出る。朝日が差し込む玄関に母がいた。
『いってきます』
私と妹で買ってあげたワンピースを着た母は、ふわりと笑ってそう告げると玄関を出て行ってしまった。
「……いってらっしゃい」
かろうじて出た返事が適切だったのかは分からない。でも母の晴れやかな笑顔を見たら『行かないで』とは言えなかった。
いつもは私たちが見送られていたのに、今日は私が見送る。お母さんはいつもこんな気持ちだったのかしら。
四十九日の法要を終え、私だけもう一晩実家に泊まった。
翌日、もう足音は聞こえなかった。
お読みくださりありがとうございます。
母が着ていたワンピースは「派手じゃないかしら」と照れながらも父との旅行に来て行った服です。
どこに入れて良いか分からず、後書きに書かせていただきました。




