第3話 美丈夫との出会い
突然のことに頭が惚けていたジョシュアだったが、息が苦しくなってくる。
息継ぎをしようと美丈夫から顔を背けるが、すぐに唇を塞がれてしまう。
押し返そうにも相手のほうが体が大きく、びくともしない。
ジタバタと暴れるジョシュアに気づいたのか、美丈夫はようやく顔を離した。
「悪い、悪い。おまえが甘くて美味いもんだから、つい夢中になっちまった」
「僕は、食べ物ではないです! それに、女に見えるかもしれませんが、正真正銘 男ですよ!!」
年齢の割に童顔で色白なジョシュアは、幼いころから少女と間違えられることが多々あった。
本当は髪を短く刈り上げたいが、結婚式が終わるまで長髪でいる必要があり、ずっと我慢をしていたのだ。
「ああ、わかっているさ。金髪・緑眼の美少年くん」
「だったら、どうしてこんなことを……」
わなわなと唇が震える。
まさか初めての口づけの相手が男になるとは、思ってもいなかった。
「どうしてって、おまえを助けるためだが?」
「どう見ても、僕はあなたに襲われているでしょう!!」
「アハハ! もしかして、口づけは初めてだったのか? まあ、ヤられるよりはマシだと思って諦めろ」
「『やられる』って……殺されるということですか?」
嫌でも顔が引き締まる。
昨日も命を狙われたばかりだ。
実際、先ほどの狩人に殺されていても、おかしくはなかった。
「あ~、これはきちんと説明をする必要があるな。そうか、他国民か……」
頭をよしよしと撫でられた。
美丈夫から子ども扱いをされたのは明らかだ。
「取りあえず、おまえは俺の家に来い。その恰好から見てもなんか訳アリっぽいし、このまま放っておくことはできないからな」
「…………」
「おい、早く行くぞ。また、別のやつに見つかったら面倒だ」
「……僕を家に連れ帰って、どうするつもりですか?」
「ハハハ! 警戒しているのか? おまえを取って食ったりはしないから、安心しろ。襲うなら、さっきしている」
悪びれた様子もなく、美丈夫はきっぱりと言い切った。
その『襲う』はどちらの意味の襲うですか?とまでは、さすがに尋ねる勇気はない。
ジョシュアは、改めて美丈夫を見上げる。
肩先より長いシルバーグレーの髪が、無造作に一つで纏められている。
長めの前髪からは、涼しげな碧眼が覗いていた。
「……わかりました。あなたについて行きます」
「信用してもらえて、なによりだな」
「まだ、完全に信用したわけではありませんけどね……」
いきなり襲われはしたが、この美丈夫に不穏な気配はない。
己の勘が、無害な人物であると告げている。
ジョシュアはそれを信じ、一緒に行くことを決めた。
美丈夫は着ていた外套を脱ぎ、ジョシュアを頭からすっぽりと包みこむ。
それから、抱き上げた。
「自分で歩けます!」
「おとなしく俺の言うことを聞け。おまえの匂いは、とにかくヤバいんだ。さっき印を付けたが、ちょっと心許ないから念のためにな」
美丈夫も狩人も、ジョシュアの匂いのことばかり言う。
濁流に流されたから、それが臭うのだろうか。
自分で服を嗅いでみたが、よくわからなかった。
森の中の開けた草地に、馬が繋がれていた。
ジョシュアを前に乗せると、美丈夫は後ろに跨る。
しばらくして森を抜けた先にあったのは、城壁に囲まれた大きな町だった。
検問所には、多くの人が列を成している。
一度馬から降りると思っていたが、美丈夫は騎乗したまま颯爽と門を通り抜けていく。
止めに入る騎士は誰もいない。
(もしかして、この人は……)
ジョシュアの中で一つの仮説が浮かんだが、口にはしなかった。
町の中は、ジョシュアの国の王都に負けず劣らずの賑わいを見せている。
人々が平和に安穏に暮らしている様子が見て取れ、つい笑みがこぼれた。
馬に乗せられたジョシュアが連れてこられたのは、立派なお城だった。
同じ敷地内にある離宮に入ったところで、ようやく外套を脱ぐことが許される。
「「「「「お帰りなさいませ、デクスター殿下」」」」」
侍女たちが勢揃いし、主を迎える。
(デクスター殿下……やっぱり、貴人だったのか)
確認が取れたところで、ジョシュアは自分がこれからどこへ連れていかれるのか予想をつけた。
(従者用の住まいは、この中にあるのか? それとも、別棟か?)
今夜一晩だけでいい。食事と寝床を提供してもらえたら有り難い。
「おい、行くぞ」
ここでお別れだと思っていたのに、ジョシュアも一緒に上階へ行くらしい。
予想外のことに戸惑いながら、後をついていく。
主であるデクスターに付き従っているのは、年配の男女ら。
恰好から推測するに、家令と執事と侍女頭なのだろう。
ヨレヨレの薄汚れた服を着たジョシュアを見ても、誰一人顔色ひとつ変えないのはさすがである。
主の客人として迎え入れられている証拠だ。
教育が行き届いていると感心したジョシュアだったが……
◇◇◇
「一緒に風呂に入るぞ」
「風呂ぐらい、一人で入れます!」
「おまえが一人で入るのが危ないから、俺は言っている」
「あなたと一緒に入るほうが、身の危険を感じます!!」
脱衣所の中で、二人はこのやり取りを繰り返していた。
◇
最上階に連れて来られたジョシュアは、そのまま浴室へ案内される。
自分が主専用の風呂へ入ることに驚いたが、さらに驚いたのはデクスターが「俺も一緒に入るぞ」と言い出したこと。
「あなたが王子か皇子かはわかりませんが、殿下なのですから危機管理はきちんとなさるべきではないですか?」
初対面の得体の知れない人物を離宮の居住空間へ招き入れること自体、おかしいです!と説教をするジョシュアを、デクスターは楽しげに見つめている。
「俺は、人を見る目には自信があるんだ。それに、おまえは特別だからな、傍を離れるわけにはいかない」
「だったら、今ここでその理由を説明してください。納得できれば、僕も受け入れます」
「時間がもったいないから、風呂に入りながら説明してやる」
「えっ! ちょっと、待ってください!!」
「俺は随分待ったぞ。これ以上は待てない」
強引に抱きかかえられ、服を着たまま広い浴室に放りこまれる。
「さあ、どうする? 自分で脱ぐか、俺に脱がされるか、好きなほうを選べ」
「じ、自分で脱ぎます!」
ニコニコしながら近づいて来るデクスターから距離を取りつつ、サッと服を脱いだ。
チラッと視線を送ると、こちらに背を向け彼も服を脱いでいる。
デクスターは、どうやら着やせするタイプのようだ。
程よく筋肉のついた腕に引き締まった背中も見え、ジョシュアは慌てて目をそらした。
「おまえは、そっちで洗え。俺はこっちで洗う」
「わかりました」
ジョシュアは高位貴族だが、身の回りのことは大体できる。デクスターも同じらしい。
泥だらけだった全身を洗うと、さっぱりした。
「洗い終わったら、湯に浸かれよ」
「はい」
デクスターが、面倒見のよい兄に思えてきた。
気候の良い季節とはいえ、川に長く入っていたからか体は冷え切っていたようだ。
温かいお湯にホッとする。
デクスターも浴槽に入ってきたが、ジョシュアとの距離は保ったまま。
「じゃあ、説明をするぞ」
「お願いします」
「まず、俺とこの国の説明を簡単に。俺の名は、デクスター・エンドミール。エンドミール獣人王国の第二王子として生まれたが、十年ほど前に王弟となった。年の離れた兄が、国王をやっている」
「あなたは、王弟殿下でしたか。そして、ここは獣人王国だったのですね」
ジョシュアは、王配教育時に見た大陸の地図を思い浮かべる。
隣国だと思っていたが、そこより更に進んだ国へ流れ着いていたのだ。
「獣人とのことですが、皆さんは『人』にしか見えません」
獣人王国とは貿易などで交流はあるが、隣国ではないため、それほど深い付き合いはない。
ジョシュアは、これまで獣人と会う機会は一度もなかった。
「人との交配が進み、獣人の血はかなり薄まっているから、見た目はおまえたちとほとんど変わらない。ただし、本能的な部分は今も残っているが」
「『本能的な部分』ですか?」
「己の『番い』を求める本能。それに関係した『匂い』に敏感なところ、だな」
「『匂い』って、もしかして……」
「ああ、おまえから発せられる『匂い』は、男女問わず獣人を魅了するんだ」




